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いわき市におけるバルネオセラピスト(温泉保養士)育成の取り組みと課題 小野倫明スパリゾートハワイアンズ 健康運動指導士・温泉利用指導者 1.オンリーワンの温泉地づくり 21世紀のビジネスポイントとして、「健康」「安全」「環境」が上げられます。中でも「健康」に関する意識は、現代の成熟社会にあって「原点回帰」と言えるのではないでしょうか。 今から約 300年前の江戸時代で最も平和で安定した元禄時代に貝原益軒が「養生訓」の中で次の一節を記しています。 「およそ人間には、三つの楽しみがある。一つは道を行い、心得違いをせず、善を楽しむこと。二つは健康で気持ち良く楽しむこと。三つは長生きして、長く久しく楽しむことである。いくら富貴であっても、この三つの楽しみがなければ真の楽しみは得られない。それ故に、富貴はこの三楽にいれないのである。もし、善を楽しまず、また養生の道を知らないで身体に病が多く、短命となる人はこの三楽を得られない。人と生まれたからには、この三楽を取得する工夫がなくてはならない。この三楽がなければ、どのような富貴であっても楽しめないのである。」 この養生訓の「三楽」こそ現代社会が求めているものではないでしょうか。価値観の変化もその表れであるように思います。 「量から質へ」「自然の征服から自然との調和へ」「競争から共同へ」「所有から利用へ」「組織より人間優先へ」といったように人間の本質へ近づいています。 「温泉の利用」についても原点回帰するように変化してきています。鎌倉時代や室町時代の戦国時代は、戦いで傷ついた体を癒すために温泉を利用し、江戸時代には温泉番付のような「諸国温泉効能鑑」がつくられ、後藤艮山や拓植龍山などが医学的に温泉の良さを説きました。明治時代に入り、ドイツ人医師であるエルヴィン・ベルツ博士が「日本鉱泉論」を発表し、温泉療法を研究、奨励しました。昭和に入り、初期には交通網の発達により、温泉地への移動がスムーズになり、「温泉の大衆化」が進み、戦後は高度経済成長によって温泉を遊興に利用してきました。後に露天風呂ブーム等もあり、温泉地の環境づくりや雰囲気づくりが重要視されてきました。 そして現代では、少子高齢社会、医療費の増大、経済の低迷などにより、心と体を癒す「新しい湯治のスタイル」や「健康維持・増進、生活習慣病の予防・改善」に温泉を利・活用することが求められているのです。一方で、温泉そのものというより、「温泉地」としての取り組みや差別化が求められているのです。具体的には、温泉の泉質や湯量、源泉温度、温泉が湧出して配湯されるまでの過程、温泉地の歴史、文化、伝説、伝統、気候、自然環境等を活かした「現代型の湯治場」が求められています。各温泉地の特質を活かした、オンリーワンの温泉地づくりの取り組みが始まっているのです。 2.温泉地での健康づくり(湯治システム) 日本には古くから、農作業の前後に温泉地に滞在し、温泉に浸かり自炊をし、その土地の食材、旬の食材を使った料理を食べ、近くの温泉神社まで歩いてお参りをするといった文化がありました。つまり「湯治」です。この一連の「湯治」の中には、次の3つの要素が含まれています。 1.温泉に浸かることで自然治癒力を高め、普段の生活に変化を与え、体に揺さぶりをかけ、正常な活力ある体づくりをすることができます。 2.その温泉地で取れた旬の食材は、新鮮で栄養価が高く、健康を維持、増進していくためには欠かせません。 3.近くの温泉神社へ歩いてお参りをすることで、適度の運動をし、体のバランスを保つことができます。 つまりパッシブ(受動的)とアクティブ(能動的)なプログラムが、自然な形で組み込まれているのです。パッシブとアクティブの割合からすると、昔は体を酷使していたのでパッシブ、つまり温泉にゆっくり浸かり、体を休めることへのウエイトを増し、アクティブを適度とした流れの「湯治」が適していました。 しかし、現代のように各分野で近代化が進んで、体を酷使するといったことが少なくなり、反面、人間関係での心理的ストレスが増大し、ストレスが原因で肥満や生活習慣病を引き起こしています。 「湯治」へのニーズもストレスによる自律神経の乱れを調節し、生体リズムを正常に取り戻すことが求められ、年に2〜3回は、湯治(温泉保養)をすることが生活の一部に取り入れられることが必要になってくるでしょう。 温泉入浴や温泉地の気候、自然環境の刺激によって、また運動やバランスの取れた食事で生体リズムを取り戻すのです。こうなると昔の「湯治」のやり方を変える必要があります。 アクティブの割合を増やしていくことが現代の湯治システムには不可欠です。アクティブなプログラムも「温泉神社への歩いてお参り」から、温泉プールを利用した水中運動やウォーキングへとバラエティーに富んだものがたくさん考えられます。パッシブな温泉入浴法も、体の悩みや目的に合った入浴法がたくさん開発されています。 現代の「湯治システム」には、このアクティブ、パッシブの組み合わせをシステム化し、そこに「社交」人と人とのふれあい、コミュニケーションのしかけづくりが重要になります。現代人の特徴の1つとして、昔と比べコミュニケーションのとり方があまり上手ではなくなってきていることが上げられるでしょう。 ヨーロッパの温泉保養地のコンセプトに「健康と社交に恵まれる」つまり健康でいることと友人のいる幸せということがあります。人間である以上、この当たり前と思えることこそが、現代の「湯治」に求められることではないでしょうか。 3.温泉保養地に必要とされる人材像 (温泉保養のメカニズム)
現代社会での人間関係での心理的ストレスの増大、そしてそのストレスが原因で肥満や生活習慣病を引き起こすといった問題に対して、温泉地での保養は、最も有効な手段になるでしょう。 ストレスによる自律神経の乱れ、ホルモンバランスの乱れ、免疫力の低下、そして生体リズムの乱れを温泉地で保養することにより、各々の機能を取り戻すことができるというメカニズムがあるからです。このようなメカニズムを実現するには、天然温泉、温泉地の自然環境、気候等の保養資源を利・活用できる人材が必要不可欠になります。 その人材の主な要件として次のことが上げられます。 1.温泉保養に関わる知識、技術を有していること (温泉、運動、栄養、保養に関する知識と技術) 2.予防医学(生活習慣病等の予防)に関する知識を有していること 3.温泉地の保養資源を調査、研究、開発、そして活用できること 具体的には、年間約15,000人にも上る入浴死亡事故を減らすべく、温泉を安全かつ適切に利用して頂くためのアドバイスができる人材、そして一歩進んで泉質や物理的作用を理解した上で、各個人の目的に合った入浴法をアドバイスできる人材、更には運動や食事を含めた保養資源を利・活用した健康維持・増進のためのプログラムを実践できる人材ということになります。 「温泉地経営」では、天然温泉はもとより、保養資源の開発、またそれを利・活用した保養プログラム、そして温泉保養のアドバイスや実践ができる人材が重要であり、近年の地域間競争(温泉地対温泉地)に勝つためには、「人」が最大の資源になるのです。 4.バルネオセラピスト(温泉保養士)養成 いわき湯本温泉郷の地域資源である「温泉」を温泉医学、予防医学等に基づき、温泉の持つ保健的機能の知識、技術を習得し、健康増進、疾病予防のための温泉利用を安全かつ適切に実践でき、保養資源を利・活用した温泉保養のアドバイスができる人材を養成するという目的で、昨年(平成13年11月)から「バルネオセラピスト(温泉保養士)」の養成がスタートしました。 養成方法は、「講習、実習、資格認定試験」の三本柱です。 (バルネオセラピストカリキュラム) 〈講習〉 講義内容 1-21世紀温泉事業の方向性 2-温泉ってなに? 3-ドイツの温泉事情 4-温泉地(いわき湯本温泉郷)の特徴 5-温泉療法 6-目的別入浴プログラムの組み方 7-現代型湯治システム 8-自然療法とクアミッテル 9-生活習慣病と温泉保養 10-ウェルネス温泉事業への取り組み 〈実習〉 実習内容 ・保養資源を活用した健康づくり ・温泉プールでの水中運動(水中ウォーキング) バルネオセラピスト(温泉保養士)という資格は、温泉利用に関わる基本的な知識と技術を習得し、入浴事故の防止をはじめ、安全かつ適切な温泉利用をアドバイスすることと、特に地元の温泉地に関わる温泉の特徴や保養資源の活用については、より深い知識と技術を習得するということを主眼においた、地元温泉地独自の温泉保養アドバイザーなのです。 つまり、日本には約 2,900カ所の温泉地がありますが、各々の温泉地の源泉数や湧出量、湧出過程、泉質、そして自然環境、保養資源は異なり、それらを深く追求した温泉保養アドバイザー「バルネオセラピスト(温泉保養士)」が本来各温泉に存在することが求められていると考えたわけです。「温泉保養」をされる方(お客様)にとって、温泉入浴、運動法、栄養、保養についてのアドバイスができる人材は必要不可欠ですが、これらの複合した知識と技術を習得した人材を育成するとなると、どこからどう始めればいいのかということになります。養成の対象となる人材もどのような要件を備えているかということも考慮しないとカリキュラムが立てられません。要件、つまり事前に持っている知識や技術のレベルを高くしてしまうと、それに当てはまる人材が絞られてきてしまい、本来温泉保養をされるお客様に一番近い立場の人材とミスマッチしてしまうことにもなりかねません。そこで要件を特に設けずに、温泉保養に携わる全ての方々に対象を広げて、温泉入浴、運動法、栄養、保養資源の開発、活用等についての複合した知識と技術を基礎的なところから学び、実践していくことにしました。バルネオセラピスト(温泉保養士)の養成には、月に1回、90分の講義と2回の実習を行い、「知る、わかる、できる」という段階を常に意識し、講義で知識を学び(知る)、各現場でそれらを実際に自分で体験し理解する(わかる)、そしてお客様にアドバイスする(できる)という流れを繰り返し、より実践的な方法を取りましたバルネオセラピスト(温泉保養士)の養成は、温泉保養をされるお客様のために、温泉保養のアドバイスができる人材を育成することがねらいですが、それと同時に副産物として養成の対象となる人材つまりアドバイザーが自ら、温泉や保養資源、しいては健康について深い関心と意識を持つことで、仕事に対する誇りと温泉を含めた地域資源の素晴らしさを認知することができたと考えています。 5.今後の取り組みについて 「温泉保養」、新しい湯治のスタイルは、今後益々現代社会に求められ、生活の一部として「日常」と「非日常」の中間的位置づけで取り入れられ、高齢社会における元気で長生きをする、健康寿命を更に伸ばすことや、ストレス社会に伴う生活習慣病の増加に歯止めがかかることを願ってやみません。 「温泉保養地経営」には、天然温泉の様々な利・活用、自然環境や気候を含めた保養資源の開発、保養資源を利・活用したプログラム、そして温泉保養をサポートする人材が必要不可欠です。特に、「人材」という最大の資源を各温泉地として今後どう育成していくかが大切になってくるでしょう。いわき湯本温泉郷におけるバルネオセラピスト(温泉保養士)の養成は、第一期生が誕生したばかりで、様々な課題があります。具体的には、温泉保養に関わる複合する知識や技術に対して、養成対象とする人材に、特に要件を設けずにスタートしたため、基礎的な知識、技術がその中心となっており、今後はその知識や技術を基に更にレベルアップを図り、バルネオセラピスト(温泉保養士)の中級、上級といったランクを設け、引き続き育成計画を立て進めていく必要があります。また、第一期生の誕生を基にバルネオセラピスト(温泉保養士)を温泉地としてどのように活用していくかということを真剣に考えなければならないと思います。人材の育成、活用こそが、今後の「温泉地経営」に最も重要であると考えています。 温泉保養の先進国でもあるヨーロッパ、ドイツでのクアオルト(温泉地)には、温泉地としての健康増進、休養、療養のシステムを企画、運営、管理をしていく中心となる「クアディレクター」と呼ばれる人材がいます。クアオルトにとってクアディレクターにどのような人材を起用するか、またそれを補佐する人材をどうするか、そして将来のクアディレクターとなるべき人材をどう育成していくかが重要になってきます。 クアディレクターは、クアオルト全体を把握し、自分のクアオルトが持つ優れた特性(保養資源等)を明確にし、他のクアオルトとの差別化を図り、常に来訪者がやってくるシステムを構築しなければなりません。つまり、このクアディレクターが、そのクアオルトを発展、繁栄させる鍵を握っていると言っても過言ではないでしょう。 温泉大国の我が国においても、バルネオセラピスト(温泉保養士)が活躍し、その中からクアディレクター的な人材が育成され、オンリーワンの温泉地づくりが各温泉地で実現することでしょう。 前述のように、温泉地にとっての資源(天然温泉資源、自然環境や気候を含めた保養資源、バルネオセラピスト等の人的資源)を今後どう活用していくかが、温泉地経営の変革、そして本来の温泉の社会的活用につながっていくと考えています。 |