「岩手は四国4県に相当する広さだから、それぞれ特色をもった温泉が多い。交通の便からすれば花巻あたりが中心だろうが、長寿社会に向けて健康志向に熱心な夏油(げとう)がいい・・・・・・」と、加藤先生は話を切り出した。温泉の発見と利用の歴史は古く、江戸時代の効能書に「数々の霊妙な名薬含む、南部藩随一の名湯」と記され、当時江戸や京都で発行した温泉番付では、西の大関紀州本宮の湯に対して東の大関と最高位にランクされている。駒ヶ岳の麓にあるので嶽の湯と古文書に出ているが、冬は雪で夏しか利用出来なかったことから、"夏湯(げとう)"と呼ぶようになり、いつ頃からか湯が油に書き間違えられてそのまま今日に至っているという。コセコセしない大らかな人間味が感じられて微笑ましい。国民保養・健康増進の指定を受けて、山越えの道もすっかり整備されて温泉地は年間稼働となっている。道すがらの眺めは素晴らしい。秘湯と自負し、自然が一番大事という夏油は、昔ながらの湯治場の面影を残しており、自炊の宿泊料は一日1,500円から2,000円。幼児は200円。寝具は有料貸出だが食器類とガス代は無料。土曜・日曜も同一料金である。 |
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大湯、真湯、疝気の湯、目の湯、新太郎の湯、洞窟の湯などの露天風呂が名物である。川のせせらぎに春はうぐいすの初音、夏はカッコウを聞きながらの入浴は浮世離れの別天地。岩手の方言で「ゆっくり、くつろぎおあげんせ」である。湯治保養なら1週間から10日、療養を兼ねたものなら2〜3週間で、すっかり元気になって「また来るね」と足どり軽く帰って行く。"湯治するなら夏油においで、二度と病にかかりゃせぬ"夏油小唄である。しかし、いくら風呂好きでも、目の前にあるからと言ってただ数多く入れば良いというものではない。間違った入り方をすると元気になるどころか、体調を崩すことになる。「1日目は1回どまり、そして徐々に身体をなじませて1日3回程度がよい」と先生のアドバイス。特別の病気をもった人なら出かける前に温泉療法医に相談することが最善の方法であろう。藩政時代から夏油では10ヵ条の入浴禁事が定められていた。「湯に長く入るまじき事」をはじめ飲酒、大食、空腹、立腹、目覚め際など。これは今までもその通りの入浴心得である。 |