| WORKSHOP |
温泉の社会的活用と健康づくり 青山英康岡山大学名誉教授 はじめに WHО憲章によって、「健康の概念」とともに基本的人権としての「健康権」が国際的に確認され、各国政府は「国民の健康に対して責任」を持つことになった。その結果、地球レベルで「医療の社会化」=医療受診を社会的に保障する制度の確立に各国が取り組むことになり、わが国でも1961(S36)年に「国民皆保険制度」が発足した。 国民皆保険制度とは、「いつでも誰でも、どこでも、どのような疾病に罹患し、受傷しても、医療受診を社会的に保障する制度」であると同時に「国民総医療費を国民全体で負担する制度」でもある。 「医療の社会化」に取り組んだ国々では、健康権に基づく保健・医療要求が時代とともに無限に拡大し、増大するのに対応して必要となる「社会的資源」=財源や人材や施設等の整備には限りがあり、この需要と供給との間の格差の増大が共通した社会的に深刻な課題となっている。 このような状況の中で、すでに1978(S53)年にWHOが提唱した“Health for all by the year 2000”=「21世紀までに地球上の全ての人類に健康を」という目標に向けて、“Primary health care”=プライマリ・ケアの体制の確立が「アルマ・アタ宣言」として公表され、1988(S63)年には、住民参加による政策立案=“Health promotion”という実践的な戦略が「オッタワ憲章」として公表された。その成果が各国で公表されている“Healthy people”=効果的な保健福祉事業による医療費削減の政策である。 わが国でも国際的に他に例を見ない急速な少子・高齢社会を迎え、生命維持装置や臓器移植、遺伝子医療などの最先端医療に代表される日進月歩の医学・医療分野での科学技術の革新に伴って、年々増大する老人医療費問題が重大な社会的問題となり、その対策として、「国民健康づくり10ヵ年計画」が3次にわたって公表されており、「健康日本21」が「第3次国民健康づくり10ヵ年計画」として公表され、これに伴う法制度の整備として「健康増進法」が制定された。 急速な少子・高齢社会に対応する「効果的な保健・福祉事業」として、「温泉の活用」が「老人医療費の増大に抑制効果がある」のではないかという問題提起を受けて、地方自治体と国保財政が直面する緊急の課題として国保中央会に研究班が組織された。 調査対象と調査方法 まず、全国の市町村を対象に、「温泉の保有の有無と活用状況」について調査し、「活用の有無による医療費の動向」についての調査を行なった。次に、温泉活用者を対象に「温泉の利用頻度別医療費の動向」についても調査した。 調査結果 1.全国市町村別温泉の有無 全国3,232市町村の中で温泉を保有している市町村が2,184市町村(67.6%)も存在していた。尚、全国で「温泉地」は2,839ヵ所、源泉の総数は26,076ヵ所であった。「ふるさと創生事業」として源泉を掘り当てた総数は1,565ヵ所もあったが、源泉の総数の中で占める割合は6.0%に過ぎず、現存する圧倒的に多くの源泉は長い歴史を持っていると云える。 2.温泉の活用状況 温泉の活用状況についての調査には2,300市町村の有効回答数が得られたが、その中には温泉を保有していない市町村からの回答もあった。しかし、「保健事業」への活用については、温泉を保有している市町村が15.1%(347市町村)であったのに対して、温泉を保有していない市町村では5.8%(66市町村)と少なく、「町づくりへの活用」についても各々32.5%(707市町村)と3.0%(34市町村)と当然のことながら割合は低くなっていた。 温泉利用者数についての調査の有効回答数は887市町村と少なかったが、年間総利用者数の227,700名中住民の総数は75,817名であり、温泉利用者の多数派は住民の約2倍の外来者であった。 3.温泉利用者に対する調査 全国的な調査による回答内容から、調査に協力が得られると推測された15市町村を選定して現地調査を行い、さらにその中から10市町村を選び1ヶ所300名、合計3,000名の利用者を調査対象として、利用状況と医療費との関連について調査した。 有効回答者数は2,303名(76.8%)であり、回収率には市町村間格差が認められ、最低47.3%から最高100.0%の間に分布していた。 年間の利用頻度は男性が10〜30回との回答が多かったのに対して、女性は10回未満であり、男性の利用頻度が多く、利用目的では「健康づくり」、「気分転換」、「親睦」の順であった。注目されたのは、温泉の利用に際して、「かかりつけ医」による助言を受けての利用頻度が60〜70もあり、「健康づくり」を利用目的と回答している利用者が多いことと考え合わせて、「保健事業」としての温泉の活用基盤としての地域医療との関連が推察された。 温泉利用頻度と医療費との関係についての調査では、利用頻度に温泉を利用するための身体状況の差が反映することを排除するために、性と年齢と日常生活能力=Activity of Daily Living(ADL)を同じくするように群分けして、利用頻度の多い群と少ない群との間の比較を行なった結果、74歳以上の女性では総医療費と受診日数及び外来医療費において、利用頻度の多い群が少ない群よりも統計学的に有意に低いことが認められ、外来日数も有意ではなかったが低い傾向が認められた。今回の調査では調査対象者数が総数で174名と少なく、例数を増やしての再検討の必要があるが、温泉利用による医療費抑制効果を示唆する科学的な証拠が得られたと考えられる。 考察 温泉を保健事業として活用しているからといって、必ずしも医療費、特に老人医療費増大の抑制に効果的な成果を挙げ得ていない市町村も認められたので、成果を挙げている市町村と成果を挙げていない市町村との間の比較を行って、医療費増大の抑制効果を持つ「温泉の保健事業としての活用法」を検討したいと考えた。その結果、医療費増大の抑制に効果を挙げている市町村の「温泉を活用した保健事業」には、次のような共通点を認めることができた。 1.保健と医療と福祉の連携 地域における保健・医療・福祉の包括的な事業としての計画策定が行なわれており、「温泉施設には高齢者が多数集まってくる」ことから、「効果的に保健・福祉事業を展開できる場である」という共通認識が認められた。 2.多様な「健康・体力づくり」の展開 医学的に特化した「温泉効果」に制約されることなく、「介護予防」としての機能訓練を目的とした水中歩行や温泉地の周囲の自然に触れる「山歩き」、グランドゴルフ場の設置などの「健康・体力づくり」のプログラムを幅広く取り入れていた。さらに、生涯学習としての集団及び個別の健康教育の場としての活用によって、参加者間の「親睦」が図られていた。このような多彩で保健・医療・福祉の幅広い分野の人材との共同作業には、コーディネーターやオーガナイザーとしての機能を発揮する専門職や指導者の存在が認められた。 3.多角的な施設の集約 温泉施設に隣接あるいは近接して、保健センターや集会場、デイサービスセンター、国保診療施設等が設置されていた。国保診療施設の医師は地域包括ケアの担い手として、温泉を保健・福祉事業として活用を図る保健師達への強力なサポーターとしての役割を果たしていた。 4.対象者の選定と対応 温泉の利用者について、対象者の群分けを行なって、その群のニーズに対応した事業計画の策定がなされていた。例えば独居高齢者に対しては「外出促進事業」として、また継続的な利用者に対しては「親睦クラブ」を組織して、自主的な事業計画の策定を促し、住民参加の保健・福祉事業の展開が図られていた。老人クラブの会員に対する入浴料金の割引サービスを行って、加入率を大幅に向上させ会員増強とボランティア活動の活性化を通じての国保財政の基盤強化が図られていた。 5.医療費抑制の意義 温泉の活用と医療費との関係については、行政側の関心が高く、両者の関係を示すデータの集積による評価作業にも取り組んでいた。これは、「効果的な保健・福祉事業の展開による医療費対策」としての保険者機能の向上を目指しており、「最低の保険料で最大の給付」を目指す被保険者の組織化という保険者と被保険者との共通の目標が求められていた。 6.町づくりとの関連 地域住民に対する保健事業としての活用のノウハウは、隣接あるいは近隣市町村の保健・福祉事業にも応用されて、「町づくり」としての取り組みへと事業が展開されていた。自家農産物の販売コーナーが設置されて利用者の小遣い稼ぎの場になっているところもあった。 「この町に生まれ」、「この町に住んでいて」よかったと感じられ、「この町で天寿をまっとうしたい」と全ての住民が思えるような「町づくり」によって、町の活性化が図られ、「健康づくり」を通じての「町づくり」が展開されていた。 結語 以上、2年間にわたる研究班による調査活動を通じての調査報告書は年度ごとの2冊に分刷されて国保中央会から公表されているので、調査結果についての詳細な内容については、これに譲り、以下に要約を「結論」として紹介しておく。 1.温泉を保健・福祉事業として巧みに利用すれば、医療費の節減効果が期待できる。 2.巧みな活用とは、医療に特化せず、かつての「湯治場」として @地域リハビリテーション:機能訓練 Aデイケア・サービス:ゲートボールやグランドゴルフ B生涯学習:生き甲斐教室 趣味の会 C社交場:老人の社交場が病院の待合室から温泉施設に移動 D自然との触れ合い:日常性から離れた生活習慣の改善 E健康診査と生活指導:ヘルス・アセスメントによる生活様式の改善 等の総合的な機能の組み合わせが考えられ。 3.地域ぐるみの取り組みによる地域振興に結びつける。 このような「温泉を活用した効果的な保健・福祉事業」の展開には、保健・医療・福祉の幅広い分野での専門職の活用が効果的・効率的であると考えられる。 参考文献 1.温泉を活用した保健事業のあり方に関する研究者報告書、平成12年3月、国民健康保険中央会 2.医療・介護保険制度下における温泉の役割や活用方法に関する研究、平成13年3月、国民健康保険中央会 |