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温泉の医学的活用の基盤と療養地学への展開  FORUM'90より


小嶋 碩夫
国立伊東温泉病院名誉委員長


 温泉は我が国では「湯治」という形で利用されて来たが、本来これには、療養・保養・休養の「三養」といわれる目的があった。そして各温泉所在地はそれぞれ特徴的な湯治湯としての形態を形づくり、医薬品の発達しなかった時代には、多くの疾病の治療に温泉が重要な治療剤として利用されて来た。しかし医療の飛躍的な進歩により、その治療剤としての立場を失う程になったが、しかし現在なお多くの慢性疾患や病的準備状態とも考えられる機能失調などがその対象とされ、その効果が期待されている。しかし、我が国の温泉地の現状は、果してこうした多くの国民の二一ズに充分対応出来るものではないのではないだろうか。
 たしかに温泉の医学的研究は、温泉の特異的効果の確認から始まったが、生体の反応は特異的効果のみならず、ある場合にはそれ以上に連用による生体機能の反応の場(Reaktionslage)の変化(変調(UmStimmung))が前面に認められるが、温泉の効果は、特異的作用十生体反応の場の変化が要点である。発病発症後の治療のみではなく、逆にさかのぼって、発病発症の予防、更には健康増進の方向に医学的視点を移動させて行くことが肝要であろうと考えられる。
 温泉療養は、生体の適応能力、防衛能力の再訓練を作用原理としているから、薬物療法や外科的療法と競合するのではなく、互にその長短を相補って保健に役立つものであり、温泉療養を疾病とくに老年病や慢性疾患の治療だけでなく、その発病予防や更には健康の増進を目的として積極的に活用すべきものである。
 この為には、温泉利用の体制が確立され、その利用の場である温泉地が、この目的にそった形で整備されることが必要である。
 又、その温泉の作用の場である療養地(温泉地)の気候、環境その他の影響は、温泉の作用と別に分離して取り扱うことは不可能であることは明らかで、かかる意味で、温泉はすぐれた療養剤(Kurmitte1)の一つではあるが、少なくとも温泉地では、気候、環境など他の因子と複合し、からみ合った効果を生体に与えるものと考えるのが妥当であると考えられ、この点も考慮する必要が認識されて来た。こうした拡がりをもった領域が療養地学(Kurortwisserschaft,Kurortmedizin,Kurorto1ogie)と考えてよい。
 ここで温泉の療養剤としての効果についての研究の道程を兄つめながら、そのいくつかの問題をとり上げ、療養地学への展開点を思索してみた。

温泉成分の経皮進入と皮下結合織刺激

 温泉の特異的効果の第一は温泉の含有成分に基づくものであることは明らかである。
 飲用による作用機序は、他の医薬品とほぼ同列に取り扱うことが出来るが、温泉浴の場合の温泉成分の作用の出発点はどうだろうか。
 温泉に含有される成分の殆どすべてが、経皮向勺に体内に進入するということは、RIを応用して行われた多くの研究によって確認されている。
 浴水からの進入量は、色々の条件によって左右されている。浴温、浴時間と正相関を示すが、浴水のpHにより各成分の進入度が異なり、陽イオンは中性、アルカリ性浴水で、又陰イオンは酸性浴水の場合に進入量が多い。しかし、温泉の含有成分は一般には単一ではなく、第二成分(副成分)が共存しており、その多寡により進入が抑制される。一種のせり合いとも考えられる現象が認められるが、(例えばNa'とCa")、すべての共存成分が同じ抑制度を示すものではなく、CO2、H2Sの如きガス成分は共存することによりかえって進入が促進される。
 温泉入浴を連日反覆すると、この進入量が3〜4週で漸次減じてしまう。即ちこれは一種の「慣れ」の現象とも考えられるが、しかし温泉入浴を中止すると、それは3〜4週の間に漸次回復し、温泉入浴開始前の元の状態に回復して来ることが証明された。
 つまり温泉成分の経皮的進入の面から考えれば、温泉療養の期間は大体3〜4週が1クールで、休浴期を3〜4週間おくのがよいということになるが、古くから経験的に湯治一回り一ヶ月とか3週間とかいっていることを考え合わせると興味深い。
 草津温泉時間湯に入湯していると、湯ただれ(酸性泉浴湯皮膚炎)が発生するが、この状態になると、浴水中のSO4"の進入量は非常に大量になる。しかし皮膚炎を視診上認められない状態でもその進入量は通常入浴者よりも多い。酸性泉入浴の場合には、他の泉質の場合と異なり、皮膚(恐らくは角質層)の損傷変化が起るのではないかと推測されるが、人為的に皮膚に火傷を起こさせた他の泉質での動物実験でも進入量は増加した。
 経皮的に進入した成分は先ず皮下結合織に影響を及ぽす、皮下結合織細胞の貧喰能でその刺激度を各種の人工泉で比較すると、SO2"の存在で最も強く、ついでHCO3'などがこれにつづき、泉質による差があり、順列化される。
 皮下結合織に作用した後、進入したイオンは比較的速やかに代謝排泄されるが、一時的にせよ、体内に分布し、体内組織の構成成分として滞留することは確かである。

温泉療法の効果とくに発病予防効果

 温泉の作用には含有成分の特異的作用のほか、温熱作用、水力学的作用(浮力、水圧など)が挙げられるが、連浴を行う温泉療養では非特異的作用が問題となる。
 これに関しては、血液学的、免疫学的、内分泌学的など、種々な生体機能について多くの研究がなされて来たが、近年特に内分泌学的にみた生体リズムの調整効果や心身医学的な研究が注目を浴びている。
 疾病の基底ともなる身体の異常状態が、温泉連浴により抑制されることが認められたので、そのいくつかを述べる。

1)耐熱、耐寒性に及ぼす高温連浴の効果
 草津温泉時間湯入湯者において、耐熱性を発汗試験により、耐寒性を寒冷曝露による血管反応(hunting reaction)により調べて見ると、高温浴(48℃)を反覆するので、耐熱性は上昇する方向に漸次移行することが認められた。耐寒性(凍傷指数で見る)も又時間湯入湯者は普通浴者に比し高い傾向が見られ、高温曝露訓練が高温、寒冷何れに対しても耐性を高める効果のあることが観察された。

 2)抗動脈硬化症作用
 コレステロール飼育家兎の大動脈に発生する粥状硬化症に対する温泉の連浴、連飲の抑制効果は伊東温泉では微弱であったが、鹿教湯温泉、草津温泉ではより明らかであった。
 鹿教湯温泉は中風の湯、高血圧の湯として知られ、微温浴を主として用いるが、療養による血圧の下降も患者統計で明らかであり、又血清コレステロール値の低下も認められ、又上述の如く動脈硬化症の予防的抑制効果も実験的に認められた。

3)毒物感受性の低下、解毒作用
 CCL4投与で起こす実験的肝障害は、投与前の伊香保温泉の入浴および飲用により明らかに抑制された。
 又ヒスタミンに対するマウスの感受性も三朝温泉の連浴で、連浴2週以降に著明に低下し、草津温泉連浴でも同様の結果が得られた。しかし各種の人工泉での検討では泉質で有効なものが明らかではなかった。
 又ヒスタミンに対する気道の過敏性もモルモットの吸入実験では草津温泉連浴で連浴2週以降低下してくることが認められた。

4)抗過敏症作用(抗アレルギー作用)
 ヒスタミシはアレルギー反応の化学的誘起物質(Chemica1 mediater)の一つであるのでアレルギー反応を温泉連浴が抑制するかどうかは興味がある。
 被動性過敏症(抗原、卵白アルブミン)は浅間温泉、草津温泉の連浴共に抑制効果を示した。
 より自然に近いアレルギー発生状況を実験的に兄るために行った能動性過敏症(抗原、コンニャクまいこ)も又伊香保温泉浴が抑制効果を示した。
 しかもこの抑制効果は、感作前連浴、感作中に連浴、抗原吸入により発作を起こさせた後で連浴の三方式で実験を行ったが、何れの場合も抗原吸入による喘息様口乎吸困難発作は抑制されたが、これは発病予防的に、感作発現的にも、又発作抑制的(治寮的)にも温泉連浴が抑制効果を示し、予防的にも治療的にも効果があることを意味している。
 以上の様に温泉の連浴は単に疾患の治療だけでなく、ある種の疾患の発病予防的にも効果を示す可能性があるものと考えられる結果であった。

慣習的特殊浴法


 特殊な温泉利用法が憤習的に行われている温泉があるが、これも医学的にその作用機能を充分解明し、より合理的に指導管理して行く必要があるが、これらの中には温泉の有効な利用手段を示唆しているものも多い(草津温泉時間湯、寒の地獄冷泉浴、微温長時間浴、砂湯、蒸し湯、滝湯など)。例えば、明治42年(!909)湯長高橋民蔵氏により記述された(昭和10年(1935)改訂)草津温泉時間湯の浴法選定記は、経験に基づく浴法指導書として略々完成されたものと見てよく、医学的にも貴重である。

適応症と泉質

 「温泉」とは、温泉地、温泉水の何れをも意味するという概念の混乱があるが、温泉の中で、療養に利用される価値のある温泉水を「療養泉」と呼ぴ、主として化学的分類に基づいて泉質名が与えられ、各成分に対しての薬効学的な根拠により、各々の適応を考えるため参考となるべき疾病が示されている。
 しかし、保養、療養に有効であると認められる温泉地では勿論その特異的な療養要素の第一は温泉であり、ここに湧出し利用される温泉を「療養泉」と定義するという立場をとると、当然療養泉の分類はその適応性により行われることが実際的となる。しかも、最も正しい適応性は実際に得られた臨床成績の分析帰納によって得られるべきものであることは当然であり、療養泉はその医学的効果の有無により判定するのが、化学的分析成績と医学効果との因果関係が一対一に対応しないと認められる現段階ではむしろ現実的である。しかし、温泉療養が完全に医学的管理下にない我が国ではその効果を客観的に証明する成績が少ないという現状で全国のすべての温泉地、源泉について判定することは不可能に近いのである。
 温泉の医治効果は温泉成分によってのみ確定することは困難であるがその特異性の第一の要素は含有成分であることは明白であるので、過去の研究により効果を立証し得た温泉成分を考慮して行われる化学的泉質分類は一面では合理的なものといわなければならない。そして、温泉成分の中で、効果の明らかにされたものに限定して、これに分類の基盤をおき、一応普遍的に「療養剤」の一つとしての作用効果を推定し易くするという考えの下に泉質別の適応が掲げられていると解釈すべきである。
 温泉の適応性を考える場合、その含有成分のうち、効果を立証確認されたものの薬効学的作用により判断することがなされているが、温泉には全く同じ泉質のものは存在しないし、又その適用の手技条件が異なれば同じ適応症をもつとは限らないことは明らかである。更に後述する様に、温泉以外の気候、環境などの作用因子も効果に関係してくるので、化学的に大略分類された泉質と適応性とを単純に1対1対応させることは全く無謀というべきである。
 成分分析結果から適応症を考える場合には少なくとも主成分のみならず、副成分、特殊成分、更には微量成分までをも考慮する必要があるし、引湯、冷却などの湧出からの時間的、距離的などの条件による変化なども考えなければならないが、医学的には実際の適用条件での臨床効果が実証確認されることが必要をのである。

伝統的適応症

 長年月の経験に基づいて伝承されて来た伝統的適応症を医学的に解析することにより、同一適応症に対する作用成分又は作用要素を帰納するという試みは温泉の特異的作用の解明には一つの手段でもあろう。
 疵の湯を伝統的適応症として有する東日本80ヶ所の温泉の分析成分数値から、そのイオン構成がどうかを検討して見ると、主成分としてSO4"を含有のものが最も多くついでC1'をもつもので、陽イオンとしてはNa'がCa"又はMg"よりまさり、Na-SO4型、Na-C1型の温泉が創傷治療に好影響を与えると考えられた、その他特殊成分としてHBO3、H2S含有泉もあった。
 この他にも伝統的適応症と温泉成分との間に相関がうかがえるものもあり、同一適応症が伝承されている多数の温泉について、共通の作用因子を抽出し普遍化するという手順により、各温泉成分の医学的意義が解明されよう。
 含有成分と対応して考えられる場合もあるが、温泉成分のみからはその医学的理由付けが困難であるものもある。温泉の有する温熱作用や水力学的作用などが主として利用され効果をあげている場合もあるので、泉質の他、その適用の方法を考慮しての検討も進められる必要がある。
 しかし伝統的適応症の中には客観的根拠に欠け全く宣伝的のものも多いので注意を要する。

温泉浴効果に及ぼす地理的因子、気候因子の影響

1)地理的条件
 一般に入浴時に際しては血中白血球数の変動が起こるが、これに伴い白血球中の好酸球数も変動する。
 標高1,000m以上の高山温泉入浴と、それ以下の低山温泉入浴時とで好酸球数の動きに差があり、前者では好酸球の浴後増加が認められなかった。しかもこの効果は温泉の泉質には全く無関係であった。このことは温泉の泉質以上にその地理的要素(標高)が生体に大きな影響を与えていることを示している。

2)気候的気象因子および環境要素
 各温泉地はそれぞれの地理的条件によりその気候パターンが異なる。その温泉地が一年のどの季節に療養によいかどうかを、平均気温と平均湿度で画いたクリマトグラフにおける快感帯で見ておくことも重要であろう。
 又その地の気象変化(日照、紫外線量、風速、風向、雨雪量、気温の日内較差など)がどの程度かも療養上必要な事項である。
 又療養中に行われるべき戸外運動なども、この気候気象に関係するし、地形的要素や森林などの植生要素など多種の環境的要素も無視できない。

温泉および温泉地の医学的管理

 天然の温泉が保健的治療的に活用される為には、その温泉およびそれが適用される場である温泉地が、その目的に対して効果促進的であり、効果阻害的要素を有してはならない。
 各温泉地はそれぞれ泉質を考慮し、温泉の各作用因子を積極的に活用すべく設備され、更には各種の物理療法の併用により、温泉効果を適宜に補足、強化する手段が行われるべきであろう。
 各温泉地が効果を確認立証された独自の適応症に対して、他の理学療法を補足するなどの手段を講じ、温泉作用を更に効果的に強化し、戸外運動、地形療法を加え、気候的因子も有効に活用して行く様な療養計画を実行するならば、温泉を中心とした保養、療養が完全な形で成立することになる。
 温泉顧問医、温泉療養医による温泉利用の指導、管理の組織機構や更には保健、救急などの医療体系も確立されなければならない。
 温泉地滞在中はすべての健康的、保健的な前提条件が確保されていなければならない。
 即ち、直接の温泉利用設備のみならず、その温泉地の環境条件も衛生的、治療的配慮の下で整備、管理されていることが必要である。勿論、一般的な居住衛生的条件や制約が満足されているべきであることは当然である。
 又、温泉地での滞在は、治療療養食の習慣を体得するには、絶好最適であるので、これらの供与が可能であることと、これに関運して、療養食を中心とした栄養指導や啓蒙なども行われることが理想である。
 療養効果を促進する上に、体操、スポーツ、遊技などは有意義であるし、又生命力を高める為に、芸術的な展示や催事、健康や人間の基本的問題に関する講話などは自覚と療養経過に抑制的な緊張の除去を促進するために適当であるし、更にこれらに関する図書の供給や文化的芸術的社交的情緒的な活動や集会も立案されるのがよい。
 前項に述べた様に、気候、気象的因子が温泉効果を修飾することが明らかであるので、温泉地では温泉のみの効果のほかに、他の療養因子をより積極的に利用し、これらが少なくとも温泉療養効果を阻害しない様に配慮する必要がある。
 気候、季節および気象変化の禁忌、適応を考え、気象変化の影響の利用、緩和や抑制などに地形や植生の積極的利用や、療養心理学的にも景観の保持や緑の育成などに配慮したい。環境障害因子とくに大気汚染や騒音の発生の抑制には地域全体が対策を講ずる必要がある。温泉利用の為の温泉館(Badehaus)、保養公園(Kurpark)、休養集全の為の社交館(Kurhaus)や遊歩道などや、地形療法の為の森林歩道やスポーツ施設なども必要となろう。
 これらの施設や環境が一貫した保養体系で整備され、各々の温泉地は夫々の地形的地理的特色条件の下で地域全体が一体化された都市計画によって整備推進されることが肝要である。
 この様な整備は、温泉地を積極的に保養療養地として価値付けする大きな要素を提供することになる。



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