温泉療法医がすすめる温泉|日本の名湯百選

榊原温泉さかきばらおんせん

三重県久居市榊原

泉質
アルカリ性単純泉
適応症
  • 胃腸病
  • 神経炎
  • 湿疹
  • 皮膚病
  • 婦人科疾患
  • 糖尿病
交通
大阪難波(上六)近鉄特急1時間、榊原温泉、送迎バスあり
武内 純四郎氏の写真

執筆: 温泉療法医

武内 純四郎

津市北丸之内医療法人武内病院理事長/外科 リハビリ/医学博士

榊原温泉の風景

お伊勢さんと縁が深い、七粟の湯

伊勢は津でもつ、津は伊勢でもつ……伊勢音頭の一節。伊勢は日本人なら、一度は自分の足で玉砂利踏んでお詣りしたいと、ひそかに想いをはせる心の寄りどころであろう。その伊勢にほど近い所に榊原温泉がある。「湯は七栗(ななくり)の湯、有馬の湯……」これは清少納言の枕草子(まくらのそうし)の一節。この七栗の湯が榊原温泉で、昔この辺り一帯を七栗と呼んでいた。清少納言ゆかりの平安の昔から京の都に知れ渡っていたところだけに歴史は古い。その湯の守り神として射山(いやま)神社が祀られている。神社は延喜式(927年)の神名帖に、その名が出ている格式ある社(やしろ)で、湯の神としていることから当時すでに温泉が湧いていて人が住んでいたことが裏付けられる。射山神社の浄水に、この地で育った榊を一夜浸して伊勢神宮の例大祭に奉納していたことから榊原の名が付いたという。古来湯治と呼ばれてきた温泉療法は、外傷の治療や働き過ぎの骨休めに効ありとされていた。平安時代、都で知られた榊原は江戸時代に入って西は大阪堺、東は尾張からの湯治客らが押しかけ、明治の文書にトバクご法度、売春禁止の通達が出されていたことでも、その賑わいぶりが伺われる。

みんな半病人、温泉利用の人間ドッグを

お隣、県都津市に本拠を構えた医療法人武内病院が、理想の医療郷を求めて、榊原に県内初の温泉病院を設立したのが7年前。「温泉病院さ行くのげ、あそこにはいい先生がいっぱいいるのでう……」町の自慢のタネにもなっていた。訪ねたら武内病院の武内院長が津からわざわざ温泉病院に来てくれた。榊原は、とうに調べ済でしょう。何も言うことなしの素晴らしい温泉です。昭和34年、兄弟で小児科、内科、外科、ベッド数20床の病院でスタートしたのですが、現在本院と温泉病院の職員だけで300人の大所帯になりました。

患者と医者、それは相互理解に立った人間同志の信頼度を作ること。それに最新鋭の設備を加えてどう応用するかです。とかく言われる高齢化社会、来るべき21世紀は一面“老人世紀”と言えるでしょう。この老人医療にどう対処するか、第一線の一臨床医として考えるのは“安心して住める町にする”これに尽きると信じている。お年寄り患者を収容する特別病棟も考えたが、受け入れより充実した体制づくりが先決だと、看護婦養成学校を今年開校しました。温泉病院は、ちょっと贅沢で電子顕微鏡を設備している。適確な判定にさすが威力を発揮しますね。この顕微鏡で、かれこれ10人余りの医学博士が生まれました。人は誰でも動いている間は、自分は病人でないと思っている。しかし実際は、みんな半病人なのです。ただ気がついていないだけ。温泉で、リラックスし、保養を兼ねた本格的な人間ドッグもやりたい。これからは温泉利用時代です。三重県には13人の温泉療法医がいますが、このうち6人が私の病院にいるんです……。

飢えを救った温泉の話

温泉地の高台に“ふれあいの里・湯の瀬”と名付けた市営の温泉保養館が出来た。サウナ、うたせ湯、圧注浴、泡沫浴など10種類の温浴が存分に楽しめる。入館料は一般800円だが65歳以上の年配者は500円。年会費2万円で朝10時から毎日でもどうぞ……名湯榊原のおもてなしである。孫の手を引いたお年寄りや家族連れ、また近くの町村からバスを仕立てて。のんびり湯につかったあとは自慢ののどをカラオケで……など、日曜・祝祭日は2,000人もの客でごった返しの大繁昌になるという。榊原のよさを一人でも多く知ってもらおうと、地道な活動を続けているグループ、榊原郷土を守る会があった。リーダーは町の郵便局長さん。面白い話を聞いた。昔、榊原も度々飢餓に見舞われた。農家の人たちに対する年貢米の取り立ては厳しく、すっかり巻き上げられた。困り果てた村人は、射山神社から湧き出る温泉を4斗樽に詰めて隣の津の町に売りに行き、帰りに津の海で作った塩を買った。その足で山越えし、塩に不自由している伊賀に行って米と取り替えて貰って村人は飢えから救われた……という。この昔話に、今何か忘れている大事な“教訓”が隠されているように思える。