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FORUM REPORT WORKSHOP
 

馬の温泉療養施設 日本中央競馬会競走馬総合研究所常磐支所の概要


和田 信也

馬の温泉療養施設
日本中央競馬会競走馬総合研究所常磐支所の概要








優れたアスリートである競走馬は、激しい調教や競走により運動器の故障を発症することが少なくない。平成12年度における日本中央競馬会(JRA)所属馬の疾病発生総数は30,197件であり、その内運動器疾患は最多の8,850件(29.3%)であった。JRA競走馬総合研究所常磐支所は、これらの故障を温泉療法と環境の変化によって治療すること、および温泉療法に関する調査研究を目的とし、昭和38年5月に設立された。所在地であるいわき市常磐白鳥町は、近隣に湯量の豊富ないわき湯本温泉を有し、競走馬の温泉療法にもこの温泉が利用されている。馬の入浴風景はテレビや新聞、雑誌でもしばしば取り上げられ、当支所は「馬の温泉」の名で親しまれている。馬の温泉はJRA函館競馬場や石川県の育成牧場などにも併設されているが、競走馬療養の専門施設は当支所が我国唯一のものであり、世界的にも極めて稀であろう。
一方、故障馬を競走に復帰させるためには、治療とともに適切なリハビリテーションを行うことが重要である。とくに、競走馬の職業病ともいわれ常磐支所入所馬に最も多い屈腱炎においては、リハビリの良し悪しが予後に大きな影響を与えることが知られている。このことから、獣医学的診断に基づくリハビリテーションとこれに関する調査研究が、温泉療養とともに近年における当支所の主要な業務となっている。
施設とスタッフ
常磐支所は、約14haの敷地に事務所、10頭収容の厩舎4棟、4haの採草地、放牧用パドック、温浴場、診療所、装蹄所、さらに馬用スイミングプールなどのリハビリテーション施設を備えている。支所を運営する職員は、獣医師2名、装蹄師1名を含む9名であり、施設の管理、療養馬のリハビリの指導、診療、装蹄、防疫などの業務に従事している。また、入所馬の飼養管理は、各々の馬主に委託を受けた付添人が行っている。
療養馬
常磐支所に入所する馬は、故障を発症し、トレーニング・センターや競馬場の獣医師によって支所での療養が必要であると診断されたJRA登録馬で、近年では全てが屈腱炎や骨折などの運動器疾患罹患馬である。これまでに当支所で療養した馬は約2800頭に及び、テイエムオペラオー、オグリキャップ、トウカイテイオー、アドマイヤコジーン、グリーングラスなどを始めとする数多くの競走馬が、退所後の競走で活躍している。
平成13年の実績では、療養馬の総数は66頭で、この内の46頭が当該年度中に退所し、30頭が競馬に出走している。退所馬46頭の内訳は、腱・靭帯の疾患26頭、骨の疾患14頭、関節の疾患6頭、その他が6頭であった。療養期間は近年延長する傾向にあり、平成11〜13年の平均は178日で、昭和48〜51年の約3倍に相当する。これは、重症例、とくに回復に時間のかかる屈腱炎症例の入所が増えたことと、良好な予後を得るためには長期間のリハビリが必要であるという認識が、関係者に浸透したことによると考えられる。
主な業務
1.馬の温泉療法
温泉浴は、温熱作用と温泉成分の化学作用により、損傷を受けた組織の修復を促すことを目的として実施される。
いわき湯本温泉は、ナトリウム塩化物・硫酸塩温泉であり、ヒトの神経痛、筋肉痛、関節のこわばり、疲労回復などに有効であるとされていることから、競走馬の運動器疾患に対する効果が期待できる。源泉の湯温は約60℃であるが、支所内にある容量100tの貯湯槽に達する際には約50℃にまで低下し、これをさらに38〜40℃に冷まして使用している。浴槽は6基あり、水位は約80cm、すなわち馬の胸前くらいの深さで、上部に設けられたシャワーからは肩、背、腰に温泉を浴びせている(図1)。
温泉療法は、毎日の運動終了後に行い、入浴時間は15分間である。開始当初は躊躇する馬もいるが、大半の馬が1〜2日で慣れ、進んで浴槽に入るようになる。入浴中の馬は非常におとなしく、気持ち良さそうに目を細めたり欠伸をしたりする姿からは、温泉浴がヒトと同様に、馬の精神的ストレスの軽減に有効であることを容易に想像することができる。このリラクゼーション効果は、肉体的な疲労とともに精神的なストレスにも曝露されている競走馬にとって極めて重要な効果であるが、近年では入浴中の馬にみられる自律神経活動の変化からも証明されつつある。
2.診療・装蹄
 入所馬は、毎朝獣医師と装蹄師による健康状態と故障部位の状態の確認を受けるが、腱・靭帯および骨疾患の罹患馬に対しては、概ね1ヶ月ごとに行う画像診断により、回復程度の判定を行っている。画像診断法には、腱・靭帯の疾患に対する超音波診断と、骨疾患に対するX線診断があるが、客観的な診断による予後判定と休養期間の推測、さらにはリハビリテーション・プログラムの作成に欠くことのできないものとなっている。
温泉療法以外に当支所で実施している治療法としては、薬物療法、物理療法、および装蹄療法があげられる。主な薬物療法には、急性期の炎症に対する消炎鎮痛薬、関節軟骨の修復を促進するヒアルロン酸製剤、屈腱炎例に対するBAPNと呼ばれる薬物の腱内投与などがあげられる。物理療法は、スーパーライザー、レーザー、極超短波、磁気、SSP、電気鍼などを症例に応じて選択している。
 「ガラスの肢」を持つといわれる競走馬には、蹄の管理が極めて重要であるが、運動器疾患を患った馬においては、さらに注意深い護蹄管理が必要である。常磐支所では、症状やリハビリの進行程度に応じ、損傷部位への負担を軽減する削蹄法や特殊蹄鉄の装着による装蹄療法を行っている。
3.リハビリテーション
 故障馬を競走に復帰させるためには、休養によって低下した筋肉や関節などの機能と、トレーニングに耐え得る体力を回復させることが必要である。当支所でのリハビリテーションは、アスリートとしての本格的な調教に備える準備段階の訓練と位置付けられる。
1)リハビリテーション・プログラム
  馬が入所すると、直ちに検査を実施し、大まかなリハビリプログラムが作成される。運動の開始時期は、故障の種類、重症度、初期治療とその効果などにより異なる。すなわち、第1指骨などの骨折例は、骨折部が癒合するまで1〜2ヶ月は馬房内での完全休養が必要であるが、屈腱炎症例には、再生する腱線維を強化して再発を防止するために、発症直後から軽度の運動を負荷することが重要である。その後の運動方法の変更と強度の増減は、症状の変化や1ヶ月毎の検査の結果によって決定される。図2に、屈腱炎症例に対するリハビリプログラムの1例を示す。





規定のプログラムを終了し、最終的な検査によって問題がないと判断されると、療養馬は退所し、出走に向けて本格的なトレーニングが施される。これ以降の調教は、調教師の判断に基づいて進められるが、退所時に療養中の経過を説明するとともに、調教過程における管理方法をアドバイスすることにより、故障の再発防止に努めている。
2)放 牧
 小さなパドックでの自由運動である。また、静かな環境での日光浴は、馬房内で過ごす時間の長い競走馬の心身の疲れを癒すことに有効である。
3)ウォーターウォーキングマシン(WWM)
  直径12.5m、深さ約40cmの円形プール内を歩行させる機械であり、筋肉の鍛錬と同時に故障部位の冷却効果が期待できる。リハビリの初期段階にある馬の常歩運動や、騎乗調教後の整理運動に使用される。
4)ウォータートレッドミル(WTM)
  床にベルトコンベアーを備えた、水深約120cmの水槽である。水の浮力によって肢への負担が約40%軽減されることから、騎乗調教の前段階における速歩までの歩行訓練に用いられる。
5)水泳トレーニング
  常磐支所では、昭和50年に日本で初めて馬用スイミングプールを導入した。このプールは、水深3m、1周約40mの円形で、5月から10月までの間運用される。水泳トレーニングは、下肢部に負担をかけずに陸上での速い駆歩に相当する運動強度を負荷できるため、療養馬の心肺機能および筋肉の鍛錬に適している(図3)。
6)騎乗調教
  リハビリの最終段階では、騎乗調教が実施される。ここでの調教は、速い速度で走ることよりも正しい姿勢と一定のペース、全身の調和、および真直性を得ることを主眼に行われ、最終的には20〜25秒/200mの速度での駆歩走行を1200〜2000m実施する。
常磐支所の使命
 JRAの事故防止対策と調教技術の向上により、競走馬の故障は年々減少している。また、ウマ獣医学の進歩により、故障の早期発見と治療も可能になっている。しかし、スピードを競うスポーツ選手である競走馬の運動器疾患を完全に予防することは困難であり、活躍の舞台を前に戦列離脱を余儀なくされ、あるいは競走生命を絶たれる馬も少なくない。
常磐支所では、これらの馬を再び競走の舞台に立たせるため、温泉療法に関する研究をはじめとする様々な取り組みを続けてきた。この結果、難治性で競走馬の職業病とも呼ばれる屈腱炎症例の競走復帰率が上昇し、復帰後も再発することなく出走を重ねる馬が増加している。しかし、競走馬のリハビリテーションは、獣医学的に確立した分野とは言えず、試行錯誤を重ねている部分もあることは否定できない。今後とも、より科学的なリハビリ法を追求することにより、傷ついた競走馬を競走に復帰させ、質の高い競馬の提供に貢献することが、世界的にも類をみない競走馬のリハビリテーション施設として、常磐支所に課せられた使命と考える。



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