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■特別寄稿 わが国の伝統ある温泉地に望む![]() NPO法人健康と温泉フォーラム副会長 植田 理彦 昭和2年年東京生まれ。昭和25年東京大学卒業後、東京大学物療内科で温泉医学を学ぶ。昭和41年JTB東京診療所長を経て、昭和49年(財)日本健康開発財団設立に参加、副会長を経て、現在日本温泉療法医会会長・(医)社団六医会インペリアルタワー・内幸町診療所院長などの要職をつとめる。温泉医学、入浴の生体に及ぼす影響等の研究発表など多数、又それらのテーマの講演、執筆、テレビ、ラジオの出演多数。欧州の温泉保養地を多く視察して日本における保養地づくりの指導と普及に積極的な活動を行なっている。NPO法人健康と温泉フォーラム副会長。 1.温泉地の現状を見る わが国庶民の温泉地利用は、湯治から始まったといえる。農閑期、漁獲期前に温泉地で長期滞在し、農作業や漁獲作業で自然との戦いに疲れた心身を癒し、来るべき労働に耐えるための英気と体をつくっていたといえよう。 温泉地に開かれる朝市で、その土地の旬の産物から栄養を摂取し、薬の神である薬師にお礼参りをし、湯にゆったり浸り仲間との語らいで、栄養、運動、休養の健康づくりを行っていたといえる。今でいう保養であろう。 温泉地利用は休養、保養、療養(リハビリテーション)といわれている。日本の温泉地は戦後経済の成長と共に、団体客を送るためとそれを受け入れるために湯治から観光・歓楽地へと発展した。昔ながらの湯治場はその基盤に保養地的要素があるにも拘らずそれを放棄して観光・歓楽地へと変遷した。一方、ふるさと創生事業はこぞって温泉掘削となり、新興温泉地の多くは住民の健康づくりの場から歓楽的温泉施設に変貌したといえよう。 観光とは「風景、風物など見物すること」であり、それによって心を慰め楽しませることである。湯治場(保養地)は、滞在客のために観光の要素を取り入れレジャーを楽しみながら健康を養ってきた。しかし、多くの温泉地はいつしか歓楽地へと変化した。それは社員旅行、招待旅行など団体旅行の華やかな頃からである。 歓楽地とは「楽しく遊ばせる娯楽施設や飲食店の集まった盛り場である」から、必然的な成り行きであったと思われる。 人それぞれによって認識の違いがあるが、多くの人は温泉地といえば歓楽地であるとの認識ではなかろうか。観光産業は衰退し団体客向きの温泉地もその影響をもろに受けている現況は、観光イコール歓楽と認識してしまった結果であろう。 このような状況で、とくに団体客を対象にした大旅館を抱えた温泉地が、本来あるべき心を慰め楽しませる観光地、保養地として見直そうとされてきたのは当然の成り行きであろう。 ヘルスリゾートすなわち健康保養地は、多くの人が余暇を楽しみながら健康を養おうと訪れる場所であり、そのための観光地でもある。わが国の2500ヶ所余りの温泉地の中には保養に向く温泉地はまだ残されている。環境庁の指定している国民保養温泉地、国民保健温泉地などである。しかしながら、宿泊施設は食事を含めて保養向きではなく、その土地の各施設の利用プログラム・スケジュールなどソフトが伴わないといえる。 2.休養・保養とは 平成6年厚生省から「健康づくりのための休養指針」が示された。「休」の要素は主として心身の疲労を回復することを目的とし、消極的な時間的な要素である。「養」の要素は、健康の潜在能力を高め健康増進を計っていくもので、心の糧となる活動を通して自らの生きがいやライフスタイルを創り出そうとする積極的な要素であるという。休養を時間によって分類すると表1のようになる。 3.温泉利用の「休養・保養」 温泉利用の立場から「休養・保養」を私は次のように考えている。 現代の健康阻害要因の一つに、社会環境の複雑から生まれるストレスが問題になっている。ストレスが持続したり、大きなストレスを受けると自律神経系、内分泌系の乱れが起こり、心身症と言われる身体的な病的症状や、精神能力の低下などが現れる。 ストレスからの解放には、その日その日の入浴と快眠、週末の気分転換のための趣味で過ごす手段があり、これが休養であると考える。「休養」とは、生活の中で酷使されている身体の組織、器官を休め、日頃あまり使われていないこれらを働かすことであろう。したがって日常生活圏の中で、人間の五感を適度に刺激する「趣味」で過ごすことが週末の「休養」となる。 休養の場としては、都会の公園、森林公園、海浜公園などが設けられている。アウトドア・ライフは歩くことが主となる「大気浴」であり、さらに趣味が加わって釣り、キャンプ、ハイキング、ゴルフ、登山、水泳、寺社巡りなど自然環境内での行動が豊富になり、そこには運動と休養がある。旅行者の日帰り、一泊、二泊など短期間の利用は休養となる。地域住民の休養の場でもある。 しかし、半年など長期にわたって溜まったストレスからの解放には、保養が必要となる。 「保養」とは単なる疲労回復のみを目的とする「休養」とは異なり、日常生活圏から離れる転地滞在により心身機能の回復、維持、増進をはかり、また、疾病予防の目的をもって休養、運動、栄養の健康づくり三要素を実践することであると考える。その場所が「保養地」であり、生活習慣の調整の場でもある。転地により自然環境の刺激を受けると、ストレスにより調和が乱されていた自律神経系、内分泌系が調整されその系が正常化されてくる。温泉入浴も自然環境と同じ正常化作用が認めらている。その期間は、5日から約一ヵ月とされている。したがって「保養」のための転地滞在は少なくても5日以上の期間が望まれる。地域住民も他の環境に転地滞在して保養することが望まれる。 4.日本の温泉地 日本は南北に長く、山、海、森林に恵まれ、しかもその中に温泉が数多く湧出している。このように日本の温泉地は、自然の健康づくり三浴である日光浴、水浴、大気浴が実践できる場所であり、休養、運動、栄養の要素が備わっているため、保養に適した場所であるといえる。温泉地で保養に適した場所が「温泉保養地」である。 温泉入浴を主とする慢性疾患の温泉療法、あるいは、リハビリテーションは、温泉病院において行われ、温泉地療養は温泉病院の所在地で行われる。「療養」とは、温泉入浴と温泉地の気候、環境、食事、そして運動を含めた種々の物理療法などが、温泉医の指導のもとに総合的に行われる。温泉療法に加えて療養する場所が「温泉療養地」である。 病後の健康回復に、温泉地で静的趣味で過ごす生活が「静養」である。 5.温泉保養地(健康リゾート) 自然の恵みである温泉水とその土地の自然環境の中へ転地滞在をして、保養に必要とされるプログラムにしたがって健康的なライフスタイルを確立し、ストレスから解放され健康づくりをする場所が温泉保養地(健康リゾート)である。大規模なホテルとゴルフ場がリゾートの代表に思われているが、ハードではなくソフトである。 温泉地保養は医学的分野である。温泉の要素は、温泉地の気候、環境そして温泉水の温度、機械的作用によるものと、含有成分の薬理的作用によるものがある。 1)温泉地の気候、環境 (1)山の温泉地: 酸素分圧が減少するので、必要な酸素を摂取するために赤血球や血色素が増加する。呼吸数、呼吸量、心拍数も増加して新陳代謝は高まる。 日照は、高度が増すごとに強くなり、日照時間も長くなり紫外線の影響が大きくなる。 気温は、海抜高度が100m増す毎に約0.6℃低下する。 高度が300から1000mほどの高原、中高山での気候はほぼ保護的で保養に適している。1000m以上の山岳地では刺激的気候となる。 (2)海の温泉地: 海上から運ばれる湿気と海塩粒子を含んだ海風の特質がある。海の気候は、気温の変化は小さく雨が多く、平地気候はこの反対に気温の変化は大きく、雨が少なく乾燥気味である。海浜では交代に風が吹くことによって空気の流通が行われている。また、日照時間が長く紫外線に富んでいる。海浜での大気浴で新陳代謝が高まり、心拍数が増加し心肺機能が強まる。また、自律神経系の安定化が見られる。 温暖な地方の海浜は保護性気候で、北国の海浜の多くは刺激性気候である。冬の日本海側は、寒冷が長く続き湿度が高く、南方の海浜は高温、多湿で熱放出が妨げられるなど保養に適していない。 (3)樹葉で覆われた森林内の温泉地: 裸地に比べて最高気温が低く、最低気温が高いといった緩和な気温条件をつくる。樹林の存在は気温条件緩和に相当大きな影響を持っている。森林内は外に比べて平均5%ほど湿度が高いといわれ、その他防風、防霧の効果がある。また、森林には光合成や土壌中の汚染物を吸着する機能や、空気中の塵埃が植物に付着し、その植物群を通過する空気から塵埃がのぞかれるといった空気浄化作用がある。 さらには緑のカ−テンで覆われ、心理的に安心感がもてる。しかも、騒音源がなく樹林が孔の多い壁のように一種の吸音体となって音を吸収し静かで、直射日光を遮って木陰を作り通風が良いために涼しい環境を作っている。 植物から放出される揮発性の物質は、他の生き物の生活機能に影響を与えるものでフィトンチッドといわれている。細菌やカビの繁殖を抑えるフィトンチッドの作用は、人に精神的快適さを与えると同時に、ある種のフィトンチッドは身体的機能を高めるとされている。 2)温泉水の温度、機械的作用 (1)温泉水の温度 42℃以上の高温浴は、自律神経の交感神経が優位に働き、心身に対し興奮的に作用する。42℃未満で体温に近い温い温度で、時間をかけた入浴では、副交感神経が優位に働き、心身に対して鎮静的に作用する。 (2)温泉水の機械的作用 温泉浴には、かかり湯、かぶり湯、全身浴、半身浴、部分浴、寝湯(仰臥浴)があり、水の機械的作用を利用したものに、打たせ湯、圧注浴、気泡浴、渦流浴、運動浴などがある。 日本古来の伝統ある浴法には、打たせ湯、箱むし、蒸し風呂、おいらん蒸しなどの蒸気浴や砂浴、時間湯、夜詰めの湯などがある。 近年では、温泉水の温度、機械的作用(温泉の非特異的作用)を主として利用する施設に、クアハウスがモデルとなった温泉利用型健康増進施設がある。この施設は、国民の健康づくりに厚生大臣が推し進めている。 6.伝統ある温泉地に望むこと 21世紀の温泉地をめざす方法の一つを提案すると、温泉地滞在プログラムの作成である。各温泉地に備わる自然条件、健康増進施設、教養・文化・趣味に関わる施設などを活用したプログラム、人的交流を促進するプログラムなどである。 このテーマについて共に考えていきたいと念願する。
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