NPO法人健康と温泉フォーラムは医療、環境、施設等、温泉保養地に関わるあらゆる分野における専門家を中心とした団体です。
FORUM REPORT Workshop
 
■特別寄稿
自然志向・健康志向に応える温泉地づくりに向けて


小林 英俊
(財)日本交通公社観光マーケティング部長。観光による地域の活性化、世界のエコツーリズムなどを研究、論文の受賞も多数。JTB勤務を通じて、旅に関する豊富な経験とデータの分析により、伊豆地域が向かうべき今後の方向性を示唆する。



1.日本の旅行形態の変化とその特徴
戦後の日本人の旅行スタイルを振り返ってみると、70年代には既に旅行の個性化や多様化ということが言われ始めている。確かに、70年代以降、それまでの主流であった団体旅行やセット旅行のほかに、行き先での自由な行動が目立つグループ旅行や家族旅行が増えている。しかしながら、日本人の旅行をもう少しマクロな視点から見ると、旅行の時季、旅行の行き先、旅先での活動内容、旅行のスタイルなど日本人の旅行は依然として”マス”で動いている、といえるのではないか。
旅行の形態は団体から小人数のグループと変わっても、旅行の志向からみれば、同じような時季に同じようなところへ行き同じようなことをしている。日本人の旅行の大きな特徴には、この”同調整”があげられる。では、この同調整はどこから生まれてきたのであろうか。日本人の集団性を古来からの濃厚民族説から解くものもあるが、戦後の旅行スタイルの変遷のなかに、その特徴が生まれてきた要因があるのではないか。


(1)ゼロからの出発
あまり知られていないが、昭和初期の頃には海外旅行がブームになっていた。特に、昭和2年から3年にかけては、新聞社が競って海外ツアーを募集していた。第1次大戦による好景気によって、大都市への人口集中が進み、急成長した中産階級を中心に観光目的の旅行が定着するようになったためである。財力を手にした新興エリートは、進取の気質に富み欧米の”モダーン”に憧れ積極的に欧米を目指したのである。これらの一般人に加え、円本全集で印税収入の入った作家や芸能関係者が多数、欧州への視察や講演旅行に出掛けている。そのため、大正半ばから昭和の初めにかけては、旅行案内書の刊行がある種のブームになっていた。新聞社の一般公募の海外旅行に参加できる金持ち大衆が多数いたこと、旅行情報が社会に溢れていたことなど、平成の大旅行時代に通ずる動きが感じられる。
新しい時代の流れに敏感な新興エリート層が健全に育っていれば、日本の遊びや旅行ももう少し個性的に発展した可能性があったのだが、残念なことに第2次世界大戦のためこれらの芽は摘まれ、日本人の旅行文化は戦後のゼロからの出発となってしまうのである。


(2)企業が育てた団体旅行
戦後の観光レクリエーション旅行は、50年に起こった朝鮮戦争による特需景気が日本経済をにわかに活気づけた後のことである。ながい耐乏生活を経てきた人々はやっと手に入れたわずかのゆとりをもとに一夜の享楽を求めて温泉へ集まるようになる。とはいえ、この頃の旅行は、もっぱら職場の団体旅行でそれも年に1回の慰安が目的であった。週末を利用して1泊2日で近郊の温泉地に行き、夜の宴会で思い切り飲んで騒ぐこと、これが、勤労者のストレス解消であり、職場の人間関係をスムーズにすると考えられていた。企業も、企業内の人間関係の円滑化や企業への忠誠心などを目的に職場旅行を積極的に後押ししていく。旅館も1泊2食付きの宴会型団体旅行を受け入れるのに都合がよいように変容していった。この頃から温泉=歓楽街というイメージが定着していき、温泉街にも主として男性に享楽を提供する施設が次々と登場してくる。50年には全国の旅館総数が3万9000軒だったのが、55年には5万4000軒あまりと、5年間に約30%の伸びと急テンポで増加している。
職場旅行は、終身雇用、年功序列、家族経営といった日本企業独特の慣習から生まれたもので、当時の勤労者の不充分な余暇の楽しみを補うものとして機能してきた。その後、高度成長期には若年労働者の確保と定着化のための手段となっている。企業の大小を問わず、旅行は運動会とともに職場の最大のレクリエーションであった。旅行のための積み立てが行われ、企業から補助金が出ることも少なくなかった。政府も税制面から職場旅行を奨励している。
日本人の旅行スタイルを基本形ともいえる1泊宴会型の団体旅行は、50年代から60年代にかけて企業主導型の職場レクリエーションの一環として生まれてきたのである。近年、「企業」に対する価値観が若者を中心に大きく変わり、職場旅行も減少の一途を辿っているが、まだ6割の企業が職場旅行を行っている。(産業労働総合研究所調査、99年)ここに、日本の旅行スタイルの同調性を解く鍵の1つがある。


(3)テレビが煽るマス旅行
60年代にはいるとテレビが一般家庭にも急速に普及し、62年には5割の世帯が持ち、68年には約9割の世帯が持つようになった。テレビはそれ自体娯楽であったが、旅行の情報提供者、普及者として大きな役割を果たすようになる。63年から始まったNHKの大河ドラマの舞台が次々と観光地化していったように、テレビによって同時に多くの人々の旅心が煽られ旅行のマスレジャー化が一気に進んだのである。テレビは全国津々浦々に、一瞬にして情報を流し、人々の意識を、そして生活様式を平準化し、さらに欲望の高度化・同質化を進めていった。
大衆消費社会は大量の情報によって産まれるのであり、60年代入り、レジャー関連市場のなかに占める国内旅行の位置が第5位から第2位へと上昇していったこととテレビの普及は無縁ではない。


(4)若い女性が先導する新しい旅行スタイル
70年代に日本万国博が大阪で開かれ、日本の全人口の約6割に当たる人々が見学に訪れた。万国後の反動で旅行客の減少を懸念して始められたのだが、国鉄の大キャンペーン”ディスカバージャパン”である。駅のポスターやテレビコマーシャルだけでなく、テレビ番組「遠くへ行きたい」や「アンアン」「ノンノ」など創刊されたばかりの女性雑誌、ヒット曲「知床旅情」「私の城下町」など上手く使いながら仕掛けられていった。この結果、北海道の秘境であった知床、利尻島、網走や小京都と呼ばれる飛騨高山、倉敷、萩・津和野など地方の町が一躍ブームとなり”アンノン族”がファッション雑誌を片手に押し寄せることとなる。これをきっかけに、旅行スタイルも団体旅行からグループ・個人旅行へと転換していった。
旅のオピニオンリーダーとして若い女性を使う手法の成功により、その後の旅行ブームは、各メディアを連動させながら若い女性をターゲットに発信されるようになる。そして、若い女性層によって取り入れられた新しい旅行スタイルが、平均的な勤労世帯に取り入れられて一般化していくのが日本の旅行スタイル普及のパターンとなっていった。
80年代の半ばから始まった温泉ブームも、某テレビ局で連続放映された「秘湯の旅」がきっかけで、これに続き各テレビ局や女性週刊誌などが競って温泉特集を組んだ結果、若い女性たちが温泉に注目し始めたことからブームに火がついたといわれている。それまでの温泉はおじさん達の行くところであり、温泉地での宴会付き1泊2日の職場旅行は若い女性から敬遠されはじめていた。
この”女性の目”からの温泉ブームでは、すでに団体客中心の歓楽的イメージの定着した温泉地は注目されず、今まで観光地化されてこなかった”ひなびた温泉地””一軒宿””隠し湯”などが「秘湯の旅」として特集のテーマに取り上げられるようになる。宿泊施設も、”小さくて個性的な温泉宿””ランプの宿””レトロな木造温泉宿”や”オシャレな温泉付きペンション”などが一躍脚光を浴びることとなった。また、この温泉ブームでは”露天風呂”が一躍人気となった。風景を眺めながらゆったりと天然の温泉につかることが、若い女性にとって今までにない開放感を感じさせ、仕事にストレスを感じることの多くなった若い女性の心を捕らえた。この露天風呂ブームによって、温泉宿に次々と露天風呂が誕生していくこととなる。観光地での主な行動に「温泉浴」をあげた人の割合が、86年度の調査では2年前から一気に8ポイントも増加(「観光の実態と志向」調査)しており、この間のブームが急激に拡がっていったことを物語っている。


(5)踊り出てきた中高年層
若い女性を中心に始まったこの温泉ブームは、80年代後半から主婦層、それもJRの”ナイスミディ”に象徴されるような子育てから開放されつつある中年女性へと広がっていった。この頃から、中年女性のグループ旅行が一層目立つようになる。
中高年旅行者はさらに多くなり、最近の平日旅行者をみると、中高年の女性旅行者が圧倒的は比率を占めている。ここ数年、この層を狙ったJTBの「ママは日帰り」やJTB東日本の「めぐり姫」という女性限定の企画商品がネーミングとともにヒットしている。この結果、温泉旅館を利用した日帰り温泉旅行という新しい旅行形態もすっかり定着してきた。
年代別の国内旅行への参加率をみても(「レジャー白書’99」)男女とも50代が62%と最も高く、60代以上がこれに続いており、データからも、旅行市場におけるこの年代の重要性がわかる。10数年前にナイスミディとして市場に登場した彼女達がすっかり主役の一部に踊り出てきたといえる。
このような市場の構造的変化は、ここ1?2年、旅行だけでなくいろいろな余暇活動にも起きている。ゴルフ市場における女性の進出は顕著で、平日のプレーに女性の50歳以上と40代が増加したことで、平日の割合が一気に6割を越すまでになっている。(「99年版現代ゴルファーのライフスタイル調査」)ブリジストンスポーツ、99年)
この女性を中心とした中高年参加者の拡大が、価格に対するシビアな見方を市場全体に広げるとともに割安感のある旅館やホテルの平日稼動を上げる役目を果たしたり、また温泉旅館へのコミュニケーション旅行や格安な日帰りバス旅の隆盛など新しい旅行スタイルを生み出す原動力となっている。


(6)底流を流れる”同調性””受動性”
日本人の旅行の特徴である”同調性”は、50年代から始まる企業主導の集団レクリエーション発想、60年代から始まるテレビに代表されるマスメディアからの画一的な大量情報、70年代から始まる若い女性層をターゲットに旅行産業と広告産業が組んだメディアミックスによる仕掛け、などによって作り上げられてきた。そして、常に他者からの働き掛けにより動くと”受動”的な行動であった。日本人の旅行スタイルには依然としてこれらの影響が色濃く残っている。確かに旅行の参加形態こそ団体から小グループや家族・個人へと変わってきたが、旅行の志向性という意味で本当の個性化が見られるようになったのは、日本型企業経営が行詰り家庭の崩壊がとりだたされはじめた、たかだかここ10年程度のことである。自分の価値判断から個性的な旅行をする人が増えてきたことと、依然として残る同調性との混在が現在の旅行市場を見えないものにしているのではないか。



2.変化する温泉の価値
(1)急増する温泉人気
「温泉」旅行が大変は人気になっている。人々が1泊以上の観光旅行のなかで行った活動を調べる(「観光の実態と志向」日本観光協会、99年)と「温泉浴」(45.8%)が、最も多い。20年前(唱和53年、1978年)までさかのぼってみると「温泉浴」(31.6%)は、「自然の風景を見る」「名所・旧跡を見る」についで3位であったが、96年度調査から「温泉浴」が「自然の風景を見る」と入れ替わりトップになった。今後1年の間に宿泊観光旅行でやりたい希望の行動を聞いても「温泉浴」が70.3%と最も高くなっている。観光旅行の基本的な行動ともいえる「自然の風景を見る」ことが、この20年間60?70パーセントとほとんど変わらぬ支持を得ているのに対し、「温泉浴」はこの20年間に30ポイント以上も希望率を伸ばしてきた。
この傾向は宿泊観光旅行に限ったことではなく、日帰り観光レクリエーションのなかで行った主な活動を調べてみても、「温泉浴」(7.8%)は「風景鑑賞」(9.2%)に次いで2位となっている。北海道、東北、甲信越、中部、中国、九州の6地域では「温泉浴」が1位である。
財団JTBが行った99年夏の旅行動向調査でも、主な旅行目的として「温泉旅行」(8.6%)が数字を伸ばしており夏場の代表的旅行目的である「高原で保養・休養」(8.2%)を上回っている。夏場の旅行に限った調査でもこのような傾向が出ていることは、人々が入浴して「体を温める」という機能ではなく温泉に何か別の意味を求めているためである。
もともと日本人は温泉好きといわれてきたが、近年、観光旅行の基本的な行動である「自然の風景を見る」「名所・旧跡を見る」を追いぬいて「温泉浴」が第1位の目的行動となってきたのはなぜであろうか。また、最近の旅行者は、温泉にどのような意味や効能を求めているのであろうか。


(2)温泉地の位置付けの変遷

1)江戸時代から昭和の始めまで
旅行スタイルの変遷のなかで、人々が求める温泉や温泉地の機能や効用も変化してきた。
江戸時代初期までは、温泉の湯治客は病気の治療のための長期滞在客が多かったようで、箱根の温泉では、すでに元禄の頃には湯治の方法まで示されるほど研究が進んでいた。江戸も中期になって、毎年、多くの人々が伊勢参りをはじめとする寺社詣でに出かけるようになると、途中で箱根湯本に1泊と温泉地に宿泊する旅人が増えてくる。宿のほうも、一夜だけの泊まり客の方が酒を飲んで大騒ぎをしてくれるので病気療養の客より大事にし、街道を行き交う旅人を盛んに誘致するようになる。江戸末期には、シーズン中は湯本に毎日、伊勢参りの団体が50?60も泊まるほど盛況で、温泉宿も湯治宿から旅篭へと変化していった。江戸も半ばを過ぎて庶民の旅が活発になると、湯治と称して実際は物見遊山を目的とした旅が流行っている。
江戸時代の温泉地は、すでに湯治場、周遊観光の宿泊地、観光レクリエーションの目的地という代表的な温泉地の機能を備えていた。
明治になると、外国人からの新しい視点が加わってくる。特に箱根温泉は、横浜から近かっただけに国際貿易に携わる商人が多く訪れ、1878年には日本初の本格的リゾートホテルとして富士屋ホテルが開業し、外国人のバカンス客に対応している。また、ドイツ人医師ベルツは、伊香保、熱海、箱根、草津など各地の温泉地を訪れ、本格的な温泉研究を行うとともに、伊香保温泉に療養施設を建設するよう建白したり箱根に本格的なドイツ式クアハウスの建設を進言している。
しかしながら、明治以降の医学界は、薬物療法と外科療法といういわゆる西洋医学に傾斜し、古来から広く行われていた民間療法や自然療法は軽視され、温泉熱を利用した砂風呂、泥風呂や蒸気浴といった入浴療法は次第に廃れていった。また、ベルツによって提唱された近代的な温泉施設も実現されず、日本の温泉は健康増進や病気療養という方向には向かわなかった。
かわって享楽的な要素を多く備えた温泉地ほど人を集め、尾崎紅葉の「金色夜叉」で一段と知名度を上げた熱海温泉などは、新婚旅行のメッカとして益々発展していった。


2)戦後から現在まで
50年代になり、人々は温泉地を職場の慰安旅行の目的地として一夜の宴会や歓楽的な雰囲気を目当てに訪れている。温泉そのものの効用より、抑圧された日常からの気晴らしや解放が求められていた。そして、その時に出来上がった温泉=歓楽というイメージを旅行者側も温泉地側も近年まで長く引きずることになる。
60年代には周遊券やセット旅行が普及して一般家庭でも気軽に観光旅行が楽しめるようになると、旅行目的も宴会や気晴らしから自然の風景や名所旧跡を見ること、さらには旅行先で何かをすることへと変化していった。つまり行き先が温泉地から山や湖の景勝地、そしてスキー場、海水浴場へと変わっていったのである。
さらに周遊観光旅行が大衆化してくると、温泉地は行楽・観光の拠点としての利用が増えていった。当時の旅館の立派な設備や豪華な料理、大きな風呂はまだまだ豊かさの夢を実現してくれるところであった。時間いっぱい観光地を回るのが当時のスタイルで、温泉地とは夕方に着いてお風呂を浴びて宴会をして朝早く出て行くところであり、それに適した受け入れ地のシステム、旅館の高度に完成された1泊2食型システムが出来上がっていく。
80年代半ばに始まった温泉ブーム以降、やっと温泉そのものに関心が向くようになる。若い女性向けに”美人になる湯”とか”肌がすべすべになる湯”といった美肌や美容効果が注目されたり、都会生活によるストレスからの開放といったお湯の持つリラクゼーション効果が着目されるようにもなる。現在の中高年の女性客は、この温泉の持つストレスからの開放感やリラックス効果を仲立ちとして、友人のコミュニケーションを楽しむ場として温泉を利用している。



(3)始まった温泉の積極的利用
戦後に発展していった温泉観光地の多くは、慰安行楽の目的地であり、かなりの場所が歓楽的なイメージや機能を売り物にしていた。宿泊観光地として持つ機能「泊まる」「食べる」「飲む」「遊ぶ」のなかでも「食べる」「飲む」「遊ぶ」に重点が置かれていた。温泉は、耐乏生活からの解放のシンボル的な意味であった。温泉の利用という視点で見れば、”付随的な温泉利用”である。温泉地での会議や集会に「会議場所の提供」という機能が加わったもので、温泉の利用という視点で見れば、やはり”付随的な温泉利用”である。
周遊観光が一般化した後の温泉観光地は、宿泊観光地の機能「泊まる」「食べる」「飲む」「遊ぶ」に温泉に「入浴する」という機能が魅力付けとしてプラスされたものといえる。温泉付き観光宿泊地であり、もちろん温泉も楽しんではいるが温泉そのものの効用を期待するという”温泉”保養観光地という意味合いは薄かったのである。温泉の利用という視点で見れば、「行楽・観光の宿泊地」「自然体験の宿泊地」としての”付加的な温泉利用”であったといえる。
80年代半ばに始まった温泉ブーム以降、温泉そのものの効用にやっと関心が向くようになる。温泉の持つ美肌や美容ストレスからの開放といったリラクゼーション効果を求め温泉地に人々が集まりはじめたのである。80年代半ば以降、観光旅行のなかでの活動に「温泉浴」が一気に増加したのは、温泉の付随的利用や付加的利用から、温泉浴のもつリラクゼーション効果・健康増進効果・美容増進効果といった積極的利用に目が向けられ始めたためである。




3.温泉地に求められること

(1)新しい課題
中高年の旅行者数が大きく増えていくことは、これまで主流となっていた平均勤労世帯の価値観「会社」「仕事」「学校」「子育て」から解放された価値観を持つ旅行者の割合が増えることを意味する。これによって、今までに日本人の観光旅行における特徴となっていた”同調性”や”受動性”の崩壊が加速し、個人の価値観に基づいた個性的な旅行をする人がますます増加していくはずである。2005年には、50歳以上の中高年層の割合が大人の半数を超えると推計されており、この年齢層の価値観が社会全体の価値観や旅行に対する価値観にも大きく影響を及ぼしてくる。この年齢層の主な価値観あるいは主な関心事は何かというと、「健康に留意する」ことであり「趣味に生きる」ことである。また、「会社」「仕事」中心の生き方でなくなるので、会社・仕事が日常で旅行は非日常といった従来の垣根がますます崩れ、旅行に出かけることやそこでの体験そのものが生活(毎日生きること)の一部となるのである。観光地は、この日常生活の一部となるような個人的な体験に対して何が出来るのか、何を提供できるのかが問われることになってくる。
ここ10年、多くの有名観光地が観光客の減少に苦しんできた。団体からグループや個人旅行への対応の遅れなどが指摘されているが、問題の本質は新しい社会的価値観の出現のなかで観光地も質的な変容を求められているということである。従来であれば、非日常ということで豪華な食事や贅沢な設備そして広いお風呂など日常と切り離された世界を演出すれば事足りたのだが、日常生活の一部となるような個人的な体験への対応という新しい課題が出現しているのである。


(2)温泉地変革の方向性
温泉旅行への希望が一番多くなっているにもかかわらず、苦戦している温泉地がかなりあるのが現状である。しかし、考え方をかえれば温泉地は今新しい温泉地のありかたを探り変容していくのに絶好の時を迎えているとも言えるのである。その理由として、新しい社会的価値観の1つに健康志向があげられていること、ゆっくりと自分の価値観で旅行を楽しむ層がでてきたこと、80年代半ばから温泉地に温泉そのものの積極的な効用が期待されるようになってきたことがあげられる。
そのためには、なぜ今、温泉浴が一番人気の活動かという理由、人々は温泉の何に期待しているのかという理由を再度確認しておく必要がある。
温泉がなぜ健康志向に合致するのか、それは温泉の持つ生体調整作用を期待してのことである。温泉の持つ生体調整作用には、大きく分けて物理的作用、化学的作用、自律神経正常化作用の3つがあり、これらが複合的に作用することが重要なのである。物理的作用とは、体がポカポカと温かく感じる温熱作用や水圧や浮力による作用のことであり、化学的作用とは温泉に含まれる成分が人体に働きかける作用のことである。現在温泉浴を楽しんでいる旅行者がどこまで具体的に意識しているかは別にして自律神経正常化作用を期待している人が増えていることは確実である。夏休みの旅行にもかかわらず、温泉旅行への希望が高くなっているのはこの現れである。自律神経正常化作用とは、いい自然環境のなかでゆったりと過ごしたりいい景色を眺めながらリラックスして湯に浸かることを繰り返すことによって自律神経が正常化される作用のことである。これは温泉(地)に行くからこそ生じる作用なのである。
現在では管理社会のストレスから心身のバランスを崩す人が増えており、日本でもようやく最近になって、人体パーツに分けて治療する医療でなく、全体的な視点からとらえる医療が注目を集めるようになってきた。
温泉地変革の1つの方向性としては、今日的視点がらの湯治の科学的研究や実証的研究をすすめながら温泉そのものの積極的な利用を前面に出し、健康志向の大きな社会トレンドを呼び込むという方向である。健康・美容に関心のある旅行者はもちろん予病のために訪れる来訪者や病後の回復に訪れる来訪者まで幅広く顧客と捕らえ健康回復や健康増進のための施設やシステムを構築していくのである。



(3)環境が商品価値となる
また、観光地づくりという視点で見た場合、ヨーロッパの温泉保養地や健康保養地と日本の温泉観光地の大きな違いは、”環境”に対する考え方の違いである。フランスの海洋療法タラソテラピーの根本的な思想は、「海の環境全体が人を癒す」というもので、施設内での海水の化学的作用を利用した療法や物理的作用を利用した療法に、海辺の散策、海の見える部屋での休息、海の空気を吸うことなどが組み合わされてこと効果があると考えられている。ヨーロッパでは環境も人を癒していく大切な要素ととらえ整備しているのに対し、日本では温泉観光地の環境をこのようにとらえ整備しているところは極めて少ない。これからは、環境が人を癒すという発想が大切になり自然との一体感を感じながら、管理型社会のストレスからも開放され、心身ともにリラックスできる空間が観光地の必要不可欠な要素になってくる。このような”治癒的環境(ヒーリング・エンバイロメント)”がこれからの観光地の価値を左右する大きな評価基準になるのである。
これからの健康保養地(ヘルスリゾート)には、さらに進んで滞在中に”良く生きるための積極的な活力を与えるような保養地である。自然環境や人的環境の役割がますます重要になり、環境そのものが重要な商品価値となってくる。当然、保養地側で迎え入れる人々、ホスト側の環境に対する高い意識が要求される。ヨーロッパの先進的な健康保養地では、環境こそが差別化可能な観光的勝ちになると叡智を傾けいろいろな試みを重ねている。日本の温泉観光地にもすぐにこのような視点が必要になるだろう。
昨今は、”癒し”ブームで温泉のリラクゼーション効果や自律神経正常化作用が期待されているが、温泉を含む環境全体から活力が得られるようなリバイタル効果が期待される場所へとレベルアップしたとき温泉地はブームに終らない真の健康保養地となるのである。


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