NPO法人健康と温泉フォーラムは医療、環境、施設等、温泉保養地に関わるあらゆる分野における専門家を中心とした団体です。
FORUM REPORT Workshop
 
パネルディスカッション-2
生き残れる温泉地経営


井上昌知
NPO法人健康と温泉フォーラム副会長


1.旅行トレンドの変化は温泉地に何をもたらしたか
 昭和30年代の日本経済の高度成長期に始まった団体旅行は、職場や企業の得意先などの人たちがバスを連ねて大挙して温泉地に向かい、いわゆる一泊二食宴会型の宿泊によってほぼ旅行の目的を終え、温泉地をゆっくりと観光する余裕もないままに帰っていくスタイルのものでした。このような旅行では、温泉旅館の料理がおいしこと、建物が豪華なこと、旅館の中で楽しく遊べること、旅館で買物ができることなどが重要なことでありそれが温泉地旅行の主体であるかのような傾向を生みました。そのため、温泉地よりも各旅館、ホテルの充実を求めることとなり、町にでてみても活気がないといわれるような温泉地が増えていきました。しかし、バブルの崩壊によってこのような団体旅行は急減しました。どの温泉地にも家族や小グループの人たちが増えこれが主体となる時代がやってきました。もちろん、まだ、団体旅行は残っておりますが、次第に少なくなっていく傾向が見えております。家族や小グループの人たちは団体旅行の人たちのように旅館でどんちゃん騒ぎをすることが目的で温泉地に来ているわけではありません。目的はいろいろあり多様化はしていますがレクリエーション、スポーツ、健康づくりや、エステ、自然とのふれあい、観光などいろいろな体験を求めています。したがって、滞在日数も長くなっていくことが考えられます。このような利用者に対応するためには旅館をいくら充実しても満足はしてもらえません。温泉地全体で対応しなければなりません。つまり温泉地経営が重視されなければならなくなってきたのです。もちろん、従来から、温泉旅館の経営と並んで温泉地づくりに情熱を傾けてきた温泉地も決して少なくありません。それに成功した温泉地は今の旅行トレンドに適合しているため人気が高く利用者を増やしております。また、秘湯と呼ばれているような温泉地で、療養や保養のための利用者を主体に経営されてきた温泉地も従来どおりの温泉地経営が行われたとしても現在の旅行トレンドにそれなりに適合していけるでしょう。

2.温泉地経営とは何か
 温泉地経営というのは温泉地がそれぞれの時代に適合するようにさまざまな工夫を凝らし、温泉地を組織的に創造していくことです。このような抽象的な意味での温泉地経営は今に始まったことではなくいつの時代にもそれなりの温泉地経営があったのでしょう。その意味では温泉地の発生と同時に存在していたといえます。日本の温泉地集落の基本型ができたのは江戸時代の商業や農業の発達につれて形成されていったといわれておりますが、それまでも神社や寺が管理する共同浴場的な温泉地が存在したといわれておりますのでその意味での管理が温泉地経営ということができます。現在でも一軒やどの温泉地はかなりありますが、このような温泉地は温泉旅館の経営が温泉地経営の重要な部分を占めておりますが、それでも温泉地経営は必要です。特にこれからは体験型の旅行が増えることによって旅館としてのサービスよりもさらに広範な地域の体験をもとめる人たちが増えるからです。




 日本は昭和30年代の高度経済成長の時代から急激に温泉地が増加するとともに温泉地のタイプもさまざまなものに分かれました。その中には温泉地の形式的な条件は備えているものの利用の実態から見れば温泉は付加的な存在で主目的は観光や慰安にあるような温泉地も多くなりました。このような温泉地と伝統を守っている療養や保養を主体とした温泉地とでは温泉地経営の方法や重点は当然異なってきます。何を分類の視点とするかによって温泉地の分類はいろいろ'町能でありますが、温泉地経営の視点からは旅館、ホテル、民宿、ペンションなどの宿泊施設の数、温泉地利用者の利用目的、市町村などの行政の区域に対する温泉地の広さの割合、温泉地において営業を営む業者例えばバー、劇場、みやげ物店、レストラン、芸妓店などの種類や数、自然環境の状況、文化財など観光資源の状況、温泉地としての歴史的な長さなどを基準にして分類することが適当であります。そして利用者の減少が問題になっているという観点から温泉地経営が特に重要となる温泉地は次のようなタイプの温泉地であると考えられます。
(1)温泉地として歴史的にも長く、老舗の温泉旅館も多いが、昭和30年代に温泉地が保養型から観光型または歓楽型に変わった、または、戦後、観光型または歓楽型の温泉地として創設された
(2)温泉地で営業を営む業者の数や種類が多い
(3)温泉地と同一の市町村の中に農業、漁業、商業などの産業もあり、また、サラリーマンなどの住民もいる
(4)平成3年あたりをピークに宿泊者が減り続けている

しかし、一方、それでは保養地型の温泉地はどうなのでしょうか。例えば環境庁が指定している国民保養温泉地を見てみましょう。認定の条件はつぎのとおりとなっています。
(1)泉質が療養泉として特に顕著であること
(2)温泉の湧出量が豊かで適当な温度を有すること
(3)付近の景観が良いこと
(4)環境衛生条件が良いこと
(5)温泉気候学的に保養地として適していること
(6)医療施設および休養施設を有するか又は将来設定しうること
(7)交通が比較的便利であるか又は便利になる可能性があること
(8)災害に対して安全であること
(9)適正な温泉利用、健康管理について指導を行う顧問医が設置されていること
国民保養温泉地に指定された温泉地においてはこのような指定の条件が維持、発展するよう温泉地経営の努力がされたと思われますが環境庁の利用統計を見るとピーク時に比べて温泉地全体よりも落ち込みが大きくなっております。
このような状況から保養地型の温泉地を含めて温泉地経営を見直すべきであります。



3.温泉地を経営する主体は誰か
 温泉地は余暇の受け皿といわれるようにその時々のライフスタイルに適合しなければならないという宿命を負っています。観光型や歓楽方の温泉地が増えたのも社会経済の状況がそれを求めたからであります。とすれば、温泉地の宿泊者が減りつづけるのは個人消費の落ち込みなどの経済事情もあるのでしょうがその温泉地が現在の社会経済の状況に適合していないからではないかという観点から見直すことも大切です。これを適合させるには社会が求めるものが何かを確認し、自分の温泉地のどこにそれがあるかを見つけ出さなければなりません。そのためには先ずその行動を起こす主体がなければならないのです。通常考えられるものとしては行政組織の中の観光担当部局、観光協会、旅館組合、商工会などであります。しかし、行政はその自治体のすべての市民に平等に行われなければならないという点で、温泉地以外の市民が多い場合は限度があります。温泉地のキーパーソンが中心となった関係団体の代表からなる連合的な組織があれば最適です。このような官民一体となった温泉地経営主体の確立は、頭の中では理解されても実際には多くのネックがあり、総論賛成、各論反対というケースが多いのが一般です。温泉地経営に成功している事例をみると、これらの実際上の問題点を克服し温泉地づくりの牽引力となった複数のキーパーソンが存在している例が多いといえます。このような人づくりをすることも温泉地経営主体の確立のためには不可欠であります。いずれにしろ、この温泉地経営主体が確立されないようでは温泉地の変革はあきらめるしかありません。

4.温泉地の個性の把握とビジョンづくり
 どの温泉地にもそれなりの個性があります。温泉地経営主体が先ず手がけなければならないのはこの個性の把握であります。次の各点がポイントです。
(1)温泉の特徴湧出量、泉質、泉温、原泉数など
(2)自然環境海浜、山岳、田園、景観など
(3)気候気候は保養地の条件として特に重視される
(4)温泉病院の有無
(5)交通の利便性
(6)自然および歴史的な観光資源の有無
(7)レクリエーション施設の有無
(8)文化施設の有無
(9)周辺観光施設との連携状況
(lO)イベントの開催状況

 これらの温泉地の特色が現在の旅行のトレンドにどのように適合できるかを検討しそれに基づくビジョンの作成がその次の仕事であります。旅行のトレンドに従うといっても温泉地の原点は療養、保養、休養にありこれを基本としなければなりません。この基本を忘れ旅行のトレンドにのみ迎合すれば一時的には営業的に栄えても長続きはしないでしょう。
重要なことは、このビジョンは一部の者の構想としてではなく、温泉地に関連する人たちのコンセンサスに基づいたものでなければならないということです。市町村には行政を進めるための中長期的な街づくりの計画があるのが普通ですが、それが一一般の市民にはよく知られていない例も多くあります。特に温泉地が市町村の一一部分であるようなケースでは行政上の計画はあったとしても温泉地以外の市民の関心は薄いのです。温泉地経営のためのビジョンは温泉地経営主体が自立的に策定したものであるとともに、それを進めることについて温泉地全体が賛意を示し協力が得られる自律的なものでなくてはならないのです。とくに旅館経営者や観光業者のみならず農業、漁業の従事者、サラリーマンなどの周辺居住者の理解が得られているものでなくてはなりません。また、施設の整備などのハード面のみならず客の受け入れや町の清掃などのソフト面も取り入れたものでなくてはなりません。そのためには具体的かつ日常
的な行動の手引きとして使える形で作られていることが必要であります。手帳のような形で関係者全員が持つようになれば最高でしょう。

5.温泉地創造の実際上の課題
 ビジョンの作成が終わればその実現に向けての実際の取り組みが行われることとなりますがその際にも温泉地としての原点を忘れないことが重要であります。上の表で示したとおり現在の日本には温泉地が2600以上もあり温泉の希少価値は薄れています。しかし、温泉が重要な療養、保養、休養のための資源であるとともに観光資源であり、資源の少ない日本にとって貴重な天からの授かり物として大切に利用すべきであります。どのアンケートにも日本人の温泉好きの結果は報告されており今も変わりません。
 温泉地経営の方針が決まればその方針は関係者が守らなければなりません。これが守られるかどうかに温泉地づくりの成否がかかっているといえます。温泉地経営は理論的なものより実行できるかどうかという実際的なもののほうが大きいのです。しかしその一一方で考えなければならないのは自由な競争を阻害しないかという点です。旅館や観光業の経営者は自分のアイデアで自由に営業活動ができる営業の自由権をもっています。自由な競争は温泉地の発展のためにとても大切なことです。協調と競争のバランスをどこでとるかということは温泉地づくりを進める上で大きな課題となります。例えば、建物の色、大きさ、高さ、形などは街の景観を保全する上で大変関係が深いが町並みを保全しようとすれば個人の考えはある程度抑制されなければ実現はしません。国立・国定公園の地域内にあるような場合には法律上の規制があってある程度の景観を保全することができますがこのような規制がないところでは当事者間の協定による以外は協調を求めることはできません。町づくりや村おこしは全国的に事例は多く、この中には観光のための街の景観づくりを進めた例もあり大いに参考になります。歴史の古い温泉地は創設者達が何を考えて温泉地づくりをしたかということを調べてみるのも大きなヒントを与えてくれるのではないでしょうか。





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