NPO法人健康と温泉フォーラムは医療、環境、施設等、温泉保養地に関わるあらゆる分野における専門家を中心とした団体です。
FORUM REPORT FORUM'99
 
パネルレポート1「温泉と地域経済―その活性化をさぐる」温泉と地域活性化


 運輸省運輸政策局観光部企画課長 本保芳明

 昭和24年北海道生まれ。運輸省運輸政策局観光部企画課長。昭和49年東京工業大 学
 大学院卒業後、運輸省入省。国際観光振興会ジュネーブ事務所次長、OECD日本政 府
代表部参事官、運輸省運輸政策局貨物流通施設課長、同海上交通局外航課長、建設省
都市局都市再開発防災課長を経て平成9年より現職。








1.競争力のない日本の温泉地
 温泉地といえば観光地の代名詞でさえある我が国の温泉地については、多くの問題点が指摘されているが、問題は、多くの観光地が競争力を失い、その結果日本全体としての国際競争力を喪失していることに尽きると考えている。
 この点は、昨年の観光白書において指摘したところであり、国の率直な評価ということで、マスコミの注目を集めた。白書では、第一に国内観光の低調、第二に日本人海外旅行客数と訪日外国人客数の著しいアンバランスを、競争力喪失を示す状況として挙げ、あわせて、国内旅行と海外旅行との同一市場化を指摘した。これは、要すれば、国内旅行と海外旅行の垣根がなくなる中で、海外旅行経験者の増加等により目の肥えた内外の消費者にとって、日本旅行の魅力は薄れ(=国際競争力を失い)、出かけるなら外国であり、そうでなければ他のレジャー活動に向かう、という傾向が強まっているということである。

2.国際競争力喪失の原因と対策
 日本の温泉地・観光地には、観光地の魅力、サービス、価格、マーケティング等のいずれにおいても様々な問題があり、これが競争力喪失に結びついている。この競争力を回復し、温泉地の活性化を図る上で、特に重要と思われる点を、いくつか指摘させていただきたい(他が重要でないという意味でないことはいうまでもない)。

3.観光空間の改善・充実
 木村尚三郎東大名誉教授は、「現代の旅人が求めているのは、日常の延長線上でその土地の生き方や暮らしを楽しみ実感すること。」とされているが、このような楽しみ・実感の場を与えるのが観光客が過ごす物理的・時間的空間、即ち「観光空間」であり、観光空間の豊かさの重要性を素晴らしい切り口で示したものと思っている。
 観光空間の豊かな地域とは、歩いてみたい、あるいは、歩いて楽しい場所と同義語といっても良い。若い女性がそぞろ歩く湯布院は、人気を博し、街歩きの楽しみに乏しい温泉地、例えば、熱海、別府は問題温泉地とされることからも、歩いて楽しい空間の重要性が知れよう。
 日本の観光地の国際競争力喪失の最大の原因は、この観光空間の貧しさにあると考えている。
 ところで、豊かな観光空間づくりとは、観光という面から見ても望ましい「まちづくり」の実現である。これは、住民生活の豊かさの実現、地域全体の利益の増進を目指す中でのみ可能であり、地域全体の利益優先の姿勢が極めて重要と考えている。このことは、まちづくりとは、地域住民全体にかかわる問題であり、地域の総力を挙げての対応が必要であることを考えれば、自明とも言えよう。
 しかし、現実には、「観光地づくり」の名の下に進められている観光空間づくりの取り組みの多くにおいて、観光振興にばかり眼が行く余り、まさに観光地づくり―観光関係者による観光のための地域づくり―となり、地域全体の利益という視点が欠けがちであるように思われる。これでは、地域の支持を得ることは困難であり、当該観光地づくりプランが、画餅に終わるのもやむを得ないことであろう。
 これからの観光空間づくりにおいては、地域全体の利益増進のために観光がいかなる貢献をできるかを明らかにし、その中で観光という側面を十分配意した地域づくり、まちづくりを提唱して行くことが重要と考えている。
 こうした取り組みの良き実例を湯布院に見ることができる。湯布院では、旅人ができるだけ町に出る温泉地づくり、地元産品を活用した観光産業運営が進められている。これにより、地元産業が活性化され、観光振興の必要性・重要性の理解の下景観の維持・改善も可能となって、豊かな観光空間が形成されている。いわゆる「囲い込み」で、地元商店街と対立し、町の飲食店、商店の活力を奪い、結果的に観光空間の豊かも失い、苦境にある温泉地と好対照をなしている。
 観光空間づくりでは、行政の役割も重要である。このため、運輸省では、まず、平成9年の緊急経済対策を受けて「観光地づくり推進モデル事業」を発足させ、ハード・ソフト両面から歩いて楽しい観光空間づくりのため、地域の関係者共々運輸省も汗をかいているところである。更に、来年度予算で「快適空間整備事業」をスタートさせて高質な観光空間づくりの支援を強化することとしている。今後の課題としては、環境保全にも十分配慮した持続可能な観光空間づくりの推進が重要と考えており、そのためのガイドライン及び実施マニュアルの作成、さらには、観光地づくりの持続可能性の評価手法の開発にも着手している。

4.利用者本位のサービス
 日本のサービスは世界最高水準であるとする向きが多いが、真の利用者本位のサービスではなく過剰なだけとの批判もある。相当部分の旅館における食事等のサービスの時間の設定及びその運用の弾力性の欠如等を見る限り、利用者本位と言うよりも供給者本位の論理が幅を利かしているとの批判には耳を傾けざるを得ない。真に利用者本位の考えに立った本質的なサービスの向上を目指すべきであり、このためには、個別企業の真剣な取り組みが大前提であるが、横並び的なサービス提供慣行を打破する必要もあり、諸外国に見られる格付制度の導入も含めて、より適切な情報提供の仕組みの整備・努力により、良い意味でのサービス競争を促すことも必要である。

5.マーケティングの充実
 地域特性に応じた観光客へのアピールが、差別化を図り競争力を確保して行く上で重要であるが、現実には、地域全体として見れば、あらゆる客層を見境なく取り込み均質的なサービスをする、筑紫哲也氏の言うところの「底引き漁」的対応が一般的である。このような状況では未来のないことは明らかであり、地域の特性を冷静に見据えたマーケティング及びこれに基づく地域としての戦略的取り組みをして行く必要がある。

6.人 づ く り
 人づくりの本質的な重要性と難しさについては異論がないところと信じる。意外に理解されていないのが、「人」そのものが大きな観光資源であるという点である。湯布院は文化的な良い雰囲気の温泉地として知られているが、これは与謝野晶子等を厚遇して以来の伝統に加えて、今も地域づくりのリーダーとして活躍する中谷健太郎、溝口薫平の両氏が築いてきた、多くの文化人を含む人々との分厚い友人関係、またその友人達などが形作る支持者の輪が発散する口コミ情報が、このような雰囲気の形成に与って大きい。多少失礼な言い方をお許し願えるならば、中谷、溝口の両氏が一種の観光資源であり、この資源との人的触れ合いが、仲間の輪を広げ、結果的に観光客も集めているのである。
 人は、機会が与えられれば育つという当たり前のことも、一言しておきたい。別府は、しばしば問題温泉地の典型とされるが、今の別府は、若手旅館経営者を中心に元気であり、明るい未来を予感させている。
 別府市民には、急増する韓国人客、台湾人客への対応強化のため「別府市外国人旅行者受入協議会」(会長甲斐賢一)を設置したり、世界的名ピアニスト、マルタ・アルゲリッチを招いた大規模な音楽祭を招致・運営したりする等、従来から、活発な活動の兆しがあった。これが、多少手前味噌であるが、運輸省、日本財団及び交通エコロジーモビリティ財団の支援を得て、1998年より前記協議会メンバーの若手旅館経営者等が中心となって「別府八湯ONSEN文化国際交流事業」を推進する中で、行政、JC、経済界等も巻き込んだ、温泉を活かした別府づくりの大きな運動に成長しつつある。同事業のメンバーは、昨年の事業の中で設定されたアクションプログラムの幾つかのテーマに従った調査研究、国際交流活動を継続して進めるばかりでなく、その結集された民間パワーを余すところなく活かして民主導でJR別府駅のバリアフリー化実現の目処を着けるなどの具体的成果も挙げている。このような従来の観光の枠を超えた地域づくりの活動の中で、第二、第三の中谷、溝口が育って行くことを期待しているところであり、運輸省等の支援がそのための一つのきっかけとなるとすれば望外の喜びである。個別事例に深入りしすぎたきらいはあるが、各方面からの人づくりへの取り組みの重要性を強調したかったが故であり、お許し願いたい。


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