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日本の温泉地再生への提言 [45] -第2グループ マスコミ・メディア

「湯けむりソフト」の復権を

北 実
テレビ金沢 代表取締役社長



日本の温泉の現状と問題点

 旅行についての各種アンケートで、「温泉」は幅広い支持を集め、たえずトップとなっている。各種調査でも「温泉」は、「自然の風景」や「名所旧跡」を引き離し、60〜70%の人たちが1位に挙げている。
 温泉は広範な人気を得ている半面、多くの温泉地は疲弊状況から脱しきれていない。北陸の代表的なある温泉の場合、10年余り前の1991年の167万人をピークに徐々に減り、近年は100万から110万人の宿泊客数となっている。温泉に寄せる消費者の思いや期待が、必ずしも具体的な行動に結びついておらず、地方においては個々の宿泊施設や温泉場の範疇を超え、地域経済に影を落としている。
 
温泉地再生のあり方

1)温泉利用について
 大分県湯布院、山形県銀山、熊本県黒川などは、健康と保養のための温泉地というイメージが強い。温泉どころ石川県の中では、小規模ながら金沢市郊外の湯涌温泉の場合、地域の顔ともなっていた老舗のホテルの倒産の影響を受けながらも、年間約10万人の入りこみを手堅く保っている。
 金沢の湯涌温泉などに共通していることの一つは、個々の消費者が当該の温泉地を、たなごころに載せてイメージできることではないかと考える。それはあの温泉地に行けば、こういうふうに過ごせるのではないかといった、期待予測ができるイメージである。
 期待予測のイメージはブランドであり、作家の五木寛之氏の言葉を借りれば、ブランドは「物語」である。そうした意味では、湯涌の物語は竹久夢二(※1)であり、七尾市の和倉温泉では、パーシバル・ローエル(※2)あたりになるだろうか。
 現代の湯治場の香りを失っていない、こうした温泉地は、結果として「健康と保養」をベースに、別言すれば、湯けむり情緒と一体となった物語を持っているところが多い。
 そして一般に、消費者は商品にあわせて物語を買っているのであり、温泉地で言えば、商品そのものである温泉本来の機能をアピールするために、たとえば、女性層に的を絞り、泉質や湯量といった温泉本来の効用を前面に打ち出す方途が、もっと取られてもいいのではないだろうか。
※ 1 竹久夢二(1884〜1934)独特の美人画で知られる画家。金沢市の湯涌温泉にはテーマ美術館がある。
※ 2 パーシバル・ローエル(1855〜1916)アメリカの天文学者。明治の初めに能登への徒歩旅行を果たし、紀行文で欧米に紹介した。

2)温泉地の環境整備
 温泉そのものの差別化、個性化に加え、さらに重要なのは温泉街、温泉地の環境が、最大の差別化資源になるだろう。その意味で環境整備は欠かせない事柄であり、加賀、能登の温泉郷においても、等しく市街地を含めた環境整備を温泉活性化策の柱に位置付けている。
 最盛期の6割台まで客足の遠のいた石川県山中温泉の場合、2003年は前年のテレビ大河ドラマ放送後の反動による落ち込みが予想されたものの、近隣の温泉地と異なり、60万人近くの入りこみとなる見込みで、踏みとどまりぶりが顕著である。
 その要因は、行政と業界を軸に地域挙げて環境整備に取り組み、しかもソフト面で通年型の仕掛けにしたことが奏効したと分析され、反転攻勢への期待が高まっている。当地の相対的に小回りのきく山中や湯涌の場合は、ブランド(物語)に磨きをかける一方で、温泉地の立地条件、ターゲットとする客層を仔細に分析し、消費者に向けて、自らの温泉の売りを明確に打ち立てられたことによって、目に見える効果を挙げていると言える。

3)長期滞在型の温泉地利用
 温泉地の環境整備と温泉地での過ごし方の提案は、表裏一体の関係にある。その場所にしばらく滞在してみたいと思う場合、快適性と風土がかもし出す個性の二つが要因となるだろう。
 滞在の快適性とは、過ごしてみての心地よさであり、風土の個性とは自然環境にとどまらず、文化や暮らしのスタイルまでを包含している。
 たとえば、加賀温泉郷のひとつ山代温泉は、北大路魯山人(※3)の物語を大切にしている。かつて、山代を訪れた無名の魯山人を受け入れて、九谷焼や加賀料理の手ほどきをはじめ、北陸の文化を語った。そうした温泉地の作家や主人たちによる土地の「やわらかな空気」と心意気が、たとえば魯山人の琴線に触れたことはもっと想起されてもいい。湯治場における、かつてのリピーターも似たようなものではなかったのだろうか。
 そしていま、石川県内において、ごく一部であるが、贔屓の温泉旅館で、茶屋街の一隅で、あるいは釣り場で、田舎の寺院、白山麓の旧出作り村などで、リフレッシュのため数日から数週間を過ごす都市の人たちがいる。2003年夏には漁家民泊に加え、能登半島の能都町での農家民泊も始まった。
 こうした地域の点と点を結ぶ滞在拠点に温泉を位置付けていくべきであると思うのだが、時間と家計に余裕のある層から対象を広げていくためには、温泉地の自助努力もさることながら、たとえば「連続休暇(バカンス)法」などの立法化も選択肢の一つになるかもしれない。「家族4人、1週間、10万円の旅」が活発になれば、都鄙交流を促進し、それぞれの親子の絆を再確認するうえで、有効な手段となるに違いないとも思う。
 ※3 北大路魯山人(1883〜1959)書画や陶芸に多芸ぶりを発揮、美食家としても名高い。ゆかりの加賀市山代温泉には観光施設がある。

4)温泉地活性化へ公的取り組み
 少子高齢化を迎え、過疎化の著しい石川県能登地方の場合、温泉を核とした観光は地域の未来に直結している切実な課題になっている。来訪者の増大は直接的には、地域の交流人口の増加として目に見えて分かる。何よりも地域の雇用と生活を維持していく手段として、温泉と関連業種は重要な暮らしの装置、基幹産業であり、当然、公的な支援策は必要不可欠である。
 中央の論理はさておき、2003年夏に開港した能登空港は、地元自治体の予想をも上回る利用状況が続いており、和倉、輪島の両温泉地も、空港とリンクした観光振興策を探る歯車がかみ合って動き出した感がある。
 付け加えれば、地域活性化のための協議会などは共通して、一部に偏らないために関係業界を網羅した構成となっている。そのことに異論はないが、全国の多くの成功事例が示す通り、詰まるところはリーダーにかかわるところが大きいのではないかと思う。


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