NPO法人健康と温泉フォーラムは医療、環境、施設等、温泉保養地に関わるあらゆる分野における専門家を中心とした団体です。
FORUM REPORT Workshop
 
■基調講演1 温泉と地域経済ーその活性化をさぐる

健康と温泉FORUM'99in石和実行委員会会長
山梨大学工学部土木環境工学科教授  花岡 利幸
昭和15年長野県生まれ。東京大学大学院博士課程修了後、昭和43年山梨大学講師、助教授を経て昭和54年工学部土木環境工学科教授。観光計画、交通計画、都市計画、地域計画の基づく地方都市の計画を専門とし主な著書に「交通計画」(技報堂)など。土木学会会員・日本都市計画学会会員・日本観光研究学会第6代会長(平成9/10 )・財団法人日本交通公社観光専門委員。現在県都市計画地方審議会会長・国土庁国土審議会専門委員・運輸省関東地方交通審議会特別委員・中国四川省成都市都市計画特別顧問など多数の委員会に所属、都市計画の分野で幅広く活躍している。健康と温泉FORUM'99in石和実行委員会会長。





1.はじめに
 “健康と温泉FORUM'99”が石和町で開催されることになりました。健康と温泉FORUM'99in石和実行委員会会長を務めさせていただき、ここに基調講演の機会を与えていただいたことに、先ずもって感謝します。
 「温泉」の用語は物質としての温泉そのものを示すことは勿論ですが、温泉の出る場所の総称としても使われます。この温泉は昔も今も日本人を惹きつける魅力ある場所です。多分そこは人類共通のふる里でしょう。このFORUMにおいて温泉の魅力の根源について多方面からの議論をお願いしたいと思います。ここでの私の話が多少ともその議論の足しになれば幸いです。


2.温泉の特質

(1) 鉱物資源としての温泉の特質
 物質としての温泉は鉱物資源です。採掘・採取された鉱物資源の多くは場所を変えて輸送され、その後に続く製造過程を経て得られる製品の材料として使用されます。しかし、温泉を製品の材料として使用するために採取場所からどこかの製造所へ輸送され、何かの製造のためにそれが使われることは稀であると思います。もしそのような使われ方があるとすれば、溶解物質の採取くらいで、それも高々採掘現場における作業で終始してしまうほどのものだと思います。心当たりは湯の華くらいのものです。
 温泉は鉱物資源に入れてよいと思いますが、きわめて特殊な鉱物資源であると言ってよいでしょう。その特色は移動不要という点にあります。そして、もう一つの特色は水溶液だと言うことです。温水に融けた地下資源が温泉となって様々な形で人間に恵みを与えてくれます。温泉は水のもつ性質をその性質の根幹に持ち、その上に温泉としての特質を有していると言ってよいでしょう。
 このように、移動不要と温水溶液であることの二つの特色が鉱物資源としての温泉の特色だと言えますが、この特色が場所としての温泉の魅力を創り出す根源になります。
 温泉の持つ効能は物的なものから精神的なものまで沢山あると思われます。その詳細については医学他の分野からいろいろな話がこのFORUMにおいて展開されることでしょう。この機会にいろいろ勉強したいと思います。
 現段階において、温泉の効能はと問われれば、一利用者の立場から私は‘リラックス’と答えたいと思います。温泉が私に与える効能はリラックスなのです。わが国の温泉はわが国特有の文化を持っていると思います。それにも拘わらず私は温泉効能の概念を一言の日本語でぴったりと表現できないのです。このFORUMでその概念も創出していただければ有りがたいと思います。

(2) 場所としての温泉の特質
 移動不要と温水溶液の温泉は温泉湧出場所において人に恵みを与えることとなります。温泉を利用しようとする人々はそこに行かなければなりません。温泉に人が集まり、彼らにサービスする施設が建ち、温泉場としての生業が成立するようになります。すると、他のいろんな条件によって長い時間の経過の中で、秘湯、隠し湯、湯治場、温泉郷、温泉観光地、温泉観光都市、温泉リゾートなど、一軒家の温泉か
ら数万の人口を抱える温泉のある都市に至るまで様々な規模の温泉地が成立することになります。そしてこれら場所としての温泉の特質は個々の温泉が持つ独特の何かです。その何かは温泉によって違うことに成ります。鉱物資源としての温泉の質の違いもありますが、それぞれが長い時間をかけて培った温泉の顔が皆違うのですから各々の温泉の特質が皆違うのは当たり前なことです。その温泉の特質を温泉文化と呼べば、温泉によってその文化は皆違うことになります。それゆえ、鉱物資源としての温泉の特質とそこの温泉文化がそこの温泉に利用客を惹きつける魅力の磁石となるのだと思います。


3.温泉の魅力
 温泉利用者は温泉地へ出かけて行かなくてはなりませんから、そこは利用者の非日常の空間であり、そこでの活動は非日常体験です。これらの概念は観光地や観光活動の概念にほぼ一致しています。それゆえ、温泉地は一つの観光地であり、そこでの活動は一つの観光活動であるということができます。
 つぎに、物の売り買いの市場のことを考えてみましょう。市場には生産物を消費地へ持っていって売る市場(都市理論のマーケティング)と、消費者に来てそこにあるものを買ってもらう市場(農村理論のマーケティング)があります。いろいろな物があるが量が揃わない、だから売り物にならないとの理屈は従来の都市の理論です。これを第二の市場と呼びましょう。地方の生産はこの市場に乗せるために大変苦労してきました。しかし、経済の高水準化に伴う多様化、個性化によって農村の理論が成り立つ市場も出現してきました。これを第三の市場と呼びましょう。そこでなければ手に入らないもの、季節の旬のもの、少量限定品など生産条件や生産方法の違いによる製品が、個性化され多様化された顧客に喜ばれるようになりました。彼らにとってこれらは宝物であり、密かに自分だけのものにするに値するものです。できることなら他人に知らせたくない市場です。これを穴場ということもあります。
 明らかなように第二の市場と第三の市場の違いは人と物の動きのベクトル(方向)が逆だということです。観光産業も第三の市場に属します。要は第三の市場が成り立つ条件は何かということです。それは、そこに人を惹きつける魅力の存在です。顧客の自分だけが享受していると思っている満足感や幸せ感を、実は多くの利用者が共通に持つような魅力ある温泉とはどのようなところでしょうか。

(1) リラックスの場(温泉が提供する場)
 温泉の機能(役割)には次のようなものがあると考えられます。
 まず、温泉は療養・保養・休養の場です。そこは病気やけがを治すために手当をし養生したり、からだを休めて健康回復を図ったり、きたるべき活動に備え仕事などをしばらく休んで体力気力を養うなどのために適したところです。この目的達成のために温泉地を訪れる利用者は、忙しい現代でも、そのためにある程度時間が掛かることを観念している人達だと言えるでしょう。彼らには長期滞在の可能性が秘められています。構えて温泉地へやってくる滞在型の利用客です。彼らは距離をいとわずやってきます。
 次に、温泉は休憩や楽しみのセンターです。そこは近郷近在からの人々のための息抜きの場所に適したところです。彼らは気軽に温泉地へやってくる人々で、日帰り客や一泊客で占められることになるかも知れませんが、基本的には滞在型の利用客です。この二者は繰り返し訪れる客としてリゾート客になる潜在力を持っています。
 もう一つ、温泉は旅の宿となります。温泉は一日の疲れを癒す場所としても最適なところです。旅行者は温泉に浸かって明日の行動の英気を養います。彼らにとって温泉が観光旅行の周遊拠点となります。彼らは温泉地を観光拠点と考え、そこを起終点にして周辺観光する滞留型の利用客だと言えます。これが観光客です。私たちはリゾート客も観光客も一緒にして観光客と呼ぶのが一般かと思います。
 観光客がどのような目的で温泉地を訪れるか、見方を変えれば、受け入れ側がどのような客にターゲットを絞るかでそこの魅力は違ってきます。温泉地の観光客の受け入れの姿勢がそこの魅力を醸し出すことに繋がります。一般的に、わが国の温泉地は上に挙げた三者の混合から成り立っていると言えると思います。しかし、その混合の割合は温泉によって様々であり、それに応じて様々な温泉の魅力が発揮されていると言ってよいでしょう。

(2) リラックスの場の創造(温泉の複合資源化)
 温泉の用語は二つの意味があることを述べました。そして、既にお分かりのように、ここでは温泉の用語を「鉱物資源としての温泉+場所としての温泉」の意味で使っています。そこで、この括りの温泉資源をどのように考え、どのように創っていくかということに焦点を絞ります。
 温泉そのものが資源であることは言を待たないのですが、これと組合わさったいろいろなものが温泉資源(魅力の源泉)となることを強調したいのです。それをここでは温泉の複合資源と呼びましょう。いま、思いつくままに温泉と組み合わせる何かを挙げてみましょう。
 温泉―土産物、温泉―人情、温泉―旅情、温泉―建物、温泉―街の灯、温泉―病院、温泉―食べ物、温泉―スポーツ、温泉―街並み、温泉―風景、温泉―自然、温泉―森、温泉―遊戯(ギャンブル)、温泉―会議、温泉―宿泊、温泉―公衆浴場、温泉―広場、温泉―公園、温泉―駅……。
 すると、私の頭の中には過去の経験が甦り、温泉と組合わさる何か、それが1+1=3となって大きな楽しみや喜びの世界を醸し出すのです。複合資源は創って行くものだと思います。料理人がおいしい料理を創るのと同じです。そして特定温泉に対し、どのような組み合わせを取り入れるのが訪れる人の幸せにとってよいのか、そこの魅力にとって何がよいのかをいろいろと構想することになります。そこまで行けば温泉地づくりはもう目と鼻の先にあります。温泉地もそうですが、わが国の観光地は自然発生的なところが多く(だから美しいのだという一面もありますが)、そこに住む人々の意思によって観光地づくりをすることが少なかったように思います。私たちは観光地づくりにもっと積極的になってよいのではないでしょうか。

(3) 接遇・ホスピタリティも複合資源の一つ
 複合資源は物的なものに偏って見られがちですが、目に見えないソフト面でも重要な資源と考えるべきものがあります。その中で最も重要なものは‘サービス’でしょう。実は直感的にサービスとはソフトの最たるものだと考えるかも知れませんが、ハード、ソフトの両方を含むものです。
 場所が、提供するにふさわしい物的環境を整えているかどうかは、サービスの基盤として基本的なことです。これが環境整備に関するハード資源です。
 そして、そこに働く人々はもてなしの心に満ちて、お客の行動のお手伝いをして、応接から案内に至るまで客に好感を抱かれるように、過不足なく振る舞う。この開発が人材に関するソフト資源開発です。このような接遇・ホスピタリティ資源開発は、私的企業において比較的熱心に行われています。
 しかし、地域全体でのサービス関連資源をシステムとして培うことが必要ですが、現在のわが国の観光地においては、その構築に、より努力が払われねばならない分野だと思います。

(4) 温泉文化
 以上のように温泉に関する資源を理解し、その発掘を通して温泉の魅力を創っていく行為は文明創造に相当するものだと思います。多かれ少なかれある時間の経過の中で特定温泉にそこ特有のハード、ソフトの装置が整います。その総称を文明と呼ぶなら、文化とは、ある段階の文明を持つ地域において、その上で展開する人々の活動様式です。人々の活性が文化を創ります。これが地域によって異なります。とりわけ温泉に関してそのように言うことができると思います。特定温泉はそこ特有の文明と文化を持っています。これが一体となって特定温泉独特の魅力を創っていると思います。石和温泉には石和特有の温泉文明と文化が有ります。周辺の温泉地を思い浮かべて下さい。下部温泉、湯村温泉、増富温泉、鹿教湯温泉、上諏訪温泉、下諏訪温泉、草津温泉、熱海温泉、天城湯ヶ島温泉、伊豆長岡温泉……。


4.温泉観光地づくり
 わが国の観光地がこの数十年の間に美しくなくなったと言うのが、専門家によるもっぱらの現状評価です。わが国の観光地の魅力が低下したということです。
 私もそう思います。これに関する私の意見は次のようなものです。
 昭和40年頃から観光の大衆化と言われた時代があり、戦後の高度経済成長時代の中で団体旅行による観光旅行が大いにもてはやされました。そうした中で徐々に経済的余裕を獲得した私たちは、眼を海外に向け始めました。観光者の眼はどんどん肥えていきます。一方大量生産大量消費の線上にあった観光開発は他の産業開発と同じ手法の肌理の荒い開発を進めました。‘商売になる客はガサガサ’の客だということで金儲け主体の開発をしてしまったような気がします。観光資源の基盤をダメにするような開発をしてしまったような気がします。生活水準の上がった今日、肌理の細かい自然や温泉地の機微に感じ入り、御当地では普段の生活の一コマが、非日常の観光客に取っては新鮮に映る、といった感性が磨かれて敏感になった観光客が穴場を探して旅に出ます。しかし、絶対的にも、相対的にも魅力がどんどん落ちてしまった日本の観光地では、なかなかそんな体験は難しくなっています。いま、観光界はその反省に立って、新たな模索をしている段階です。わが国に美しい地方を取り戻さなければなりません。内容と外観を備えた美しい観光地を、美しい温泉地を取り戻さなくてはなりません。
 そのためにはその地域に合った、肌理の細かい温泉観光地づくりが必要です。多くの場合、温泉は空間的に最小行政単位である市町村の一角を占めるに過ぎません。それゆえ温泉観光地づくりは当該地区の住民に任されて、公共の力がなかなか及ばなかったのが一般であると思います。観光地づくりを民間に任せるだけでは限界があります。観光地の基盤づくりのために市町村の総合計画の中でしっかりと位置づけし、環境整備の事業化に着手することが必要です。そのために計画の中で真心をこめたしっかりした構想計画を策定し、それを実現する個別事業計画を作って実行に移さねばならないと思います。観光地づくりにおいては、箱物づくりだけに終始しない総合的な計画が必要なことを特に強調したいと思います。地域づくりは10年間やれば相当なことが出来ます。それを100年続ければ魅力ある温泉観光地が出来るのではないでしょうか。


5.おわりに
 いま、私の関心は旅の豊かさについてです。何を求めて人は旅をするのか、何に触れ、何を見たとき人は感動し、また来たいと思うのでしょうか。このFORUMでも、温泉のいろいろな場面でそのことを話し合っていただくことを期待します。


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