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保養地療法の実際と効果-循環器  FORUM'90より

田中 信行 鹿児島大学医学部教授
堀切 豊
鄭 忠和
東郷 伸一


はじめに

 温泉や入浴が血液循環を改善することは多くの人が良く知っている。しかし一方では心臓病や高血圧症の人が入浴による悪化や事故を過度に心配し、また成書にもこれらの疾患における入浴を非常に危険であるかの如く記載したものもある。
 循環器疾患の温泉療養や入浴はその基本的注意を守れば危険は非常に少ないもので、効果、利点の方がはるかに大きい。ここでは入浴による循環系の反応と、その望ましい効果を引出す簡単な注意を述べ、最近我々が行いつつある、温浴を重症心不全の治療の1つとして用いうる可能性についても紹介する。

表1.温泉・入浴の医学的効果とその作用機序

1)温泉効果
 a)血管拡張:血流増加・心拍出量増加・血圧低下
 b)代謝賦活:酸素消費増加・組織代謝充進・コラーゲン柔軟化
 c)神経刺激:高温で交感神経・精神興奮、発汗 不感温度(34〜36度)は鎮静的
2)水の物理的作用
 a)静水圧:静脈還流増加・呼吸抑制
 b)浮力:体重が軽減し、まひ・痛みの水中訓練によい
 c)粘性:適度の抵抗運動
3)含有成分効果
 a)塩類:皮膚被膜を形成し、湯冷め防止、飲泉効果
 b)ガス:CO2,H2Sは血管拡張強し
4)特殊入浴法
 a)砂浴:臥位・砂重・高温のため、強い循環促進
 b)サウナ・スチーム:高温による循環促進、体重減少
 c)渦流・圧注浴:皮膚・筋を刺激、マッサージ効果
 d)鉱泥:保温効果
 e)吸入・注腸:呼吸器・大腸疾患
5)連浴・環境効果:自律神経・内分泌機能の安定化、心理的安定

I.温浴の循環系への効果とその作用機序

 温泉、入浴の効果は表1に示すように、温熱効果、静水圧・浮力効果、含有成分効果、自律神経・内分泌調整効果等に分けられる。


表2.温泉、入浴の諸作用から見た利点と欠点

  利点 欠点
1)温熱効果 不感温度一中等温なら血管拡張、組織代謝改善、血圧↓、心臓後負荷↓、鎮静、爽快、線溶能↑、血液粘度↓、コラーゲン柔軟化 冷一高温浴は交感神経刺激、血圧↑、心負荷↑、不整脈、頻脈、代謝充進、^S0,TAOの壊死悪化
2)静水圧 静脈還流↑、心拍出量↑(適度の心負荷)、ANP↑、レニン↓、交感神経抑制 首まで入ると口乎吸抑制↑、心不全悪化
3)浮力、粘度 体重免荷により心仕事量↓、適度の水中抵抗運道 特になし
4)含有成分効果 塩類被膜による保温持続、C02,H2Sによる血管拡張 飲泉によるNa、水負荷、H2S中毒
5)サウナ、蒸気浴、砂浴、渦流浴、泡沫浴、打たせ湯 静水圧なしに温熱効果強い温熱効果、心拍出血量↑、ANP↑皮膚刺激、マッサージ効果 いずれも高温は交感神経刺激、代謝充進、血圧↑、心負荷↑
6)連浴効果 自律神経、内分泌系の安定化、血圧↓、不整脈↓、鎮静、安静効果 湯中り現象、過剰安静による心機能↓(?)



 これらの効果のうち心血管系への作用は最も著るしく、この循環促進作用を介して血圧低下、心機能の改善、痛み、こわばりの軽減、疲労回復、等が生じて来る。

(1)全身の血管拡張
 温熱の第一義的とも云える効果で、体表で暖められた血液は静脈を介して体深部に熱を持込むため、入浴は非常にスムースな深部体温の上昇を来す。41度、10分の温泉入浴で約1.0〜1.5度の深部体温上昇が見られ、したがって湯に浸った体表のみならず全身の動脈、静脈、そして肺循環系の血管も拡張する。
 血管、特に細動脈の拡張はまず血圧の低下として観察され、図1の如く41度、10分の入浴でも入浴中から血圧は低下し、出浴後は更に低下して数時間も持続する。この時心抽出量を測定すれば、全末梢血管抵抗=平均血圧/心抽出係数の式による細動脈抵抗を求めうる。入浴後の全末梢血管抵抗の低下は明らかであり、心抽出量も増加するがそれをしのぐ血管拡張により血圧は低下するのである。
 この温熱性血管拡張は当然深部体温の上昇に平行しており、したがって淡水浴よりは塩類による表皮被膜効果、すなわち保温効果の高い温泉や人工塩類泉の方が降圧度も大きく、持続も長い。最近われわれは6大学共同で、無入浴、淡水浴と人工塩類泉(芒硝・重曹剤)の就寝前入浴による終夜血圧、深部体温について比較した。淡水浴に比し人工塩類泉入浴が有意に血圧下降、深部体温上昇度が大きく、軽中等症高血圧での非薬物性降圧療法の1つとして提唱したい。また炭酸ガス泉や硫化素泉は温熱効果に加えてそれ自身の経皮侵入による血管拡張作用が加わるため、より大きな降圧が期待される。
 この温熱性血管拡張の機序については種々の意見があったが、われわれはatropine,propranolo1,phento1amine等の特異的自律神経遮断薬を用いて、入浴後はこれら薬剤による全自律神経遮断時の血圧(Non-antonomic b1ood pressure)が最も低下することを示した。すなわち1回入浴時の血管拡張、血圧低下は自律神経を介してではなく、温熱の直接的血管拡張によるものである。しかしこの温熱性血管拡張、恐らく血管平滑筋の弛緩の機序については今後の課題である。

(2)肺血管系の拡張
 さて同様の血管拡張は当然肺血管系にも起こる、あるいはむしろ体表で暖められた最も熱い血液が最初に還流する肺血管床への効果が最も大きいものと一思われた。図4はDCM(拡張型心筋症)における41度,10分入浴前後のデーターであるが、Swan-Ganzカテーテルによる入浴後の肺動脈圧、およぴ全肺動脈抵抗の低下が明らかである。
 またわれわれはCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の温泉あるいは高温砂浴について検討し、浴後わずかに動脈血酸素分圧(PO2)の低下を見たことから、肺内シャントの開大も推測された。
 いずれにしても全身血管抵抗、肺血管抵抗の低下は後述する心不全の温熱療法に最も大きな理論的根拠を与えるものである。

(3)全身の血流改善
 これまで述べた血管拡張も全身の血流の増加を伴わなければ無意味である。入浴による血管拡張は心臓後負荷、すなわち心臓の圧抵抗を低下させるため著明に心収縮力を高め、心抽出量すなわち全身血流量を増大させることになる。さらに血圧下降による反射性頻脈と温度そのものによる心拍促進作用も加わり、入浴により心拍出量は1.8-1.4倍にも増大する(図1、図4)。

図1.高血圧患者の41度、10分温泉入浴による心血行動態の変化



 この心抽出量増加作用はいかなる強心剤よりも強力であり、しかも心筋への直接作用ではなく血管抵抗の減少による心臓余力の向上によりもたらされることは最も注目すべきことである。それが心拍数や心抽出量の増加という、一見心仕事量を増加させるかの如く見えながら、心疾患や高血圧忠者の入浴に際してほとんど不整脈の出現や心不全の悪化を兄ない理由であろう。

図2.41度、10分入浴直後の動脈血ガス分圧、pHの変化  * *=p<0.01



(4)組織代謝の改善
 さて心拍出量の増加は全身の組織に十分な酸素や栄養を送りこみ、かつ炭酸ガスや老廃物を迅速に除去することが期待される。しかし一方で温熱性代謝亢進も予想され、最終的な組織代謝の変化が最も重要となる。
 古元らは質量分析計を用いて、兎の皮下、筋肉の入浴によるPO2の上昇、PCO2低下を認めている。また麻生らはポーラログラフ電極を用いて、人の前腕温熱療法によるPO2の上昇を報告した。われわれもより間接的ではあるが、淡水浴、温泉、人工炭酸性、塩類泉、あるいは高温砂浴のいづれにおいても、入浴後静脈血の著明なPO2の上昇、PCO2の低下、アルカロージスを見出したが(図2)、それは心抽出量増加による組織O2濃度の上昇、CO2濃度の低下を示唆するものである。また静脈血ピルビン酸/乳酸比の上昇も見ており、入浴後の心拍出量増加が実際に組織の酸素化により好気的代謝を助長していることが窺える。
 一方、41度,10分入浴時のO2摂取量、CO2排出量の変化は入浴中でもその増加は1.1〜1.3倍に過ぎず、出浴後は急速に前値に復帰し、41度入浴による代謝亢進はそう大きなものではない。すなわち心拍出量増加率が代謝増加率より有意に大きく、この点からも組織酸素化が進むことが推測された。また呼吸商(Respiratory Quotient,RQ,CO2排出量/O2摂取量)は出浴後わずかに低下し、糖から脂肪燃焼の方向へ傾くことが窺われた。

(5)静脈拡張の効果
 全身血液4〜5lのうち動脈系に貯えられているのは600〜800mlであり、残りの大半は静脈系に存在する。静脈系は血液の貯留槽の役割をして、全身血液の分布に重要な意義を有する。特に心不全時には静脈系の緊張、収縮は、右心〜肺血管系〜左心のいわゆる中心血液量(Central Blood Volume)の増加を介してその悪化に働く。心不全時の組織虚血は全身の交感神経緊張により動脈系のみならず静脈系も収縮し、心不全の循環動態を悪化させている。
温泉、入浴による血管拡張は当然この静脈系を拡張させ、図4の右房圧低下に象徴される静脈圧低下、貯留槽拡大を示唆している。われわれは未だ Central Blood Volume を測定していないが、入浴による静脈拡張はこの Central Blood Volumeの低下により、前述の心臓後負荷の低下、肺血管系の拡張とあいまって心不全に更に望ましい循環動態を提供することになる。

(6)静水圧の影響
 われわれの動、静脈とも、その体位に応じて心臓からの高さに等しい血液の静水圧により常に伸展されている(図3)。その影響はもちろん立位時が最も大きく、それによる静脈系への血液貯留による心拍出量低下と細動脈拡張による血圧低下に対抗する圧受容体一自律神経反射系を有している。水中ではまたその深さに応じた水の静水圧で動、静脈は外部から圧迫される。したがって胸高までの入浴は、血液による動、静脈への静水圧と外部からの水の静水圧が完全に釣合うため、どんな姿勢であれ「空中臥位」と同じ血行動態となる。ただ胸廊への静水圧が呼吸を抑制し、腹圧を上昇させるので、その分の心負担は加わることになる。したがって臥位可能、すなわち起坐呼吸のない心不全患者が入浴による静水圧で悪化という事は考えられず、せいぜい呼吸を楽にするために膀位または季肋部つでの入浴にすると良い。これでも下半身で暖められた血液の全身循環により、これまで述べた温泉、入浴の効果は十分に期待される。

図3.空中臥位,空中立位,水中立位時の高,低圧系圧受容体と血液および水中静水圧の関係
  空中臥位と水中立位が最も心臓が大きいことに注意



(7)脱ストレス効果
 これまで述べた1回入浴でも、特に労働の後や就寝前の入浴は適度の皮膚温熱刺激による中枢の鎮静、保温による安眠、筋や靱帯の痛み、こわばりの軽減、血流、代謝改善による疲労回復を通じて脱ストレス的に作用する。それは交感神経の緊張や筋の緊張を低下させ、前述した夜間の血圧下降、心拍の抑制、不整脈や狭心症発作抑制的に働らく。
 さらに大自然の中の澄んだ大気、緑、花に囲まれた温泉地での保養、湯治は、都会や仕事の喧騒、雑多を離れ、深く心に安堵と冥想にも似た鎮静を与える。長期、3〜4週の温泉保養による身体機能調整作用については多数の研究があるが、温熱の作用と環境の複雑な総合的効果を介した自律神経、内分泌系の正常化が報告されている。心血管系に直接関与する指標としては、鈴木らは7日間の須川温泉連浴で血圧、心拍、心拍RR麦動係数、血中カテコールアミン等が一定の値に収斂する傾向、すなわち高値の者は低下し、低値の者は上昇する傾向を示した。また阿岸らも連浴による cyclic AMP の減少、cyclic GMP の上昇傾向を認め、交感神経優位から副交感神経優位への変化を推測している。

II.循環器疾患の温泉、入浴療法の注意

 循環器疾患の望ましい温泉、入浴療法は、結局、いかにして副作用なく十分な血管拡張、血流改善、心負担の低下をもたらすかにある(表2)。

(1)一般的注意
 一般的注意、禁忌事項を表3に示したが、循環器疾患においては特に事前の入念な Medical check が重要である。それにもとづく降圧剤、強心剤、拡不整脈剤の確実な服用をすすめ、温泉療養のみでこれらの疾患が治せるという様な思い込みや指導は厳に慎むべきである。またある葉剤については中止〜減量が望ましいものがあったり、循環器以外の合併症の問題もあり、ここに温泉療法医の的確な判断、存在意義がある。戸外や露天風呂等では特に冬期には入浴よりも周囲環境が問題になり、また入浴後の保温にも十分な注意を払わねばならない。飲酒後の入浴や、高齢者あるいは脳卒中等による肢体不自由、心臓病患者等の単独、無監視の入浴は転倒、気分不良、何らかの発作時の対処が遅れるので避けねばならない。

(2)適応疾患と禁忌
 適応となる循環器疾患は高血圧、動脈硬化、心疾患中心に、血流改善が望まれる全ての疾患がある。その中で禁忌となる状態をチェックする事が重要で、心筋梗塞、不安定狭心症、閉塞性動脈疾患の急性期、心室性頻拍等の危険な不整脈はもちろんであるが、頻発する不整脈や毎分100拍以上の頻脈、血圧180/100mmHg以上の高血圧も禁忌、あるいは十分な監視、注意下でのみ許可される。

表3.循環器疾患の入浴,温泉療法の注意

1.入浴前の確実な Medical check
○正確な診断,病態把握,合併症,禁忌の有無
○基本的薬物療法の実施,継続
(血圧,心拍,ECG,呼吸機能,血液生化学,自他覚所見)

2.入浴,温泉療法の実際
 ○不感温度(34〜36度)〜中等温(〜41度)から開始
 ○シャワー,かけ湯,低位(腰・膝位)入溶の併用
 ○短時間(5分位)から始め,経過観察しっかり
 ○42度以上の高温浴は不可,入浴回数は1日2〜3回まで

3.禁忌,中止規準
 ○顕性心不全,頻発する狭心症や不整脈,肺機能低下
 ○血圧常時180/100mmHg以上,90/40mmHg以下,心拍100/分以上
 ○疾患急性期(約2週間以内),感染の存在
 ○入浴中〜後血圧±40mmHg,心拍±30拍/分の変動,自他覚症、検査所見の悪化
 ○飲酒後,食後1時問内,無監視,単独入浴

4.心筋梗塞の入浴
 ○開始は発病2週以降(2〜3Mets可能)ならシャワー許可
 ○3週以降(3〜4Mets可能)ならぬるく,浅い入浴許可
 ○入浴中のECG,血圧モニター,自他覚症監視
 ○出浴後の安静,保温


図4.41度,10分入浴による心不全患者(拡張型心筋症)の心血行動態(MPA平均肺動脈圧,CO心拍量,PVR肺動脈抵抗,PAWP肺動脈機入圧,RAP右房圧)の変化



(3)入浴温度、時間
 循環器疾患では交感神経緊張を避けるため、特に42度以上の高温や30度以下の冷溶は避ける。時間は温度にもよるが、40〜41度という日本人が最も好む浴温でも10分位が限度である。
 また1日の入浴回数も2回位までとし、頻回の入浴は疲労、湯中りを引起すので避ける。入浴時刻による循環器系反応の違いについては詳細な報告はないが、通常生活では夜間〜就寝前入浴が最も生活リズムに合っている。また就寝前入浴が高血圧患者の終夜血圧を良く低下させることは、前項の表で述べた通りである。

(4)顕性心不全の入浴(温熱)療法
 顕性、すなわち重症心不全の入浴は従来、非常に危険、禁忌とされて来た。しかし基本的薬物療法に加えての注意深い温浴療法は、血管拡張療法の1つとして前項で述べた如く著明な臨床的効果がある。
 我々は浴槽自動挙上型浴槽(サカイ(株)ヱレベール)を用い、病室で脱衣して入浴用ストレッチャーに移し、浴場に運んでそのまま浴槽を挙上して入浴し、また病室で着衣するという患者の労作を極力抑えた方法を取っている。また出浴後の毛布、布団による保温も極めて重要で、それなしには長時間続く血管拡張療法にはなり得ない。浅い入浴から始めるが、外の部分はバスタオル、掛け湯にて十分な保温を図る。図4に示すように、41度、10分の入浴で著明な肺動脈圧、楔入圧、右房圧の低下、心拍出量増加が見られ、よく保温すれば3〜4時間も緩徐に持続する。1日2回、2〜4週の入浴で心肺係数の縮小、自覚症や運動耐性の向上等の著明な改善を認め、新しい心不全の治療法として今後更に検討を進めている。

参考文献
1.温泉医学:日本温泉気候物理学会編、1990
2.田中信行:入浴の生理学、Fragrance J.12:531、1984
3.田中信行、川平和美、竹迫賢一:循環器疾患と温泉療法、総合リハビリ17:581.1989
4.田中信行、川平和美他:各種本態性高血圧症における温泉浴の降圧作用の比較湿気物医誌45:10.1981
5.小澤優樹、鈴木嘉茂他:心疾患々者における湿疹の血行動態に及ぽす影響、湿気物医誌49:71.1986
6.阿岸祐幸:全身水浴による温度刺激ならぴに連続泉浴による血中ホルモン動態と自律神経機能湿気物医誌42:27.1978
7.吉崎秀夫、鈴木仁一他:連続的温泉浴による心血管系指標の変動-特に治療効果との関連について-、湿気物医誌51:181.1988


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