| Workshop |
| 基調演習 21世紀の温泉地のあり方
温泉が湧き出すところを温泉地と言うが、人は温泉をいろいろの型で利用してきた。かなり昔から、温泉を病気、怪我の療養或いは日常生活の休養のために用いて来た。そして昔は医学が発達していなかったから、その効力を宗教や鳥獣の伝統に結びつけてきた。 例えば伊豆で一番古いといわれる修善寺温泉は弘法大師がこの土地を訪れたとき独鈷(佛具)で川中の岩を打ち、霊泉を湧き出させ、病がたちどころに治ったという伝えがあり、同様の伝統は日本の至るところの温泉地にある。 ●写真1 修善寺 独鈷の湯 医学の発展していなかった当時は、その効力に驚いたのであろう。これらの事実は日本書紀(720年)に既に記載されており、室町時代には温泉に行って療養することを湯治と称したという。(1459年、木暮敬:湯治の歴史、健康と温泉FORUM'86)以後湯治は年々盛んになり、江戸時代には特に多くの人が入場し、入場日記や入湯案内書が残されている。また温泉医学書も出現し、江戸末期には温泉分析も行われていたという。伊豆に於いては熱海、湯河原などが当時発行された温泉番付に名を重ね、大名が熱海に湯治に来た史実があり、また熱海の温泉水を船で江戸に運び、将軍が江戸城で入湯したという記載もある。●写真2 温泉諸国番付一覧 ![]() しかし近代温泉医学が我が国に伝えられたのは他の医学部門と同じく明治になってからで、伝えたのは当時東大の医学部の教授であったベルツ教授であった。 ●写真3 ベルツ教授同教授は日本鉱泉誌を著し、そのうちに「温泉療法とは“浴療”“飲療”“気候療法”の三療を組み合わせて実施すること」「医師の指導によらなければ温泉療法の効果をあげられない」と述べ、温泉医の必要性を力説し、温泉療養地学的見地から「道路、上下水道、消防設備、浴施設、保養公園等の環境設備の整備について細部まで言及し、温泉療養地の必要性を述べられた。(木暮敬:同)実際面に於いてもベルツ教授はわが国に温泉療養地のないことを嘆かれ、自ら上州草津温泉に土地を購入して温泉療地を建設しようとされたが、残念ながら教授存命中には実現しなかった。この夢を現代に実現されようとされているのが草津温泉の中沢晃三氏である。 その後わが国に於いても温泉医学研究の気運が高まり、大学の温泉研究施設や公私立の温泉病院が建設され、東大大島良雄教授の指導により長野県厚生連が鹿教湯温泉に、静岡県厚生連が中伊豆温泉にリハビリテーションを専門とする温泉病院を開設した。 ●写真4 静岡県厚生連 中伊豆温泉病院 ![]() 温泉療法医制度も確立され、病院の療養、障害者のリハビリテーション等に大いに貢献してきたが、近代行政改革と称して、文部省は温泉医学研究機関を最も整理し易い施設として整理し、壊滅状態としてしまった。他方厚生省では高齢者社会を迎え、介護の必要性や身体障害者、慢性疾患のリハビリテーションの重要性を叫びながら、多くの国立温泉病院を廃止、統合してしまった。これからの処置は、われわれ温泉医学に関係する者ばかりでなく、多くの患者、温泉関係者にとって納得し得ないことである。 以上わが国の温泉地の発展の過程を述べたが、これらはいずれも湯治或いは街道筋の宿場として発生したもので、はじめから保養地或いは療養地として都市計画により建設されたものでなく、自然発生的なものが多い。従っていずれの温泉地も遊興施設も宿泊施設も雑然としており、療養施設がないものが多い。そして大小の温泉地を問わず、保養を目的とした温泉地なのか、観光・行楽を目的とした温泉地なのか区別し難い。従っていずれをとっても不完全な温泉地であるように思われている。宿泊施設も大小の差はあるものの相以型のものが大多数である。 以上のような日本の温泉地の現状から考えて、21世紀の伊豆の温泉地は如何にあるべきか考えてみたい。 伊豆半島は、富士火山脈の上にあり地質上地殻変動のために割れ目が多く、また火山活動が活発で、周囲を海に囲まれ、降水量は年間3,500mm内外で、年平均気温は16℃内外と高温多湿で、植物の生息に好適な気象条件を備えている。それ故植物の育成が良好で、森林区域は半島面積133,000haの74%に達し、したがって地下水の保水量が多く、温泉湧き出しには好条件である。静岡県は温泉湧出量が全国で有数の温泉県になっている。 ●表1 温泉統計ベスト10(平成5年3月末現在)源泉総数 表1
伊豆半島の温泉井が約2,500、平均温度58℃、揚湯量122,000リットル/分でまさに"温泉の伊豆"といわれる所以である。泉質は硫酸塩泉、食塩泉、単純泉が多い。 ●表3 温泉の主要電解質イオンによる分類 ![]() これらの天然資源を慢性疾患や調節障害、健康増進に用いて残存している機能を刺激したり、能力を高めるようにし、また代謝機能を発達させて適応能力を高め、或いは精神的健康状態を得ようとする健康(増進)志向を治療の基本原理とする療法を保養治療法といい、一種の自然療法である。温泉療法、気候療法、海洋療法、地形療法、森林浴療法などが含まれる。また、これらの療法が行われる温泉地を保養・療養型温泉地という。 他方これらの資源を観光・行楽の資材とする温泉地がある。 従来わが国の温泉地の経営方針が保養・療養型か、観光・行楽型か判然とせず、あいまいであった。今後21世紀にむけて温泉地は経営方針をはっきりさせなければ脱落するであろう。 元来保養地とは次のような原則が見えられたものでるという(シュナイワー教授) 1,健康及び社会心理上の安全に悪影響のある要素を排除すること 2,体全体の能力を習慣的に訓練すること 3,保健教育上の指導を行うこと また国際温泉気候連合(FITEC)が定めた保養地の条件は次の通りである。1,保養の場所 2,都市構造施設(道路網、上水道など) 3,保養地内の施設 4,保養地周辺の交通機関 5,衛生状況 6,医師 7,保養に適した宿泊施設 8,保養に適した食事 9,適応症である。 温泉の利用法 1.入浴 2.飲用 3.吸入 4.含 5.泥浴、てん絡 6.日本固有の温泉療法 a.砂湯 b.滝の湯 c.時間湯 d.かぶり湯 e.蒸し湯 f.痔風呂、痔蒸し また昭和21年から温泉保養地設置の機運がわが国に於いても起こり、一定の選定条件に適した温泉地を環境庁により国民保養温泉地に指定している。現在85ケ所余りである。 また国民保養温泉地の中から医師の協力を得て温泉の保健的利用を促進することができる条件を備えた温泉地を国民保健温泉地として選定し、当該温泉の有する保健的効能を十分活用するために必要な温泉センター(いわゆるクアハウスといわれる施設)、温泉プール、屋外飲泉施設、園地、歩道等の施設、公共施設の整備に対し国庫補助を行っている。 伊豆地方は前述の通り天然資源に恵まれ、温泉保養地乃至気候保養地として最適であり、明治時代既にベルツ教授は沼津にご用邸を設置することを進言し、畑毛・奈古谷温泉が国民保養温泉地に指定されている。 ●表5 田方地方の温泉
このように当地方は自然環境に恵まれているにも関わらず、2、3の温泉地を除いて大きな発展をみないのは何故か、理由を追及しなければならない。私たち医療担当者の側から考えてみると、保養地の必須条件の1つで大切なことであるところの適当な宿泊施設がほとんどないことである。温泉療養には数日の連泊(理想的には3〜4週間)が必要であるので、3食を提供してくれるホテル乃至旅館が必要なのである。しかも宿泊費が適当なところはなかなか見当たらない。 また提供される食事は健康保持又は病気療養のための食事でなければならない。それはは最近高血圧や動脈硬化症の人又は糖尿病の人が非常に多くなっていることはよく知られているので、提供する食事は糖尿病患者にはカロリーの判った糖尿病食を、高血圧の人には減塩した高血圧食を提供しなければならない。山海の珍味は決してすべて健康食品ではないのである。また人の食品に対する好き嫌いがあり、珍味は万人に珍味ではないのである。最近は海外に出かける日本人も多く、また海外からも来日するようになり、今後は益々往来が多くなるのであるから、欧米式の注文による食事を提供することは出来ないだろうか。宿泊費も数日滞在する客には割引するなどのサービスを提供し、また保養地に於いては土・日型の営業は改善すべきではないだろうか。私は経営の専門家ではないので、果たしてこの夢が実現可能か否か判らないが、一部でも実現を期待する。 施設については前述の国民保養温泉地の条件の如く温泉プール、温泉館、療養公園、遊歩道などは是非必要である。これからは建設費用、維持費のかかることであるから、一町村で難しいならば付近の町村が合同で設けたらよいのではないかと思われる。 遊歩道もお互いに隣接町村連合してつくり、案内板、道標などを設置し、行楽客が毎年遭難するようでは安全な行楽地とはいえない。 また療養客が退屈しないようにコンサート、ファッション・ショー、展覧会、カジノなどを開催し、滞在客が時間を持て余さないように努力する必要がある。現在草津や湯布院などではこれらを実行して成功している。 次に遊歩道であるが、温泉療養地内の歩行道路について改善する必要がある。自動車などの車両を療養地内に於ては制限乃至禁止すべきである。また止むを得ず通行させる時は速度を制限させ、警笛を使用しないよう警告すべきで、諸外国では既にどこの国でも実施している。 また道路、建物、特に入浴施設などはバリアフリーにすべきである。わが国の温泉地では殆ど障害者に対する配慮が行われていないが、これでは文化国家とはいえない。 次に観光・行楽型(レクリエーション型)の温泉地について述べるが、この型の行楽客は将来とも1〜2泊の旅客が多いと思われる。まず交通機関の整備が必要である。特に休日の伊豆半島の道路の渋滞は甚だしい。21世紀には外国からも多くの旅行客を迎えねばならないので至急対策をたてなければならないが、伊豆半島は周囲が海なので、もっと海上交通機関を考えられたらどうだろう。 次に施設としては会議や音楽会、展覧会等が開催できる多目的イベントホールは是非必要である。また旅客は温泉に入浴することのみが目的ではないから観光場所や史跡の案内が必要で、屋内屋外の運動場も必要である。将来は会社ぐるみの大きな団体旅行は無くなり、団体旅行といっても小グループの団体旅行であろう。また家族連れの旅行が多くなるので、団体旅行者とは区別して扱うべきである。また温泉地によっては露営地の設備(キャンプ場)も必要で、その安全対策も考えねばならない。なおこれらの建設・維持費も高額になるので、公安上許される範囲で競馬・競輪場・カジノ等の設置も良いであろう。そして出来ればその益金を保養型の温泉地で生活する身障者や高齢者の施設や運営費を補助したらと望むが、これはわれわれだけの夢であろうか。 以上温泉地の将来として2型に分類されることを述べたが、伊豆の温泉地は将来どのように発展すべきであろうか。 伊豆のシンボルともいうべき富士山を望み、周囲は駿河湾と相模湾に囲まれ、従って海洋性気候で温暖であり、陸地には多数の温泉が至るところに湧出し、森林と水に恵まれ、天城山系の丘陵地帯を擁し、絶好の環境と恵まれている。従ってこれらの天与恩恵をフルに利用して、保養、休養、療養、の温泉地として活用せねばならない。しかしこれを実行するのは伊豆に住む人たちの知恵と実行である。わが国には2000以上の温泉地があり、皆発展に全力をそそいでいる。この危機に皆さんが一体となってお互いに手をつなぎ尽力しなければ、競争から脱落するであろう。 最後にこの温泉地発展の原動力は温泉と環境である。従って天与の温泉資源を大切にしなければ元も子もなくなるであろう。温泉は無限ではなく、濫掘濫用は温泉源を涸らしてしまう。外国の温泉地では源泉のほとんどは国有で、非常に大切に扱われている。元来温泉は源泉を用いるべきで、集中配湯すれば温泉水は源泉とは性質も効能も変化することは多くの研究で証明されている。 21世紀の伊豆半島の温泉地の将来を考え、天与の財産を大切に扱い、次代に引き継がねばならない。最後に結論として次のことを要望する。 1,伊豆の各々の温泉地の型を如何に決めるのか、目的をはっきりとさせ、伊豆地方すべての温泉地がお互いに連携する。出来れば連合体をつくりたい。 2,天与の温泉、山川、森林、海浜、海洋、気候を有効に活用すると同時に源泉保護、環境保全に気配りする。 3,施設として宿泊施設、温泉施設、運動場、会議場等の附属施設、医療施設、交通機関等を整備する。 結論として日本の湯治によって培われて来た温泉療養の伝統性と欧米から伝来した温泉医学の科学性とを調和させて、天与の環境に恵まれた温泉地伊豆半島に、世界に誇る理想的温泉保養地を建設したい。この構想を実現させるか否かは、住む人はもちろん、行政、技術、医療など関係各方面の協力の如何にかかっている。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||