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日本の温泉地再生への提言 [53] -第2グループ 学者・専門家・団体

温泉は変化し続けているか?

永田 真廉
株式会社電通 プロジェクト・プロデュース局



日本の温泉の現状及び問題点
結論から言おう。日本人ほどの温泉バカは世界中どこにもいない。書店に行ってみれば温泉ガイドだらけだし、驚いたことに温泉紹介の週刊誌さえある。
周囲の若い女性に訊いてみるといい。温泉に行きたいかと言って、行きたくないと答える女の子がいたらよほどの変わり者だと思っていい。女性で数ヶ月先まで予約が満杯の温泉宿などいまや珍しくもない。
 しかし古くからの温泉地の名門温泉旅館が店じまいする例が続出している。
実は「温泉の問題点」は「温泉旅館の問題点」なのではないかと思う。団体がベースであり、食事の時間さえ一方的に指定され、すべてがマスプロ的であり、個人の自由、プライベートな時間と空間などは二の次という施設がごく当たり前であった。個人旅行が主流となった今、そうした施設は目の肥えた旅行者、とりわけその中心である若い女性に受け入れられぬことは言うまでもないことであろう。
 みんな温泉は大好きだし、温泉に行きたいのである。ただし、旧態然としたシステムの温泉旅館はとり残されるだけであろう。

温泉地の再生のあり方
1.日本中どこだって温泉
 今年最も話題になった「観光地」は六本木ヒルズだろう。もしここに温泉があったらさぞ人気が出ただろう。日本は世界に類のない火山国だから、地下を掘れば浅いか深いかは別にして、どこでも温泉が湧き出て不思議ではない。まして法律が変わり、かつて鉱泉と呼ばれていた、低温の温泉成分のある湧き水を加温しても天然温泉と称することができるのだから、ますます温泉地以外でも温泉に入れるわけである。
 現に、東京ではお台場に「大江戸温泉物語」があり、東京ドーム横に「スパ・ラクーア」があり、連日大賑わいである。つまり、温泉が都会人にとっての日常の中に侵入してきているわけである。ということは温泉地に「わざわざ行く」必要は少なくなり、逆に温泉地としては「わざわざ来てもらう」工夫が必要になってくる。
 ではその仕掛けはなんだろうということなのだが、ありきたりかもしれないが、やはりその温泉地がどれだけ魅力的かということだろう。もっともこれではあまりに抽象的だ。でも雑誌などから、今人気の温泉の情報を拾ってみると、なんとなく共通項が浮かんでくるのではないだろうか。

2.温泉というブランド
 その共通項を拾い出してみよう。
1 俗っぽくなく、そこはかとなく上品さが漂う雰囲気の土地。
2 むしろアクセスは悪かったりもする。逆にわざわざ行くことが価値となる。
3 日常を忘れさせる光景がある。
4 団体がベースではなく、あくまで個人客中心の宿がある。
5 プライベートな時間・空間が確保される。
6 上質な料理が出る。
7 ほかの場所にはない「売り」がある。
ざっとこんなあたりだろうか。しかし、何かが欠けていないだろうか。
そう、温泉そのものへの評価である。確かに上記のことを満たすなら温泉でなくたっていいはずだ。ではなぜ温泉が人気なのだろうか。
 言うまでもなく温泉に行くということはかつては湯治であり、医療行為であった。温泉には様々な成分があり、異なる効能がある。しかし、温泉ガイドや雑誌にはそれらのことは殆ど書かれていない。ましてや源泉そのままなのか、加温されたものなのか触れられたものはよほどマニアックなガイド本でしかない。
 療養のためであった温泉は、団体中心の歓楽目的を経て、癒しの空間の象徴へと変化をとげたと言えるだろう。また都心部の温泉施設が人気ということは、温泉自体がテーマパークとなっていることも見逃せない。そして中心は個人、とりわけ女性となった。
 そうした現在の温泉を支える層の選択眼にかなうためには、やはり温泉もブランド力を持つことが必要だろう。

3.温泉こそ日本の観光資源だが
 そのためにはやはり地域で、自分たちの温泉をどこの誰にどう売って生きたいかを考えて、それにふさわしく変わっていくことが大事だろう。かといって地域の特長を忘れて他者の成功だけを真似るようなやり方は接ぎ木が枯れるのと同じ結果となろう。行政もいたずらに環境整備を名目にハード建設ばかりに目を向けず、どうすれば地域の魅力が高まり、その結果として来訪者が増えるだろうかということを考えるべきであろう。それこそがブランディングである。魅力が高まれば、黙っていても旅行会社は送客してくれるはずだ。無論道のりは平坦ではないだろう。緻密な戦略をみっちり立てる必要がある。うまく外部の知恵を採り入れることだ。温泉こそが日本の最大の観光資源なのだから。
 ただし、相手を見てモノは言う必要がある。
 昨年、日韓共催のFIFAワールドカップが行われ、筆者はその運営に携わっていたが、その公認キャンプ地の誘致の時の出来事が印象にある。キャンプ地といえば大分の中津江村騒動が強烈だが、ほかにも何十という自治体が立候補した。途中で断念したところも加えれば優に100を越えたはずだ。
 ある自治体の担当者に話を聞くと、いきなり温泉のパンフレットを広げて、わが地元には温泉があるから外国のサッカー選手にも魅力的だと胸を張るのである。
 なるほど、確かに私なら行ってみたいと思わないでもない。しかし、例えばアフリカや中南米の人々にいくら温泉の魅力を力説したところで、殆どの人が生まれてこのかた温泉になぞ入ったことのない彼らには、決して来訪の動機にはならないだろう。おそらく東アジアと一部ヨーロッパの人間にしか、温泉は訴求力を持たないであろう。
 今年度より国土交通省の提唱で、2010年までに訪日外国客を1000万人にする「ビジット・ジャパン・キャンペーン」が始まったが、やはりただ闇雲に温泉の魅力を訴えるのではなく、マーケティングの発想が必要になってくる。ただ、従来も同じような試みは何度も行われたわけだが、外客誘致には悉く失敗してきた。これは施策のまずさもあろうが、温泉という最大の「商品」がまだ全世界的な普遍性を持ち得ないということも原因のひとつなのではないかと思っている。

4.温泉は世につれ
 「続日本紀」によれば、奈良朝末期の称徳天皇はたびたび南紀白浜へ温泉旅行に出かけている。酒宴が行われたことも書かれているから、この時代から温泉が歓楽の要素があったことは確かだ。それから1200年以上を経た現在でも、我が日本人にとって温泉が楽しみであることは何ら変わりない。
 しかし、楽しみの質は常に変化を続けている。お客さんを迎える側としてはその変化をアンテナ鋭くキャッチしなければならない。だが顧客ニーズをつかむことはビジネスの大前提であり、申し訳ないが、温泉地の方々にそのセンスがこれまで少し不足していたことは確かだ。でも悲観することはない、繰り返すが日本人ほどの温泉バカはいないのだから。その脈々たるものがある限り、温泉地の再生など困難なはずはない。


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