NPO法人健康と温泉フォーラムは医療、環境、施設等、温泉保養地に関わるあらゆる分野における専門家を中心とした団体です。
FORUM REPORT WORKSHOP
 

温泉の社会的活用と21世紀型温泉保養地の経営戦略
利用者の立場から見たこれからの温泉保養地経営

  竹村 節子



1)仮寝の場から保養の場へ
 「旅行」というものがこれほど一般国民の生活に組み込まれている時代はなかったと思う。特に都市部とその周辺に生活する人間にとって、必要不可欠といってよいほどの定着ぶりである。不況とはいいながら週末や休日に旅へ出てみると、人出の多さには驚かされる。昨年あたりまでは観光バスもさすがに少なかったが、今年(2002年)は高速道路のサービスエリアに並ぶ大型バスの数が急増している。
 しかし、観光業界全体から見れば相変わらずの「不況」が続いている。否、ますます深刻になりつつある、と現場スタッフは口を揃える。「人は出ているが不況」という現象の齟齬はどこから生まれてくるのだろう。営々と努力を重ねてきている業界にとって、いまやすべての手は出し尽くした感が深い。
 旅行会社のツアー料金はダンピングに次ぐダンピング。宿泊料金自体も値下げを余儀なくされている。安く、より安く、それでいてサービスは維持する。こんな難しい時代は今までになかった。残る原因は旅人がワルイ!のであろうか。猫の目のように変わるユーザーのニーズが、ここのところまたまた激変しているのは確かである。
 「戦後」という言葉が死語となった昭和40年代から旅行ブームが始まった。若者を中心とするユースホステルブームを筆頭に、アンノン族といわれた若い女性達の跋扈。温泉ブーム、日本旅館ブーム、露天風呂ブームを経ていまや貸切り風呂が流行という。大型バスを何十台も仕立ててやって来た団体旅行ブームが景気の後退とともにグループ化し、さらに個人化。ファミリー旅行から二人旅、そしてひとり旅へと矮小化の一途をたどってゆく気配だ。
 しかし、問題はこうした旅の形態の変化から生まれてきたプロ化したユーザー達だ。切符も買えない、旅先さえ選べなかった個人客が、団体旅行という経験を重ねることで、今や外国旅行でさえ自分で行く先を決め、宿を選び、エアチケットを買える時代となってしまった。国内旅行では更にあり余る情報の中から必要なツールを上手に拾い集めて自分らしい、あるいは旅の目的にあった旅を組み立てることが、極く普通のユーザーたち個人個人がテクニックとして身につけてしまったということだ。すべて「経験」という勉強の中で蓄えられた知恵である。
 温泉に関しても同様で、単に「汗を流す風呂」としての認識にすぎなかったものが、温泉入浴の体験を重ねてゆく中で、そればかりではない温泉の本質「温泉の力」に我が身の変化をもって気付いたのである。ドライブで疲労困ぱいした体が、温泉入浴をすることで疲労感はたちまちに解消し、翌日は元気を取り戻す。洗顔しっぱなしの皮膚がクリームを付けずにやすんでも、翌朝はツルツルだ。飲泉した翌朝は便意で目が覚める・・・等々。温泉効果の一番即効性のあるところから、「温泉」というものが<単に温かい水だけではない>という確信を持つようになったのである。都市生活は生きるということ自体がストレスである。自然の中へ転地することによる精神的な解放感も相乗して、体もラク、心も爽快となれば必然的に温泉地は「寝るための場所」ではなく「心と体を癒す場所」として捉えられてゆく。つまりは仮寝の場所から保養の場所へ比重がかかってゆくことは自然の成り行きであろう。宿泊形態も1泊から滞在型へ移行してゆくことは、もはや時間の問題と考えている。

2)システムとしての湯治場を見直す
 世界でも指折りの温泉立国である日本。極東の海に浮かぶ小さな列島でありながら実に3000をこえる温泉地を擁している。しかも変化に富む優秀な泉質と豊富な湯量に恵まれ、国民は神代の昔から身近かに温泉を利用し、その貢献に与ってきた。四季がはっきりとし亜熱帯気候の蒸し暑さと、寒帯気候の寒冷な気候が交互に訪れる固有の風土から、夏は汗を流すために、冬は暖をとるために温泉を上手に利用してゆく中で、自然発生的に入浴による生体への効果を発見したものであろう。その長い経験からより効果的な入浴法を編み出し、継承してきたのが日本の温泉文化である。
 「湯治」というシステムもそうした経験の中から編み出された方法であった。滞在期間の「3日三まわり」あるいは「7日ひとめぐり」など、温泉地による滞在期間の設定は、より効果的に湯治をするための智恵であった。2週間を基準としているところが多く、これが人間の免疫力回復の期間と一致することは驚きである。このことは日本人がいかに膨大な実体験にもとづいて、温泉の能力と利用の仕方を会得してきたか、という証しでもある。
「1+1=2でなければ、科学者としてその効果や能力を認めることはできない」
 という若い医師たちに会うことが多いが、もっと現場に目を向けて1+1が5にも10にもなる温泉というシロモノの不思議を解明して欲しいと念じるものである。
 それはさておき、われわれの祖先は温泉の能力を体験を基に認識し、未病を含めての健康管理に活用していた。それが「湯治」だった。人口の多くが農耕や漁業に携わっていた時代、彼らは半年あるいは1年の疲労や過労の蓄積を、農閑期や漁に出ない季節(多くは冬)に近くの温泉へ出かけることで解消していたのである。東北地方などには現在でも近隣の数家族や親類一同が合同で湯治場に出かけ、数日を過ごす習慣が継承されいる。未病管理とコミュニケーションを計るための年中行事である。「湯治」はそのままスパリゾートであったわけだ。
 こうした温泉地では温泉入浴が第一の目的であり、庶民が一日でも長く滞在できるよう宿泊システムが工夫がされていた。食材、鍋・釜・食器、布団まで持参することは常識で、混む時期には相部屋も普通であった。さすがに現代ではそこまではできなくなっている。しかし、温泉地への志向が1泊から滞在型へと展開しつつある中で、一日でも長く滞在してもらうための「現代的な湯治システム」を検討し直す必要がありそうだ。
 平成11年、青森県の山中に「現代湯治の宿」を看板にする宿がで出現した。宿泊費は暖房費200円込み、布団、浴衣付きで1泊3700円という安さである。団体旅行華やかなりし頃に建てられた旅館をリニューアルしたもので部屋の広さは7.5畳と狭い。カラの冷蔵庫に無料テレビ、炬燵を完備。ホーフと浴衣は毎日新しいものと交換。客室の清掃は特に申し出が無いかぎり毎日清掃する。客室数29室。食事は予約制で支度をするが、基本的には自炊である。しかし現代の旅行者に合わせて町の食堂から出前を取り寄せられるようにしてある。露天風呂付き浴場の他に立ち寄り湯としても利用できる、自然一体型の大露天風呂を別に作った。スタッフはパートを入れて約15人。これで年間1億以上を売り上げる。現代人のウィークポイント「清潔で居心地のいい」という点をしっかり押さえたみごとなリニューアルである。オープン以来約3年、最高で64日滞在した夫婦。2ヶ月滞在した外国人の画家など、予定しえなかった客層を確実に開拓いる。反対に1泊でも、1人でも部屋さえ空いていれば宿泊させているところから、若いライダーやひとり旅、ファミリーなどが行きずりに宿泊し、リピートしている。居心地の良さと湯の良さに一泊が二泊、三泊に伸びる客もザラだ。既存の湯治場に被せられた「安いが古くて汚い」というイメージを払拭したハード&ソフトが、低廉な宿にも必須条件であることを証明している。そして重要なことは、こうした宿が湯治滞在ばかりを目的としない客にも歓迎されている事実を知らなければならない。使い方は客が決めるのである。それには長期滞在のできる環境作りとプライスの設定、現代人の感覚に合わせた清潔感、自然環境の保全が絶対に必要である。これこそリゾートの本意でなくて何であろう。むろん湯質の良さと湯の管理はいわずもがな、のことである。

3)草津温泉に見るスパリゾートの条件
 関東地方の温泉で婦人達が行ってみたい温泉の第一に上げるのが草津温泉である。しかし、ここまでグレードを上げるのに艱難辛苦30年余を要した。湯治場として長い歴史を刻んできた草津には、どうしても「病人の湯場」のイメージが貼り付いていたのである。既存の湯治場からヨーロッパ的なスパリゾートへの転換。これが心ある人々の願いだった。明治に来日したドイツ人医師ベルツ博士の薫陶を強烈に受け継ぎ、博士の目指した「世界のスパリゾートづくり」への挑戦に挑んだリーダーたち。当時は非難中傷様々だったが、いまやっとその花が開いたといってよい。
 歴史を偲ばせる湯畑周辺の町並み、それを取り囲む現代的なリゾートホテル群、そしてスキー場と白根火山の自然。夏には世界的なプレイヤーを招いての音楽祭も開かれる。豊かな自然と歴史、文化、そしてスポーツ・・・、30年を費やして世界に通じるスパリゾートとしての条件をクリアーしたのはみごとである。現代的なセンスを磨くことに重きを置く反面、伝承されている世界唯一の入浴システム「時間湯」の継承にも力を入れており、18カ所ある共同浴場のうち2ヵ所でこの特異な入浴法を実際に使って湯治が行われている。
 しかし、リゾートとしての草津温泉の一番の魅力は、湯町が残っているところにある。谷状の一番低い処に湯畑があり、湯量の豊富さを示すシンボルとしての役割を果たすとともに、ここを中心に四方に放射する商店街が町歩きと共同浴場テーリングのルートとなって客を街中へ回遊させている。しかも個々の商店が工夫を凝らし、元気がいいのも魅力である。近年、日本の温泉地に欠落している「滞在して楽しい街」の魅力が強烈に残っているのである。草津の魅力の一つとして客があげる共同浴場も、本来は地元民の風呂であった。一般にこうした場合、拒否する温泉地が多いものだ。
「それも草津の魅力の一つ」とポジテブにとらえるところが草津の草津らしい発想である。「良い旅(観光)とは旅人と地元の人々との触れあいにある」その究極は風呂ではないか。旅人が地元民との交流を願うなら、共同浴場も観光資源の一つと捉え、入れる側と入る側の心の交流「もらい湯のこころ」をもう一度育てよう。それまで隣組の自主管理にまかせてきた共同浴場に、町が予算を組んで清掃代の一部を交付することにし、来客にはできるだけ浴場を開放するように依頼したのである。一方、旅行者には出版物やガイドブックを通して、共同浴場が住民のものであること、「入浴するなら、もらい湯の感謝の気持ちを忘れないで」とPRに努めている。こうした官民一体となった取り組みで、草津本来の温泉の魅力を、来客に深く印象づけ、理解してもらうことにつなげている。高額な日本旅館がある代わりに、1ヶ月、2ヶ月と病気治療に滞在する人々のための湯治旅館や民泊施設も健在だ。リゾート地には色々な宿があって然るべきである。リゾートが発展すればするほど多様な客が来泉する。それぞれの目的にあった施設とプライスを提供できることは、それだけ円熟したリゾート地である証しでもあるのである。
 草津温泉は利用者から見た場合、日本の温泉保養地として優れた要素を備えた好例であると考えている。



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