| FORUM'99 |
| ヒュルスマン市長講演草稿 ドイツの温泉リゾート地における温泉・鉱泉とその役割 ■はじめに このたびは「健康と温泉フォーラム」にお招きいただき誠にありがとうございます。大変光栄に存じます。バード・メルゲントハイム市の市長として喜んで参加させていただきます。また、このフォーラムがきっかけとなり、私にとって今回初めての日本訪問になりました。 我々ドイツ人にとって、日本は昔から魅力のある国です。社会的、技術的な発展を遂げているにも関わらず、伝統を守っているということがひとつの理由として挙げられます。伝統というのは、人間関係や相互協力を強め、(社会的に)変化のある時期には安心感を生みます。日本の入浴文化はその伝統のひとつ。銭湯(訳者注1.)に行くのは寛ぐためだけではなく、社会的にも文化的にも意味があります。 (訳者注1.)銭湯と温泉を同一視して書かれているようである。 ■バード・メルゲントハイムについて 日本とドイツの入浴文化は幾つかの点で異なります。私自身、今回の滞在でいろいろと勉強させていただきたいと思っております。逆にドイツの入浴・クア文化について知りたがっている方もいらっしゃるかもしれません。セミナーのテーマにしたがって、本日は温泉や鉱泉の使用方法を中心にお話しさせていただきたいと存じます。併せて、ドイツ国内における現在の保健制度の変化を説明したいと思っております。なぜなら、保健制度は入浴文化・温泉リゾート地に対して強い影響を及ぼしているからです。 本題に入る前に、バード・メルゲントハイム市について簡単に紹介させていただきます。 バード・メルゲントハイム市はバーデン・ヴュルテンベルク州に位置し、ドイツの南西にある町です。ドイツ連邦共和国にはちょうど日本の「県」のように16の州があり、その1つがバーデン・ヴュルテンベルク州です。1,050万人の人口で独国内3位の州です。 同州はダイムラー、ボッシュ、ポルシェ、SAPなど、世界的に有名な企業がある産業地域としても知られております。一方、文化や歴史の豊かな州でもあります。たくさんの歴史的建造物、豊かな自然、美しい景色は観光産業の基盤となり、この分野では20万人も働いております。その上、バーデン・ヴュルテンベルク州は独国内で温泉や鉱泉の最も多い州でもあります。59ヶ所にクアおよび治療設備があります。国内でこういった施設利用者のうち50%は同州に宿泊します。 さて、バード・メルゲントハイム市についてですが、人口2万2,400人。バーデン・ヴュルテンベルク州を小さくしたような街であります。歴史のある町や豊かな自然に恵まれて、同市は温泉リゾート地と観光地としてよく知られております。加えて、タウバー谷のワイン用葡萄畑、それに農家の多いホーエンローエの高原、こういった風景もまた、(バ市の)魅力につながっています。 ここ数年、バーデン・ヴュルテンベルク州最大の温泉リゾート地として、平均100万人/年がバード・メルゲントハイム市に宿泊しました。同市ではクアや観光産業が重要な産業セクターで、5,000人の雇用を創出しています。 ■ドイツにおけるクアの利用法 ところで、ドイツのクア文化は多様であり、その一部をバード・メルゲントハイム市で見ることができます。法律で細かく決められた様々なクア設備を持つ町があり、いろいろなクアの利用方法があります。以下、簡単に説明させていただきます。 一般に「クア」というのは「健康を守ることやリハビリテーション──保養・療養の為、保養地に滞在すること」です。このような「クア」にかかる費用は基本的に社会保険が支払います。医療保険か年金保険いずれかが負担するかたちです。社会保険の保険料は、日本と同じように企業と従業員が半分づつ負担します。つまり、ドイツでは国の保健制度によって、人々はクアの利用を行っているわけです。 「クア」の目的としては下記の4つが挙げられます: 1) 「継続治療クア」 「継続治療クア」というのは、一般病院の治療をクアで継続するものです。すなわち、ここでの「クア」とは、特別なリハビリテーション用(訳者注2.)の病院という位置付けです。重い病気の場合、治癒を早めることにもつながり、患者さんをスムースに日常生活や職場に復帰させることが目的です。 2)「リハビリテーション」 慢性の疾患や身体の不自由は仕事や日常生活を送る上で支障をきたすことがあります。その場合に適用されるのが「リハビリテーション(訳者注3.)」です。患者さん自身の就業を維持したり、(就業不可能になった身体をできるだけ良くして)職場復帰を果たすことが目的です。クア施設に滞在して治療行うか、家から通院するかは場合によって異なります。 (訳者注2. 3.)「継続治療クア」と「リハビリテーション」で使われている<リハビリ>の意味の違いを念のために整理したい。前者で用いられている「リハビリテーション用の病院」とは、完治可能な患者を治療するための<リハビリ>を行う病院の意。それに対して後者の「リハビリテーション」は慢性疾患など完治不可能な患者の病状をできるだけ良好な状態にするために行われる<リハビリ>を意味する。 3)「疾病予防」 病気になっていなくとも、健康を損なう恐れがあると認められた場合、公的健康保険が費用を負担し、「未病クア」が行われます。この場合もクア設備に滞在しながら治療行うか、または家からの通院するという2つのケースがあります。 4)「コンパクトクア」 伝統的なクア(訳者注4.)と組み合わせて行われる新しい方法です。外来患者専門の方式で1995年に導入されました。これまでの伝統的なクアでは、マッサージなどが行われてきました。それに対してコンパクトクアでは──特に慢性の病気を持っている人は、自分の病気とともに生きることを勉強します。併せて、健康的な生活のあり方、栄養バランスのとれた食生活などの健康管理指導を受けることができます。この「コンパクトクア」はそれぞれの保養地の自治体が行います。 (訳者注4.)「伝統的クア」と「コンパクトクア」との違いは、前者が入浴やマッサージなどによる病気の治療を目的としたものであり、後者は自分の病気とどうつきあうかという「知恵」「ノウハウ」を得ることである。伝統的クアが<cure>とすれば、コンパクトクアは<care>の範疇についてカバーするものというふうに理解すると分りやすい。 町が「バード」(湯治地Bad)や「クアオルト」(保養地Kurort)として成立するためには、法律で決められた条件を満たさなければなりません。最も基本になる条件は自然の「薬」があることです。つまり、(必要な条件とは)その土地の土壌や海、気候の特性を治療に応用するということを意味しています。 ドイツのクアやリゾート地は主に9つに分類されています。治療方法、効能、クア施設のインフラ(社会基盤)などによって区分されており、たとえば鉱泉地、海水薬湯地、クナイプ式(訳者注5.)の行う保養地や転地療養地など、様々な保養地があります。このような分類に従った呼称を希望する町は、全て公的な認可を受ける必要があります。 (訳者注5.)クナイプ式とは「水療法」「運動療法」「食事療法」「植物療法」「植物療法」「秩序療法」の5つの柱からなる治療法。ドイツ南部、オーストリアとの国境に近くのバート・ヴェーリスホーフェン市に住む神父、セバスチャン・クナイプ(1821年〜1897年)が始めたもので、いわば自然の力を利用して自らの治癒力を高める治療法である。日本でも、財団法人大阪クナイプ療法協会などが導入をすすめている。 ■鉱泉の利用方法 次に、一般の話から今回のファーラムのテーマに移り、鉱泉地のみ詳しく説明させていただきます。 鉱泉地というのは土壌に含まれる自然の「薬」を使って治療を行う場所のことをさします。(「薬」として)主に鉱泉の天然水が使われていますが、薬用ガスや他の有機物なども使用されます。治療に使う鉱泉は成分やその特性、入浴という行為(訳者注6.)そのものが健康に対して多くの影響を与えます。もちろん、医学的な証拠なければ、鉱泉は薬用品として認められません。 (訳者注6.) 人々は「入浴とは寛げること」という意識をもっている。この意識は入浴効果をさらに高めることにつながる。いうまでもなく、入浴のための施設や行為は「寛ぎの装置」になっていることをここではさしている。 鉱泉が薬として認められるためには、ほかにも条件があります。健康に必要なミネラルや他の成分、つまり鉄分、マグネシウム、フッ素などの定められた成分が含まれなければ、薬として認められません。 日本と同様に、ドイツでも鉱泉を化学的な成分によって区分します。独国内であるすべての鉱泉をここで紹介することは時間的にも無理があり、日本で知られているほとんどの水質はドイツにもあります。したがって(成分別の)詳しい説明は省きます。ここでは我が国の代表的な鉱泉として、ラドン泉や炭酸泉を挙げたいと思います。 ドイツでは源泉で20℃以上あれば、その鉱泉は温泉と呼ばれます。日本では25℃が必要と聞きました。したがって、独国の温泉は日本に比べると数が少なく、日本の温泉ほど熱くはありません。 ご存知の通り、ドイツには日本のような断層や火山活動があまりないため、温泉も少ないのです。しかし、死火山が多数あり、バーデン・ヴュルテンベルク州は独国内で「温泉の素」が多い地域でもあります。温泉の温度は日本のものよりも低く、35℃〜45℃の温泉は例外的です。ちなみに同州内で最も熱い温泉は58℃もあります。 先にも話しましたように、鉱泉地として認められるためには法的な認可が必要です。条件としては鉱泉の水質については言うまでもありませんが、設備のインフラや環境に関わる条件も少なくはありません。 ドイツの鉱泉地や保養地では、鉱泉を服用できるホール、遊歩場などが設けてあるのが一般的です。鉱泉に入浴できる療養センターはもちろん不可欠の施設ですが、リラックスできる広い公園も必要です。ゆっくりできて、ストレスから開放される環境に移ることは、健康に良い影響を及ぼします。こういった効果を生み出すために、保養地にとって公園は必要なインフラなのです。 鉱泉地の認可を受けるためには、クア関連のインフラ以外にもクリアすべきハードルは高いです。鉱泉地は保養やリラクゼーションを目的にした町です。その目的に相応しい環境が必要とされています。水や空気の質が大切なので、環境に強い影響を与える産業地域や交通の多い場所は鉱泉地に適切ではありません。したがって、昔からドイツの鉱泉地では環境保全や緑地の維持が大切な仕事とされています。 鉱泉や温泉は治療効果がはっきり出る病気だけに使われています。治療用の使用認可を得る前には、鉱泉の効能や適切な治療方法について詳細で科学的な鑑定がドイツでは必要です。 鉱泉の使いかたは様々であります。治療対象については、運動不全、リューマチや新陳病などといったものがほとんどです。鉱泉による治療は、基本的に飲泉か入浴という2つの治療法で区別します。例えば、皮膚病やリューマチの場合は洋式風呂という方法が相応しいですが、便秘のようなな新陳病の場合は鉱泉を服用するほうが効果的です。 バード・メルゲントハイム市は温泉のない鉱泉地です。つまり同市にある鉱泉の温度は20℃を下回ります。しかし、ここで温泉に入ることを諦める必要はありません。水を人工的に温めて治療に使います。人工的に温めた鉱泉は自然の温泉とほとんど変わらない効果がある。──こういう意見を持つ専門家は少なくありません。 バード・メルゲントハイム市は伝統的に新陳病を治療する鉱泉地です。硫酸マグネシウム鉱泉と硫酸ナトリウム鉱泉が4つもあり、成分などがそれぞれ異なっています。個別にセラピーをうけることで鉱泉の使い分けが可能になり、幅広く使用できます。4つのうち3つを飲泉として使われています。残り1つだけが湯泉として使用されています。同市で治療できる病気は下記の通りです。 l 消化器(胃、腸、肝臓など)の器質性疾患 l 新陳病(糖尿病、関節炎、新陳症候群) l 消化器の機能的な障害(下痢、便秘など) l 運動不全(慢性の関節炎) l 間違った食生活や生活習慣による健康上の害 l 標準以下の体重、卒倒・疲労の状態 l 皮膚病(アトピー、乾せん) つまり、バード・メルゲントハイムの鉱泉は特に新陳病と皮膚病に対して効果があるということです。その秘密は鉱泉の高い硫酸塩の容量にあります。現代社会に増えつつあるの皮膚病とアレルギーについては入浴治療法が特に効果的です。 ■鉱泉地の経済的危機〜変わる保健制度 バード・メルゲントハイム市のような鉱泉地と保養地は、治療法や医療的な知恵を持っています。(これらのノウハウや情報は)国民の健康に大きく貢献しています。しかし、多くの鉱泉地は経済的な危機に陥っています。といいますのも、ここ数年の間、ドイツのクア制度が大幅に変更されているからです。原因は政府が1996年から行っている保健制度改革にあります。この改革の目的は保健制度の負担を抑えることです。 確かにここ数年、治療費は(一般の物価上昇の)平均以上に高くなりました。先に述べましたとおり、ドイツでは保健制度とクア制度の費用は、ほとんど社会保険、特に医療保険が負担します。拡大する費用は(結局のところ)企業と社員両者にかなりの負担がかかったかたちです。また、全体の経済にもあまりいい影響を与えませんでした。基本的には保健制度の負担削減措置が必要ですが、特に節制措置はクア関連において実施されています。それに対して、他の健康に関する分野は免れています。保健制度改革は具体的に下記のような措置が決められました。 l クア期間を4週間から3週間まで減らすこと。 l 患者の治療費自己負担は1日25マルクまでひき上げられること。 l クアを申請できる期間は3年毎から4年毎に延ばされること。 この改革を実施するために、ドイツ政府は計画的にクアに対して人々の注目を喚起させました。つまり、クアが持つ健康面への効能を否定し、「政府が負担している休暇である」という位置付けをおこなったのです。(訳者注7.) (訳者注7.)クアが本来の機能よりも、政府が負担している贅沢な「休暇」になっている側面を強調することで、クア関連の保健制度をスリム化する根拠としたと述べている。 従来のように、政府は全面的な社会福祉を負担することはできない──クア関連での節制措置はそんな政治的サインでもありました。(実際は)医師や製薬分野の産業での負担減は実施できずじまい。いわば、国の無力を隠すためにクア制度が削減対象になったということです。 その理由は、医師や製薬産業の圧力団体がドイツでは強く、節制措置と効果的に立ち回るからです。鉱泉・保養地に関してはそのような強い圧力団体はないのですが、経済規模でいうとクア・観光産業は自動車産業と同程度。鋼鉄や化学産業より大きいのです。 今回の節約措置によって、クアの平均(滞在時間)期間が短くなり、クアを申し込む人と許可を受けた人の数が減ってきました。ドイツのクア・鉱泉地の宿泊数は60%まで減少したために、3万人分の職がなくなりました。さらに5万人分の職場も危機にさらされています。専門家によると、生き残る独国内の保養地は、全体の3分1になる見込みです。 ■生き残りをかけるクア〜休暇と健康のための施設へ 今後は保養地だけではなく、(保養地にある)クア病院も生き残りをかけた闘いが余儀なくされてきます。保健制度の改革以前は、(多くの客をさばくために)保険会社は私立クア病院と提携することがありました。当時、クア客の健康保険は90%が年金保険によるものだったのです。しかし改革後は(客が減ったために)これらの提携はほとんど解約されました。保険会社はいうまでもなく自社が経営するクア病院を優先します。ついには、私立クア病院の使用率は50%を下回ってきました。経営を続けていくのが難しい病院も少なくはありません。 鉱泉地とそのクア病院および関連施設は、鉱泉を活用してクア・健康休暇産業や観光産業などで既存のマーケット以外に新しい市場を開拓する必要が出てきました。先に説明しました「コンパクトクア」もそういった動きの中にあります。 バード・メルゲントハイム市も含めて、各鉱泉地は健康を大切にする観光客や私費でクアを訪れる客を誘致するパッケージ商品を企画しました。最近、バーデン・ヴュルテンベルク州でこういった動きがかなりあります。 l 私費によるクア来客用のパッケージ(例えば、新陳病の治療) l 日常生活における健康管理指導(「健康週間」、ストレス開放方法など) l スポーツ・レシャー産業での新しいプログラム(「活躍週間」、入浴パッケージ) l 新しい客の誘致(家族、シルバープログラム、若い世代のため「活躍休暇」) l ニッチマーケット(障害者向けのパッケージ) 多くの鉱泉地は、温泉や鉱泉を観光資源として商用に使っています。その面では日本とドイツの状況が同じです。大きい鉱泉地はプール付きの遊園地を設けています。遊園地ではプール遊びのほかにスポーツができ、保養や健康管理へつながります。サウナ、波のあるプール、日焼け室、レストランや室外プールなど、客のニーズに合わせた施設で、鉱泉地での滞在が忘れられない体験になるよう工夫しています。 社会保険の原資が不足しているため、以前のように伝統的に保険が負担するかたちのクアは、3年前からその存在感が小さくなってきています。従来のようなかたちに復活するのは難しいと思われます。 減少傾向にある伝統的なクアをカバーするために、鉱泉地は健康・レシャーセンターに変わりつつあります。こういった動向は、クアと休暇が次第に深い関係になりつつあります。休暇中の客は健康管理も気になり、加えて保養中の患者は観光・文化プログラムをも期待します。将来にはクアと休暇の境目がなくなると思っております。 専門家によりますと21世紀では健康産業が飛躍的に拡大していくということです。いわゆる先進国は高齢化社会であり、健康に関するサービスを要求が増えるでしょう。 保健制度の中には将来、強くなる分野もあります。代表的な分野を挙げてみましょう。老人医療、アレルギー医療、皮膚病、ストレス解消法、消化器系の問題など。──この分野では温泉・鉱泉による治療やリラクゼーションが将来にも引き続き、大きな役割を示すでしょう。いわゆる先進国の文明病に対応するためには、疾病予防、リハビリテーション、クアや健康休暇などが、今以上に要求されるでしょう。 個別にみれば、バード・メルゲントハイム市をはじめ、ドイツや入浴文化の豊かな日本における鉱泉地のビジネスチャンスでもあります。鉱泉地の存在と文明病についての知恵や知識を、わたしたちは長年にわたり蓄積を重ねてきたのではないでしょうか。鉱泉地でなければ、現代人はどこで健康管理を覚えるでしょうか。どこでストレスや日常生活から開放されて、数週間をリラックスできるのでしょうか。 「医療的な知識」、「薬用鉱泉と健康的な環境」の両者が鉱泉地では結ばれています。日本の温泉資源をいかに活用するか、フォーラムを通して勉強できることを楽しみにしています。特にドイツは制度の大幅変更がなされる時期です。ほかの国の経験やノウハウ、発展のしかたということを勉強することが必要です。特に日本では風呂文化が豊かです。 このフォーラムが有意義なかたちで進むことをお祈りいたします。(了) ※ 訳者の判断で、適宜見出しや注釈をつけた。 ※ ドイツ語のオリジナルに準ず |