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温泉保養地環境

浴場施設の発展分化

中田 裕久
NPO法人健康と温泉フォーラム 常任理事


1.浴場施設の動向

 環境省の統計によると温泉を利用した公衆浴場は、統計が始まった1962年では1588箇所、10年後の1972年では1749箇所となり、1982年2311箇所、1992年3867箇所、2002年6738箇所とこの40年間で4倍以上に達している。1986年のリゾート法は全国の保養地ブームをもたらし、1987年の竹下内閣の「ふるさと創生」によって、全国の自治体では温泉掘削が行われ、自治体浴場の整備が盛んになった。注目すべき点は、バブル崩壊以降の10年間の増加傾向は顕著で、約170%の伸びを示していることである。本格的な高齢社会の到来を迎え、熟年層の観光や健康ニーズに対応し、温泉を利用した浴場の整備や更新が継続している。

 1970年代から、浴場の内容も変化してきた。常磐ハワイアンセンターなど、温泉を利用した巨大なプレジャープールが現れ、家族行楽のための新たな浴場スタイルが提供された。1979年以降には、運動と温泉による健康づくりをスローガンに日本健康開発財団の企画指導によるクアハウスが登場した。これはドイツ、バーデン・バーデンのフリードリッヒ浴場を参考にし、日本の浴法をアレンジしたもので、多様な浴槽・浴法を提供していることに特徴がある。クアハウスは自治体の温泉浴場や都市部の健康ランド、スーパー銭湯といった施設に影響を与えた。1991年には、草津温泉の中沢ヴィレッジに、草津伝統の浴法である「時間湯」、洋式サウナなどとプレジャープールからなるテルメ・テルメが完成した。中沢ヴィレッジは、ドイツのバード・ナウハイムをモデルとした温泉リゾートで、1967年に会社設立して以降、20数年をかけたプロジェクトで、テルメ・テルメの完成により、30haの温泉リゾートが形成された。1990年代にはヨーロッパスタイルの健康・美容センターが導入される。1992年には三重県鳥羽に、1996年には千葉県勝浦にタラソセラピー施設がオープンし、日本に居ながらフランス直輸入の本格的なフィットネス・エステプログラムが楽しめるようになった。90年代後半には、都心部においても死海療法、アロマテラピー、リフレクソロジーなど海外直輸入を謳う美容サービス施設が生まれている。2000年代には豊島園、後楽園、お台場などに温泉施設がオープンし、近場での休暇、庭先での休暇ニーズに対応した利用がなされている。

中沢ヴィレッジ「テルメ・テルメ」

 

豊島園「庭の湯」


2.浴場の発展分化

 日本の浴場施設に大きな影響を与えたドイツをはじめとするヨーロッパ諸国の浴場施設は近年、大きく変化している。

ドイツの浴場施設(温泉浴場以外も含める)の変遷を見ると、1890年から1949年にかけて河川や湖を利用する自然浴場から身体衛生を目的とする都市浴場への移行がみられる。これは水質の汚染とともに進行した。都市浴場は浴槽とシャワーから成るが、一部の都市浴場は豪華な水泳プールをもつものもあり、現在美術館などに転用されている。1960年にドイツオリンピック協会は「ゴールデンプラン」を作成した。これは経済の繁栄とともに増加しつつある犯罪、健康の危機、人間疎外から脱却するためには万人のためのスポーツを推進する必要があるとの認識のもとで、公共のスポーツ・レクリエーション施設を15年間かけて計画的に整備するものであった。こうして、ドイツ全土にスポーツ用のプールが普及し、計画終了時の1975年には各種スポーツ施設とともに、2900の室内プール、3600の屋外プールが整備された。

1969年にレジャー、健康、交流など人々の多様な利用目的に対応するレジャープール(自由時間を楽しむ浴場)がバート・テルツに出現する。主として民間の手によるレジャープールの設立と成功はドイツの各都市や温泉保養地などに波及し、スイス、イギリス、オランダなどのヨーロッパ諸国、アメリカ、カナダそして日本に及んでいる。レジャープールの普及は自治体の水泳プールの衰退を意味する。水泳プールは次第に人気のないものとなり、80年代以降自治体プールの危機と活性化が課題となった。こうして、自治体もレジャープールをモデルとしたプールの改造、施設の整備、施設運営の改善などがなされている。


(1)レジャープールの普及要因

 レジャープールは健康予防、レジャー、水難救助訓練、スポーツなど多様な目的をもつ浴場でレジャー施設をもつものと定義されている。また、プレジャープールはレジャー・レクリエーション活動のための浴場で、水泳やウオーター・スポーツ活動を目的にしないものとされている。両者の差異はスポーツ用のプールが設置されているかどうかであるが、プレジャープールの施設の一部には水泳用のプールが設置されているケースもあり、両者の違いは施設全体の利用目的のわずかな違いとみなせる。レジャー(ないしプレジャー)プールの普及要因としては、様々な解釈がなされている。

― 自由時間の増大により、年次休暇のほか、平日ないし週末のための魅力的なレジャーサービスが要求されるようになってきたこと。つまり、日帰り旅行や居住地近くでの休暇(庭先での休暇)、居住地周辺地域での短期休暇のための場所に対するニーズが高まってきたこと。

― 健康意識が高まり、人々はいつまでも若く、美しくありたいと願うようになり、この目的のために自由時間を利用し、金をかけるようになったこと。

― 自分自身のからだに対する肯定的な態度が生まれ、フィットネス運動などのようにからだを視覚的に見せる、からだで自己表現をすることが喜びにむすびつくようになった。

― 休暇旅行で海外に行く人が増え、海辺での日光浴、トロピカルな雰囲気でのリゾート体験がレジャープールによって代用されるようになったこと。

 自然、太陽(暖かさ)、気晴らし、娯楽そして新たな体験と感動がレジャープールに行く動機である。これが事業者の指針となり、従来とは異なったあらたな浴場を発生させた。従って、レジャープールは新たな体験テーマを課題にする。異国の世界(西欧、イスラム、中国、日本等)、歴史文化(古代ギリシャ、ローマ)、アドベンチャー(カリブ海、難破船)、宇宙(星空)などその体験テーマは拡大している。


(2)レジャープールの特徴

 レジャープールの施設的な特徴は以下の3点である。

1)多様にデザインされた水の領域
様々な形や設備をもつ水温の異なるプール、子供用の水遊び場、波浪プール、渦流・気泡・打た瀬・圧注などの設備(もしくは浴槽)、ウォータースライダー、噴水、水きのこなどの設備。コミュニケーションや休息のためのプールサイド、多様な方式や室温のサウナ部門などが構成要素になる。

2)様々なレジャー設備
フィットネスルーム、テレビ・映画・娯楽室、文化催事室、レストラン・店舗などが構成要素になる。

3)雰囲気
トロピカルな、東洋的な、冒険的な、歴史的な様々なテーマに応じ、建築デザインがなされ、植物、樹木、花、絵画、彫刻などで雰囲気づくり、イメージづくりが行われる。


(3)レジャー・プレジャープールのタイプ

 レジャー・プールは目的や設備・サービス内容によって更にタイプわけをすることも可能である。

1)プレジャー・プール
水の様々な楽しみ方に力点を置いた純粋なプレジャープール

2)テルメ
水浴の世界とサウナの世界が均衡し、豪華でかつ洗練された入浴を楽しむことができる浴場。

3)フィットネス浴場
フィットネスプール、スタジオ、サウナ、休息のためのソラリウムに重点を置いた浴場でその他のカテゴリーよりも小規模で、多くは都心に立地する浴場

4)カルチャー浴場
古代ローマ浴場にみられたような社会・文化的な交流センターとしての浴場


イギリス「プレジャープール」        イタリア・イスキア「プレジャープール」



ドイツ「カラカラテルメ」          草津「テルメテルメ」



モナコ「フィットネス・プール」       モナコ「フィットネス・スタジオ」



(4)名称と浴場デザイン

 レジャープールの名称にはテルメ、アクア、ラント、パーク、ビーチなどが使用されているが、こうした命名は浴場の性格を多少なりとも反映している。
 テルメやアクアといったラテン語は、古代ローマ時代の大浴場や温泉地を表す。古代ローマ時代のテルメは冷水浴室、温気浴室、発汗浴室などから構成された浴場と体操室、図書室、娯楽室からなり、保健、肉体の鍛錬、社交、精神的楽しみなど多様な活動が行える市民センターであった。また、ローマ帝国の拡大とともに、鉱泉や温泉が湧き出るところに浴場が建設され、これら温泉地はアクアと呼ばれた。今日の浴場、すなわちレジャープールもローマの浴場と同様に、様々な利用目的に対応する総合レクリエーションセンターである。テルメやアクアという名称は、古代ローマへの追想と地中海地域への憧れを同時にかきたてる。ドーム状の屋根、モザイク、泉盤、彫刻、崩れかけた遺跡の柱や壁、ラテン文字・・・・こうした要素が浴場イメージを創り上げている。

 ビーチ、ラント、パークは浜辺・海、平原、公園で水浴している風景が浮かぶ。空間的・視覚的な広がりを期待させる言葉である。波・浜辺・小島や船などの舞台装置により、浴場イメージは強化される。洞窟・泉・瀧・激流・茂み・スコール(雨や飛沫)もまた、自然の奥深さを感じさせる舞台装置である。

 バートは水浴や浴場を表すドイツ語であり、ドイツ人にとっては故郷回帰や望郷の念を抱かせる言葉かも知れない。


(5)浴場のグローバリゼーション

 70年代以降、ドイツやフランスの浴場施設が日本の浴場に影響を及ぼす一方で、日本式浴場はドイツの浴場施設に影響を与えている。例えば、90年代のドイツのレジャープールに屋外サウナガーデンが設置されているが、中には和風庭園内にサウナ小屋を設け、サウナ利用後に庭園内の池で冷水浴を行い、庭園内の椅子で日光浴をするといった屋外サウナガーデンがある。このスタイルは2000年代の豊島園・庭の湯で見ることができる。浴場の構成、イメージづくり、運営方法などについての国際化が90年代以降、急速に進展している。今後は水や温泉などの水質管理技術や生理的な快適さが国際的な水準で問われるものになろう。また一方で、その土地特有の歴史・文化・自然・浴法を反映する浴場でなければ、浴場間の競争激化とともに衰退するものと考える。


ドイツ「サウナガーデン」          イタリア・イスキア「日本式浴場」



台湾「日本風日帰り温泉」          台湾「日本風家族風呂」



(6)浴場施設の発展分化

 心理学者マズローの人間の基本的欲求の理論によれば、人間の欲求は生存、安全、社会的承認、アイデンティティそして自己修養へと向かう。より高い欲求はその前の欲求が満たされていることが前提である。ドイツの浴場の歴史をこの欲求の理論に位置づけてみると、各時代の浴場施設の役割、浴場の機能分化、浴場サービスのあり方が明確になる。

 浴場サービスについては、自然浴場(両親・友人)、都市浴場(掃除婦)、水泳プール(水泳指導員)、レジャープール(レジャー指導員)、カルチャー浴場(レジャー・文化マネージャー)、自己組織的浴場(浴場内教育)とサービス提供者の専門分化が進む。つまり、浴場は複合化するにつれ、様々なスタッフによるサービスが要求されるとともに、健康・文化・レジャーサービスの質的向上が必要になる。


図―1 浴場の世代




図―2 浴場世代における機能分化と複合性の増大 (引用−1)




(7)浴場施設の開発コンセプト

 浴場のコンセプトを求める場合、利用者の想定、サービス・プログラムの内容とスタッフ構成、施設・設備のあり方、運営方法を明確にする必要がある。浴場施設の開発コンセプトは利用者の想定により、大きく影響される。想定する利用者は営利企業による事業か、公共セクターによる事業かによって、また、立地条件によって異なる。浴場の開発コンセプトは立地―市場特性と事業方式で多様なものであり得る。

(引用−1)


 また、現代の浴場施設はスポーツ、レジャー、文化など様々な機能と複合化する傾向がある。この複合化については、浴場そのものが多機能化する場合もあれば、浴場施設がスポーツ施設、福祉施設、商業施設、公園などに組み込まれていく場合がある。こうして、現代の浴場施設は立地場所のニーズに応じて、その他の機能と組み合わされ、形成されている。


(8)浴場の複合化の限界

 浴場の主たる利用目的は休養(リラックス)、健康づくり、楽しみ、スポーツ(水泳)の4つである。これら利用目的に必要な施設機能や設備は表―2の通りである。休養目的であれば、(水泳プールとは異なった楽しみのための)プール、サウナ、休憩室、レストランなどが構成要素になる。健康づくりでは塩水プール(ミネラル成分が入った浴槽やプール、温泉・鉱泉であれば更に良い)や(楽しみのための)プール、サウナなどの構成になる。娯楽を目的とする人は水遊びのためのプールと子供用のプール、そしてウォータースライダーなどのある浴場を求める。スポーツ用は競泳用のプールが不可欠である。

 利用目的の異なるグループが同時に浴場が利用できるのかどうか?ドイツの調査によれば、以下のような結論である。

― 健康を目的とするグループと娯楽を目的とするグループは同様の施設内容を好むが、娯楽グループは騒がしいため、共用は難しい。

― 休養を目的にするグループと健康を目的とするグループは共通の施設内容を好む。違いは年齢層で、休養を目的とするグループは比較的高齢で、(塩水)運動浴場はあまり利用しない。

― スポーツを目的とするグループの求める施設内容はその他のグループの求める内容と全く異なる。また、その他のグループの存在は邪魔になる。

― 娯楽グループはどのグループも受け入れることができるが、騒がしいのでその他のグループから敬遠される。

 従って、複数の利用目的グループに対応するためには、時間的もしくは空間的に各グル―プの利用を分離することが望ましい。こうした分離を前提に、多目的な浴場施設としては、「スポーツ」と「娯楽」、「スポーツ」と「健康」、「健康」と「休養」といった組み合せは可能である。

表―2 利用目的と浴場機能 (◎不可欠 ○望ましい −不必要)(引用−1)



3.温泉地と浴場施設


(1)現代の温泉施設

 温泉地は健康予防やリハビリを行う客に対応した健康センターとして、他方では短期休暇客や日帰り行楽客に対応した観光センターとして充実していくことにより健康ツーリズムの目的地になることができる。この解決策が新たな温泉浴場の整備である。

 ドイツの温泉地には、タウナス・テルメ(81年)、カラカラ・テルメ(85年)が現れ、地域振興策としてクア・ヘッセンテルメ(83年)、リーメステルメ(85年)などの大規模な温泉施設が形成されている。この新たな浴場はドイツのみならず日本の浴場計画に影響を及ぼしている。

 これら浴場以前においては、ドイツ語圏では戦前からの伝統を引き継ぐ水治療法や物理療法の諸室からなる浴場と、60年代の水泳プールの流行に影響を受けた方形の運動プールを中心とした浴場の2つが代表的な温泉施設であった。新たな浴場は水中圧注、渦流、打た瀬など様々な浴法と運動プールが結合し、浴場ゾーンを構成していること、リラックスのためのサウナや蒸気サウナ部門がトルコ風、和風などの体験世界を形成していることなどの点で、明らかにレジャープールの構成である。

 新たな温泉浴場は都市部のレジャープールに比較して、次のような特徴を持っている。

― 都市部のレジャープールは老若男女の幅広い客層を利用対象にしているのに対し、温泉浴場は大人の健康・保養客にターゲットを絞っている。リーメステルメなど公共セクターが事業参加している浴場であっても、子供と大人を同額料金にして、浴場の雰囲気を維持するケースも見られる。

― 温泉浴場では、レジャープールと同様の屋内・屋外のプール部門、サウナ部門に加え、治療部門(物理療法、水治療法など)を併設している。ただし、この治療部門は特別のサービススタッフが必要なため、どう運営するかが課題となっている。そのため、治療部門を切り離し、別事業者にリースすること、治療部門を女性ための美容部門に変換すること、地域のクリニックと提携し療養・リハビリの利用推進を図ることなどが試行されている。

― 温泉浴場は大人を利用対象としている点で、落ち着いた雰囲気づくりをしている。また、都市部のレジャープールよりも広域からの誘客しているため、浴場の評判が重要であり、他の温泉浴場との差別化が必要になる。土地の景観に調和した特徴的な施設デザイン、泉質・水質の管理、健康サービスプログラムの提供などを通じ、世評を高めようとしている。

― 自由時間を過ごす場所として、様々な雰囲気をもつ場所が提供されていること。これは都市部のレジャープールであっても重要であるが、保養客を対象とした温泉浴場では不可欠の条件となる。浴場の体験は入館以前から始まる。浴場に至る散歩道の雰囲気や浴場の外観、館内や屋外プールから見える風景、半開放的な館内の通路や中庭、植栽で囲まれたサウナガーデン、洞窟状の浴槽、こうした浴場内外での空気浴、水浴・温泉浴、休息全てが体験である。浴場の様々な場所で水浴・温泉浴・空気浴・日光浴と休息ができることが重要である。

― 近年、エコロジーに対する配慮がますます重要になり、温泉浴場の経営を左右する条件となりつつある。温泉浴場の魅力は温泉の質にあり、その品質管理は当然のことである。泉質によっては配管、設備機器、建築材が傷みやすく、施設や設備の維持・更新に費用がかかる。エコロジーに対する配慮が強く要請されるにつれ、温泉排水についても浄化・処理が求められている。食塩泉を利用するクアヘッセンテルメの場合、下水処理が最大の問題になっている。また、浴場に利用するエネルギー問題もある。バイエルン州のノイアルベンロイト市では州最大のバイオマス・コジェネレーションが稼動しており、温泉施設、公共施設、住宅地に熱が供給されている。


表―3 立地条件と温泉施設 (引用−1)



(2)温泉浴場(ドイツの事例)

  以下、例示した温泉浴場について、簡単に触れておきたい。

1)リーメステルメ(ドイツ、アーレン市)

a 利用対象者
・健康予防を希望する人、健康回復(術後のリハビリなど)を必要とする人
・(熟高年で)浴場で自由時間を過ごしたい人

b 健康づくりの方法
・治療用運動
医師の処方箋をもつリウマチなどの患者を対象に、疾患別に15人ほどのグループにし、20分ほどの水中運動を行う。運動後、休息室で休むこととしているが、大部分の人は治療用運動以外に20分ほど水浴・運動を行っている。
・物理療法
術後の患者を対象に、2〜4人の小グループ別に水中運動を指導する。これは治療専用プールで行われる。
・運動指導
一般客を対象とし、1時間おきに15分ほど水中運動を指導する。施設内には、治療専用プール、屋内プール2つ、屋外プール1つがあり、運動指導等はそのうち1つを使って行われるため、運動指導を受けなくても良い。

c 事業コンセプト
  市が運営責任をもち、市民が株を購入する民間会社(GmbH)を設立し、温泉浴場の建設・運営を行っている。近隣自治体も株主として参加している。

d 施設デザインコンセプト
アーレン市には古代ローマの遺跡がある。この歴史文化を踏まえ、温泉浴場はイタリアのヴィラを模したデザインを採っている。浴場は一般浴場部門、サウナ部門、治療部門、サービス部門に区画され、配置されている。この浴場の特徴は一般浴場の室内プール毎に方形の屋根が架けられ、これら雰囲気の異なる水浴パビリオンが連結されていることである。利用客は変化に富む水浴・入浴体験ができる。

e 建設等
1979年に温泉掘削に成功し、湯量438リットル毎分、泉温36.4度Cの温泉が得られる。1983年に着工し、1985年にオープン。計画収容人数は1000名である。なお、隣接地に民間ホテルを誘致している。


図―3 リーメステルメの平面図(上図:計画案、下図:実現案)(引用−2)



リーメステルメ「運動浴場」        「屋外プール」



2)その他の温泉浴場
 タウナステルメ(バート・ホンブルク)、クア・ヘッセンテルメ(カッセル)の両浴場は同様のコンセプトで開発された浴場である。1階は各種浴槽とプールから成る浴場部門、2階はサウナ部門である。日本庭園を模した屋外プール、日本の坪庭を模した休憩コーナーなどの雰囲気づくりが特徴的である。

 タウナステルメはフランクフルトの近郊に位置するバード・ホンブルクの保養公園内にある。30〜50km圏内に250〜300万人の人口があり、平日利用の60%はリピーターである。

クアヘッセンテルメは、カッセル市内の有名なヴィルムヘルムスヘーエ公園の麓に位置する。この公園は国内外から数多くの観光客が訪れる。なお、隣接地には薬草を用いた自然療法を行う病院が94年に開設され、富裕な療養客を集客している。この浴場は病院と提携し、療養客を受け入れている。平日の利用客は年金生活者が多く、週末は家族連れでにぎわう。

 両浴場は利用形態から見て、一般のレジャープールと同様に、地域からの誘客で成立している。これら浴場の収容人数は1200〜1300人、冬季は4500人に及ぶこともある。なお、入場料金でヨガ、メディテーション、フィットネスプログラムなどが提供されている。


4.日本の温泉浴場の展望

 浴場施設のレジャー化、グローバル化、浴場間の競争激化という現象は、世界で同時進行している。日本でも同様である。今後の日本の温泉浴場について、論点を整理することによってまとめとしたい。

(1)浴場の自由時間化

 一般に和風浴場の入浴プロセスは、洗浄と湯船での入浴、湯上り後の娯楽・休息という構成である。浴槽温度は41〜43度Cで比較的高温であるため、入浴時間は概して短い。同じ浴室内に温度の異なる多様な浴槽を設備するだけでは、入浴時間を長くすることはできない。露天風呂に対する人気が高いのは、空気浴が入ることによって入浴体験が延長されることにある。野外の露天風呂とともに休息コーナー(小屋)の設置、あるいは屋外サウナガーデンの設置などにより、入浴行為そのものを自由時間化(レジャー化)すべきである。

 近年、ローマ式浴場のテピダリウム(温気浴室で休息・団欒に用いられた)を取り入れた浴場も出現している(石和温泉内、薬石の湯)。浴場と同じ面積の巨大な温気浴室を持ち、湯上り後ここで寝て過ごすという試みである。一般浴場よりも温気浴室での休息を求める来訪者が多いと聞く。

(2)温泉の泉温や泉質に配慮した浴場

 近年、温泉・自然環境そのものの価値が一般消費者から見直されている。優れた温泉資源や豊富な温泉資源を生かした地域伝統の浴法が温泉浴場の最大の魅力であるともいえる。中沢ビレッジのテルメ・テルメでは草津伝統の時間湯があり、これを数分体験すると湯上り後に熟睡できる。また、長湯のラムネ温泉は湯温の低い炭酸泉の浴槽と43度の温泉の浴槽とがあり、これを交互に利用することにより、長めの入浴となり、血液循環が良くなるのを実感できる。法師温泉はぬるめの源泉をそのまま利用することによって人気が高い。全国各地の温泉地では伝統的な浴法を生かし、入浴前後の衛生・更衣・休息などの質的アップを図ることにより、継続的な誘客が可能であろう。
 
(3)浴場施設の複合化と多目的利用について

 浴場の利用目的は休養(リラックス)、健康、娯楽、運動と多様であるが、基本的に利用目的グループ間の調和は存在しないことに留意すべきである。利用時間や空間的に分離可能な場合のみ、同一浴場空間を多目的に利用することが可能になる。ドイツの公共浴場の多くは休養目的のサウナ部門、健康を目的とした(塩水)浴場部門は成人向けとし、その他のプレジャープール部門と分離し計画している場合が多い。また同時に、別料金制にしている。また、こうした区分が不可能な浴場の場合、大人・子供を同額料金にして、子供利用を制限するケースも見られる。わが国においてもフィットネスのためのプールや浴場を併設した浴場が生まれているが、同様の利用者コントロールがなされて行くものと考える。

(4)浴場と健康づくり

 浴場施設の発展分化には、諸サービス、スタッフの専門分化もしくは質的向上が伴う。現在、温泉地各地では温泉の正しい利用方法などを温泉地住民が理解し、客に示唆してあげるといった活動が進められている(いわき湯本温泉、湯原温泉)。また、温泉プールを用いた水中運動指導者の育成教室などが開催されている(由布院)。特異な泉質をもつ湯治旅館では病院との連携により、客の状況に応じた湯治のあり方を模索している(鳴子温泉)。ここ数年間で活発になったこうした取り組みが温泉地全体のソフト力アップにつながり、新たな健康サービスを生み出すものと思われる。

(5)浴場の体験テーマ

 浴場の雰囲気、形態、周辺環境は誘客の上で重要な役割を果たしている。浴場の体験テーマとしては、地域の歴史・文化・伝統、自然(海、川、湖)、異国などが用いられ、施設デザインやインテリアデザインに反映される。テーマが、その土地独自の浴法、自然環境、習俗に結びつくことによって、独自の体験世界を生み出す可能性は大きい。海、山、川を望む景観、砂風呂・泥浴・瀧湯・蒸し湯・洞窟風呂などの伝統的浴法と施設デザインが結びつくことによって、独自の魅力ある浴場が形成されよう。

(6)浴場と公園の結合

 自由時間の増大は海外旅行や遠方への旅行ばかりでなく、居住地近辺の休暇や日帰り旅行を生み出す。高齢社会ではこうした休暇需要がますます増大する。緑地・公園と浴場、文化・交流施設が一箇所に集まると、周辺地域住民や週末の行楽客が数時間から丸一日の自由時間を過ごすことができる。徒歩や自転車で、公共交通機関でアクセスできる公園であれば、住民サークルが独自の健康づくり活動や文化交流活動を生み出す機会になる。また、浴場や公園を用いて親や子供、高齢者などの様々な健康プログラムの提供が可能となろう。

(7)温泉の質・水質の管理

 ヨーロッパの温泉施設では伝統的な温泉治療に用いる場合は源泉を用い、治療毎(個室浴槽で入浴する毎)に捨てる。しかし、水中運動などのプールに用いる場合は掛け流しを行うハンガリーやフランスと、循環方式をとるドイツとに分かれる。ただし、リーメステルメのように循環方式であっても、2日に1回程度換水し、水質検査を定期的に行っている。

また、カラカラテルメのように、温泉を用いる浴槽と水を用いる浴槽に分けて利用する場合もある。こうした浴場は入場人数がロッカー数で制限されているため、施設計画上の利用人数を実際の利用人数が上回る可能性は低く、ろ過設備も機能する。日本の温泉浴場では無制限な利用をさせるものも多く、掛け流し、循環ろ過方式のいずれの場合であっても水質管理上問題が残る。リスク管理の意味では水質検査が求められよう。

 温泉排水は一般に河川などに放流されている。自然湧出の時代には自然のものを人が利用し、それがもとの自然に戻るといった考えで許されていたが、大掘削時代では果たしてどうか?また、温泉成分によっては砒素・ホウ素など有害物資が含まれている。今後、環境保全といった観点から、排水に対する対策が必要になる。

草津温泉の中性化

(8)地球温暖化対策と浴場

 浴場は温泉、水、そしてエネルギーを消費する。浴場の支出は人件費とエネルギーコストが大部分を占める。省エネ化、エネルギーの有効利用、自然エネルギーの活用などが浴場施設の共通の課題である。温泉排湯の融雪利用、温度差発電、温泉熱を利用した地域給湯などが草津温泉で実践され、バイオマス・コジェネはドイツの温泉で実践されている。細長く、気候や自然環境が多様な日本の温泉地では多種多様な解決策があろう。省エネ化、自然エネルギーの活用などのモデルケースとして温泉地や温泉浴場の取り組みを支援する国家政策が求められる。



参考引用文献
1.J.Fromme、W.Nahrstedt 編:Baden Gehen、Institut Fur Freizeitwissenshaft
  und Kurturarbeit E.V.1989
2.中田裕久:今後の浴場施設のあり方に関する研究、日本健康開発財団 研究年報19、平成10年3月
3.フランツ・アルト著 村上敦訳:エコロジーだけが経済を救う、洋泉社、2003



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