| Workshop |
| パネルディスカッション-2 生き残れる温泉経営−国際的な視野に立った個性的な地域づくりの実践−
1.はじめに 直入町は九州本土の最高峰『くじゅう連山』、九州アルプスの麓にある農業と観光の町。1955年の町村合併当時に7,200人を記録した人口も、この40年問に高齢化と過疎化の荒波にもまれ現在では2,950人に。ただ、温泉を核にした多角的な地域振興戦略が奏功し、ムラは相当に活力を取り戻しつつある。「日本人の温泉地好きは変わらないのに、宿泊利用者数が落ち込んでいる」という実態が報告されているが、それは大型観光地や重要な視点を見失った温泉地の傾向と言えないか。 長湯温泉は旅館数16軒のマイナーな温泉地にもかかわらず日帰り客数、宿泊客数ともに順調な伸びを示している。九州の有力雑誌社が調査した「行ってよかった観光地ランキング」調査でも、上位を占めているのは黒川温泉や湯布院温泉など比較的小規模の旅館で形成されている温泉地であり、長湯温泉も34位から一気に12位に躍進した。 ![]() 2.日本の温泉地衰退のこれまで 小規模な温泉地が脚光を浴びつつあるのは秘湯ブームにあやかっている一面もあろうが、「大量生産的発想」で大型バスで乗り付けてドンチャン騒ぎをするという旅行パターンに日本人が疲れてきた証左であろう。つまり、本物の癒しを求める日本人の精神構造が呼び戻されてきたと解釈している。ようやく本来の姿に戻りつつあるということだ。旅行工一ジェント主導の時代、日本の大型観光地(温泉地)は団体客には不向きな木造建築の旅館を見捨て何の変哲も情緒もない近代的なホテルヘの変身を余儀なくされた。山問の静かな風景には不釣り合いなビルが出現し、日本の温泉地の個性だった「女性的なやさしい受け皿をもつ癒しの里」が崩壊していったのである。 近代的に整備されたホテルにはもうひとつの課題があった。それは経済最優先の戦略として導入されたアイデアだったが、本来その温泉地の魅力を創出していた機能、たとえば朝市や土産品店、レストラン、そしてスナックまでもを自らのホテルの中に取り込んでしまったことだ。モノポリーの、全機能集約型の施設として営業拡大を図ったこの戦略にこそ大きな課題が潜んでいた。短期滞在型の団体客にはすこぶる都合の良かったこのシステムは永久不滅の商法を確立したかに見えたが、一方でとんでもない過ちを犯していたのである。この行為は周辺地域、つまり温泉地という舞台のもつ伝統や魅力を奪略し、地域全体の経済活動を一挙に衰退させたのである。にぎわいを見せていた地元銀天街には一様に閑古鳥が鳴いた。 さらに、日本の温泉地全体にとって悲劇だったのは、規模の大小を問わず、どこの温泉地にも同じような戦略が導入され、その結果、やはり日本全国に似たような風景が生み出され、まさに金太郎アメ現象が生まれたのである。経済追求のあまり、『個性』が削ぎ落とされてしまったのである。 3.地域資源を活かした長湯温泉の挑戦 ![]() 日帰り客数や宿泊客数が飛躍的に伸びている事例として長湯温泉の実際を紹介する。数字が実証する飛躍の背景にあるもの。核となって支えているのは「地域資源を活かした温泉地の個性化」への取り組みである。 長湯の場合、地域資源としての特異性を「炭酸泉」という泉質に探り当てた。32度の純炭酸泉は透明で1,200PPMもの炭酸ガス濃度を誇る。一方、50度近い高温の炭酸水素塩泉にも700PPM以上の炭酸ガスが溶け込んでいる。泉源数も50本ほどで、すべてに炭酸ガスが多量に溶け込んでいる。この「日本一の炭酸泉」をキーワードにして温泉地の個性化を目指したのである。 《国際交流による個性化》 ![]() 同じ炭酸泉を活用しているドイツの温泉療養地(バートクロツィンゲン市やバートナウハイム市)との温泉を懸け僑にした国際交流は個性的な温泉地づくりに多角的な成果を生んだ。 (1)温泉文化の交流によって、「温泉を飲むという文化」つまり、飲泉文化を導入。地域内にユニークな飲泉場を4カ所に建設。さらに、飲泉カップの誕生も飲泉文化の定着に一役買った。 (2)温泉地の新しい食文化の開発に着手・友好都市バートクロッィンゲン市のワインを直輸入し、そのワインにふさわしい生ハムづくりを実践。ワインは年間14,000本を完売。一昨年は、バートクロツィンゲン市から直入町にぶどう畑が寄贈された。食文化を基調にした経済交流が展開し、地域経済の活性化が促進されている。 (3)人材交流ではすでに150名の町民がドイツを訪問・ドイツからも120名が訪れている。とくに中学生たちのホームステイ交流もさかんで、毎年6名の中学生たちがドイツを訪問している。 このようにドイツやチェコとの国際交流事業が、温泉地の新しい魅力づくりに好影響を及ぼしている。このイメージ戦略によって温泉地としての知名度は大きく高まった。 《外湯めぐりの文化》 個性化のもうひとつの挑戦が「外湯めぐりの文化」の再構築である。長湯温泉が湯治場として栄えた時代・温泉場には3つの公衆浴場、いわゆる外湯があった・建物の雰囲気も、温度も異なる外湯をめぐる楽しみは温泉地ならではの文化であった。そして、その楽しみを盛り上げたのが居酒屋や土産屋や団子屋など温泉街を形成する商店街であったはず。浴衣姿で外湯めぐりを楽しむ文化こそ・長湯の伝統であり個性であった。この個性を再構築するために・長湯は外湯の再整備に着手。1998年に長生湯、そして御前湯が相次いでリニューアルオープンした・とくに温泉療養文化館として登場した御前湯は年間15万人の入場者を記録し、その数はさらに伸び続けている。 ![]() 4.温泉地における公共施設のあり方 御前湯には過去の日本の温泉地における反省点が生かされている。つまり、公共の施設には地域にある機能(たとえば食堂やレストラン、土産品の売店など)と共存できるシステムを採用するということ。この原点を見失うと、地域の経済活動に陰りが生じるだけでなく、魅力ある温泉地の風情ある姿までも消失してしまうということである。 御前湯には食堂、レストラン、売店がない。利用者は近くの食堂から出前された食事を楽しむことができる。この出前システムが順調だ。6軒の出前組合の年間売上高は2千万円に達し、小さな食堂に元気が出てきたし、御前湯にも1割の手数料が与えられる。一方、館内には土産品の売店がないことから、近くの商店が相次いで店舗改装。後継者がUターンして、温泉街に活気が蘇っている。 さらに、旅館やホテルの内湯との機能分担が理解されているために、朝6時からの「朝湯の会」には旅館から紹介された宿泊者が多く訪れる。宿泊者が旅館などの施設から地域に出ることによって土産品店はもとより喫茶店やギャラリー、農村婦人による野菜市場などがにぎわうという効果も生み出されている。 5.行政システムヘの考察 ドイツのバーデン・バーデン市の例を持ち出すまでもなく、ヨーロッパでは観光行政に携わるのは「観光局」という独立した専門家集団である。建築家や環境デザイナー、経営指導者など必要分野のプロ集団の手に委ねられている。ところが日本の場合、観光行政は通常のセクションと同様なレベルでの行政作業に委ねられているケースが多い。そこに携わる職員は他のセクションと同様に長くて5年。つまり、専門的知識も習得しないままに異動してしまう。それでなくても先進的な戦略や知識や経験が求められる分野なのに、これではリーダー役としての技量は育たない。こうした背景から日本の温泉地経営はそのまま民間のホテルや旅館の経営者の努力に委ねられてきた経緯がある。 しかし、言うまでもなく、観光(行政)は地域の総合力の上に成り立つはずのものだ。文化、歴史、習慣、そして環境という地中の根っこがしっかりしていなければ観光振興も温泉地形成もその枝葉を茂らせることができない。つまり、温泉地経営というテーマは政策化されることによって飛躍的にエネルギーをもつということだ。 『行政でしかできない作業、民問だからこそやれる作業』の色分けが明確化していかないと総合力は育まれないということを過去の歴史が教えている。よって、行政機関における専門家の育成、あるいは専門的組織の育成という命題が見えてくるが、もう一方で、観光協会や温泉組合の育成、そしてこれらの組織への国からの直接支援体制も新しいスタイルの行政施策として提言したい。 6.温泉地形成に係る行政と民問団体との接点 小規模な観光地では商工会が観光協会や旅館組合を肩代わりしたり、首長が観光協会長を兼任していたりというケースが多く見られる。ホテルや旅館経営者が兼業であったり、専業であっても経営規模が小さかったりのために自立できないでいるのだ。 直入町も例外ではなかったが、平成3年に商工会から独立して現在の観光協会が誕生した。組織は旅館組合員、飲食組合員が主軸となって、病院や理容店なども参入した。現在の組合員数は98。スタート時点が80ほどで、以来順調に会員数も拡大している。最大の活動拠点は観光案内所で年末年始を除いては無休で運営されている。運営費は会員会費と町からの補助金が充てられているが、年会費は旅館が1軒あたり5万円から12万円と積極的である。行政からも組合員が捻出する年会費と同額の助成が施されており、加えて案内板などの施設整備には別途観光予算が充当される。 7.温泉地活性化に向けての展望と農村部等との接点 社会的二一ズヘの対応という視点は保持しつつも、過去の反省点から見つけだした指針は『流行に乗らない長湯』である。つまり、自らがトレンドの発信地となりうる作業を重ねていくということで、「個性化に磨きをかけていく」姿勢こそが温泉地として時代を越える魅力を創出できるものと考える。外湯の整備、飲泉場の新設などのハード整備に加え、ドイツからのワインの直輸入や韓国の健康飲料シッケの導入、ハムの製造など新たな食文化の定着、ふるさとの所蔵品展の開催などによる地域文化の掘り起こしで長湯温泉の目指す個性が見えてきた。 ![]() こうした作業を束ねることによって、長期滞在システムの魅力が浮上する。農村地域にある温泉地は湯治場として栄えた歴史を有するケースが多いが、それは温泉の魅力のみならず、周辺地域のもつ自然環境や生活環境も魅力的であったからこそ。その原点に立ち返えると長期滞在システムの復活路線が見えてくる。直入町では温泉地で育まれた湯治場の魅力を再検証しながら、新たなグリーン・ツーリズムのあり方を模索している。すでに検討段階を迎えているのは「林の中の小さな図書館」、「天体観測所」「湖の釣り場整備」等である。また、温泉地周辺の農家で民泊しながら湯治や農村生活を楽しむシステムも提言されており、農村の食材を活用した自炊や地域内にある食堂との接点も視野に入っている。いずれにしても、地域全体に受け入れのための環境が整うべきであり、そのことが観光と商業、さらには農業との均衡ある発展へとつながる。現に、観光産業による就業機会の増大は農村部の労働力を吸収し農村経済を支えているし、加工品を含めた農産物販売等により農村は貴重な現金収入の場を確保しつつある。 |