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医療・福祉研究会

地域における温泉療法の試み
-介護保健施設における温泉療養と「生きがい」探し-

石井 正三
医療法人社団正風会 理事長 


I.はじめに

本格的高齢化社会の到来によって、我が国の社会構造に大きな変化が起きている。少子高齢化とひとまとめにされる概念は、一方で次世代の社会の担い手が減少していることをあらわし、もう一方で世界に冠たる長寿社会の実現を意味している。この結果、闊達な次世代を育成するプロセスは、長寿を手に入れた世代の新しい生きがい探しと同時進行で推進されていくものと考えられる。

また、仕事を遂行する事を中心に据えたような生活の在り方から解放された時間の中で、長寿を手に入れ本格的な老いという現実を無視できなくなった個人は、もう一度人生全体を通覧しその意味について問い直す作業と改めて向き合わざるを得なくなった。その意味では、本格的高齢化社会の到来は、これまで人生の目的や価値観を見直さざるを得ない状況を眼前に出現させている。

このような今日的な状況で、介護保険適用の温泉リハビリテーションを利用した施設に於いて、地域における出会いの場運営を通して高齢化社会に適した生きるありようを考えながら、高齢化社会における「生きがい」探しと地域における新しい価値観を見つける試みについて報告する。


II.急性期治療と慢性療養

医療の原点の一つとして、傷んだ箇所に手を当てて痛みを癒し治そうとする「おてあて」という姿勢がある。このような、疾病や創傷に対する急性期医療という概念が、我が国の現代医学においては医療保険の給付対象として成立している。第二次大戦後の医療制度整備の中で、医療保険制度の皆保険化が成就し、何時でも何処でも一定水準の医療を受診できる体制が整備されてきた。この医療保険制度は、国民皆保険運用規定としての療養担当規則に基づいてある種の契約医療として存立し、また厚生労働省のコントロール下における制限医療であるという側面がある。このため、近年のコスト見直しの中では、入院や外来診療を問わず治療内容のエヴィデンスに基づくガイドライン化(Evidence Based Medicine:EBM)が年々進められ、治療の種類や期間にも制限が設けられてきた。しかしながら、高齢化社会においては、生活習慣病のように長く生活の中で付き合わざるを得ない疾患や、病名が確定しても完治に至らず長期の闘病生活や療養を要する疾病、また欠損治癒としてある程度の障害と共に人生を考えざるを得ない病態そして老化そのものから起因するような症状や痛みに悩まされる状態も多いことなど、医療保険制度として一律に包括化することが困難なものも多くなってきた。

一方、新たに創設された介護保険では、急性期医療を過ぎた慢性期疾病や療養・扶助を要する状態に対する制度として、主として65歳以上・一部疾患では40歳以上の方を対象とすることとしてスタートに至った経緯がある。しかし、措置費から保険制度への切り替えは完了したものの、介護保険制度の中身を評価するべき価値観の創設は不明瞭であるために、施設基準の厳格な運用や介護従事者の資格見直しなどに対して積極的施策が検討されているものの、肝心の介護サービスの質に対する評価と高齢者に必要とされる医療保険との分担に対する配慮の点では未だ不十分である事は指摘せざるを得ない。


III.温泉保養と医療・介護保険

ここで介護保険適応となる高齢者の現状をみると、「湯治」として温泉に癒しを求める日本の古き良き伝統はこの世代において広く保持されている。このため、介助を要する介護保険適応となっても、生活の中で入浴は欠かせない習慣として存在している。また、幼時から「首まで」・「数を数えて長く」と刷り込まれた習慣を有しているこの世代は、入浴事故が交通事故よりも多いとされる現在にあっても、なかなか現在の体力や病態にあった入浴には馴染みにくいものである。高齢者の日常生活レベル(Activity of daily life:ADL)を落としてしまう大きなリスク要因である転倒事故も、食事前後の血圧や循環器動態そして血糖変動、またトイレ周りや浴室そして玄関などにある段差などに加えて入浴に関連する場合が多いのも事実である。

ところで、現在、我が国の医療および介護の両保険においては、温泉療法に対する積極的評価項目が残念ながら収載されていない。これは、ヨーロッパよりも後退した現状であり、古来「湯治」という言葉の中に温泉治療の効果も認めてきた我が国の伝統に照らしても、狭量な評価と評されることを免れない。また、世界一風呂好きと言われるこの習慣に対応する施設も、東北地方に於いては未だ見られるものの多くの施設が近代のツーリズムや遊興に対応した姿をとるようになってきている。その中では、介護保険制度の部分に、かろうじて通所入浴介助に対する給付が認められている。このため、入浴の指導を適切に行いながら、痛みを和らげ無理のない筋力増強効果を継続し、生活の質について維持向上を目指す意味で、一層の効果が期待される温泉を利用した介護保険の施設の存立というものに意義があると考える。


IV.わたしたちの施設運営について

私達の医療法人「正風会」は、福島県南端で太平洋に面した温暖ないわき市において、医療・介護などを包括したヘルス・ケア・システムとして運営している。脳神経外科や神経内科そして眼科等を診療科とする街中にある56床の石井脳神経外科・眼科病院を活動の基点としている。また、東北地方の玄関ともいうべき勿来の関から北に向かって程近く、太平洋を見下ろす丘の上に100名の介護老人保健施設「いきがい村」を運営し通所リハビリテーションのデイケアを併設している。ここに今回更に、平成16年4月に竣工した50名対象の温泉利用通所介護施設デイサービスセンター「テルメ照島」を併設し、これらのすべての介護施設運営に温泉を利用している。また、市内にサテライト・クリニック石井医院を運用し外来と通所リハビリテーションを行っている他、JR泉駅前に居宅支援事業所と在宅介護支援センターも設置して様々な相談業務などにも対応している。本稿では、温泉利用通所介護施設デイサービスセンター「テルメ照島」が持つ機能について述べながら、私達の考える施設の目標及び価値観についてもう少し詳しく説明することとしたい。

前述したように、介護保険給付者を対象とした通所リハビリテーション施設に対して温泉利用サービスに対する特段の対価は無いが、湯治を好み風呂好きな方が多い高齢の利用者にとって入浴サービスは大きな楽しみとなっている。私達の利用している温泉は、弱アルカリ性のナトリウムーカリウムー塩化物泉で、浴槽内では茶褐色を帯び銀色の金属物が湯中では金色に輝いて見える「黄金の湯」である。男女別の入浴設備はそれぞれ森を見渡せる展望風呂の他、手すりのついた歩行浴、車椅子のままの入浴ができる介助浴槽、うたせ湯、手・足それぞれの部分浴を整備している。このほか、筋力トレーニングによるパワー・リハビリテーション設備を浴室に隣接したホールに配備している。ADLの維持や長い目でのアップを目的とするために、温泉療法と組み合わせて温熱効果で関節や筋肉の疼痛の軽減が得られている時間の中で、利用者が集まっている生活や種々の活動と同時進行で筋力トレーニングを行うようにしている。高齢者に於いては、むしろ一度にやりすぎないように注意しながら、理学療法士によるプログラムによって、無理のないトレーニングを継続していくことが重要であり、過度のトレーニングは筋・関節の痛みによるADLの低下を招きかねない。

野外には、潮風に触れまた森林を通る遊歩道も整備してタラソテラピー効果と森林療法を可能とし、作業療法士や経験者とおこなう園芸・畑作りなどの作業療法チームも活動している。当地は潮目の海の豊穣さと同様陸地に於いても北方種と南方種の植生が混じり合い、また、太平洋を見下ろす高台である場所柄により海浜と山地の植物も混在する豊穣さが特徴である。このため、時間をかけながら植物を同定して名札つけをするチームも立ち上げたところである。

また、介護老人保健施設ではボランティアの参加も得て地域のお祭りを開催し喫茶室活動なども企画するほかに、三管式のプロジェクターと真空管アンプによるオーディオ・ビジュアル室とピアノ室が用意され、映画鑑賞会や音楽療法コンサートなどが随時行われている。

介護保険対象者は、人生における折り返し点をターンしたとはいえ、介助されることが目的ではなく、障害や不自由さとも折り合いながら新たな生きがい探しが始まっているという視点が大切と考えている。このためには、新たな出会いや触れ合いの場をデザインすることと、利用者と一緒に生きがい探しを指向する介護スタッフの存在が必要である。この目的のためには、痛みや不自由さを和らげる温泉の治療効果の下での前述のような様々な活動の場の提供が、有効に機能していると考える。

ともすれば皮膚の炎症や床ずれ・褥創を起こし易く状態の悪化を来しやすい高齢の要介護者にとって、管理栄養士によって栄養バランスを整えられた食事と定期的温泉入浴は血行促進・保湿効果と不潔さの防止と一緒になってこれを予防する効果が大きい。また、いわゆる老人臭やおむつかぶれ等が、温泉入浴を習慣にしていることで大きく軽減されることも強調しておきたい。

入浴の時は、長時間・首まで浸すようにと、殆どの高齢利用者が幼児期に学んでいるマナーの修正指導も大切なことである。高血圧を始めとする循環器疾患を持つことの多い高齢者を対象としているため、浴槽の温度は38〜39℃と低めに設定し、湯船は浅めとし浴槽内に設置した座面は男女とも腋下までの入浴を基準としている。また、歩行浴の浴槽は36℃程度に保持するようにしている。また、施設利用および家庭生活においても、疾病に合わせた入浴指導を心がけている。

日常生活機能の維持のためには自立性尊重も大切な要素であるため、通所施設である「テルメ照島」においては入浴前後での転倒事故対策として全館床面全体をコルク張りとし、脱衣室と浴室では特に厚めで濡れた状態でも滑らないコルクタイルを使用している。これは、この施設が今後介護予防事業にも対応していこうと考えていることから、重要な配慮と考えている。


V.まとめ

私達が運営している通所デイケア施設を伴った入居型の介護老人保健施設「いきがい村」と通所介護施設デイサービスセンター「テルメ照島」における基本的理念と温泉利用の実状を報告した。本格的高齢化社会の到来に臨むこれからの時代において、「老い」の時間の過ごし方は人生全体の評価にまで影響する意義を持つ。このような実状を前にして、温泉利用を積極的に行った施設拠点づくりとその運用および情報発信は、今後ますます重要になってくると考えられる。


VI.参考文献

1. 飯島 裕一:「温泉で健康になる」岩波アクティブ新書、岩波書店、2002
2. 植田 理彦:「入浴・温泉健康法で身体スッキリ!」NHK健康ライフ4、世界文化社、2003
3. 大田 仁史:「老い方革命」講談社、2004



医療法人社団 正風会
介護老人保健施設「いきがい村」
tel: 0246-62-0030 fax: 0246-62-8885

いきがい村デイサービスセンター”テルメ照島”
tel: 0246-62-0034 fax: 0246-62-0065
〒974-8221 福島県いわき市小浜町東ノ作164-2

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