西洋医学がドイツからアメリカ医学のとって代わって、「温泉なんか・・・・・・」と、とり残された格好の一時期があった。この風潮に真っ向から立ち向い反論を加えたのが、東北大学医学部の黒川利雄内科(のち同大学長、文化勲章受賞者、故人)である。その黒川内科直系の愛弟子が大湯リハビリ温泉病院長の小笠原達先生。もの静かな温厚そのものの先生だが、温泉にかけた情熱は"温泉の申し子"と言いたいほど、厳しく激しい信念の持ち主である。昭和32年、大湯で開業していた、お父さんが倒れた。当時大学で温泉研究をしていた先生には助教授、教授の呼び声が掛かっていたが、生まれ故郷を無医地区にする訳にはいかないと、お父さんの跡を継ぐ地域医の道を選んだ。秋田の冬は厳しく、日本でも指折りの脳卒中多発県。
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入院患者の半数以上が片マヒの後遺症という姿を見て、温泉をフルに活用したリハビリ病院へとジャンプした。どうせやるなら大湯を日本の保養温泉のメッカにする・・・・・・が、先生の夢である。広域大湯温泉保養地づくりの中核病院として、障害を持つお年寄りを1日預かって、風呂に入れたりお世話するデイケア施設も増築、急速に進んでいる高齢社会に向けて、地域の人たちに対する実習教室なども計画している。院長室に掲げられた師と仰ぐ先輩、杉山尚東北大学名誉教授の写真を見据えて、ポツリ「"温故知新"です。」その目は輝いていた。故(ふる)きを温(たず)ねて、新しきを知る、論語の言葉。以前学んだことを復習吟味研究して、さらに新しい道を見つけ出す・・・・・・という意味である。 |