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温泉地再生研究会

従来型・温泉振興施策よる別府再生化の限界
−住民主体によるONSENツーリズムへの挑戦−

尾 隆(まつお たかし)
NPO法人 大分いろは本舗  代表理事
(株)まちづくりコンサルネット 代表取締役
国立大学法人大分大学 非常勤講師


はじめに

 2004年9月、別府市の諮問機関「別府観光推進戦略会議」は、多分野からなる12人(観光政策、金融政策、地元商工業者、市民活動の女性リーダー、温泉健康コーディネ―ターなど)の委員による1ヶ年の検討を終え、別府観光推進策に関する提言書としてまとめ、浜田博別府市長に答申した。この会議では、国際観光都市別府の再生を目指し、観光キャンペーンやイベント施策だけでなく、「都市景観」、「まちづくり」、「健康づくり」、「福祉医療」などの幅広い観点から、観光振興策につながるさまざまな課題について、白紙の状態から検討された。

 提言書では、湯の町別府の現有資源を最大に活用した別府再生を基本に据え、「歴史風土を生かしたまちづくり」を目指した総合的な取り組みを、別府固有の資源である温泉から取って「ONSENツーリズム」と命名し、別府の将来ビジョンとした。その実現に向けて、狙うべき客層と利用形態を設定した上で、5つの基本戦略を策定し、その戦略に基づいた施策プロジェクトを緊急、中期、長期毎に選定し、事業名、対象地区、事業主体、事業内容、実施手順、予算規模等を盛り込み、「25の施策メニュー」として提言した。

 私も、都市計画やまちづくり分野の専門委員として参画し、主に、住民主体によるまちづくりの観点からさまざまな提言・提案を行ってきた。本稿では、その提言・提案の一部を紹介し、全国各地で地域再生に取り組んでいる行政や地域活動などの仲間たちへのエールとしたい。

1.ツーリズムによるまちづくりのポイント

(1)ツーリズムの基本的な考え方

 地元住民が、自分たちで、自分の生活を守り、或いは好ましい形で発展させるために行う活動で、観光やビジネスなどさまざまな目的で訪れた人々が、地域独自の価値に感動し、高く評価し、結果として収益を地元にもたらす産業の総称をツーリズムと呼び、訪問客を活用した地域振興の手法をツーリズムと考える。

 したがって、ツーリズムによるまちづくりとは、地元住民が楽しみながら、身の丈にあった事業をつくる活動であり且つ、活動そのものを事業活動として捉えるべきであろう。
 そのためには、訪問客を地域独自の景観、歴史、文化や生活、仕事、遊びなどに触れさせ、地域の価値を発見してもらうことが、大切になる。
図1ツーリズムの概念図

(2)まちづくりの段階別到達イメージと行政支援のあり方

 現在、まちづくりという言葉が氾濫しているが、都市計画や環境整備、産業振興、人材づくりなど多岐にわたり、その定義や領域も定まってはいない。本稿では、商品サービスや事業開発、情報発信、景観、施設開発、更には活動を推進する体制、人材づくりなどを含め、観光振興につながる「魅力ある集客拠点づくり」をまちづくりと呼ぶことにする。

 まちづくりは、豪華な箱モノを整備するだけでは成功しない。一見、成功したように見えても、経年とともに集客力が減退し、維持できないケースが多く見られる。

 まちづくりを成功に導くためには、次の5つの段階(ステージ)が不可欠になる。第一段階は、危機感をもった個人が少数の仲間と、特産品を生かした商品づくりや立ち寄りスポットづくりなどに挑戦し始める。第二段階は、偶然にも、域外からの支援する仲間や引き合いなどが舞い込み、報道でも取り上げられ、話題となる。第三段階は、域外からの反響や入り込み客が増し、地元住民の参加者も多くなり、活動対象も広がる。中には注目を集め、販売量が拡大する商品も登場する。第四段階で初めて、行政による施設や環境整備等が複合的に行われ、拠点づくりが実現する。第五段階は、売れ筋商品などの事業化が次々に生まれ、地域としての核が形成される。

 当然ながら、各ステージの主役は地元住民であり、ステージの環境整備については行政支援の対象となる。しかしながら、行政支援が強く求められるのは、住民活動がステップアップする時である。つまり、まちづくり活動がない状態から1ステージへ、2から3ステージへ上る場合など、各ステージ間をつなぐ階段の役目を担うのが、行政の最も重要な支援施策となる。特に、ステップアップに対する行政支援の有無は、まちづくりの成否に大きな影響を及ぼすことになる。

図2 まちづくりの段階

 更には、成功事例からみると、第一から第五段階までの所要期間は、おおむね、15〜25年が一般的である。しかしながら、都市の空洞化に伴い、人口が激減し、高齢・少子化が進んだ地方都市の中心市街地などの再生化には、その時間的な余裕はない。5〜6年の期間で、拠点づくりを成功させるためには、現状の段階を見極めた上で、行政としてどのように仕掛け、サポートしていくかが、最大のポイントになる。



2.別府中心市街地・再生化施策のポイント

(1)地域再生の鉄則

 地元住民は、日々の生活の中で、もっと、人生を楽しむために、新たな仲間たちとの出会いを求めている。一方、来訪者も、地元の暮らしに触れ、体験し、自らその良さを発見し、その良さを仲間たちに伝えたいと思っている。この両者が出会えば、地元シーズや来訪者ニーズが見え、新たな仲間たちと一緒に、商品開発や環境整備などへの挑戦が始まる。

 これが、ONSENツーリズムを活用した地域再生化の仕組み(鉄則)である。つまり、地域再生の成否は、観光入り込み客と直接的に接する度合いに左右されるものと考える。

 別府市では、年間1100万人といわれる観光入り込み客数があるが、日中の市街地には観光客の姿は見当たらない。更には、旧市街地を走る国道10号には、年間2300万台の通過車両数があるが、この通過客を立ち寄り客に変え、各地区の観光地に送り出すなど観光施策は少ない。

 これらの人の動きを最大限に活用して、新旧の来訪者を中心市街地へ誘導し、立ち寄らせ、滞留させることが中心市街地再生化の基本方針となる。

(2)中心市街地への誘導施策ポイント

 別府観光推進戦略会議の答申では、JR別府駅界隈をビジターセンターの新設を含めて、来訪者の中核拠点として整備するとともに、別府八湯毎に拠点化を図り、この中核拠点と各地区の観光拠点をレトロバス、乗合タクシーなどで結ぶ施策が提言されている。

 また、中心市街地を昭和レトロタウンとして位置付け、中心市街地への誘導策としては、竹瓦温泉、及び楠港跡地界隈を観光拠点として整備し、路地裏散歩のルート整備を強化し、JR別府駅界隈からの来訪者を中心市街地に送り込む施策を提言している。しかしながら、竹瓦温泉の周辺には風俗店舗が集積し、拠点化の大きな障害になっている。更に、商業施設による楠港跡地開発も市民の同意が得られず、暗礁に乗り上げている。

 このままでは、中心市街地の拠点化が進まない。そこで、竹瓦温泉から、南へ300メートルの位置にある中浜地蔵尊を中心とした界隈を拠点化することを戦略会議に提案した。

 当地区は、路地裏散歩のルートでもあり、昭和のレトロ遺産が豊富に存在している地区でもあるが、現在では、人口も激減し、高齢化・少子化が進み、集客力もなく、空き店舗が目立っている。

 この地区を拠点化するには、「観光」というより「昭和レトロの暮らし拠点」が相応しいと考える。当地区を拠点化するにしても、保有シーズ(資源)と市場ニーズを適合させ、インパクトある事業を組立てなければならない。更には、情報発信、推進体制などを含めて、地区計画書としてまとめることになる。何よりも重要なことは、地元住民が想いを一つにし、自分たちで計画することである。しかしながら、当地区の住民や商業者は高齢化しており、その任は重く、辛い作業である。したがって、行政には、住民主体の街づくりをサポートする事業の立上げが不可欠となる。


図3 別府回遊の基本的な仕組み       図4 中心市街地への誘導施策


3.成功事例から学ぶ集客力のポイント

(1)東京都豊島区・巣鴨地蔵通り商店街の事例

 当地区は、旧中山道の街道筋にあり、刺抜き地蔵尊と江戸六地蔵尊の二つのお地蔵様と巣鴨庚申塚に守られた信仰の街として成り立っている。一般的には、おばあちゃんたちの巣鴨と呼ばれ、高齢者に人気のある商店街として知られている。門前町としてのお土産店だけでなく、高齢者に特化した商品やサービスを提供する店舗が並び、衣料品店が特に多く、高齢者ファッションの街として、大いに賑わっている。


図5 とげ抜き地蔵尊            図6 巣鴨地蔵尊通り商店街


(2)松江市・おかげ天神商店街の事例

 当該地区は、白潟天満宮の門前町として知られ、寺社などが集中している。若者を呼び込み活性化を図るという従来型発想を転換し、高齢者を対象とした街づくりに成功している。

 平成11年、年間を通じて活気あふれる街づくりを目指して、おかげ天神を白潟神社内に建立した。更には、高齢者の溜まり場として、空き店舗を活用して高齢者コミニティ施設「まめな館」、休憩施設「いっぷく亭」を開業した。その結果、平成15年には年間12,000人の観光客が訪れるようになった。(下図参照)

図7 白潟天満宮       おかげ天神    おかげ天神商店街

(3)成功する集客力のポイント

 東京・巣鴨地蔵通り商店街や松江・おかけ天神商店街に共通する成功のキーワードは、「高齢者」と「お参り」と「高齢者を楽しませる商品やサービス」の三つである。


4.楠・中浜地蔵尊界隈拠点づくりの可能性

 集客力とは、来訪者に高く評価される具体的な商品やサービスを開発できるか、且つ、事業として成立し、更に、発展するだけの市場の可能性があるかどうかである。以上の観点から、当該地区が暮らしの拠点として、成立するかどうかを下記の要件で検討した。

●別府市民や周辺市町村の住民にとって当地区再生化のインパクトがあるか
●当該地区は、「高齢者」を対象にするに相応しいか
●認知されている神社、仏閣などの「お参り」要件はあるか
●高齢者を楽しませる「商品やサービスの開発、提供」の可能性はあるか
●事業集積ができる施設や場所が確保できるか
●集客力がある名所やホテルなど、観光拠点が近接しているか
●大型駐車場が、程よい距離に可能か
●他の開発計画との相乗効果が期待できるか
●当該地区住民の街づくりに対する要望の度合いは高いか

以上の観点から、当地区の拠点化の成立の可能性を検討した結果、さまざまな問題はあるが、高齢者に特化した暮らしの拠点づくりの可能性が高いと判断した。特に、この地区は、大正から昭和中期にかけて、九州の浅草と呼ばれ、大いに賑わった歴史を持ち、それを立ち上げた気概や気質が残っており、しかも、その賑わいの再現を多くの住民が切望している。


図8 大正時代の東京・浅草         図9 九州の浅草と呼ばれた当時の松原公園


5.住民主体による楠・中浜まちづくり事業の概要

(1)高齢新人類世代がターゲット

 一般的に、高齢者とは65歳以上を指すが、私は三つの世代に区分して考えたい。
第一は、団塊世代の親世代で、75歳以上とすると対象人口は1,096万人で、総人口の8,7%になる。テーマは、「優しく、介護」と考える。
第二は、昭和初期生まれの世代を65〜74歳とすると、対象人口は1,374万人で、総人口の10,8%になる。テーマは、「青春を返せ!」
第三は、団塊世代と団塊世代の妻を持つ世代とすると55〜64歳となり、対象人口は1,807万人で、総人口の14,3%となる。

 したがって、これからの高齢者市場ターゲットとしては、団塊世代を中心に据えて進むべきであろう。更には、この世代は、団塊世代の親世代と違って、自分のためには、時間も労力もお金も使う世代である。しかし、人生経験が豊富なために、使う対象への評価や選別の目は厳しく、慎重である。テーマは、「まだ、主役は私たち!」。本稿では、この世代を高齢新人類世代と呼ぶことにする。

(2)街づくりの開発方針

 高齢者新人類世代が集まり、楽しむため街づくりを目指す。そのためには高齢新人類世代が、生活人、仕事人、遊び人など、或いは出演者、運営スタッフ、観客など、自由に気ままに演じ分けられることが重要であり、当該地区のストリートそのものをその舞台としてブランド化し、全国に発信する。
 先ずは、竹瓦温泉を訪れる路地裏散歩客(年間15万人)を対象に、仕掛けていく。

(3)開発コンセプト

 「ここは、一人でも寂しくない街。今日は、体も心も憂さ晴らし!僕らは、プラチナギャング団!」


図10 ストリート・コンセプトイメージ


(4)事業構成のコンセプトイメージ

 当地区の街づくり事業のコンセプトは、高齢者新人類世代の庶民文化の発信地とし、町内が持つさまざまな温泉と連携した、「祈り」、「気晴らし」、「癒し」の三つの文化事業部で構成する。

 尚、まちづくり事業は、非収益事業と収益事業で構成し、地区住民が運営団体を結成し、企画、運営維持管理を行い、自主・自立の経営を原則とする。


図11 現況写真         地区構想マップ     事業構成イメージ


6.期待と効果

 街づくりの第二段階、つまり、市営松原住宅の空き店舗を活用した高齢新人類の立ち寄り・滞留スポットが出現すると、近接する竹瓦温泉、路地裏散歩など観光拠点との相乗効果に伴い、急速に発展するものと考える。その段階まで来ると、当該地区では、高齢新人類を対象とした新たな商品やサービスが次々と生まれ、同地区内に居住する同世代が働く機会が増え、多くの元気な高齢者が誕生し、ひいては、地域医療や介護費用の低減に結びつく。更には、別府ONSENツーリズム方式として、中心街再生化のモデルケースとして、全国から注目を浴びることになる。


7.その後の展開

 別府観光推進戦略会議は、昨年9月末の答申をもって、解散した。別府市では、今年、4月から新たな体制で、この答申を基にさまざまな施策の検討が始まる予定である。一方、オンパクを含めた市民活動は、別府八湯を活動拠点として、益々、活発化している。

 そのような状況の中、昨年11月5日の夜、千代町、楠町など、旧市街地の地域住民が集り、昭和のレトロな街並みを再現しようと、紙屋温泉で会合を開いた。その中で、高齢新人類を対象とした「楠・中浜再生化構想」を提案する機会を得た。

 地区住民のシンボル的な存在である中浜地蔵尊を核にして、当該地区の再生化を図るとの趣旨に賛同を得て、同年11月23日には、南部地区の自治会、商店街、市民活動のリーダーなどの有志が集まり、南部再生化に向けての検討が始まった。

 その後、会が重ねられ、今年1月11日、南部地域まちづくりの推進母体として、「別府南部レトロ倶楽部」を発足させた。今後は、当倶楽部の活動目標や取り組み内容、事務局の設置及び担当者の選定など、実現に向けての協議が本格化する。

 しかしながら、当倶楽部の発起人も、地区住民も、共に高齢者の方々が多い。自分たちの未来は自分たちで創ろうとの熱き想いだけでは、まちづくりは進まない。若い住民が少ない中、行動力のある事務局をどのようにして立ち上げていくかが、当倶楽部の大きな悩みである。

図12 H16・11・5 大分合同新聞



図13 H16・1・26 大分合同新聞


おわりに

 旧中心市街地・南部地区の住民の皆さんが、高齢にもかかわらず、自分たちの街を自分たちの手で再生化しようとの熱い意気込みや行動力には胸を打たれた。

 人口激減、少子高齢化が進んだ旧中心市街地は全国にある。そのような中で、行政が住民によるまちづくりをサポートするために求められることが三点考えられる。

 一点目は、豊かさを追求する様々なアプローチを認めること。これまでの行政は、町を豊かにすることが、結果、個人の幸せにつながることを前提としてきたが、住民の価値観は、居住地区、仕事の種別、生活環境によって均一でなく、多様化している。町を豊かにするための計画が、実行段階になると実施優先度により、不平が起こり住民間の不平等意識が芽生え、最も大切にしなければならない「協働意欲」(コミュニティ)そのものの消失を助長することになり、結果的には個人の幸せに繋がらない場合が多く見受けられる。

 したがって、テーマによっては、個人を幸せにすることが結果的に町を豊かにする。或いは最低限これさえやれば、町や個人の豊かさに繋がるなどアプローチも認めた上で、チームを編成し、受け皿団体、運営団体へと育てていくための施策と指導力が行政に求められる。もしそうでなければ、将来像を住民全員のものとして共有化することもできないし、更には、ビジョンを町民全員で創ろうとする発意や意欲を高めることは望めない。

 二点目は、豊かな地域環境づくりのために絶えず問題意識を持つこと、そして目は地域資源の潜在的な価値を発掘し、地元住民に伝えること。このことは地域の価値を市場の目で、常に見つめていくマーケティングの観点が必要となる。
 最期に、本稿が、全国で地域再生に取り組んでいる仲間たちの一助になれば幸いに思う。

以上



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