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日本の温泉地再生への提言 [61] -第2グループ 学者・専門家・団体

温泉地のさらなるパラダイムを目指して

小林 英俊
財団法人日本交通公社 理事



1.日本の温泉地の現状と問題点
日本人が旅行先で行った主な活動を調べてみると、96年より「温泉浴」が「自然の風景を見る」を抜いてトップになり、近年ますますその比率を高めている。2000年以降は旅行者の半数以上が旅行中に「温泉浴」を行ったと答えている。また、別の調査でも2000年より、「温泉を楽しむ旅行」の実施者数が「自然や名所を見て回る観光旅行」を上回るようになっている。この間、新興の温泉地も増え続け、現在では日本全国に約3000の温泉地があるといわれるまでになっている。
 このように人々の「温泉」に対する欲求はブームと呼ばれるほど高いにも拘わらず、個々の温泉地や温泉旅館を見ると宿泊客が減少し苦戦しているところが多くある。いくつかその理由が考えられるが、基本的には、人々が温泉地に求めるモノと温泉地が提供している魅力や機能とのずれが生じていること、また、全国各地に日帰りの温泉施設が急増したことから「温泉浴」と「宿泊」の分離が起こり、従来のように「温泉浴」ブームがそのまま「温泉宿泊地」の繁栄に繋がらなくなったためである。

2.温泉地再生のあり方を考える
1)発展のなかで失ったモノ
 温泉地の再生の方向性は、温泉地がもともと持っていた固有の温泉文化を活かしながら、新しい価値観を加え「そのさきのパラダイム」を構築していくことである。観光は文化活動であり社会の価値観の変化に合わせて変化していくので、観光客が温泉に求められるものも社会の価値観とともに変化する。「そのさきのパラダイム」を考えるには、温泉地が持っていた変えてはいけない根元的価値と時代の変化を先取りする価値との統合が必要となる。
温泉は古来より、療養や保養また社交の場として利用され人々の生活の中に組み込まれていた。湯治には、季節ごと名前が付けられ労働サイクルなかの一部となっていた。温泉の変えてはいけない根元的価値とは、保養・療養の場であり社交や楽しみの場の両立であり、その2つの機能が共存していることである。
 ところが、明治以降、西欧文化偏重から、古来の民間療法的な文化を軽視するようになって温泉の持つ保養・療養的な機能が低下していった。また明治後半には鉄道網が全国的に完備し、温泉地が行楽地、観光の目的地になったことによっても温泉の性格が変わっていった。戦後の工業化社会の発展に伴い、職場旅行の行き先として、また周遊観光旅行の宿泊地として温泉地は大いに栄えてきたが、温泉文化を楽しむというよりも、明日の労働のための気分転換やリフレッシュの場としての機能を強く求められるようになっていった。人々が求めたモノは、温泉の効能や効果ではなく、温泉地の持つ歓楽的な機能であり、日常を忘れさせる豪華な施設や豪勢な食事であった。

2)ウエルネス志向の温泉地へ
工業化社会の行き詰まりとともに、温泉地は単に体の疲れを癒す場と言うよりも、体とともに精神的ストレスを癒す場としての機能を求められるように変わってきた。今後の高齢化社会を考えると、これからは毎日の生きがいにつながるような価値が求められるようになってくるはずである。日々生きるための活力を得る場としての温泉地が価値を持つようになるのである。
 このように観光体験のレベルが、気晴らし、つまり「目的のない気分転換」「のんびり骨休め」といったことから、リ・クリエイト(疲れた心身を癒し再生する)へ進み、さらに自分自身の再発見、人々との思いがけない出会いを楽しむといった自分自身のために役立つ体験へと向かっている。したがって温泉地のあり方も、現在のレジャー的な楽しみ偏重のものから、来訪者の心と体の健康に役立つウエルネス志向に向かうべきであろう。ウエルネス志向の温泉地とは、心身とも健康でよりよく生きることに役立つ観光地になることである。温泉志向に関する旅行者アンケートをみると、すでに、温泉地の魅力として温泉そのもの効能や色・香りなどの温泉の特性に加え温泉地の周辺環境の持つ心地よさを評価する動きが出始めている。
21世紀型の新しい温泉地のコンセプトを考えるには、もう一度温泉地の持っていた魅力の原点である、保養・療養の場であり社交や楽しみの場が両立している場所、その2つの機能が調和し共存している場所に立ち戻ることである。温泉地の近代化のなかで置き去りにしてきた保養・療養の場としての意味を新しい価値観で蘇らせることである。そのコンセプトは、「心地よい環境のなかで、楽しくて、そして心と体の健康によい時間が過ごせる場所」である。

3)ウエルネス・ツーリズムの可能性
日本のツーリズムマーケットを考えると、レジャー的な「楽しいこと」と医学的な治療「健康に関わること」の間には、大きな隔たりがありほとんど手つかずの状態である。この楽しさと健康の両面を持ち合わせたヘルス・ツーリズムは、まだ十分に顕在化していないが巨大な潜在マーケットである。ドイツの温泉利用は、日本が「楽しいこと」に重心を置いたのに対し「健康」に重心を置いて発展してきた。ドイツでは、すでにヘルス・ツーリズムが大きな割合を占めている。しかしながら、95年の保険制度の改革に伴い健康保険利用の療養客が減少したため、保険を利用しない一般客獲得のために「健康」と「楽しいこと」の融合を図る動きが一気に進み、楽しみながら健康になるためのプログラムがいろいろと開発され、また趣向を凝らした温泉施設の開発が進んでいる。日本では、医学側からのヘルス・ツーリズへの理解がなかなか進まないので、ドイツのような「健康」に重心を置いたメディカル・ツーリズムへは一朝一夕には進まないと考えられるが、「楽しい」に力点を置いて「健康」との調和を図るウエルネス・ツーリズムには十分転換が可能である。日本の温泉地は、より洗練された形でのウエルネス・ツーリズムへの方向に発展していくことによって海外からの旅行客も呼び込めるようになる。東南アジアでもすでにシンガポールやタイなどがヘルス・ツーリズムを国の観光政策の柱の一つにしている。

人々は、温泉水や温泉旅館だけでなく温泉地がトータルに持っている効用や文化にも関心を持ち始めている。「温泉地のさらなるパラダイム」を作り上げるには、人々が注目し始めた温泉の治癒的効果に着目しそれらを活用するだけではく、人々が心身ともにリラックスできるような周辺を含めた環境の改善、また旅行者だけでなく地元の地域住民にとっても役に立つ存在になることが求められる。新しい温泉文化を創造していくことによって、温泉を中心とした新しい地域文化が作られ、再び多くの人々を引きつけるはずである。


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