温泉療法医がすすめる温泉|日本の名湯百選

下部温泉しもべおんせん

山梨県西八代郡下部町下部温泉

泉質
単純温泉
適応症
  • 慢性関節リウマチ
  • 筋肉痛
  • 神経痛
  • 骨関節などの運動器障害
  • 外傷の後療法
  • 疲労回復
交通
JR甲府から奥延線下部バス7分
常磐 猛氏の写真

執筆: 温泉療法医

常磐 猛

甲府市塩部常磐内科医院院長/日本内科学会認定内科医/医学博士

ミネラルウォーターの“信玄の隠し湯”

およそ戦いは五分をもって上となし、七分は中、十分は下なり。その訳は、五部は励ましを生じ七部は怠りを生み、十分は驕りを生む。戦いに十分の勝ちを得ても驕りが生じれば次は必ず敗れる。戦いに限らず世の中のこと、この心掛けが肝要なり……。戦国時代の武将、武田信玄の訓言である。風林火山の旗印をなびかせて川中島で相対した信玄と上杉謙信の一騎打ち。

どちらが勝ったのかちょっと判定に困るのだが、信玄のこの言葉からすれば上々の戦だったようだ。川中島で信玄は肩に傷を負い、その傷を治療したと伝えられるのが下部温泉。山の谷間に昔の湯治場の面影を残した“信玄の隠し湯”と呼ばれて大きくうなずけるところである。

温泉の効き目は、自ら体験

「下部は静かな自然環境、とにかく水が素晴らしい。あのミネラルウォーターですよ……」と語ってくれたのは常磐先生。「温泉に行って来た」と言うと10人が10人「それはいいですね」という声が返ってくる。「温泉?どこか具合悪かったのですか」と言う人はまずいない。こと程左様に温泉はまだまだ遊び場という考えから抜け切らない。1泊2日の休養も現代病のストレス解消などに効果はあるのだが、これからは保養療養の場として、これ以上のものはない……というように変る。イヤ変らなければならないと思うほど、実はその体験者の一人なんです……。11年前、医者でありながらとんでもない病気を起こしましてね。脳出血で右半分アウトになりかけた。病気が治ったところでご存知のリハビリ、温泉で徹底的にやりました。

温泉がこんなに効果があるとは当時私は知りませんでした。実際に体験してみて以来温泉のトリコになったのです……。お蔭で今はゴルフも平気でワンハーフ位回れますからね。高齢化社会と言うと聞こえはいいが、人間誰でも年をとって病気になるということです。その病気の大半は俗に言う成人病。いわゆる血管の病気です。同じ病気になるなら先送りしようというのが、高齢化社会に向けての医療対策の大きな課題。そこに温泉の存在価値が見直されている訳です。とにかく温泉は素晴らしい。これを活用しない手はない……と声を大にしたいですね。下部は単純泉だが、温度の低いゆるめの湯、あれがいいんです。高血圧症や骨折外傷などの術後回復。水がいいので火傷、切り傷。飲んで胃腸病、胃潰瘍前後に大変よい。

願い事は建物に落書き?で

下部は景行天皇の代に発見というから約1200年の歴史をもつが、その後、ときの国主が同温泉で療養中、日頃信仰していた熊野権現が夢枕に立ち、「この山の上に吾れを祀れ」というお告げで神社を建立した。当時の社は長い年月で朽ち果てたため、戦国の世、武田24将の1人下山城主の手で建立されたのが現在の熊野湯権現。温泉客の願い事かなわざるものなし……という霊験あらたか、下部の守り神となっている。神社での願がけは絵馬奉納が一般的だが、湯権現では神社の建物そのものに直接書くという変ったやり方で、ひどい落書きと見間違えた。「おじいちゃんの足が良くなりますように……」「一日も早く全快し今一度がんばりたい」「お父さん元気で長生きして下さるように」中には「早く良くなれ俺の足」というものなど、真剣な祈りの言葉がびっしり書き込まれていた。温泉の効能を示すかのように、治療と願いがかなって不必要になった松葉杖の奉納場所があり、数十本の杖が納められて例年5月の供養祭を待っていた。下部にほど近いところに日蓮総本山の身延山久遠寺(くおんじ)がある。参道入口に開会関(かいえせき)という総門があり、この門をくぐって山に登れば、なん人も平等に扱われるという関所。それ水は寒、積れば氷となる。雪は年を重ねて水精となる。悪積れば地獄となる。善積れば仏となる。樹齢250年とも300年とも言われる名物の“しだれ桜”が見事な花をつけていた。また薬のお寺、上沢寺(じょうたくじ)は日蓮上人ゆかりのところ。史跡名勝天然記念物の珍しい、さかさ銀杏の大木が若芽を吹いていた。下部はまたハンコの町としても知られ伝統の手彫印章の後継者育成に努めている。富士五湖の一つ本栖湖は無情の雨だったが、雨煙の湖畔も考えようではなかなかオツなものだった。