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その他の研究会(過去の実績) 保養地療法の実際と効果-リウマチ FORUM'90より |
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延永 正 九州大学生体防御医学研究所教授 |
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1.はじめに 昔からリウマチは温泉療法の王座を占めている。何処の温泉地に行っても,適応欄には必ず「リウマチ」がある。なかには「リウマチ」と「関節炎」を併記した念入りのものもある。これは温泉の端的な,目に見える効果が痛みの軽減にあることによるものと思われる。実際温泉の作用機序の分らなかった昔から,経験的に温泉の鎮痛効果が知られたことは間違いなく,しかも誰しもが容易に経験できる効果である。しかしそのような症状の改善にもかかわらず,温泉によってリウマチが治癒することはほとんどない。つまり温泉はリウマチの本質にはあまり影響を及ぼさないようにみえる。それではリウマチにとって温泉療法は意味のないものであろうか。これらの問に答えるべく,以下温泉を含めた保養地療法のリウマチに対する効果について述べてみたい。 2.気象,気候とリウマチ リウマチ疾患の症状が気象や気候の影響を受けることはよく知られた事実である。患者によっては患部の疼痛増強によっていち速く気象の変化を察知し,雨を予報しうるものさえある位である。Hollanderらは人工気象室を用いた実験によって,気圧の低下と湿度の上昇が同時に起こる時,関節炎患者は関節痛の増強を自覚することを明らかにした1)が,これはあたかも前線通過時の気象変化に相当し,上述のごとき天気予報をなしうるもののあることを理論的に裏付けた。気圧の低下が症状増悪的に働くという点については反論もあるが,湿度の低下,すなわち乾燥がリウマチの症状によい影響を及ぼすという点に関しては異論がない。また気温については低温の方がよかったという成績もある2)が,一般には高温を好む者の方が多い。われわれが慢性関節リウマチ(RA)の患者について調査した成績では,晴天と夏,秋が好まれ,雨の前,雨天,冬,梅雨を嫌うものが多かった。したがって低湿,高温,高気圧がリウマチには適し,高湿,低温,低気圧は不適とするのが一般であろう。転地療養効果にはこのような気象条件の変化も寄与していることを考慮する必要がある。 気象条件の変化がリウマチの症状に影響を及ぽす機序については不明の点が多いが,環境の変化に対する順応,特に水分の移動が病的組織でうまく行かないことによると説明されている。血沈やCRPなどの炎症パラメーターには変化がみられないので炎症自体には影響を及ぼさないものと思われる。 3.ストレスとリウマチ 精神的,肉体的ストレスによってリウマチが悪化することは,日常しばしば経験することである。過度のストレスは自律神経機能と内分泌機能を障害するばかりでなく,免疫機能をも抑制してリウマチに悪影響を及ぼすと考えられる。したがってストレスからの解放がリウマチ患者にとって好ましいのは当然であり,温泉療養の作用機序の一つもこれによって説明されている。その際,脱ストレス作用は温泉入浴のみでなく,温泉地の自然環境によってももたらさせるものである。すなわち清浄な空気,静かな環境,明媚な風光が乱れた自律神経機能を調整し,内分泌機能を高めることは十分考えられるからである。 4.温泉とリウマチ 温泉のリウマチに対する作用は,直接の静的な治病効果と動的なリハビリ効果に分けて考えるのが適当であろう。後者は温泉成分を問題にするのではなく,単にリハビリの手段として温泉を利用するものである(したがって必ずしも温泉である必要もない)。 表1 温泉の作用機序とそのリウマチにおける効果 作用 リウマチにおける効果 1.温熱作用 釦痛、筋弛緩、血流改善、新陳代謝促進 2.水の物理作用 鎮痛(免荷)、支助、抵抗 3一含有化学成分の作用 血流改善、ホルモン分泌促進、結合織代謝改善 4.総合刺激作用 自律神経調整、生体リズム正常化 5.脱ストレス作用 自律神経調整、ホルモン分泌促進、免疫能賦活 1)リウマチに対する温泉の作用機序 温泉浴は生体に表1のような作用を及ぼし,これがリウマチの場合にはそれぞれにあげた効果となって表われる。 (1)温熱作用 温熱による鎮痛作用機序についてはなお不明の点もあるが,温浴による血中ヒスタミンの低下,血流改善による炎症産物の排泄,疼痛閾値の上昇などが考えられる。閾値の上昇には交感神経の関与も考えられる。内因性オピオイドであるβエンドルフィンの関与は考えにくい。またプロスタグランジンも関係なさそうである。 筋弛緩は温熱作用の特徴の一つであり,疼痛時に認められる反射的な筋痙縮をとり,血流改善にも資するものである。これがリウマチのこわばりをとる機序の一つかもしれない。 血流促進は温熱の直接的作用である。これが体を暖め,新陳代謝を促進し,老廃物の排泄を促す。リウマチの場合抹消の血流障害があるので,その改善によって病態がよい影響を受けるのは当然である。新陳代謝の亢進は血流の改善と密接に関連しており,さらに温度の上昇がそれを助長する。浴後の壮快感はこれによるところが大きいと思われる。リウマチでは関節痛による体動不足,炎症性浮腫,と疼痛による反射性筋痙縮,血液成分の変化等によって血流が障害され,新陳代謝が停滞しがちである。 (2)水の物理作用 首まで漬かった場合,浮力のため体重は約1/9に減ずる。このため下肢にかかる体重は大幅に減少し,免荷時と同様の関節痛軽減をみる。また水圧によって体が支えられるので下肢筋力微弱者でも起立,歩行が可能になる。さらに水は筋力微弱者には支えとなり,筋力保持者には抵抗となって,筋力増強訓練を助ける。 水の機械的圧力は皮膚に対する刺激にもなる。 (3)含有化学成分の作用 温泉成分は経皮呼吸されて,あるいは直接皮膚を刺激することによって,生体にいろいろな影響を及ぼす。 保温効果:硫化水素泉や二酸化炭素泉は血管拡張作用によって,またナトリウム塩化物泉などは成分の皮膚付着によって汗腺を塞ぎ,保温効果を高める。泥浴や砂浴はそれらが熱の不良導体であるため長時間浴を可能にし,結果的に保温効果を高める。むし湯(蒸気浴,ロシア浴)は飽和蒸気によって発汗を妨げ,うつ熱によって保温効果を高める。保温効果は結局鎮痛効果に繋がる。 ホルモン分泌効果:硫黄泉浴によって副腎皮質ホルモンの分泌が促され,尿17-KS排泄量が増加する。また軽度ながらノルアドレナリンの分泌も高まる。内因性オピオイドであるβエンドルフィンの血中濃度はリウマチ患者で低い傾向にあるが,高温強酸性浴3)や運動浴で上昇することが多い4)。これらのホルモンは直接的に,あるいは免疫系を介して間接的にリウマチの炎症に影響を及ぼす。 結合織代謝作用:リウマチにみられる尿中ハイドロキシプリン排泄の増加が泉浴によって抑えられ5),血中モノアミン・オキシダーゼ活性の低値が泉浴によって回復する6)。その詳細な機序は不明であるが,泉浴に結合織代謝是正作用があることを示唆する。 (4)総合刺激作用 温泉の温度,圧力,浸透圧,化学成分などの総合刺激が生体の機能を調整し正常化する作用をいう。泉質とは関係がないので非特異刺激作用とも呼ばれる。最も顕著に現れるのは自律神経機能で,その異常が是正される。上述のホルモン分泌の増加も一部はこの機序によるものと思われる。いずれにせよリウマチにみられる生体リズムの乱れはこの作用によって是正される。 (5)脱ストレス作用 泉浴は心身を弛緩せしめ,ストレス解消作用が顕著である。これがリウマチに良い影響を及ぼすことは先に述べた通りである。 2)温泉のリハビリ効果 リウマチによる直接の苦痛は何といっても痛みであるが,結果として生ずる運動器の機能障害すなわち身体障害はある意味ではそれ以上の苦痛である。現在の薬物療法ではこれを確実に防ぐことはできないので,リハビリ訓練によって予防,治療するしかない。これには温泉がはなはだ有用である。もちろん温泉でなくても真水の温水であればそれでもよいわけではあるが,温泉には上述したように真水にないいろいろの作用があるし,何よりも新鮮な温水が安く豊富に利用できるメリットは他に変えがたいものである。 リウマチは全身のほとんどすべての関節をおかすので身体障害の予防,治療には全関節の機能訓練ならびにリハビリが必要である。そのためには全身運動が可能な広さと深さを持つ温水プールが必要であるが,温泉はその要求に容易に答えうるものである。 リウマチによる身体障害の予防と治療には全身の筋力増強・維持と関節可動域の拡大・保持がもっとも重要である。水は筋力微弱者には補助的に,筋力保持者には抵抗として働き,共に筋力増強を助ける。また関節可動域訓練においては鎮痛と筋弛緩作用によってそれを容易にする。したがっていずれにせよ温泉はリウマチの機能障害の防止と治療上,理想的な補助媒体といってよい。温泉がリウマチの運動訓練やリハビリに重用される所以である。 5.冷泉とリウマチ リウマチ患者が体を冷やすことは長い間禁忌とされてきた。しかし一方では冷泉浴がリウマチに好影響を及ぼすという民間の経験談が伝えられている。そこで我々は冷泉浴のリウマチ患者に及ぼす影響を検討してみた。用いた冷泉は九重の寒の地獄泉(単純硫化水素泉,泉温13℃)である。その結果,冷泉は温泉に勝るとも劣らない効果を有することが明らかとなった7)。すなわち朝のこわばりと関節痛は軽減し,握力は増強する。したがってLansbury活動指数は有意に低下した。 図1 冷泉浴と温泉浴によるLansbury活醐指数の変動(RA患者) ただし血沈の改善はみられず,リウマチの炎症そのものには影響しない点は温泉と同様であった。特記すべきことは血中ノルアドレナリンが入浴時間に比例して著明に増加したことである。 図2 温泉浴による血中ノルアドレナリンの変動(RA患者) これは冷浴の鎮痛ならびに筋力増強作用機序のひとつを説明するものかもしれない。いずれにせよ寒冷は,これを刺激として短時間応用するのであれば,リウマチに対しても決して禁忌となるものではなく,むしろ有効に作用することが明らかとなった。特に鎮痛と筋力増強は温泉以上であった。よってリハビリの前処置としてもむしろ冷泉の方が適するかもしれない。 6.リウマチに対する温泉治療の効果 以上のような諸作用機序によって温泉(冷泉も)はリウマチに良い影響を及ぼす。最も著名な効果はリハビリによる機能回復効果であり,起立,歩行不能者が歩けるようになる例も少なくない。 一方温泉浴のリウマチ炎症に対する効果は必ずしも明らかではない。たとえば血沈に及ぽす影響は症例ごとにまちまちで一定の傾向がない。CRPについても同様であり,少なくとも炎症パラメーターを動かす程のものではないようである。しかしこわばりや痛みなどの自覚症状に対する効果は明らかで,それを抗炎症効果というならその程度の作用があるといえる。その意味では非ステロイド性抗炎症剤に比較しうるものである。 7.リウマチの温泉治療の仕方 リウマチの場合温泉治療の形態としては入浴が主体である。それは機能訓練やリハビリを重視するからである。飲泉も何がしかの効果をもたらす可能性があるが,多くを期待するのは無理であろう。したがって入浴の仕方について述べる。 1)適応と禁忌 リウマチ疾患のうち膠原病は全身の炎症性疾患であり,しかも疼痛はないか軽度であり,身体障害をもたらすことも少ないので,原則として温泉治療の適応にはならない8)。 表2 リウマチ性疾息に対する温泉治療の適応 ●:非炎症性リウマチ疾患 (変形性関節症、骨粗しよう症、結合織炎、腰痛症、五十肩、肩手症候群、腱鞘炎、粘液包炎、外傷性関節症、神経痛等) ▲:慢性関節リウマチ、強皮症、乾癬性関節炎、強直性脊椎炎、若年性関節リウマチ(関節型)、慢性期の痛風、偽痛風 ■:リウマチ熱、全身性エリテマトーデス、皮膚筋炎*、多発性動脈炎*、悪性関節リウマチ*、シエーグレン症候群、混合性結合組織病、ライター症候群*、若年性関節リウマチ(全身型)、急性期の痛風、偽痛風 ●:適応あり、 ▲:原則として適応あり、 ■:原則として適応なし(*後遺症に対して適応あり) ただ慢性関節リウマチは関節の炎症が主体であるから特別の場合を除いて温泉治療が適する9〕。 表3 RAにおける温泉療法の適応と禁忌 適応 1.体温が正常である。 (罹患関節に熱感があってもよい) 2.全身状態が悪くない。 3.活動性の内臓病変がない。 4.活動性の系統的血管病変がない。 5.血沈は必ずしも参考にならない。 禁忌 1.発熱(37.5℃以上)がある。 2.全身状態が不良である(るい痩、衰弱が著明) 3.心、肺、肝、腎等に活動性病変がある。 4.活動性の血管病変がある。 5.関節炎が急性増悪期にある、 6.出血傾向にある。 7.妊娠の初期と終期。 2)浴中における機能訓練(運動浴) 全身で運動するためにはそれが可能な広さと深さが必要なのはもちろんであるが,温度も重要である。熱すぎては運動ができない。夏期37-38度,冬期39-40度が適当であろう。時間は全身状態に応じて20-60分間とする。疲労が翌目に残らない程度がよい。浮袋,ボール,滑車などを適宜利用すると楽しくしかも効率よく訓練を行うことができる。全身状態の程度に応じて毎日,隔日あるいは週2回実施する。 3)通常の入浴 運動浴に比べると浴温は高く,浴時間は短い。すなわち40-41℃に10-15分間浴す。温泉泥浴の場合は40-45℃,10-30分間とし,浴後は淡水温浴か温泉浴で泥を十分洗い流す。全身蒸気浴では43度前後に10-30分間浴す。冷浴では温度によって時間を加減するが,13度の場合はまず5分間から始め,馴れれば10分間,15分間(最長)とする。冷たすぎるなら,浴前後にストーブなどで暖をとってもよい。いずれの場合も浴後は保温に注意し30-60分間静臥休息、する。その後各種リハビリ訓練を行ってもよい。 温泉治療開始当初は入浴は1日1回とし,馴れるに従って2回,多くても3回を限度とする。もし湯あたりが起こったなら,しばらく休浴するか減浴して回復を待ち,改めて最初からやり直す。治療期間は3〜4週をもって1めぐり(1クール)とする。それ以上続けても治療効果は横這いとな り,多くを望めないので,一旦治療を打切り,数か月の間をおいて改めて第2クールを行うのがよい。 8.おわりに リウマチに対する温泉を含めた保養地療法の効果は対症的であり,決して根治的ではない。しかし最新の薬物療法とて同様であるから,その故をもって保養地療法を無意味とすることはできない。むしろ薬物療法を補う意味で,また体調を整える意味で,時々できれば定期的にこのような自然療法を行うことは,リウマチの急激な進行を防ぎ,各種合併症を予防する上で大変有意義なことと思われる。その上身体障害の予防や治療となると最も勝れた効果を発揮するので,現時点ではリウマチの治療上甚だ重要な位置を占めるものである。したがってただ温泉に浸るだけでも決して悪くはないが,それだけでなく身体障害の予防や治療に積極的に利用する態度がより大切であろう。日本は世界一の温泉国である。この自然の恩恵を最大限に利用すべきである。 参考文献 1)Hollander J1:The controlled c1imate chamber. Trans NY Acad Sci 24:167-172.1961 2)Patberg WR et al:Relation between meteorological factors and pain in rheumatoid arthritis in a marine climate. J Rheumatol 12:711-715.1985 3)白倉貞夫:高温酸性泉 日温気物医誌 52:18-20.1988 4)延永正ほか:慢性関節リウマチに対する温泉療法の評価法. 第54回日温気物医学会,1989 5)阿南公展ほか:老化と温泉:コラーゲン代謝に及ぼす泉浴の影響. 大分県温泉調査研究会報告,29:48-52.1978 6)阿南公展ほか:泉浴の血清MA0活性に及ぼす影響(第4報).同上,31:11-15.1980 7)延永正ほか:リウマチ-低温療法,治療 66:1825-1830.1984 8)延永正:リウマチ性疾患の温泉治療.綜合臨床 33:209-210.1984 9)延永正:慢性関節リウマチと温泉療法.総合リハ 17:569-573.1989 |
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