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日本の温泉地再生への提言 [48] -第2グループ 学者・専門家・団体

日本の温泉地の再生

甘露寺泰雄
財団法人中央温泉研究所 所長



日本の温泉の現状及び問題点
―温泉とそれを取り巻く自然環境社会環境が大きく変化しているー
1)一泊2日宴会型の旅行形態が衰微し、代わって、少人数、家族、グループ単位の旅行と、日帰り型の温泉施設がめざましく進展している。大温泉地の凋落が著しく、代わって、小規模の温泉地、特に、秘湯ムードの漂う温泉地がもてはやされている。
2)本物の温泉志向の高まり
本物の温泉とは何か、温泉浴槽だけではなく環境も含めた温泉の快適性の追求が叫ばれるようになってきた。
3)公正取引委員会からの温泉に関する強調表示についての注意が発表され、天然温泉、天然温泉100%などの表示及び適応症は源泉の分析値に基づいた結果である旨の表示などが勧告された。
4)少子高齢化社会の到来と温泉を利用した健康づくり、介護事業、老人医療費の削減、それと地域の活性化とのドッキングが叫ばれるようになってきた。
5)小泉総理の施政方針「観光立国戦略」を受けて、温泉・観光地は特性あるまちづくりの推進、特に「インバウンド」への対応が急務となってきた。
6)科学的、技術的な問題として、
(1) 大深度掘削と資源の保護。
(2) 新しい集中管理システム。
(3) 浴槽での分析手法の確立、これと併行して鉱泉分析法の見直し。
(4) 浴槽の衛生管理、レジオネラ属菌汚染並びに厚生労働省のガイドラインの問題点への対応。
(5) 温泉療養について、病院等医療施設での利用以外に医師が直接関係しない一般の旅館、日帰り施設などでの利用の問題、温泉療法医の活動の場の提供、特に代替医療、アロマテラピー、タルソテラピー、森林浴、浴剤と温泉の相違、さらには、セルフメデイケーションとの関連など。
(6) 適応症、禁忌症、利用上の注意事項、及び飲用基準などの見直し。
(7) 温泉成分と排水規制、環境基準などの規制の強化への対応。
(8) 温泉給湯施設、利用施設などのリホーム、特に浴槽施設では、清掃が容易にできるような改修。

その他、重要な問題として、
温泉法の改正に関する事項
 温泉法は昭和23年に制定され、当時は自然湧出の時代で、温泉をめぐる環境がかなり変わってきているのに対応して見直しが必要である(国民保養温泉地などの見直しも含まれる)。

日本の温泉地の再生
1.従来の1泊2日宴会型(歓楽型)の温泉からの脱皮
一昔前は温泉といえば湯治、保養が中心であった。戦後は一転して、温泉地が歓楽型になり、不思議なことに、湯治、保養がそのスタイルのままで療養温泉地に成長せずに、ほとんど歓楽型に転換してしまった。当時は、一般大衆の娯楽も今日ほど多様化していないので、温泉地での娯楽が大きな楽しみの一つであった。これが、現状では、温泉地では、ただ単に湯につかるだけでなく、浴槽のムード、旅館を含む環境の快適性を求め、更に、歴史、文化、風土、にふれ、更にはグルメ(食事)、買い物、スポーツなど能動的、参画的なスタルを求めるようになってきた。換言すると、温泉地でのたのしみの多様化が現れてきたということが出来る。これに伴ってお客の目もこえてきた点も見逃せない。一言で云えば、量よりも質の追求ということが重要視されるようになって来た。
浴槽で云えば、循環濾過よりもかけ流しが好まれ、加水、加熱ではなく自然のままの温泉にふれるといった点が強調されるようになってきた。しかし、これには誤解もあり、現在の温泉は、全くの自然湧出での利用は大変少なく、揚湯、引湯、加熱、貯湯、循環、濾過、殺菌、加水、薬品添加などの人工的処理が行われている場合が多い。これを全部止めろといっても不可能である。
例えば、今循環濾過を止めて、かけ流しに切り替えれば、大温泉地ほど浴槽の容量が大きく、それだけ湯量が必要となる。かけ流しだけで湯量をまかなえば大量の温泉の汲み上げということになり、資源の枯渇化は一層加速される。
加水については、誤解があって、温泉は地下で比較的高温・高濃度の温泉が地下水で希釈されて種々の温度・濃度で賦存しているものを利用している。川に自然に湧いている温泉は川の水で適温になったものを利用している。つまり、高温・高濃度の熱水の水増し現象が温泉であることを知ってほしい。昔から、人間は水で適温となった温泉を利用していた。勿論、水でうすめる行為を奨励するわけではないが、加水そのものは或意味では自然な行為なのである。
塩素の添加は、現在厚生労働省のガイドラインで、レジオネラ属菌による汚染防止の観点から、浴槽の衛生管理の具体的な手法の一つとしてあげられ、全国的に普及する傾向にある。これは温泉成分の変化と質の均一化を招き、また副作用の問題が議論を呼んでいる。例えば、浴槽水の塩素は濃度によっては、臭気の不快性やアトピー性皮膚炎の場合に問題があることが指摘されている。
以上色々述べたが、重要な点は、個性的、且つ快適な温泉環境の創造ということである。また、利用者がどんなお湯を利用しているかが分かるような努力、例えば適正な表示とか、利用上の注意事項を分かりやすいようにする。
温泉地では、その温泉の特質を、その温泉地からの情報として発信すると共に、従来型の、宴会型の他種類や量の多い食事メニュウを止めて、オプション制をとりいれること、建物だけをはでに、きれいにかざるだけでなく、町並み、せせらぎ、遊歩道、河川渓谷、橋梁、などのおしゃれ,さらには、トイレ、浴槽、タンク、一番重要な源泉、など一般に目に見えない場所のおしゃれに気をつけることであろう。
健康と保養に温泉を活用すべきであるという提言は重要である。例えば、温泉地の利用は、高齢者の外出を促進し、家族のみならず、他人との交流の場を増やし、ストレス解消、気分転換など、温泉を活用した保健事業を行っている市町村は、温泉のない市町村に較べて、老人医療費の伸びが低くなっている事例が見られるという。また介護事業面での温泉の活用を自治体が取り上げるようになってきている。その他、リハビリ、機能回復、生活習慣病に対する温泉の寄与なども重要視されて来た。この活用は今後の最重要課題に位置づけられると考えている。

2.町並みの整備と周辺環境の保全
前述した、一泊二日宴会型の盛んなりし頃の温泉地では、お客を旅館、ホテルなどに閉じこめて、バー、各種ショウ、ボーリング、プールなどで遊ばせ、外に出さないよう、なるべく、その建物の中で消費させるようなシステムが流行した。温泉街も、バー、パチンコ店、各種ショウなどが軒を連ね、街から外に出さない、つまりクローズされた環境が流行していた。それが一転して、外湯、足湯、みやげもの店、更には、近隣の文化、遺跡、グルメ、公園等、アクテイブ且つオープンシステムに変わりつつある。従って、宴会型の時代は特に施設内だけの清掃、快適性の保持だけで済んだものが拡大し、周辺環境まで気を配らなければいけないようになってきた。こうなると、お客に対するサービスや情報の提供も変えて行かなければならないし、前述した,「目に見えないところのおしゃれ」「きくばり」、「心のサービス」なども重要になる。当然自治体としての取り組みも変わっていく。
但し、駐車場については、どの温泉地も「なやみの種」、本来は、温泉街には車を入れないで、ゆかたがけ、自由なスタイルで安心して街を散歩できるような取り組みも考えてはどうか。
もう一つ、温泉地をめぐる環境整備で留意すべき点は、温泉の湧出状況(泉温、湧出量,水位、化学成分)は、周辺環境の変化をかなり受けることがある。
温泉は、降雨、降雪、気圧、気温、潮汐、地震、火山現象、河川湖沼、地下水などの水位といった自然現象の変化に伴って変化するだけでなく、周辺環境、例えば、樹木の伐採、近隣の土木工事(橋梁、河川、堤防、トンネル、建築物、排水・廃棄物処理)農地整備、ゴルフ場などの建設、更には、農薬散布など、人為的な行為が温泉資源の質と量に影響を与える。従って、資源の状況のみならず、周辺の状況の監視も大変重要である。

3.長期滞在型の温泉利用の件
我が国の休暇は、所謂ホリデイシステムで、バケーションシステムではなく、これについては、厚生労働省がかなり依然から問題提起と対応を模索しているようである。現在では、盆と正月、ゴールデンウイーク、と連休などにお客のピークが集中する点から、ホリデイシィステムと実態はあまり変わっていない。
但し、経済は依然としてきびしい状況にあり、どこの企業も休暇を返上して働いている状況なので、すぐバケーションシステムに移行することは無理があり、むしろ、高年齢層を対象とした介護事業、健康増進に結びつけた形の滞在型利用の促進という方向が妥当のように考える。
保険制度については、温泉利用が地域の老人医療費の延びを抑制している実態を踏まえて、現行の温泉利用型健康増進施設の普及だけでなく、質的変換、発展的拡大を推進する。例えば、思い切った規制緩和を盛り込んだ「温泉特区」ともいうべき地域(施設だけでなく)の設定を検討する。
また、将来は、年金、養老、健康保険制度に準ずる「温泉保健」制度などの検討も合わせて検討する。これには、行政当局の理解、協力、援助も不可欠であろう。

4.温泉地の活性化
これについては、関係諸学者、研究者、自治体から多くの意見、提言がよせられているが、私が考えているのは次の諸点である。
(1) 個性ある温泉地の創生。
量を中心とするのではなく、質に焦点をあわせる。例えば、泉質の活かし方、町並みの整備、特産品など。
(2) その土地の歴史、風土、文化、伝統などを活かす温泉地の構築。
(3) 健康増進、介護事業などとのコンビネーション、湯治、保養型の導入。これらの事業に対するアドバイス機関の養成、料金の低廉化、オプション制の導入、ボランテイア活動との連携
(4) 温泉療法医のアドバイス、地域の医療施設の協力
(5) 自炊施設の見直し
なお、事業費の捻出(補助金の活用など)は最も重要な問題であるが、専門外なので触れない。
しかし、現実を直視すると、自治体では、日帰り施設や足湯などにのみ注目、建設が進行している。観光事業でも、パック旅行や、日本一志向というか、人がアット驚く事業が先行しており、温泉地では相変わらず、資源量と施設規模のアンバランス、温泉の「いじくり過ぎ」が目立っている。
本物志向が高まる中で、静かな自然環境、湯量豊富、かけ流し、浴槽を含めて環境の快適性などが重要視され、それに対応して、一種の無理が横行し始めている。
例えば、秘湯ムードの漂う温泉地が喜ばれる反面、そこへ大勢が押し掛ければ、浴槽は汚れるし、自然状態の環境の破壊も起こる。あらゆる温泉地が秘湯漂う温泉地へ変身出来るわけではない。また見方を変えれば、温泉とそれをとりまく環境だけでなく、利用者がどのような状態で温泉利用が可能なのか、温泉と利用者の接触状態にも注目する必要がありはしないか。
温泉地の活性化とは、施設と環境といった固定化された実像だけでなく、人間の社会活動の中での状態、その人の置かれた状態にも注意する必要があろう。大都会およびその周辺の温泉地(これはにせもので、なくしちゃえという議論もあるが)では、一般的に加熱、加水、循環濾過、薬品添加といった処理が行われており、それを全く無意味としてしりぞけることが可能かどうか。もっと大きな視点で、現在日本の温泉浴槽から循環濾過がなくせるのかどうか、(前述したように、かけ流しだけにすれば、浴槽清澄度保持のため、大量の湯量の必要から、全国的に温泉の汲み過ぎが行われ、枯渇が進展する)。つまり温泉を汚しているのは人間なのであるという視点が重要なのである。
私は、どこの温泉がすばらしい、あそこは駄目だというよりも、それぞれの温泉地がお客との関係を重視して、不満足な点を改良して夢とロマンを持って生き抜いて行く姿勢が大切であると思っている。温泉地はあまり、勝ち組、負け組にこだわらない姿勢、教育で云うならば、偏差値ではなく、個性の活かし方が大切であると考えている。


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