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保養地療法の実際と効果-皮膚疾患  FORUM'90より


野口 順一
上田病院副院長


 有史以来約1500年,我国では皮膚病の治療は主として湯治に拠ったと云ってよい。
 明治以後,西洋医学が採用されるようになってから,いつのまにか膏薬,内服や注射などの薬物療法が主流となってしまった。
 それは日本の健康保険制度が助長したと思われる。韓非子の云うように(医善吠人之傷……),医師は健康保険の規定に従って治療してさえいれば有利であり,収入が保証されるからである。それを逸脱するような考えを持つことは無駄な労作となるからである。
 そのため日本の治療医学は大いに歪められてしまい,皮膚科領域のみでなく臨床部門全般に,薬物依存症が一般的のような状態にまでなっており,それを離脱する解決方法も見通しがついていない現況である。
 1500年間の経験知の長期間と分量から考えても,皮膚疾患の温泉療法は根拠なく存在していた療法ではない筈である。
 今こそ,皮膚疾患の温泉療法ないし保養地療法についても,西洋流の分析と綜合に拠って,その効果を確認することが必要である。

泉質

 特に皮膚疾患においては,浴泉が直接皮膚の患部に接触するため,浴水の作用はその水質或は泉質により大いに異なり,適応疾患は主としてそれらに左右される。
 化学分析に拠って各種の泉質があるが,皮膚病湯治では,緊張性泉と緩和性泉とに大別してきている。

緊張性泉と緩和性泉

 浴泉が皮膚に対して緩和的に作用して消炎的ないし保護的な効果を期待する場合と,緊張的に作用して皮膚の感覚を疼痛化して痒感を置換して鎮痒をはかる場合とがある。
 後者の場合には必然的に患部を刺激して,炎症の増強を招来する。それによって皮膚の反応が高められるが,そのことによって局所の炎症が進行し,完遂されて,炎症の自然減衰の形にまで経過して治癒に到達する可能性がついてくる。
 そのため,皮膚疾患の温泉療法では泉質を選ぶ場合に,皮膚に対して保護的に温泉を作用させる方法と,皮膚に或程度の反応を求めて刺激的ないし訓練的に作用させる方法とがある。欧州では前者の方針で治療が行われるが,我国では古来皮膚病の名湯と云われてきた湯治場では後者の方針を採る所が多い。
 どちらを選ぶかは,皮疹の現状や患者の体力や年齢やとえば我慢のできる青壮年者には訓練的泉質,老幼者には保護的な泉質を選ぶのが合理的であり,また経済的でもある。

浴泉と皮膚界面現象

 表皮表面は皮脂の脂酸や汗,またそれに含まれるCO2などのために酸性を呈しており,またそれらの弱酸の混在のために表皮は強酸や強アルカリに対じて緩衝作用を受持っている。
 泉水中の気体成分は皮膚の浸漬により表皮を通過し易い。その主なものは,CO2,O2,SH2,(SO2,SO3)また一部の放射性物質である。
 これらの物質は,その通過に際して表皮および真皮の知覚神経を刺激し,血管拡張など各物質特有の作用を示す。
 真皮の体液はPHがほぼ7.0であり,生体はこのPHを維持しようと反応するから,たとえば,浸入したC02はNaHCO2となり,SH2はSH’となって,これらは皮膚のアルカリ維持能として作用する。一部は血液中の血色素と結合して遠隔部位に運ばれる。すなわち一種の呼吸作用である。
 ソビエトでは人工衛星の発射が多くなった頃から人工窒素泉浴による療法が盛んに行われるようになった。窒素ガスも表皮を透過して作用し,皮膚の循環障碍改善に有効であるとされている。
 水治療法では酸素も使用される。浴水に酸素や空気を吹き込んで気泡浴の形で,また滝ノ湯や圧注の形で泉水中に酸素ないし空気を取り入れて適用し,リウマチなどに有効であるとの報告がある。
 しかし,皮膚病湯治では,なぜか窒息性気体を含んだ浴水が多く利用される。
 遊離のCO2やSH2を含まない泉質の浴泉でも,表皮の表面のPHは約5.0であるので,界面現象として,そこで化学変化が起こり,その泉水の含有物質が逆にCO2やSH2に変化し,血管拡張など,それらの物質に特有な作用を現出することがある。そのため,緩和性泉と思われる成分の浴泉でも皮膚に対して刺激作用を呈する場合がある。欧州に多い中性のゾール泉にこの種のものが多い。
 泉質が酸性であると脱水して,表皮特に角質層を硬化させ,鱗屑を生じ,分泌物があるとそれを固化して痂皮形成を進行する。アルカリ性であると表皮は水分を確保して湿潤となり,特に角質層は膨大軟化し,痂皮や鱗屑も融解する傾向となる。
 西ドイツにおいては,そのバートのほとんどが中性に近い泉質で,研究者はPHについて全く無関心であり,べ一デルカレンダーの中の分析表にもPHの記載は無い。
 我国ではPH1.2からPH10まで各種の温泉があるからPHに無関心であっては皮膚疾患の治療は困難である。皮膚の浴後の乾湿については,浴後の皮膚表面への沈着物も関係してくる。
 塩類泉や海水浴では皮表に附着した塩水は乾燥し濃縮されて,高い浸透圧となり,表皮から水分を吸い上げ,それは体温であたためられて蒸泄されるから皮膚の水分は皮下から表層へと移動する。
 同様の現象は結晶水を持つ明磐や緑磐でも起り,その作用は一層顕著である。したがって酸性の明磐や緑磐を含有する硫黄泉に浴する時は更に強力な皮膚脱水現象が現出されるのである。
 これらの現象は,入浴に際して,その温泉がどのように皮膚に感ずるかと云う,いわゆる「肌ざわり」と云ったような微妙な感覚を与える。すなわち浴後の皮膚の粗慥と潤滑とに関係がある。

泉質と適応症

◎硫黄泉(硫化水素泉):この種の泉水中では,そのPHによってSO2,S03,SH2などの量が異なり,それに従って刺激の程度も異なる。
 酸性硫黄泉では,その中に遊離硫化水素が大量で,それが表皮内に多量に浸入するので,血管拡張作用などの程度が強く既存の炎症を増強させる。その結果としていわゆる「毒を出す」と云う現象が惹起される。
 またSO2,SO3,HCl(殊に玉川温泉では大量)などのために表皮に糜燗面があると入浴を繰返すことにより,それは痂皮化し易くなる。完成された痂皮は皮疹を浴泉の刺激から保護するし,また掻爬などの外力も回避する。
 また,患部周辺の血管作用が比較的に高度に増強されるので「よりの現象」を招来し易い。よりの現象によって患部はその一点に集中し,その他の部分の炎症は自然減衰し,患部は大巾にその面積を縮小するようになる。
 硫黄泉の酸性がPH2.5以上で,浴後の処置が不適当な場合には,陰股や腋窩に浴湯皮膚炎が発症することがある。湯治場ではこれを「しるし(証)が見えた」と云って却って喜ぷ風習もある。これは間擦疹であり,その激痛のために歩行困難の状態にまで陥ち入る。患者は寝ても醒めても,その激痛のことぱかり気にし,できるだけ身体を動かさないで,ただただそれを耐え忍ぷことに全精神を傾ける。そのための痒感←→掻爬の条件反射は封殺されて,皮疹のほうは忘却放置されて,自然治癒の経過をたどると云う御利益もある。
 上述の種々の作用を利用して,酸性硫黄泉は全身性の痩痒性疾患特に接触性皮膚炎や貨幣状湿疹,紅皮症などに適用される。
 尋常性乾癬でも痂皮形成を利用してケブネル現象を抑制するため酸性硫黄泉のほうが有利な場合もある。
 また浴後の乾燥や落屑促進作用のため,真菌症には効果的に適用される。
 また遊離硫化水素の多量な浴泉では,その殺虫作用を利用して折癬や鼠などの寄生虫病に適用される。
 中性硫黄泉の場合も,泉質によっては,浴泉により界面現象で遊離の硫化水素が増量されて血管拡張作用などを呈することがある。酸性硫黄泉に比して刺激が弱く緩和性であり,しかも真皮の浸潤を改善するので,昆虫刺蟄や創傷また痴腫症に適用すると良い。
 欧州における硫黄泉は中性に近いものが多く,しかもゾール泉の型をとっており硫黄泉と高張塩類泉の両作用を示すため,鱗屑の融解や浸潤性紅斑には有効である。殊にカルシウムを含む硫黄泉は尋常性乾癬に良効があるとされている。
 アルカリ性硫黄泉は日本でも例は少ない。代表的なのは,鳴子温泉の鰻湯である。Na2Sを含み加水分解してNaOHとなっているため皮膚を浸漬するとその名の如くぬらぬらする。角質や鱗屑を融解する作用は抜群であるが,皮脂を強力に脱排するので,皮膚は却って弾力を失い,過度に入浴すると鞍裂を生ずる。
 人工的には硫化ナトリウムや硫化カリウムを温水に溶かして浴する。
   Na2S+2H20→SH2+2NaOH
 明磐や緑磐を含有する硫黄泉では,その浴後の皮膚の乾燥性と落屑が特に強く,真菌症や糜爛面に有効である。また,血管の活動を鎮静する作用のため蕁麻疹に有効である。

◎炭酸泉:日本には高濃度の炭酸泉は少ないので皮膚科的適応は確定されていないが,最近の人工炭酸泉浴に拠る治験では,難治の下腿潰瘍などに有効であるとの報告がある。
 この泉質に浴すると,CO2が皮内に透過して真皮表層の血管を拡張させ,またアルカリ維持能を高めるので,表皮欠損の皮膚修復機転を助ける。
 重曹泉でも皮膚界面現象によってC02が産生され,皮内に吸収されて血管を拡張させ,また角質層を軟化し,表皮を潤滑にし,しかも刺激は弱く,緩和性なので,皮膚粗糖たとえば小児乾燥型湿疹,冬季痒疹,先天性また老人性魚鱗癬などに適切である。

◎塩類泉:塩類泉ではそれらに含有される電解質の濃度すなわち浸透圧の程度が問題である。沃素や弗素などのハロゲンまた亜鉛,リチウム,セレニウムやゲルマニウム,また砒素,水銀や鉛などの微量元素は眼科的に利用する場合,また吸入や飲泉を併用する場合には問題になる。人間の体液ないし海水に近い浸透圧を示す泉水を等張泉とし,それより稀薄な泉水を低張泉,濃厚なのを高張泉と云う。
 日本では岩手県の新安比温泉など少数の温泉以外はいずれも濃度が低く,ほとんどが低張塩類泉に属し,保護的な適応をしている。適応症としては,再発性でない一時的な急性皮膚炎,膿痂疹,昆虫刺蟄,創傷,熱傷,座瘡などである。
 低張塩類泉のうち比較的濃度の高い泉水を中等度塩類(食塩)泉と云い,これは特に熱傷,また多形濠出性紅斑や結節性紅斑などのリウマチ性皮膚疾患に適用される。
 等張に近い塩類泉では,泉水は表皮上で濃縮されるので浴後,刺激作用や保温作用がある。リウマチ性疾患などではこの機転を利用するが,この刺激作用を忌避する場合は淡水浴に拠る「上がり湯」を使う。
 欧州では濃度の高い塩類泉が多く,ゾール泉と云い,光線療法と併用して尋常性乾癬に適用されている。日本では,新安比温泉(岩手県):食塩209/kg,メタ硼酸5.49/kgが代表的である。
 高張塩類泉では,その高い浸透圧を利用して,熱傷や庖疹の水泡をそのまま自然にその内容を吸収して萎縮させることができるので,それらの疾患の治療に用いられる。また,浴後の保温性が高いので凍瘡,また多形濠出性紅斑や結節性紅斑などのリウマチ性皮膚疾患に適用される。温泉ではないが,イスラエルの死海では,日光浴と併用して,その高張塩類水浴に拠って,尋常性乾癬の治療を行っている。その浸透圧に因って真皮の浸潤に良好に作用するものと考えられる。

浴法

 泉質によって適応疾患が決められるのであるが,それら適応疾患に対応した浴法もまた重要な湯治要素である。

◎高温浴(43〜46度):皮膚疾患治療に際しては,その痒感を鎮静させる機転がその最も必要な効能である。高温浴で皮疹の痒感を鎮静することができるが,固体は長時間の入浴に耐えられないので,短時間の頻回浴となる。即効的ではあるが,痒感は再発するので2〜3分間ずつ,1日に100回近く入浴したと云う例もある。
 硫化水素泉や炭酸泉を適用すると比較的に低温で鎮痒作用がある場合がある。
 他に丑湯治と云って,夏の酷暑に耐えるようにすること,また発汗調整訓練などを目的とする浴法もある。
 草津の時間湯に類する浴法は東北地方でも,鳴子,玉川,酸ケ湯などにあり,これは顕症梅毒の皮疹の菌を焼いて追い出すと云う考え方で,マラリヤ発熱療法に類する浴法であった。

◎冷浴:寒ノ地獄が有名であるが,みそぎ,滝修行,海水浴などもある。
 これも寒冷刺激で置換して痒感を抑制する手段であるが,同時に寒気に対する訓練と云う意味もある。
 また熱傷直後や紅痛症に適用してそれらの激痛を緩和する。
 寒ノ地獄では冷浴後、ストーブで身体をあたためるので,温冷交代浴と同質と考えてもよい。

◎微温浴,不感温浴:この場合は長時間浴となる。心疾患のある時も適用される。
 東北地方では狂人の湯として定義温泉が有名である。
 鎌先,下部,積翠寺などの湯治湯では創傷や火傷の湯として適用されている。
 また,微温浴は神経性皮膚炎など心因性の疾患に有効である。特に乳幼児のアトピー性皮膚炎様そう痒症に対して胎内還元の目的で適用される。
 痒感を抑制する作用は高温浴や冷浴よりは劣るが,長時間に亘り皮疹を保護することができるので,創傷,熱傷,凍傷,天疱瘡や翠皮症など,また褥瘡の治療およぴ予防に利用される。また,痂皮や鱗層を軟化溶解するので乾燥型湿疹,枇糠疹,座瘡性疾患などに良効がある。
 微温長時間浴では,浴水が清潔でないと感染症を合併し易い。そのため大量の浴水で,しかも迅速な流水が望ましい。
 欧州では,一般に比較的低温(36〜40度)で入浴するので,膿痂疹や真菌症などの感染症は適応外で,また禁忌とされている温泉も多い。

◎温冷交代浴,クナイプ療法:この浴法は皮膚血管の訓練が目的であり,それによって環境の変化に対する皮膚の対応を適切にする。紅皮症,蕁麻疹,多形浸出性紅斑や凍瘡などに有効な手段である。
 例としては,各地の川原湯,特に老神温泉や俵山温泉が有名である。

◎蒸気浴:玉川温泉の箱蒸しは高温浴と同様の目的で行われる。たで(蒸しタオル)……局所的な鎮痒清拭……頭顔の皮膚炎,昆虫刺蟄,蛇咬傷,硬結,また眼病などに適用される。酸ケ湯マウジュウふかし,痔蒸し……陰部そう痒症や痔疾に有効である。

◎圧注,滝ノ湯:頭部被髪部の鎮痒清拭……枇糠疹や脂漏性湿疹また頭部乾癬に対して施行される。
 フランスのラ・ロシュ・ポゼイでは強さの異る各種の圧注が行われている。痒感の鎮静が目的であるが,高圧圧注と称して痂皮や鱗屑の除去や癪痕の軟化も目的としている。

◎海水浴:海水は広い意味で等張の塩類泉と考えられる。日本では因幡の白兎の伝説があるが,医学的に取り入れられたのは明治18年,大磯海岸で始められたのが最初である。
 1750年に英国のリチャード・ラッセルがブライトンで始めた海水浴は,もともとは結核や端息や腺病・浸出性体質などに対する療法であった。
 西ドイツでは戦後より北海のヴェステルラントなどで海浜療法が盛んに行われるようになり,体質性神経性皮膚炎(アトピー性皮膚炎)に対して集団的に生活訓練的な療養が行われてきている。
 ソビエトのソーチでも硫化水素泉浴と海水浴や日光浴との複合治療で湿疹や乾癬の療養をしている。
 イスラエルの死海では,高張浴として,日光浴を併用して乾癬の治療を行っている。

◎泥浴,パッキング:東北地方では鬼首・荒湯で行われていた。硫黄泥を用い,特に疥癬や虱など寄生虫病に良効があった。
 指宿の砂蒸しと異なり,泥の成分も間題となる。
 欧州ではシュラムバートと称し,泥炭を用い,低温で痛痒を鎮静し,また尋常性乾癬に対しゲッケルマン療法の様式で,太陽燈照射と併用して治療が行われている。

◎袋洗い:伊香保などで行われていた局所の洗浄方法で,帯下或は膣感染症などに使われていたようである。

◎直し湯:泉質の異なる温泉に変更することである。長時間,同一の温泉で湯治をしていると,「慣れの現象」が起り,治癒が遷延する場合が多い。その状態に転機を与えるためである。慢性疾思,たとえば難治の創傷や潰瘍,また再発性櫛腫症や慢性蕁麻疹などで行われる。梅毒でも以前には行われていた。
 直し湯はまた,温泉反応や個体の体力低下などの都合で必要となる場合もある。

 まず泉質の選定,次に浴法の指定が温泉療法医の勧告としては最も重要な事項であり,これらの関連を把握して,適切に指導が行われないと,皮膚疾患の湯治は順調に進展しない。

季節との関係

 皮膚疾患の中には,急性ないし一時的で,しかも季節的であるものもあり,そうでないものもある。また慢性或は再発性で遷延し,それが季節に関係があるものもあり,関係の無いものもある。故に皮膚病湯治を適用する季節の選定も重要事項であって,夏に増悪する皮膚病は湯治の効果として,夏に改善していなければならないし,冬に皮疹が顕著になる患者では冬には消褪していなければならない。それによって患者は自信を持ち,その病気との「つきあい」の仕方を或程度自分で勘按することができるようになる。
 たとえば,春から夏にかけて多い昆虫刺蟄や膿痂疹様湿疹などは夏のうちに治しておく,もしこれを失敗すると,冬になって体質性神経性皮膚炎(アトピー性皮膚炎)や結節性痒疹を進展させることになる。故にそのような患者を診察した時は,短期的な皮疹の外観の粉飾などは考えず,長期的な見通しに基いて対応することが必要で,皮膚病の湯治が良好に作用したか否かと云う判定には数年を要することもある。
 尋常性乾癬は皮膚病湯治の第一の適応疾患であり,前述の如く,世界各地でその療養が行われてきているが,この疾患は疫学的に日光光線の少ない地域に,また少ない時期すなわち冬季に症状が増強されるので,日光光線への希求が強い。したがって夏期には日光浴,冬期には人工太陽燈の照射を併用して湯治が行われる。そして究極の目標は,冬季において症状が軽快していることを期待するわけである。
 どの季節に湯治を行うかと云うことは大事なことであるが,実際には学業とか休暇とかの関係のために,夏休みや冬休みを利用して比較的長期間の湯治をする場合が多い。
 以前,日本の産業の殆んどが農業であった時代には,四季のうちの農閑期に定期的に湯治が行われてきていた。「泥落し」と云って附近の湯治場で休養をとり,昆虫刺蟄やあせもやかぶれ,また一寸した怪我などを治療し,同時に種々の情報の交換などもあって,一種の社交研修の場ともなっていた。湯治期間は現在の平均よりも長期で,症状の程度にもよるが,2〜3週間が普通であった。
 湯治の期間は,疾患が急性か慢性再発性かなどで種々となるが,皮膚疾患の場合は,脱皮周期が約1ケ月と云う関係から,1ケ月間を1クールとし,罹病期間が3年以上の患者では2〜3クールは欲しいと思っている。

再発の予防.リハビリテーション

 湯治が成功して,軽快した皮膚病が,季節が変って再発しないように,増悪の季節の前に,どうしたら再発しないでいられるかと云うことを考えて,それに対応して改善された生活方法を納得して続ける必要がある。この事は他の疾患の機能回復訓練と同様である。殊に尋常性乾癬や神経性皮膚炎(アトピー性皮膚炎)では湯治の後も,その改善された生活様式を継続する必要がある。

現今の生活様式と皮膚疾患
 皮膚はその個体の体内とそれを囲む環境との接点にあって,環境の変化や個体の体内の異常に応じて,それら各々の間に平衡を保って,緩衝的に伝達したり,対応したりする機関であると云える。
 外界が寒冷になれぱ,表皮は血管収縮や立毛,また鵡皮によって体温の逸失を防ぎ,温暖となればその血管は拡張し,伏毛や発汗によって体温の放出をはかる。野生の哺乳動物ではこの反射的機能がよく発達している。
 人間においても,以前は多少ともこの機能を保有していた者が多数であった。最近は,媛房器具の発達や建築様式の変化などが原因となっていると思われるが,上述のような外界適応本能が減弱している人達が多くなってきている。
 夏の酷暑も冬の厳寒も殆んど経験しないですむ環境の中でばかり生活していると,皮膚本来の機能は低下する。すなわち,文明病とか都市病と云った状態になる。
 我国における入浴は,以前は主として銭湯で,半ば強制的に江戸っ子の朝風呂的な平均して可成り高温43〜44度で入浴させられており,小児でもその熱さに耐えながら入浴していたものであった。しかし最近は,各家庭に浴槽があり,各自が快適に感ずるような温度で入浴し,しかも多忙のため?そそくさとすませたり,シャワーのみの者も多くなってきた。
 冷暖房の施設も完備してきて,寒暑に対する我慢もしないですむ状態の中に年中生活していると,残る苦痛は痛痒の感覚だけで,その残った感覚を常に追い求めている境遇に陥入ってゆく。そのため皮膚の感覚としては痒感のみが主流となってゆく。
 前述の種々の浴法によって,このような状態の改善をはかるのも湯治の目標の一つであり,その方針を湯治後の通常の生活に際しても,持ち続けていなければならない。

一般的な皮膚疾患の治療法と皮膚病湯治との相異

 皮膚病湯治の方針は,一般的な皮膚科医院や病院皮膚科で現在実施されている治療法とは本質的に異なっていると云わざるを得ない。
 一般的な皮膚疾患治療では,皮疹の炎症を副腎皮質ホルモン剤などの消炎剤で抑圧して皮疹の外観を粉飾することにのみ忙しい。その外観の軽快がそのまま再発しないですめば,それに越したことはないが,慢性再発性ないし遷延性になる例が多い。その際に,有限の期間内に,それらの薬剤を使用しないですむ状態にまで,すなわち本質的に,また薬物依存なしに皮疹が改善されている状態を保っていられれば,その治療が効いたことになるのであるが,それがなかなか困難な場合が多い。また,そのような薬物依存が長期間に亘れば,それに因って皮疹以外の副作用も合併してくる怖れがある。
 そのような場合に皮膚病湯治は効果を発揮する。
 皮膚病湯治では副腎皮質ホルモン剤などの消炎剤類は使用しないですむので,それらの薬剤から離脱させるための諸操作は必要が無い。炎症を抑圧する薬物投与は行わず,むしろ炎症を,緩急の差はあるが,合目的に進行させて,皮膚が本来保有している自己修復能力を助長する方針を採る。したがって治療の方向が一般的な皮膚科治療とは正反対である。
 一般的な皮膚科治療を中止して,皮膚病湯治を始める時には,今までの消炎剤の作用が急に無くなるので,丁度長期間連用していた麻薬や覚醒剤が切れた時のように,一時的に皮疹の外観は増悪する。患者はその試練を耐えなければならない。
 その試練を乗り越えて,その後,皮膚病湯治の効果が現われてくるのである。
 この間の経過を患者によく説明しなければならない。



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