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温泉保養地経営・政策研究会 温泉保養地経営の課題と展望 |
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大野 正人 財団法人日本交通公社 研究調査部 研究主幹 |
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1.温泉保養地を巡る課題 我が国の温泉地の経営危機が叫ばれだして十年が過ぎようとしている。その間、それまでの「バブル崩壊で過大投資した旅館の経営が厳しい」という旅館経営危機論が「いやそうではない、温泉地そのものが魅力を失っているのだ」という温泉地危機論に行き着いたことは記憶に新しいところである。 このような危機を脱する方向として「滞在型温泉地を目指そう、保養型を目指そう」という動きが各温泉地で活発になっているが、その“滞在型”や“保養”の具体的なモデル像はヨーロッパの温泉リゾートであったり、あるいは伝統的な自炊湯治文化というノスタルジックイメージを追い求める程度に留まっており、「どんな収支構造で温泉地経営を成立させるのか」というビジネスモデルが一向に見えてこないのが現状である。 ここでは温泉地経営を成立させるためには「温泉保養地の滞在魅力と何か」、そしてその滞在魅力を「どんなカタチで付加価値のある商品としていけばよいのか」について課題を整理することとしたい。 2.温泉保養地の魅力とそれを付加価値とする商品開発 温泉地に限らず観光地に滞在したくなる条件を考えてみる。ヨーロッパにせよ合衆国にせよ、滞在観光地すなわちリゾートの魅力は第一に「美しい景観と快適な空間」が上げられる。 美しい景観とは滞在する場所から見える景色であり、対象は自然だけでなく自然と建物の関係(ホテル建物と湖や山岳との調和)や様々な建物や道、公園などの関係(街並みとして調和)である。そしてその美しい景観のなかにホテルやカフェ、レストラン、土産物店、劇場などが「美しい景観にマッチした快適な空間」を作り込み、それを自己の宿泊料金、食事料金、商品価格に付加価値として上乗せすること経営を成立させている。 このようにリゾートでの商品価格はその商品単体の価格に加えて、その背景としての「美しい景観と快適な空間」が加算され、両者を合算した収入がリゾート経営のための原資となっている訳である。 このリゾート経営の原資となる「美しい景観」については我が国でも多くの風光明媚な観光地は存在し、温泉地としても優れた自然環境に立地しているところは少なくない。 しかし、「美しい景観にマッチした快適な空間」という点に関しては、我が国の温泉街あるいは旅館ホテルの外回り・庭周り、遊歩道、駐車場は無神経、無統一な景観を呈しており、温泉地でのんびりと快適な時間を過ごそうとした場合、その場所は旅館の自室か大浴場の湯上がりラウンジ位しか存在しないのが実情である。 現在、滞在型を目指す我が国の温泉観光地では様々な健康保養プログラムや観光体験メニューが開発されつつあり、温泉を活用したウェルネスプログラム、自然を探訪する自然ガイドツアー等が新たな収入源として期待されている。しかし、このような体験プログラムだけで観光地に落とされる消費はあくまで補完的なものであり、観光地経営の基本はあくまで「宿泊」と「食事・ナイトライフ」と「物販」という観光産業の基本部分に付加価値をつけていくことが重要である。 単に健康保養プログラム・体験観光プログラムを開発するだけでは滞在型・保養型温泉地となることは出来ない。快適な滞在空間を作り込むこと、そしてその快適な空間の魅力とマッチしたホテルやレストランやラウンジを開発し、その両者の魅力が一体となって観光経営が成立するものである。 3.「健康保養プログラム」を実施する場所としての「快適な空間環境づくり」 環境の魅力がそこで販売する商品の付加価値となるという考え方は健康保養プログラムの開発においても重要である。 昨今の温泉問題を発端とする議論から「温泉の価値を見直そう」という動きが活発になり、特に健康の維持・予防医学とからめた温泉入浴プログラムの開発が各地で試みられている。また温泉入浴だけでなく散策・森林浴、自然体験ガイドツアー、伝統的な湯治生活体験などが温泉地の健康作り運動として注目されつつある。 このような温泉地の付加価値を高める体験プログラムの開発は必要なことではあるが、それだけで滞在したい魅力、温泉地の新たな収入源となるかというと、そこに多くを期待することは出来ない。プログラムの商品価値と同じくらい「プログラムを実施する場所の快適さ」という環境の価値が重要なのである。 従って、健康保養プログラムや散策プログラムの開発においては常に「どんな環境のもとでその商品を提供できるか」を念頭に置いておくことが必要である。 例えば、「温浴・水中運動による健康作りプログラム」は温泉地だけでなく都市においても提供されている商品である。しかし都市で提供されるプログラムと温泉地で提供されるプログラムを比べてみると、「温泉効用がプラスに働くこと」だけでなく「そのような体験を、都会の喧噪から離れた緑あふれる開放的な空間、ゆとりある空間」で体験できることが商品価値なのである。 同様に「温泉地でのエステ・マッサージ」の価値と最近流行のアジアンエステの価値の差を比べてみよう。アジアンリゾートでのエステが若い女性を中心に人気となっている。これに負けずに我が国でも温泉エステや温泉浴+マッサージで付加価値を高める動きが盛んである。アジアンエステはその土地土地の伝統技術や歴史文化をベースとして様々なタイトルで“ウンチク”を付け、それを付加価値としている。この“ウンチク”部分は温泉効用をベースとすれば温泉地エステでも開発できるであろう。 問題は施術する環境の差である。ビーチリゾートの風が爽やかに通る四阿、地元で咲く花や香りの演出、リラックスさせる民族音楽、さらには民族衣装の施術師など、5感を刺激する総合的な環境演出が巧みであることに注目すべきである。 それに比べて温泉地でのエステ・マッサージは大浴場の脱衣室の片隅の余剰空間で行ったり、せいぜい客室環境のなかで施術するにとどまっており、環境演出としてははなはだ不十分であると言わざるを得ない。 また、温泉の価値を高める手軽な体験プログラムとして「足湯」が各地で流行となっているが、手軽に作れるだけに空間環境に配慮の無い足湯が氾濫している。車の通る道路脇で騒音と排気ガスを浴びながら入る足湯、歩行者の視線を浴びて落ち着かない歩道脇の足湯、十分と座っていられない堅い木のスツール、身体のストレッチどころか身をかがめなければ足を浸せない狭苦しい足湯、、等々、数え上げればきりがない。 1時間のんびりと入っていられる空間魅力の高い足湯を開発する必要がある。カクテルやアフターヌーンティーを楽しみながら時間を過ごせる足湯、5月は新緑と爽やかな風を感じ、7月はパラソルで日差しを遮り、冬は膝掛け毛布の貸し出しがある足湯があれば、夫婦で語らったり一人で読書して時間を過ごすことが出来る。利用者はリラックス環境とサービスに対して対価を支払うであろう。 4.日本の温泉保養滞在の目標値となるライフスタイル 以上に述べたように「街並み環境とそれにマッチしたホテル旅館、レストラン、土産物店」を整備し、ヨーロッパ型の長期滞在できる温泉保養リゾートに育てて行くには社会資本の蓄積も含めて多大な時間と労力を必要とし、一朝一夕にできるものではない。 また長期滞在の前提となる泊食分離の宿泊施設、多様な業態のレストランのラインアップなど、観光事業者の構造転換も昨今の金融情勢のなかでは短時間で実現しがたい状況にある。 さらに、我が国の国内温泉地での保養滞在に対する消費者意識もマスツーリズムとして期待できる範囲ではせいぜい2〜3泊まが現実的にターゲットであろう。 その結果、環境整備は後回しとなり、とりあえず健康保養プログラム・体験プログラムを開発し、散策路を整備して・・・という取り組みが主流を占めているのが実情であるが、そのなかでもプログラムを体験する1〜2時間については質の高い快適な空間を提供できるよう心がけるとともに、それ以外の滞在の場、すなわち「自由にのんびりと過ごす場所」の整備を平行して整備していくことを考えたい。 それは温泉街を流れる川筋をぼーっと眺める場所であったり、散策の途中で休憩できる小公園と過ごしやすいベンチ、昼寝できる木陰のしたのハンモック等、プライベートにリラックスできる場所を温泉街のオープンスペースに作り込んでいくことである。 1週間、2週間の長期滞在が困難であっても、2泊3日の滞在が春夏秋冬、4シーズン実施できれば温泉保養地としての活性化は可能であると考える。幸い我が国には四季の移り変わりという環境演出の舞台を自動的に変えてくれる気候条件がある。様々な季節の環境に応じて健康保養プログラムは変化を付けるべきであり、その季節による変化がまた次の季節にこようとする動機付け、リピーター育成につながるものである。 5.立地条件により異なる健康保養温泉地経営の課題 かっての高度成長期、団体宴会旅行全盛時代には、すべての温泉地が時流に乗り遅れまいと団体宴会旅行をターゲットとし、その結果、すべての温泉地が単体宴会型に特化したワンパターンの温泉地として同じパイを食い合う結果となった。 いままた温泉保養地を目指す動きが同じ過ちを繰り返さないためにも、各々の温泉地は自己の交通条件、温泉資源条件、空間条件を勘案しつつ、成立可能な利用形態と事業タイプを見極めて行かなくてはならない。 どの温泉地でも成立可能なビジネスモデルは存在しないし、どの温泉地でも同じタイプの健康保養温泉地を目指した場合は、再び同じパイを食い合う過当競争が続くこととなる。 ここでは、温泉地取り巻く5つの前提条件をもとに、成立可能な「健康保養温泉地作り事業」の方向を整理することで、各々の温泉地が自分達の持つ立地条件・資源条件を自己診断したうえで、それぞれの将来ビジョンを策定するための判断材料とする。 (温泉地を取り巻く5つの立地条件・資源条件)
(1)市場立地条件
(2)温泉資源の特性や優劣
(3)自然資源条件(気候、標高、景観)
(4)歴史文化資源(温泉地としての発展過程、土地の持つ風土)
(5)人材資源の集積度(温泉地規模と地元人口。人的サービスをどこまで充実させられるか)
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