Home 健康と温泉フォーラムとは 事業 組織
会員オンライン 情報ファイル お問い合わせ
REPORT一覧

その他の研究会(過去の実績)

保養地療法の実際と効果-糖尿病


井出 肇
東日本学園大学教授


はじめに

 糖尿病は膵臓から分泌されるインスリンが絶対的あるいは相対的に不足し,代謝異常を生じる病気です。しかし,単一の原因による疾患ではありません。一般的にインスリン依存性糖尿病(I型糖尿病),インスリン非依存性糖尿病(II型糖尿病),およびその他のタイプが分類されています。
 インスリン依存性糖尿病患者の場合はインスリンの注射を中止すると,数日で生命にかかわる状態が生じます。インスリン依存性糖尿病といわれる語源は,文字通り,インスリンが絶対的に不足し,治療にインスリンの注射が必要であることから来ています。
 インスリン依存性糖尿病はHLA(ヒトの主要組織適合抗原)のタイプと関連して発症しやすいことが知られています。本邦では,DR4とBW54とが注目されておりますが,糖尿病の発症には,インスリン非依存性糖尿病とは異なった環境因子が関与しています。
 治療対象になる糖尿病の最も多いタイプはインスリン非依存性糖尿病です。治療にインスリンを用いなくてはならない患者は非常に多くおられますが,一時的にインスリンの注射を中止することがあっても,直ちに生命にかかわる状態は起こりません。このタイプの糖尿病は,遺伝的素因に多くの環境因子が作用して,疾患の発症に反映しています。
 糖尿病のタイプとは無関係に,血糖値のコントロールには環境因子が大きく関係していますので,糖尿病の治療は環境因子を無視して行なうことが出来ません。
 本文では糖尿病とその治療を簡単に説明しながら,環境因子を重視した糖尿病の治療について概説したいと思います。


糖尿病の有病率

 インスリン非依存性糖尿病は本邦人口の約2%にみられる疾患です。年齢が高くなるほど有病率は高く,合併症が予後に影響します。成人で失明する第一の原因は糖尿病であり,透析(人工腎臓)の第二の原因疾患が糖尿病です。この他,血管障害の合併症が死因につながります。
 著者らが平均20歳の学生を対象に,聞き取り調査を行なった結果では,2親等以内の親族に糖尿病患者がいる学生は22.2%存在しました。この数字は悪性新生物の29.1%についで多く,高血圧症は糖尿病とほぼ同率で18.8%にみられました。
 糖尿病の遺伝素因がある学生の30%に糖尿病が発症すると仮定しますと,約7%の学生が,将来,糖尿病患者になる可能性を持っていることになります。この数字は50歳以上の人口を対象にした糖尿病の有病率に一致します。
 不可抗力な部分はありますが,このような遺伝的素因を持つヒトからの糖尿病の発症を抑制することはある程度可能であろうと思われます。その努力は糖尿病の治療に用いられる大事な要素と変わりがありません。


プレディアベーテス

 糖尿病と診断できない時期に,なんらかの代謝異常が存在していたであろうと推測される状態があります。それを糖尿病が発症した後に,プレディアベーテスであったといいます。プレディアベーテスの代表的なものは巨大児の出産です。
 巨大児を出産した経験を持つ女性糖尿病患者を,最終子以外が巨大児であった群と最終子が巨大児であった群とに分けますと,著者らの調査結果では,プレディアベーテスは最終子巨大児出産群に多いことが分かりました。この群には第一子巨大児が含まれる割合が少ないのです。糖尿病を発症するまでの期間は,最終子巨大児出産群が短く,その期間は平均14年でした。これらの患者には糖尿病の家族歴が82%にみられました。
 巨大児に関するプレディアベーテスの検討から,糖尿病の家族歴があり,最終子として巨大児(4s以上)を生んだ女性は,糖尿病を発症しやすいことが分かります。したがって,このような女性の場合,他の糖尿病遺伝因子を持つヒトより,きぴしく糖尿病への発展を予防する方法をとらなければなりません。


糖尿病の発症と環境因子

 インスリン依存性糖尿病の多くは小児期に発症します。臓器の移植を行なう時に欠かすことが出来ない検査の一つに,ヒトの主要組織適合抗原の検索があります。ある一定のタイプの抗原を持つヒトに,このタイプの糖尿病が発症しやすいのです。明確な原因はまだ分かっておりません。

 突然,高血糖になって糖尿病を発症するのですが,その引金には,古くより手術,感染症,外傷などがあることが知られております。比較的最近分かってきた事は,ある一定のウイルス感染で,膵臓のインスリンを分泌する部分が破壊される事実です。
 その子供が母乳で育ったのか,人工栄養で育ったのかで,インスリン依存性糖尿病の発症率が異なるという成績があり,母乳で育った子供からはその発症率が低いと報告されています。母乳にはウイルスなどに対する抗体が含まれていますので,ウイルス感染と関連がありそうな環境因子として興味深いものがあります。
 インスリン依存性糖尿病は寒い地域に多くみられます。フランス人やイスラエル人が北国のカナダで育つと,このタイプの糖尿病の発症頻度が高くなります。この事実は単に人種差で説明できないものがあります。
 一方,日本人がハワイで育ちますと,暖かい地域であるはずのハワイで,発症率が高くなりますので,人種差と地域などの環境因子が重なりあって,インスリン依存性糖尿病の発症に関与しているようです。
 一般に,インスリンが絶対的に不足している糖尿病がインスリン依存性糖尿病であり,相対的に不足している糖尿病がインスリン非依存性糖尿病に当たります。糖尿病の遺伝因子を受け継いだヒトは,膵臓からのインスリン分泌が不足しやすい状態にあります。その状態には個人差があります。
 インスリン非依存性糖尿病の原因は遺伝です。糖尿病の遺伝因子を背景に,加齢,肥満,ストレス,頻回の妊娠などの環境因子が関与して糖尿病を発症します。加齢などの因子は避けることが出来ないものですが,肥満などの因子は回避できるところです。
 肥満はインスリンが過剰分泌している状態にあります。肥満におけるインスリンの過剰分泌は肥満の原因であり結果でもあります。
 肥満がありますとインスリンが作用しづらい病態を作ります。したがって,生体は,より多くのインスリンの分泌を要求します。もともとインスリンの分泌能力に限界のある遺伝因子を持っているヒトは,インスリンを過剰分泌することで,インスリンの分泌に疲弊現象を生じます。インスリンの分泌に疲れてしまうのです。最終的にはインスリンの分泌が減少し糖尿病に発展します。
 一方,生体にインスリンが過剰に存在しますと,インスリンの作用が効かなくなるように調節されます。身体の細胞の膜にはインスリンが作用する部分があります。それをインスリン受容体というのですが,循環インスリンが多いほど,インスリン受容体は減少して,その調節機構を発揮しています。
 ストレスなどは自律神経の交感神経系を刺激して,アドレナリン,ノルアドレナリンなどのホルモンを放出させます。その結果,血糖値は上昇しますが,インスリンの分泌は抑制されます。反対に副交感神経系の刺激はインスリンの分泌を刺激します。
 交感神経系の急速な反応とは別に,ストレスによって副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が分泌され,副腎皮質ホルモン(ステロイドホルモン)を放出させます。ステロイドホルモンはインスリンを分泌させるのですが,細胞の中でインスリンに対しその作用を減少させる方向に働きます。このようなホルモン系の反応は,糖尿病を発症させる因子になります。
 正常者でも,妊娠は耐糖能(糖代謝能)を悪化させるホルモン動態を作ります。そのような意味で,頻回の妊娠は催糖尿病的に働きます。
 以上のようなことに注意しますと,糖尿病の遺伝素因を持つヒトの糖尿病への発展を防止できる可能性があります。


糖尿病の治療と環境因子

 インスリン非依存性糖尿病の発症に関する環境因子は,そのまま糖尿病の効果的治療に関連します。特に肥満とストレスが重要な因子になります。
 糖尿病が発見されて間もない患者では,糖尿病の治療として,食事療法と運動療法が取り入れられます。肥満があれば体重を減少させるようにします。多くの場合,十分な体重減少が得られなくても,血糖値はきわめて良くなります。
 食物に含まれる糖質が血液中に吸収され,蓄積糖質としてのグリコーゲンに変換されるために,あるいは細胞内で代謝されるためにはインスリンが必要なのです。食事療法で血液中に吸収される糖質が減少すると,インスリンを節約できることになりますので,血糖値は低下し,コントロールが得られる方向に向かいます。
 運動療法をスポーツと連想されると困りますが,できるだけ歩き,できるだけ身体を動かしていただくことを一般に運動療法と総括します。運動はインスリンを必要としない糖質の代謝を活発にします。運動によって血糖値が低下する仕組みの一部がお分かりになると思います。激しい運動は運動エネルギーとして糖質を要求しますので,一時的に血糖値が高くなることがあります。
 肥満が改善してきますと,細胞膜のインスリンの受容体が増えてきます。インスリン受容体が増えてきます。インスリン受容体が多くなりますと,内因性の(自分の身体の膵臓から分泌される)インスリンの作用効果が高くなり,血糖値が低下しますから,一見,糖尿病が治ったように思えることがあります。
 痩せることはきわめて大事なことですが,大変な努力が必要です。摂取エネルギー(食事のカロリー)より放出エネルギー(運動に要するカロリー)の方が大きくなければ,体重は減少しません。これは簡単で明白な理論です。努力をしないで痩せる方法はありません。
 ストレスは自律神経系とホルモン系を介して,血糖値を高くします。ストレスが糖尿病のコントロールを悪化させる原因になることは希ではありません。鎮静剤だけで血糖値が低下することがあるのはそのためです。


糖尿病の薬物治療

 食事療法と運動療法とを徹底的に行っても,血糖を上手にコントロール出来ないことがしばしばあります。病態と体質によって薬剤の効果がヒト各々で異なります。時には,患者の社会的事情によって,治療法を選択しなければならないこともありますが,原則的な方法はあまり変わらないと思います。
 糖尿病の治療の目的は,糖尿病によって生じる合併症を未然に予防することにあります。血糖値はあくまでも参考値です。しかし,コントロールの指標として用いられているヘモグロビンA1c(HbA1c)とフルクトサミン(FRA)は,いづれもブドウ糖と蛋白質との結合体です。血糖値が高いと,これらのブドウ糖と蛋白質の結合体が血液中で高い濃度になります。この事実はたいへん重要なことです。血糖値が高いと血管壁などの蛋白質が変質し,合併症を引き起こす可能性を示しているからです。
 糖尿病という代謝病態が合併症を作るばかりではなく,高血糖それ自体が生体に悪さをすると考えられます。血糖値はコントロールの指標ではありますが,正常値に近くなってもらてわなくてはならない重要な治療対象なのです。したがって,ご自分で血糖値を簡易測定器でチェックするいわゆる自己血糖測定を是非利用していただきたいのです。
 喉が乾き,水を多くのみ,尿が多くなり,身体がだるく,食欲があるのに痩せてくる糖尿病の症状はたいへん辛いことですが,その症状を改善させることは簡単なことです。このような症状は発病初期あるいは急激な悪化時にみられます。
 医療が進歩した今日では,症状がない状態で,糖尿病を発見されるヒトが多いと思います。次第次第に糖尿病が悪化する場合には,高血糖の状態に身体が慣れてしまい,症状を感じないことも多々あります。症状が出ないで,高血糖が長年続いていると,知らない中に合併症が進行し,取り返しのつかない病態が完成してしまいますので,恐ろしいことです。
 治療に使われる薬剤は内服剤とインスリンの注射があります。内服剤は主に膵臓に作用してインスリンの分泌を促すものです。インスリンの分泌機能が決定的に破壊されているインスリン依存性糖尿病には,この薬を使うことはありません。一般的には1日1〜2回服用します。
 内服剤に効果がないか,効果が不十分な場合に,インスリンの注射を開始します。病態によってはインスリン治療から内服剤に変更することもあります。インスリン注射の目的は,インスリン不足状態に,インスリンを注射で補充することにあります。インスリンには多くの製剤があり,目的に応じて多くの使用方法があります。理想的な使用方法は1日4〜5回に分けて注射するか,持続インスリン注入ポンプを用いることです。外国では注入ポンプを皮下に埋め込む方法もとられていますが,現在のところ,お勧めできるものとは思えません。
 特殊な治療方法として,膵臓の移植があります。臓器移植には臓器提供者の問題と移植後いわゆる拒否反応を抑制するために用いる薬剤の問題が解決されなければなりません。
 いま一つ,工夫を要するものとしてインスリンの投与経路があります。生体のインスリンは膵臓から分泌されて門脈に入り,肝臓を経由してから大循環に入ります。皮下に注射する方法は,門脈を経由しないこと,肝臓に入るインスリンの量が少ないこと,そのために末梢血液中でのインスリン濃度が高くなることなど,生理的ではありません。


糖尿病の保養地療養

 糖尿病の治療を保養地で行なうと,非常に効果的な結果が得られる場合があります。糖尿病は治癒することのない一生の体質ですから,保養地での治療は,長い糖尿病の治療の一時期に当たります。この一時期の治療は,これまで行なわれてきた治療の修正あるいは再調整に利用しなければならないと思います。
 保養地での糖尿病の治療には,一定の期間を要します。数日の旅行的な期間では目的の治療は不可能です。第一に二週間以上の期間を準備すること,第二にこれまで行なってきた治療法と治療経過を,保養地の医師に明確に伝えることです。主治医より指示されているカロリー数,使用中の薬剤名と使用量はいつでも知っておかなければならないことです。糖尿病手帳をお持ちのヒトはそれを必ず提示されるようにしていただきたいと思います。
 保養地で糖尿病の治療をする有利性は,糖尿病治療の基本である食事と運動療法を専念して行えることであり,脱ストレスが期待できることにあります。単にのんびりと過ごそうとされるだけでは十分な目的を達することはできません。
 糖尿病になりますと,なんらかの神経障害が存在するといわれています。その中の一つに自律神経障害があります。現代のストレス社会にあって,ストレスが糖尿病のコントロールにおよぼす悪影響はかなりのものがあります。
 自律神経系は交感神経と副交感神経とが互いにバランスを保って作動しています。糖尿病ではこれらのバランスが崩れていることが多いのです。その原因は糖尿病そのものによるものと,ストレスによるものとがあると考えられますが,これらを直ちに鑑別することは困難です。
 糖尿病の保養地治療法として最も効果が期待できるのは,保養地が持つ精神安定作用であろうと思われます。日常の仕事から解放されて精神面で豊かになります。実生活でのストレスは必ずあるものですから,それらのストレスから解放されることによって,高くなっていた血糖値の低下が得られてやすくなります。そのために要する期間は,代謝面での変化に要する期間と関連しますので,ある程度の日数をみる必要があります。二週間以上は必要であろうと前述いたしましたのはそのような理由によります。
 著者らは,温泉治療1ケ月前後の自律神経系の反応を,糖尿病患者で検討したことがあります。アドレナリンというホルモンを注射しまして,血液中に放出されるサイクリックAMPとサイクリックGMPという物質を測定しました。これらの物質は交感神経の反応と副交感神経の反応とを表わしていると考えられます。
 温泉治療にはいる前の副交感神経機能は低く,副交感神経機能に対する交感神経系の反応は高い状態にありました。一般に糖尿病患者の副交感神経機能は悪いといわれておりますので,この成績は他の論文とよく一致します。1ケ月間の温泉治療の後では,副交感神経機能が高まり,交感神経機能とのバランスがよく保たれるようになりました。
 私達の生活には一つのリズムがあります。夜眠り日中起きているという生活リズムです。海外旅行などで時差ボケといわれる状態は,短期間で生体リズムが狂う単適な例です。生体リズムに合わせて,生体内ではホルモンの分泌がリズムを作っております。逆に,血液中のホルモンを24時間定期的に測定してみますと,そのヒトの生体リズムの狂いをよく知ることができます。
 狂ったホルモンのリズム(生体のリズム)は,丁度時差ボケのように,ある日,急には治りません。温泉治療でその経過をみますと,一定の周期を描きながら,およそ1ケ月で正常化することが知られています。糖尿病患者の場合は,このような生体リズムが正常化した時点で,本当の意味での糖尿病に対する積極的な治療を行なうのが正しいかもしれません。実際には,1ケ月待って治療を開始する訳には行きませんので,生体のリズムの正常化を図ると同時に血糖値の低下を図る努力をしているのが現状です。
 著者らは,インスリン治療している糖尿病患者の血糖値が,温水浴でよく低下することを利用して,運動療法の中に温水プールでの運動を取り入れました。温泉を用いた温水ですので,水温は38℃と暖かい状態です。長時間の運動にはむきませんが,短い時間で,比較的多くの運動エネルギーを消費しますので,ある意味では効果的な運動になります。
 プールでの運動は足が悪いヒトでも出来る利点があります。泳ぐのではなく,水を漕ぐように歩くだけで結構です。温泉の保養地では是非温水プールを利用されることをお勧めします。
 運動をしますと,放出エネルギーが大きくなります。生体にはそれを補充する要求ができます。お腹が空くという現象です。インスリンあるいは内服剤を用いておられるヒトの場合は低血糖による空腹感と生理的空腹感とを区別する必要があります。運動によって空腹感が生じ,飲食が多くなって,肥ってしまうことは避けなければなりません。
 運動浴で血糖値が低下するのは,注射されたインスリンが皮下からよく吸収されるために生じるのでしたら,血糖値が低下するのを単に喜んでいる訳にはゆきません。専門医による評価と管理のもとに,保養地での治療を正しく行なっていただきたいと思います。


おわりに

 注射されたインスリンは,注射する部位によって,吸収される速度が異なります。お腹,腕,脚の順に,注射されたインスリンが早く吸収されます。しかし,予想よりインスリンの効き目が早かったり,遅かったりするのは,注射部位だけに原因があるわけではありません。環境因子を考慮しなければいけません。
 日常生活と異なった,様々な環境の変化が,血糖値に大きく影響します。保養地という環境の変化をどのように解釈するか難しいときがあります。保養地での糖尿病の治療を,理屈抜きに我田引水しないことです。保養地で正しいリズムをつかんでいただきたいものです。




REPORT一覧
Copyright(c)2004 NPO法人 健康と温泉フォーラム All rights reserved.