1 健康増進、疾病予防を目指す温泉保養地とはどのようなものか
(1)温泉保養地とは
保養とは、疲労を除くための休養とは違って、心身機能の回復、増進をはかり、また疾病予防のために、日常生活環境から離れた場所に転地滞在し、そこで運動・栄養・休養の健康づくり三要素を実践することである。その場所が保養地である(参1)。
日本は南北に長く、山、海、森林に恵まれている。温泉は自然の豊かなところに湧出しており、温泉地は自然の日光浴、大気浴、水浴が同時に行える場所である。温泉保養地では、温浴のみならず休養・保養、運動、栄養、環境刺激を含めた総合的治療が行なわれる。
温泉利用の歴史は古く、西洋では古代ギリシャに、わが国では神代に記録がある。古くから、日本では温泉療法は「湯治」として親しまれ利用されてきた。働く人々が余暇を利用して心身を休め、健康の増進をはかり、明日への勤労意欲を養うところが温泉地であった。
(2)疾病構造の変化と対策
疾病は人類の誕生と共に始まり、病苦の克服は原始時代から続く人類の願いであった。時代と共に疾病構造が変化し、古代から19世紀にかけて多かった感染病は、栄養や環境の改善、抗生物質の出現により著しく減少した。一方、アレルギー疾患、ストレスによる疾患や生活習慣病は増加の一途をたどっている。生活習慣病とは「食習慣、運動習慣、休養、喫煙等の生活習慣がその発展・進展に関係する症候群」をさし、高血圧症、糖尿病、肥満症、大腸癌、循環器病、肺癌、アルコール性肝疾患などが含まれる。
疾病予防を図るうえで、食生活、運動、休養、喫煙、飲酒などの生活習慣への対策が重要であるが、そのためには疾病を未然に予防し、健康的な生活を送ることを目的とする一次予防、疾病の早期発見や早期治療を目的とする二次予防、さらには病気になっても寝たきりにならないようにする機能回復や再発防止につとめる三次予防など、総合的な健康増進活動が必要である。平成12年度からは、平成22年度を目標とした健康づくり運動として、健康日本21(21世紀における国民健康づくり運動)も開始され、国民の健康への関心は高まりをみせている。
最近、自殺者の増加が問題になっている。2002年の1年間に自殺した人は3万2143人で、前年度より1101人増え、5年連続で3万人を超えた。その原因として健康問題(うつ病など)、経済、生活問題、家庭問題が指摘されている。メンタルヘルスは最近における重要な関心事である。現代医学の進歩は著しく、20世紀後半に至り、分子レベルから生命の本質が明らかとなってきた。遺伝子診断、遺伝子治療も現実のものとなった。人工臓器、臓器移植、再生医療、ロボット手術、再生医療も行なわれている。現代医学は病因の解明・除去には輝かしい成果をあげたが、必ずしも生命の質を改善し、生きがいを与えるものではなかった。
望ましい医療とは単なる延命ではなく、生命・生活の質(QOL, quality of life)を改善することである。自覚症状のみならず幸福感、満足感を与えるものでなければならない。温泉保養地医療は人間を全体的にとらえ、本来もっている自然治癒力を高め、近代医療と補完し合い、QOLの高い医療に役立つことが期待される。
(3)国民温泉保養地の選定
温泉法は昭和23年「温泉を保護し、その利用の適正を図り、公共の福祉の増進に寄与すること」を目的として制定された(参2)。昭和29年以来、表1に示すような要件を満たすものが、国民温泉保養地として指定されている(参3)(表2)。平成13年(2001年)現在、89ケ所に達する。さらに、この国民保養温泉地の中から「国民保健温泉地」と「ふれあい・やすらぎ温泉地」も選び出されている。「国民保健温泉地」の選定には、温泉病院や健康センターなど公共的な施設が充実していることや周辺環境が優れていることなどが条件となる。
表―1 国民保養温泉地の選定基準
温泉の効能、湧出量及び温度に関する条件
1. 泉効が顕著であること
2. 湧出量が豊富であること
3. 利用上適当な温度を有すること
温泉地の環境に関する条件
1. 環境衛生的条件が良好であること
2. 附近一帯の景観が佳良であること
3. 温泉気候学的に休養地として適していること
4. 適切な医療施設及び休養施設を有するか又は将来施設し得ること
5. 交通の比較的便利であるか又は便利になる可能性のあること
6. 災害に対し安全であること 温泉顧問医が任命されていること
|
表―2 国民保養温泉地保温泉地
北海道エリア
豊富温泉、雌阿寒温泉、十勝川温泉、募別温泉、然別狭温泉、十勝岳温泉郷、
芦別温泉*、ながぬま温泉、盃温泉、ミセコ温泉郷、洞爺・陽だまり温泉、
北湯沢温泉、カルルス温泉、貝取澗温泉、恵山温泉郷、湯岱温泉
東北エリア
薬研温泉、酸ヶ湯温泉、田沢湖高原温泉郷、秋ノ宮温泉、金田一温泉、
八幡平温泉郷、夏油温泉、須川・真湯温泉*、奥鳴子・川渡温泉郷、 肘折温泉郷*、
銀山温泉、碁点温泉*、蔵王温泉、土湯・高湯温泉郷、岳温泉、新甲子温泉
関東エリア
板室温泉、日光湯元温泉、片品温泉郷、土牧・奈女沢温泉、 湯宿・川古・法師温泉、
四万温泉*、鹿沢温泉
中部エリア
弥彦・岩尾温泉、栃尾又・駒之湯温泉*、六日町温泉、関燕温泉、小谷温泉、
沓野温泉、田沢・沓掛温泉、中島・穂高温泉、丸子温泉郷*、美ヶ原温泉*、
白骨温泉、増富温泉、下部温泉*、畑毛・奈古谷温泉、平湯・奥飛騨温泉郷、
小坂温泉郷、白川郷平瀬*、白山温泉郷
近畿エリア
久美の浜温泉郷、るり渓高原温泉、浜坂温泉郷、十津川温泉郷*、龍神温泉郷、
熊野本宮温泉郷*、湯ノ口温泉
中国・四国エリア
岩井温泉、鹿野・吉岡温泉、関金温泉、奥津温泉*、湯原温泉、鷺の湯温泉、
三瓶温泉、俵山温泉*、三丘温泉*、湯来湯の山温泉*、湯ノ浦温泉
九州エリア
筑後川温泉、吉井温泉、古湯熊の川温泉*、壱岐・湯本温泉*、 雲仙・小浜温泉、
鉄輪・明礬・柴石温泉*、湯布院温泉*、長湯温泉、 南小國郷温泉、天草下田温泉、
湯ノ鶴温泉*、霧島温泉、隼人・新川渓谷温泉郷
*国民保健温泉地
|
(4)保養地療法の目的
保養地療法の目的としては、予防、リハビリテーション、慢性疾患における療養があげられる。
予防には、生活習慣病におけるリスクファクターの除去、積極的健康づくりのための教育、指導、体験などが含まれる。
リハビリテーションの適応としては脳血管障害の後遺症、外科手術後、交通事故やスポーツ外傷による後遺症がある。
療養は、薬剤を必要最小程度にへらし、QOLの向上を図り、生体防御力を改善することである。
2 温泉地のほか地形、気象など温泉地という環境が、どのような関りで保養効果がもたらされるのか。
温泉地といえば、都会にあるヘルスセンター式の施設を除いて、多くは山や川、あるいは海に面している。山であれば、そこには森や林があり、最近、注目される森林効果も期待される。温泉効果は、温泉のみの効果でなく温泉地の気候や自然環境が関係している。さらにその土地での人と人のコミュニケーションや人情も関係する。
(1)気候要素と生気候
気候を構成する各要素と、その作用様式を表3に示す(参4)。ある地域での気候の特徴は、気温や湿度などの個々の要素の特色だけでなく、諸要素の総合作用で決まる(参5)。
表−3 気候要素と生体への作用
1. 温熱的要素(気温、水蒸気、日射、赤外線、風の変動)
体温、循環、呼吸調整機構に重要、新陳代謝への作用
2. 湿度(絶対および相対湿度)
1と同様の作用
3. 機械的・力学的要素(気圧、風速)
とくに高圧や低圧時の循環器系、呼吸器系、造血器系、
自律神経系への作用、血液ガス成分への影響
4. 化学的要素(酵素、オゾン、炭酸ガス、テルペン類、
天然および 人工有害汚染物質)
呼吸器系、循環器系、血液成分への影響
5. 光線要素(可視光線、紫外線)
紫外線は@紅斑形成、A色素沈着、BビタミンD生成、C殺菌作用
6. 電・磁気性要素(空気イオン、電磁波など)
自律神経系への作用、セロトニン分泌作用など
7. 行動生理的作用(光) 生体リズムや行動に対する作用
|
保養地気候は、1年を通じての生体に対する刺激の程度によって3つに分けられる。
1) 保護性気候
気温や気圧の変化が穏やかで、昼夜の差も少ない。日射も穏やかで、空気は清浄である。植生も豊富で気候の急激な変動を防いでいる。全体的に保護的、鎮静的に作用する気候で、高齢者にも適し、病後の健康回復、心身症、ストレス病など幅広い適応症がある。
2) 刺激性気候
気温や湿度の日内変動や年間変動が大きく、強風による気温低下が著しい。日射や紫外線量が多く、低酸素などで、いずれも生体に刺激的に作用する。これらの気候刺激に耐えうる体力や予備能力があれば、積極的に生体機能のトレーニングに応用できる。
3) 負荷性気候
蒸し暑さや霧とか湿った冷たさが長期間続く気候。汚染された空気や日射不足が長期間続く気候で、保養には不適である。
(2)標高を基準にした気候の分類(表4)
1) 海岸性気候と海岸療法(Thalasotherapy)
一般に日中は陸地は熱せられ気温は高く、このため海から陸に向かって海風が吹く。夜間はその逆で陸から海に陸風が吹くことはよく知られている。海風は湿気があり、多くの塩分を含んでいるが、プランクトンや細塵はない。海岸での大気浴では新陳代謝が高まり、心拍数や血圧も上昇し心肺機能が強まる。温暖な地方の海岸は保護性気候、北国の海岸は刺激性気候のことが多い。
小児は気候刺激によく反応し、寒冷に適応すると呼吸器感染への抵抗力が強まる。ドイツでは小児気管支喘息や慢性湿疹専門の海岸療法病院がある。
2) 中高山、高山、山岳気候
気温は海抜高度が地表より100m増すごとに0.6℃低下する。高度が300mから1000mぐらいの高原、中高山の気候は概して保護的で、幅広い気候療法の適応がある。1000m以上の高山、山岳では低気温で水蒸気が重要な役割をもち雲や霧を生じやすい。細塵量は少なく、日射量や紫外線量が多くなる。気温や日照などは日向と日陰の斜面で大きな差がある。風速も強くなり温度冷却度が高まる。低圧、低酸素の影響が出て刺激性の気候となる。中高山気候とこれらの地域における地形変化を利用して、心肺機能のトレーニングに応用しうる。
3) 森林気候
森林には気候緩和作用や環境浄化作用がある。樹木から抗菌・防腐作用や、鎮静作用のあるテルペン類などの芳香性物質が発散されており、副交感神経刺激性の負の空気イオンも多い。森林内の静かさや樹葉の緑色は人に安らぎを与える。森林気候は保護性の気候である。
森林内での日照と日陰を利用したり、適度の高度差を利用しての歩行運 動は地形療法(Terrainkur)として心肺機能のトレーニングに適している。
表−4 療養気候の特徴
海洋気候
特徴:気温の較差少、湿度が高い、海風中に海塩・沃度を含有、紫外線の影響を受けやすい。
効果:新陳代謝亢進、自律神経の安定化
高山気候
特徴:低酸素、低気圧、低温
効果:気候順応力をもっていれば虚弱者などの鍛練に応用できる。
中山気候
特徴:高山気候ほど低酸素、低気圧でなく刺激が少ない。 暖かで湿気が多い。
効果:肺結核(新鮮な空気による大気療法) 軽度の循環器疾患など
平地気候
特徴:高温、気圧大で日射は高山より少なく気温変化は比較的少ない。
森林浴ではフィトンチッドの作用が関係
効果:休養、疲労回復
|
(3)気候療法の適応、禁忌
疾病や障害が気象や気候と明らかに関係が認められる場合に試みる(表5)。気候療法にさいしては、気候刺激に耐えうる予備力を必要とする。禁忌症は一般に疾患の急性期や予備力の低下している重症疾患である(参6)(表6)。
表−5 気候療法の適応
1. 慢性呼吸器疾患:アレルギー性鼻炎、慢性気管支炎、肺気腫、肺結核
2. 心疾患のリハビリテーション(Terrain療法など)、軽・中等程度の高血圧、機能性循環障害
3. 自律神経失調症、うつ病
4. 慢性皮膚疾患(湿疹、乾癬、神経皮膚炎)
5. 糖尿病、甲状腺機能亢進症、慢性リウマチ性疾患
6. 続発性貧血
7. 虚弱児童(くる病、栄養不足、貧血など)
|
表−6 気候療法の禁忌症
1. 新鮮な心筋梗塞、脳卒中、心不全、腎不全、呼吸不全、心膜炎、高度の冠硬化
2. 急性感染症
3. 重症な疾患、白血病、悪性貧血
4. 重症の内分泌疾患、粘膜水腫、アジソン病
|
(4)病気の発症
病気の発症には宿主要因(遺伝、年令、性、体質、人種)、外部環境要因(気象環境、病原体、有害物質、事故、ストレス)、生活要因(食生活、運動、喫煙、飲酒、休養など)が関与している。(図1)高血圧などの生活習慣病は染色体上の複数の座位の遺伝子と環境とが働き合って発症する。
図−1 疾病発症の要因
(5)環境への適応
生体は環境の変化に対し中枢神経系、自律神経系、内分泌系、免疫系を介して、生体防御能を発揮する。生体は皮膚をへだてて外部環境から内部環境を守っている。生命維持に重要な機構に2つある。ホメオスターシスと生体リズムである。ホメオスターシスとは、内部環境の恒常性を保つための自動調節機構であり、間脳・下垂体・副腎系が主に担当している。
生体リズムとは規則正しく反復して現れる生体現象をいう。このリズムがあるために生体は、環境変化に対応して常に準備状態にあり、異なった刺激がくると、生体リズムに基く周期性成分と、異なった刺激による非周期性成分の差を危険信号として感知し、迅速かつ適切に体調を整えることができる。
生体リズムの発現には、外環境の周期性刺激は大切であるが、生まれながらに生体リズム発現機構が存在している(生体時計あるいは体内時計)。時計機構は視交叉上核、松果体、間脳−下垂体に存在するがその中枢は視交叉上核にあると考えられている。近年、生物時計の振動機構に関し分子遺伝子レベルの研究も進展しつつある。
阿岸らは温泉気候療法が乱れた生体リズムの正常化に有用であることを示唆している。一般に、生体内外の環境変化を刺激としその刺激を受け入れる器官を受容器と呼んでいる。受容器は、刺激としてのエネルギーを神経インパルス(情報)に変換し、求心性神経を経て中枢神経系の感覚野に情報を送る。刺激には種類、量、質の区別があるが、ある受容器が特定の刺激に応答するとき、その刺激を受容器に対する適刺激という。例えば目に対する光刺激、耳に対する音刺激がそうである。温泉保養地では五官を通して、環境刺激が入力する。
(6)気象病と季節病
以上述べたのは温泉保養地といった局所の環境についてであったが、さらに広い地域を対象にして気象・気候とからだの関係について検討が行われている。健康な人でも気候や季節によって、精神的にも、また身体的にも大いに影響されることは、誰でも経験するところである。病人の場合には環境の変化により、健康人より大きな影響を受ける。昔から気象の状態によってある病気が発病したり症状が悪化することは、経験的によく知られている。たとえば、ある一定の気象の日になると、気管支喘息の発作が起こるとか、偏頭痛や関節の痛みを訴える病人はかなり多いし、逆にその症状によって気象を予知できる人さえある。このように気象の諸条件から悪影響を受ける病気−それをきっかけに発病あるいは増悪するもの−を気象病とよぶ。
これに対して、季節の移り変わりの時期や、特定の季節になると多発する病気や、症状が増悪する病気もあり、これは季節病とよばれる。例えば冬のかぜ、夏の消化器伝染病といった病気がこれに属する。
しかし、いくつかの病気は、気象病と季節病の両者の性格を兼ね備えている。心筋梗塞は一般に冬期に多いとされるが、米国の南部に位置するダラスでは夏期に多い。人は夏には高い温度に適応し(温熱適応)、冬には寒冷に適応している(寒冷適応)。温度中枢のセットポイントは夏では高く、冬では低い。そのため例え同じ温度の水でも夏では冷たく感じ、冬では暖かく感ずる。この適応を乱すような強い気象変化は気象病をおこすことになる。しかし、心筋梗塞の成因は多因子的であり温度感受性や、環境変化、冠危険因子などが関与している。
気候環境の変化は、すべての病気に対して共通する非特異的刺激である。生体は気候刺激に対して、自律神経系、内分泌系を総動員して環境の変化に対応している。この気候刺激を逆に治療に利用することがある。それがいわゆる療養気候である。
病気死亡の季節性は、予防対策を考える上で重要な問題である。しかし冷暖房の普及により疾病の好発季節の脱季節化も指摘されている。
(7)医学気象情報(参7)
ドイツでは医学者、気象学者、物理学者の連繋のもとに、医学気象情報が出されている。西ドイツのハンブルグでは1890年以来の気象データに基づいて1952年より、土日を除く毎日、医学気象情報が出されている。この予報は病院と一般の医師に向けて出されるもので、気象台から公表するのではなく、病院や医師の方から毎日、定刻に気象台に電話で問い合わせることになっている。
(8)温泉保養効果の評価
温泉保養効果を評価するために、その前後において心理テスト(心身の健康状態の査定、QOL評価、鎮痛効果)、臨床検査を行う。検査の種類、方法により評価の精度は異なる。
一般検査として病歴、自他覚症状、身長、体重、視力・聴力の検査、胸部X線写真、心電図、バイタルサイン(心拍数、血圧、呼吸数、体温)、貧血検査(血色素量、赤血球数)、肝機能検査(GOT、GPT、r-GTPその他)、血清脂質検査(総コレステロール、HDLコレステロール、トリグリセライド)、血糖、尿検査などがあげられる。
さらに詳細な評価のためには、つぎのような検査がある(参8)。
心機能、血行動態(心エコー図、スワン・ガンツカテーテル検査)
運動耐容能(運動負荷試験)
日常生活中の不整脈、心筋虚血などの検出(ホルター心電図)
脳機能(functional MRI)
自律神経(心電図R-R間隔変動)
内分泌機能(血中、尿中カテコラミン、血清・尿170HCS、17ks、その他のホルモン、熱ショック蛋白)
呼吸機能(スパイログラム、ピークフロー検査その他)
筋・骨格系(筋電図など)
動脈硬化(脈波伝播速度、頚動脈エコー図、ABIなど)
源溶・凝固能
疲労測定(フリッカーテスト)
免疫(免疫細胞数、免疫細胞反応性、サイトカイン)
生体リズム(時間生体情報の検査)
上記の指標を用いて温泉浴、保養地療法の有効性が報告されている。臨床検査法の進歩は著しく、今後温泉保養効果の評価はさらに精密になることが期待される。温泉保養効果は複雑であり、複雑系に関する数学的手法の応用も期待される。
3 保養システムは実際には、どのような形で活用されるべきか。
(1)保養システムの利用法
これまで温泉保養地に関しては、数多くの本が出版されている。
(温泉療法医のすすめる名湯百選(大島良雄)、秘湯と温泉療法(金園社)、国民保養温泉地ガイド(泰光堂)、療養温泉の旅(山と渓谷社)ほか)
山口瞳(新潮文庫)はじめ多くの文人が温泉紀行を書いている。これらの情報を利用したり、温泉療法医やアドバイザーに相談したりして、休養・保養のために自分に適した温泉地を選ぶことができる。このさい、立地条件と恵まれた自然を優先することが大切である。
療養を目的とするときは、適正な診断、治療と評価、予後判定ができる病院が存在すれば、安心である。温泉療養には、脳卒中や突然死などの重大な合併症もおこりうるので特にそうである。昭和6年九州大学温泉治療学研究所が創立されて以来、大学附属の温泉治療学の研究所が全国各地に設立されたが、最近に至り一部を除いて閉鎖された。しかし医療機器や分析法の発達が著しく、またEBM(Evidence
based medicine 根拠に基ずく医療)が重要視されている今日、温泉保養効果の科学的研究は、さらに重要性を増している。今後、民間主導で研究の継続発展が期待される。
(2)ほんとうの温泉とは(参9、10)
最近、温泉の本質、保護、活用が問題となっている。現行の温泉法では 1)採取時に25度以上(その土地の平均気温)、2)19種類の成分のいずれかが一定量含まれる、のどちらかにあてはまれば温泉と称してよいことになっている。しかし温泉の本質は、地中から湧出する水で、特別な化学成分組成や物質的特性を持ち、医学的治癒効果をもたらす可能性がある「鉱泉」である。温泉の原点は「源泉」にある。源泉とは、地上に湧出した温泉水そのものをいう。
近年、技術の進歩により大深度掘削(1000m以上)が可能となっているが、果たして医学的効果があるのか、変質していないかが問題である。
湯の量には限りがある。掘りすぎると温泉の枯渇がおこる。水温の低下、水面の低下をきたす。高温過ぎると適温まで加水される。数も規模も大きくなった湯船の湯量を確保するために、いわゆる「循環湯」の方式をとり入れる。感染防止のため塩素による殺菌も行われる。
長野、白骨温泉で入浴剤使用が発覚して以来、水道水の使用、温泉の無許可利用まで、温泉に関する不適正な利用や表示が次々と明らかにされた。原因は情報公開の不徹底、さらに関係者のモラル低下など、さまざまな要素が重なっている。
源泉をまもるためには業者、利用者、行政の緊密な連携が望まれる(甘露寺:平成16年朝日新聞)。
一例であるが、大分県自然環境保全委員会温泉部会では、源泉を湧出目的の土地掘削、増削及び動力装置等の許可申請の審議は、公益上必要とする場合を除き、特別保護地域にあっては、掘削を認めない、保護地域にあっては審議基準に基づき規制を行うことになっている。また50年来、温泉調査研究会が温泉について地学、医学、法律など多面的な研究発表を続けている。
大分県では民間業者により温泉検討懇話会がたちあげられ、利用者に分かりやすい温泉表示の在り方を探っている。加水の程度、浴槽内の湯の分布、湯の特徴、総合的な評価などをもりこむとしている。また別府旅館ホテル組合連合会では、源泉の成分と共に浴槽内の湯の成分を表示する予定である(平成16年大分合同新聞)。
(3)民間活力の重要性
1) フィットネスクラブその他
民間事業者を中心に健康づくりを標榜するフィットネスクラブ、アスレチッククラブなどの運動施設、クアハウス温泉利用による健康づくりや保養を行う施設の整備が行われている。1988年厚生労働省は「健康増進施設認定基準(厚生省告示第273号)」を公表し、施設経営者の申請に基づき、厚生労働大臣が認定を行う制度を発生させた。
2) 由布院の場合(参11)
由布院は盆地で、田舎であり、名所旧跡もない。温泉の湧出量は全国第二位という豊富さだが客は少なかった。しかし現在、国内温泉地のなかでトップクラスの人気を集めるようになった。年間の観光客は380万人、宿泊客は95万人を超えるまでになっている。その成功の秘密は、民間主導のまちづくりだけでなく、行政も一体となって協力したことによる。由布院の自然を守るだけでなく、「明日の由布院を考える会」を発足させ、産業を育てて、町を豊かにする、美しい町並と環境をつくる、なごやかな人間関係をつくるなどの3つのことに取り組んできた。ゴルフ場の建設を許さず、昭和34年に湯布院は「健康・保養・温泉地」に指定された。このようにして由布院は温泉資源と自然環境に恵まれ、歓楽的色彩のない健康的な温泉地となった。由布院では「潤いのある町づくり条例」により、由布岳がどこからでも見えるように建物の高さを規制している。
3) 別府八湯温泉泊覧会
別府、浜脇、観海寺、堀田、明礬、柴石、鉄輪、亀川の8つの温泉郷から成る別府八湯には、それぞれの温泉郷ごとに独自の風情があり、町の佇まいや匂いが異なっている。オンパクは別府八湯温泉泊覧会の略称で、別府八湯を会場に「温泉」「健康」「食」「ウォーキング」に関するプログラムを体験しながら温泉を再発見する温泉泊覧会を行っている。健康や食について学び、楽しみながら元気になれる10日間を基本とする。また、その効果を、満足度の点から評価しようとしている。
むすび
先端医学は分子生物学、遺伝学の発達により、病気の本質的理解を可能にし、個人の遺伝情報に基づく、最適の治療を行うtailor-made
medicineを目指している。一方、温泉保養地学は、自然環境刺激を利用して、全人的医療を試みる。両者は相補い、人の苦しみをとり、生きがいを与える統合医療となることが期待される。温泉保養地の保全は、最近問題となっている環境破壊、温暖化、災害、少子高齢化、医療経済の破綻への対策として役立つ可能性もある。
参考文献
1)植田理彦 健康保養地p.8〜9 生気象学の事典 朝倉書店1992
2)環境庁自然保護局監修 温泉必携 p.56〜60 日本温泉協会 1995
3)白倉卓夫監修 医者がすすめる驚異の温泉 小学館 2001
4)大塚吉則 温泉療法 癒しへのアプローチ p.104〜116 南山堂 1999
5)大島良雄 転地療法−総論− 小児科Mook14 気象医学
(馬場一雄ら編集)p.104〜107 金原出版 1980
6)阿岸祐幸 気候療法 生気象学の事典 p.2〜3 朝倉書店 1992
7)片山 巧仁慧ら 医学気象予報 小児科Mook14 気象医学
(馬場一雄ら編集)p.173〜185 金原出版 1980
8)鏡森定信ほか 温泉の医学領域への応用とその評価 p.12〜20 新温泉医学 日本温泉気候物理医学会 2004
9)石川理夫 温泉法則 集英社 2003
10)松田忠徳 これは、温泉ではない 温泉教授の温泉ゼミナール2
光文社 2004
11)木谷 文弘 由布院の小さな奇跡 新潮社 2004
|