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温泉と医療

温泉とリウマチ性疾患

延永 正
九州大学名誉教授


1. はじめに

 手、足、肩、腰などの運動器の痛みは筋肉労働をする農民や工場などで働く職人さん、スポーツマンはもちろん、事務的な仕事をする人々にとっても極めて身近でありふれた苦痛ないし病気と言ってよい。恐らく経験したことのない人はいないであろう。今はその治療に鎮痛消炎剤の内服や湿布などが広く使われているが、そういう薬の無かった時代には温泉が盛んに利用されたことがいろいろな文献や事実から知られている。諸処方々にある「信玄の隠し湯」は戦で負傷したり、疲れた武人の癒しのためであったろうし、空海をはじめ多くの僧の発見によるという温泉の多さも民衆の病や苦しみを救うとする僧達(かっては僧医あるいは看病僧といって僧侶が医療の一部を担っていた)の意図が伺われ、それに温泉が多用されたことを物語っている。現在でも地方によっては「さなぶりの湯」などと称して田植えを終えたお百姓さんが湯治に出かける習慣がある位である。実際運動器の疼痛性疾患は温泉の医学的効用の対象として筆頭に位置するものといってよい。


2.リウマチ性疾患とは

 一般に手(上肢)、足(下肢)、肩、腰などがこわばったり、痛んだりする病気を広い意味でリウマチ性疾患と呼んでいる。これらの運動器官は神経、筋肉、腱、滑膜、軟骨、骨 などから 出来ているが、こわばりや痛みはそのどこからでも起こり得る。俗に使い痛みと言われるのは筋肉や腱の使い過ぎによるものであり、変形性関節症や関節リウマチは関節を形成する滑膜や軟骨、骨の病変に由来する疼痛疾患である。前者を非関節型、後者を関節型とする分け方もある。神経に原因がある痛みは神経痛と言っているがもちろん非関節型である。病変の起こり方によって炎症性と非炎症性に分けることも出来る。一番の難病である関節リウマチは炎症性リウマチの代表であり、変形性関節症は非炎症性リウマチの代表である。最も一般的な腰痛や肩こり、五十肩などは老化、過労、外傷などが主原因であるが、それらに続いて軽い炎症が付随することはある。 表1は割合よくみる主なリウマチ性疾患の纏めである。


3.リウマチ性疾患の治療

上述のようにリウマチ性疾患を炎症性と非炎症性に分けたが、その原因はいずれも不明のものが多い。炎症性リウマチの痛風は血液中の尿酸(偽痛風はピロリン酸カルシウム)が増えて、ついには溶けきれずに結晶として析出し、これが関節腔に沈着して引き起こされる急性の激しい炎症である。また膠原病に含まれるリウマチ熱は溶血性連鎖球菌によって引き起こされることが知られているが、その他はいずれも不明である。

 非炎症性のリウマチでも神経痛の一部(肋間神経痛など)は帯状疱疹ウイルス感染と関係があり、坐骨神経痛の一部は椎間板ヘルニアや変形性脊椎症によることがわかっているし、変形性脊椎症や変形性関節症は老化や外的ストレスが関係していることは事実としても更なる詳細は不明である。

 以上のようであるから根本的な治療は一部を除いては不可能であり、症状を抑えるだけの対症的な治療がむしろ主体となっている。 すなわち炎症症状である発熱や痛みに対しては消炎鎮痛剤である非ステロイド性抗炎症剤や副腎皮質ステロイド剤を、単なる痛みに対しても消炎鎮痛剤を内服や塗布、塗擦などの外用で治療することが一般に行われているが、その効果は副作用のこともあり、必ずしも常に満足すべきものでないことが多いのが現状である。ここに温泉治療をはじめとする物理、理学的療法の必要性があり、さらにそれがリハビリにも応用できれば極めて重要な治療手段になるわけである。リウマチ性疾患は結局慢性の経過をとり、ついには身体の機能障害に陥ることが多いからである。


4.リウマチ性疾患治療における温泉の役割と意義

 上述したように多くの新薬の開発にも拘わらずリウマチ性疾患の薬物療法は依然として十分満足すべき状態ではない。特に炎症性リウマチである関節リウマチや膠原病、さらには非炎症性の変形性関節症も薬物療法によって一時的な緩解は得られても、完全に治癒することはほとんどないと考えてよい。その上関節リウマチや変形性関節症においては関節病変は徐徐にではあるが次第に進行し、機能障害に陥ることが多い。ここに温泉をはじめとした水治療の役割と意義が認められるわけである。これらの療法には症状の軽減とリハビリ効果による機能障害の予防と治療が期待されるからである。


5.リウマチ性疾患に対する温泉の作用機序

  リウマチ性疾患の最大の苦痛は筋肉や関節などの運動器の痛みやこわばりである。次いでそれにプラスして関節の破壊や変形、さらには筋力の低下などが加わって起こる運動機能の障害である。
これらに対する温泉や温水の作用機序は表2の如く纏められる。

まず第1は温熱作用である。リウマチ性疾患の中には痛風のように急性の炎症を示すものもあるが多くは慢性に経過するこわばりや痛みである。このような症状は暖めることによって軽減、緩解するのが一般で、実際温泉浴は簡単に全身を温めることが出来、その効果が顕著であることは誰しも経験するところである。その機転として血行改善による疼痛部位の栄養充足と痛みを惹起している各種老廃物の除去、痛みを感ずる神経の感度の鈍化、麻薬様の作用を有する物質(βエンドルフィン)の増加(参1)、自律神経機能の正常化(参2)などがあげられる。

 このような温熱作用に加えて水としての性質である浮力は関節に加わる圧力を軽減することによって徐痛を更に助けることになるし、温泉に含まれる化学成分によっては血管拡張作用や保温作用が強められるので、温熱作用や新陳代謝の亢進がもう一段高められる結果になり鎮痛効果も真水の温水よりは強くなるわけである。

筋肉や関節などの運動器官はその組織が主として結合組織から成り立っている。そこに炎症や変性などの病変が起これば当然のことながらその代謝にも異常が発生する。例えば関節リウマチでは結合組織の成分であるヒドロキシプロリンという物質が尿中に増加しているが、恐らく結合組織が破壊分解される結果であろう。これが温泉浴によって是正されることが示された(尿中のヒドロキシプロリンが減少した)(参3) ので、温泉には代謝の異常を是正する作用もあることが明らかである。
関節リウマチのように強い痛みが長く続くとそれは生体にとって相当なストレスになる。そのことを反映しているものと思われるがストレスホルモンである副腎皮質ホルモンを分泌する副腎は疲弊してその機能が低下し尿中に排泄されるそのホルモン量の減少がみられるが、温泉療法をすると硫黄泉などではそれが増加することが確かめられている(参4)。

最後に温泉に特有な非特異的変調作用による効果がある。この作用は上に述べた温熱、水圧、化学成分に加えて温泉地の風景や気象などの環境が総合的な刺激となって生体を揺さぶり、その中枢神経系、自律神経系、内分泌系、免疫系を介して生体機能を正常の方向に変調せしめる作用のことである。長期にわたる温泉作用の研究の結果明らかになったもので、温泉の種類に関係なくみられるところから非特異的変調作用、総合調整作用、正常化作用などと呼ばれている。従ってどのような温泉も生体に有害に働くことはなく、その異常に応じてプラスにもマイナスにも働くわけで誠に都合のよい作用である。実際温泉療養を適切に行えばどんな温泉でもそれ相当の効果が得られ、悪化することがないのは誰しも経験するところで温泉特有の作用と言ってよい。上述の鎮痛作用をはじめ各種機能の正常化作用もこれによる部分が少なくないと思われる。


6.リウマチ性疾患のリハビリにおける温泉の役割

既に述べたようにリウマチ性疾患は長期にわたって慢性に経過することが多く、その結果動作が不自由な身体障害に発展することが少なくない。これを防ぐには痛みをとるだけでなく、適当なリハビリテーションが必要である。ここにも温水を含めた温泉の利用価値を見いだすことができる。

温泉の作用機序で述べたように水には浮力があるため水中では体が軽くなり、弱い下肢の力でも体を支えることが出来、それを水の圧力と粘性がさらに横から支えて倒れにくくする。これによって陸上では不可能な立位歩行も水中では可能となり、鎮痛効果とあいまってリハビリ訓練がより容易に出来ることになる。

水中では陸上に比べて運動が強く妨害されて、素早く体を動かすことができないが、これも水の圧力と粘性によるものである。水のこの性質は弱った筋力を増強しようとする運動訓練においては抵抗として働くので、筋肉や関節のリハビリにおいて甚だ好都合なのである。つまり水は弱った運動能力に対してはこれを助け、ある程度以上に強い運動能力に対しては抵抗としてこれを妨げるのでリハビリ訓練においてはその温熱効果とあいまって理想的な媒体と言える。


7.リウマチ性疾患に対する温泉療法の効果の実際

私共が全国の44名の温泉療法医の協力を得て59ヶ所の温泉地で平均1週間行った温泉療養の成績のうちリウマチ性疼痛疾患については以下の如くであった(参5,6)。

(1)痛みに対する効果
痛みの評価は非常に難しくて客観的には不可能である。従って主観的ではあるが、次のような5段階に分けて評価した。1)軽度(服薬なしでも日常生活にほとんど支障がない)、2)やや強い(服薬すれば日常生活に支障がない)、3)かなり強い(服薬しても日常生活やや支障)、4)相当強い(服薬しても日常生活かなり支障)、5)非常に強い(服薬しても日常生活高度に支障)の5段階である。
 その結果は表3のようで評価した82名中1段階以上改善したもの35名、不変44名、悪化3名で改善例が明らかに多かった。

また長さ100mmの直線を横に引き、痛みが全くない時は左端の0mm、最高に痛い時を右端の100mmとして、現在の痛みがその直線のどの辺に位置するかを療養者自身に印をつけることによって評価してもらって、5mm以上良い方向に変動したものを改善、悪い方向に変動したものを悪化とすると、評価し得た94名中改善58名、不変23名、悪化13名でやはり改善した者が有意に多かった。そしてその長さを実際に測定してみると温泉療法前値が48.0mmに対して療法後は35.4mmとなり、これによっても有意の改善が確認された。

(2)日常生活動作に対する効果
次の8つの日常生活動作について、何の不自由もなく出来る場合を0点、いくらか不自由な場合を1点、かなり不自由な場合を2点、全く出来ない場合を3点として各動作を評価した。その動作とは1)衣服の着脱と身支度、2)就寝、起床、3)食事動作、4)歩行動作、5)衛生動作、6)床の衣類を拾い上げる、7)蛇口の開閉、8)車の乗り降り、の8つである。従って総計0点は日常生活動作に全く不自由がない者であり、24点は最も不自由を感じている者ということになる。このようにして87名が評価の対象になり、その結果、温泉療養前の点数の平均5.2が療養後には3.6となり、明らかな改善をみた。また点数が減少したものを改善、増加したものを悪化として評価すると、改善55名、不変26名、悪化6名となり、やはり改善した者が有意に多かった。(表3)。

 このように慢性のリウマチ性疼痛疾患の温泉療法による有効性はその痛みに対しても、また日常生活動作能力に対しても明らかに確認された。日常生活動作の改善には痛みの軽減が大きく寄与しているのは当然としても、リハビリテーションによる効果も無視できないものであろう。ここに温泉療法の特徴と利点があるのであり、その意味でリウマチ性疾患は温泉療法に最も適したものと言える。このことは一般の人々もよく承知しているところであり、疑うものはない。しかしリウマチ性疾患であればどんな場合でも無条件によいかというと、そうはいかない場合もあるので以下に注意点を述べる。


8.リウマチ性疾患における温泉療法の仕方と注意点

リウマチ疾患に限らず他の疾患についても言えることであるが、 一般的な原則として比較的ぬるめの温度(40度前後)に長時間(10〜20分)浴するのがよい。この方が高温短時間浴よりも体が芯から温まって温熱効果が大きい。入浴回数は当初は1日1回ないし精々2回とし3〜4日して馴れたら3回まで増やしてもよいがこれを限度とする。高温に長時間浴したり、過度に頻回浴したりすると一種の湯当たり現象として関節痛などが一過性に増強することがある。この時はしばらく休浴し、症状が落ち着いたら改めて最初からやり直す。

リウマチ性疾患の中には炎症が強くて発熱したり、関節が赤く腫れてひどく痛むものも時にはあるが、このように炎症が過度に強い例は温泉療法の適応ではない。控えるべきである。悪性の関節リウマチ(しばしば発熱を伴う重度のリウマチ)や痛風の急性期などがそれである。炎症の一つの指標として血沈やCRPの測定値が用いられており、これがひどく悪い時も温泉浴はよくないというものもあるが、私共の経験では発熱がなく、関節の炎症も極端に強くなければ温泉浴は差し支えないようである。ただ浴後不快感や食欲不振を覚えるようであれば控えた方が無難である。

 全身衰弱が強い場合、感染症を合併している場合、出血傾向のある場合なども入浴は避けるべきである。かえって病勢を強める危険性がある。
表4に温泉療法が適応するリウマチ性疾患とそうでないものとを纏めて示した。


9.まとめ

手(上肢)、足(下肢)、肩、腰などの運動器が痛むリウマチ性疾患は我が国では成人の約40%にみられ、そのために日常生活動作が障害されるものは20%に及ぶと言われる。まさに国民病と言ってもよい位で、それによる社会的損失は甚大である。
その治療には消炎鎮痛剤を中心に多くの薬物が用いられているが、それにはいろいろな副作用も伴い必ずしも満足すべき成果をあげているとは言えない現状である。そのことは鍼灸をはじめとする各種の代替療法が運動器の痛みに対して盛んに行われている事実からも明らかである。温泉療法も一種の代替療法ではあるが、その効果は上述したように十分試してみる価値のあるものである。しかも幸いなことに日本は世界一の温泉国であり、その気になれば誰しも比較的容易に利用することが出来るし、無茶な利用法さえしなければ副作用もなく、安全快適に利用し得る点、他にはない特徴であり、利点と言えよう。
この天恵の宝を大いに利用して生活の質、生命の質(QOL)の向上に努めて頂きたいと願う次第である。


参考文献
1) 白倉卓夫:高温弱酸性泉. 日本温泉気候物理医学会雑誌、52:18、1988
2) 藤井郁夫、ほか:慢性関節リウマチの自律神経機能障害に及ぼす温泉浴の影響. 大分県温泉調査研究会報告、36:34、1985
3) 延永 正ほか:慢性関節リウマチの温泉治療.日本温泉気候物理医学会雑誌、41:21、1977
4) 矢野良一:水治療法. 病気の生化学、第6巻、治療2、中山書店、東京、282頁,1966年
5) 延永 正ほか:QOLからみた短期温泉療養の効果ー全国調査よりー.日本温泉気候物理医学会雑誌、65:161、2002
6) 延永 正ほか:「QOLからみた短期温泉療養の効果」に関する全国調査研究補遺.日本温泉気候物理医学会雑誌、66:131、2003



表1.主なリウマチ性疾患

炎症性 非炎症性
関節リウマチ
若年性関節リウマチ
痛風、偽痛風
各種膠原病(全身性エリテマトーデスなど)
リウマチ性多発筋痛症
変形性関節症
変形性脊椎症
五十肩
神経痛(三叉、肋間、坐骨など)
線維筋痛症



表2.リウマチ性疾患に対する温泉の作用機序


  1. 温熱作用(身体を温める)
    1)血行改善:血液の流れを良くする(疲労回復効果あり)
    2)新陳代謝を促進して老廃物の除去を促す(疲労回復にもよい)
    3)疼痛閾値の上昇:痛みを感ずる神経の感度を鈍らす
    4)体液中のβエンドルフィン(麻薬様の作用を有する)を増やす
    5)自律神経調整作用(正常化)

  2. 水の物理作用
    1)浮力(この作用によって水中では体が軽くなる;首まで浸かると約1/9に)
    2)粘性(この作用と静水圧によって水中では体を動かすことが空中ほど容易くできません。つまり水が抵抗として働くのです)

  3. 化学成分の作用
    1)血管拡張作用(二酸化炭素泉、硫化水素泉など)。
    2)保温作用(一般的に温泉浴後はほとぼりが長く続くが特にナトリウム塩化物泉;
    ナトリウム塩化物泉や硫黄泉などはこの作用が強い)
    3)副腎皮質刺激作用(硫黄泉などによる副腎皮質ホルモン分泌促進)
    4)結合組織代謝の正常化作用(硫黄泉など)

  4. 非特異的変調作用(総合的生体調整作用)
    上述の温熱、水圧、化学成分に加えて温泉地の気象や風景などの環境が総合的な刺激となって生体を揺さぶりその機能を正常化の方向に変調せしめる作用



表3.リウマチ性疾患に対する温泉療法の効果



表4.リウマチ性疾患における温泉療法の適応と禁忌


 適応するもの

1.非炎症性リウマチ疾患
  変形性関節症、変形性脊椎症、五十肩、腰痛症、神経痛、筋肉痛(線維筋痛症)など
2.慢性炎症性リウマチ疾患
  関節リウマチ、強皮症、強直性脊椎炎、乾癬性関節炎、外傷後遺症、など

 適応でないもの

1.急性期の炎症性リウマチ疾患
  捻挫などの外傷、痛風発作、関節炎の激しい関節リウマチ、など
2.全身症状を伴う炎症性リウマチ疾患
  悪性関節リウマチ、若年性関節リウマチ(スチル病)、リウマチ性多発筋痛症、
  フェルテイ症候群、ライター症候群、全身性エリテマトーデスなどの多くの膠原病
3.リウマチ性疾患に 感染や出血傾向を伴う時
  活動性の結核や出血性胃潰瘍、血小板減少などを合併した時
4.全身衰弱が強い時



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