NPO法人健康と温泉フォーラムは医療、環境、施設等、温泉保養地に関わるあらゆる分野における専門家を中心とした団体です。
FORUM REPORT Workshop
 
パネルディスカッション-1
旅行スタイルの変遷と展望


小林英俊
(財)日本交通公社観光マーケティング部長



1.旅行は人々の生活の一部
 景気の回復は“一進一停"状態を続けているが、旅行に対する人々の欲求には引き続き根強いものがある。人々の旅行に対する強い欲求は、各種調査の結果からも明らかで、「レジャー白書'99」(余暇開発センター)によれば国内旅行への参加希望卒は70%と最も高くなっている。98年には延べ3億1873万人(推計)が国内旅行をしているが、99年も仕事がらみの旅行の減少を観光性旅行がカバーし前年より0.3ポイント増加する見込みである。2000年はさらに1.8ポイント増加すると予測されている。企業のインセティブ旅行などが確実に減少し、個人所得が伸びない状況下でも、観光旅行者数が増加しているのをみると、やはり旅行が確実に生活の」部となっていることが読み取れる。
2.企業が育てた団体旅行
 大戦直後の旅行どころではなかった頃から旅行が生活の一部になるまで50余年、日本人が辿ってきた旅行スタイルの変遷が、現在の日本人の旅行スタイルを形作っているといえる。50年に起こった朝鮮戦争による特需景気が、人々にわずかのゆとりをもたらす。人々は永かった抑圧と耐乏生活から一夜の欲望の解放を求めて温泉に集まってくる。この頃の旅行は、もっぱら団体旅行でそれも年に一回、職場の慰安旅行が主流であった。企業は、企業内の人間関係の円滑化や企業への忠誠心などを目的に職場旅行を積極的に後押ししていく。旅館やホテルも1泊2食付きの宴会型団体旅行を受け入れるのに都合がよいように変容していった。この頃から温泉=歓楽街というイメージが定着していき、温泉街にも主として男性に享楽を提供する施設が次々と登場してくる。職場旅行は、終身雇用、年功序列、家族経営といった日本企業独特の慣習から生まれたもので、高度成長期には若年労働者の確保と定着化のための手段ともなり、勤労者の満たされない余暇活動を補うものとして機能してきた。近年、社会の価値観が変わり旅行のスタイルも変わってくると、職場旅行も減少の一途を辿り、産業労働総合研究所の調査では99年に杜員旅行を実施した企業は約6割と調査以来最低となっている。
3.若い女性が先導する個性的な旅行
 70年に行われた大阪万国博は、日本の旅行市場エポックメーキングな出来事であった。日本の全人口の約6割が参加する国を挙げての一大イベントで、旅行スタイルは依然として団体旅行が主軸ではあったが、家族旅行・グループ旅行を体験するよい切っ掛けとなった。
 70年代前半には、「ディスカバージャパン」キャンペーンの成功により、小人数で行く個性的な旅行が一気に流行となる。若い女性を旅のオピニオンリーダーとして使うという手法の成功により、その後の旅行ブームは、テレビや雑誌などのマスメディアを総動員して若い女性に向けて仕掛けられることが多くなった。この頃より、口本の新しいスタイル旅行は、若い女性グループによって先導され、そしてそれが、徐々に平均的な勤労世帯に取り入れられ一般的化していくというパターンを取るようになる。
 80年代の半ばから現在まで続いている温泉ブームも、某テレビ局で連続放映された「秘湯の旅」が若い女性たちを中心に火をつけたといわれている。これに続き、各テレビ局や女性週刊誌などが競って温泉特集を組んだ結果、若い女性たちが温泉に注目し始めた。それまでは、温泉はおじさん達の行くところとして、若い女性にとって魅力の薄いところであった。もっとも、すでに男性客中心に歓楽的なイメージの定着した温泉地は敬遠され、「秘湯の旅」として今まで観光地化されてこなかったひなびた温泉地や温泉宿が脚光を浴びることとなった。また、この温泉ブームの特徴は、露天風呂が人気になったことで、風景を眺めながらゆったりと天然の温泉につかることが、若い女性にとって今までにない開放感を感じさせることなる。この露天風呂ブームにより、温泉宿に次々と露天風呂が誕生していくこととなる。
4.中高年旅行者の増加
 若い女性を中心始まったこの温泉ブームは、80年代後半から主婦層、それもJRの“ナイスミディ"に象徴されるような子育てから開放されつつある中年女性へと広がっていった。この頃から、中年女性のグループ旅行が一層目立つようになる。
 ここ数年、この層を狙ったJTBの「ママは日帰り」やJR東日本の「めぐり姫」という女性限定の企画商品がネーミングとともにヒットとしている。年代別の国内旅行への参加率をみても(「レジャー白書'99」)、男女とも50代が62%と最も高く、60代以上がこれに続いており、データからも、旅行市場におけるこの年代の重要性がわかる。10数年前にナイスミディとして市場に登場した彼女達がすっかり主役の一部に踊り出てきたといえる。
 このような市場の構造的変化は、ここ1〜2年、旅行だけでなくいろいろな余暇活動においても起きているようで、「99年版現代ゴルファーのライフスタイル調査」(ブリジストンスポーツ、99年6月)によれば、平日ゴルファーが2年前の前回調査から12ポイント増と急激に増え、気に6割を越すまでになっている。なかでも月曜と水曜の人気が高く、平ロプレー派で目立つのは女性の50歳以上と40代だという。この女性を中心とした中高年参加者の拡大が、価格に対するシビアな見方を市場全体に広げたり、旅館の日帰り利用や格安な日帰りバス旅の隆盛など新しい旅行スタイルを生み出すなどの市場構造の変化を引き起こしている。

5.新しい価値観が旅行スタイルを変える
 大雑把にいえば、日本人の旅行スタイルはその人が属しているライフ・ステージ(生活段階)をみればおおよそどのような旅行をしているかが推測されてきた。旅行における個性化や差別化がいわれているが、一方ではまだまだ日本人の旅行は、「会社」「学校」「労働」「子育て」「休暇制度」といった枠組みの中で行われているのである。
 旅行を含む余暇活動が日本人の生活課題として認識されるようになったのは、池田内閣が所得倍増を打ち出した1960年代以降のことであり、以来、余暇活動とはつねに労働と対比という“男社会の論理"で議論されることが多かった。その結果、旅行の意義とは、仕事によってもたらされた疲れを回復させる機会、決まりきった仕事や日常的な退屈から逃れるための気晴らしや気分転換というとらえ方から抜け出ないでいた。圧倒的な量の拡大が、本質的な質の変革や新しい旅行の意味をもたらし得なかったのはこのあたりに理由がある。
 しかしながら、ここ1〜2年、中高年(特に女性を中心とする)の旅行者が旅行市場の主役に踊り出てきたことで、従来の平均的な勤労世帯の持つ「労働」「子育て」「休暇制度」という枠組みに囚われない新しい旅行スタイルや価値観創造の可能性が出てきた。
 実際、この年代の旅行における特徴をみると、若年層の旅行より「買い物」「食べ歩き」に対する関心は低く、「自然や景観の鑑賞」(41%)や「名所・旧跡巡り(美術館などを含む)」(27%)を主な目的としている。この年齢層は、すでに子育てを終え、あらためて残りの人生における自分自身のアイデンティティを探す時期に当たり、何かを「見たり」「知ったり」しながら自分自身を高めたいという潜在欲求が強いようである。
 また、最近、大変なブームになっている中高年特に女性の登山・ハイキングにしても、従来のスポーツレクリエーションといとらえ方だけではなく、生活にゆとりができ、自然に対する好奇心を持つようになった結果である。ハイキングも心の豊かさが感じられる行為や心の癒しが得られる行為として行っている様にみられる。
 50代以上の余暇活動の潜在需要を見ると、国内外の旅行のほか「水泳」や「登山」「ピクニック、ハイキング、野外散歩」などのアウトドア活動やスポーツ、また、「陶芸」「書道」などの創作活動や「パソコン」にも需要があり、中高年のイメージで捉えられないアクティブなアダルト層が出現している。
 今後は、このアクティブなアダルト層、特に“女性の視点"から見た、従来の「労働」との対比でない新しい旅行の価値観創造が期待される。例えば、「自分探しの旅行」「自分の経験を活かすボランティア旅行」「趣味を極める旅行」「年を取るのを遅らす旅行」「自分の達成感を得るための旅行」といった、旅行そのもののなかに自己の達成感といったプラスの価値を見出すような新しい価値観の誕生である。


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