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日本の温泉地再生への提言 [35] -第2グループ 医学

健康のための温泉利用

野口 順一
(岩手) 盛岡市 河南病院 玉川温泉研究会 附属診療所


健康のための温泉利用

これを、昭和初期から、現在まで一貫して続けてきた温泉地は、その規模を考慮すると、玉川温泉と酸ヶ湯温泉以外には無いと思われる。
如何にして、それが可能であったかについて、その歴史を振り返って見る事は、有意義であると考える。

1)難病に苦しむ患者が今までのいわゆる正統派医療に必ずしも満足せず、玉川温泉の特殊な泉質とその地域の環境の効果を期待して、全国から集まってきた事。
2)玉川温泉の運営が、経済的に順調に経過してきた事。それには、東北大学医学部や岩手医科大学などの研究機関、また地域の医療機関、自治体、交通関係機関などが、利害関係が一致し、積極的に協力しあう形になっていった事。
3)健康保険の支払い基金の制度の改定で、病院が長期間の入院を嫌うようになった事。
4)以前、私は、大島良雄先生の「温泉療法は一般的な医療の補完的な形で、有意義である」との説に同調していたが、以上の事実を考慮し、また、玉川温泉における療養客と懇談していると、最近は、湯治は一般の医療機関で行われている、いわゆる正統派医療とは全く異質の治療法であると考えるようになってきた。

玉川温泉の過去、現在、将来

 終戦前ごろの玉川温泉は掘っ立て小屋の寄せ集めのような山小屋の温泉宿であった。玉川温泉の北方20キロにある湯瀬温泉旅館の当主、関直右衛門氏はその頃、皮膚病の宿痾に悩まされていた。その難治の皮膚病が玉川温泉入湯に依り軽快した事を喜び、その事実に関して、研究し、機転を解明して欲しいと念願して、東北大学医学部の皮膚科の伊藤實教授、内科の黒川利男教授、また杉山 尚教授の下に何度も足を運び、要請をし、玉川温泉に医師の派遣を懇願した。このようにして現在まで続いている玉川温泉研究会が形成されていった。

 関直右衛門氏は、医学部門のみならず、東京大学理学部の南 英一教授の「玉川毒水の研究」にも援助し、 “ GEOCHEMISTRY OF THE TAMAGAWA HOT SPRINGS 1963 ”(昭和38年)も刊行された。その北投石の研究も今なお続けられている。

 建物を改造し、診療所を設置し、療養に必要な設備が完備し、酸ヶ湯にも劣らない湯治場に発展していった。

 特に宣伝に力を入れているわけでもないのに、患者は全国各地から、口コミで集まってきた。

 昭和後期になると、鹿角市の主要な産業である鉱山と精錬が衰退してきて、雇用の安定を図るため、市は温泉・観光に力を入れなければならなくなり、秋田県も道路の整備をし、国に要請して国道341号線も改良され、交通の便も良くなり、更に秋田新幹線も開通するに及び、来訪客は田沢湖駅側から、格段に増加し、現在は、日本一の湯治場となっている。

 玉川温泉の治療対象は、上述のように最初は皮膚病であったが、種々の患者が来訪するにしたがって、適応疾患は拡大していった。リュウマチ、神経痛、喘息、糖尿病、高血圧症、また脳卒中後遺症など。
 約10年以前より、湯治客の間に、玉川入湯が癌に有効との風評が立ち、中でも、肝臓癌や胃腸癌の來湯者が多くなった。この有効性は、玉川温泉研究会の柳沢 融 岩手医科大学教授により、一部解明されたが、この事情は、厚生省が入院管理料の逓減制を施行し、入院期間の短縮化を図った事が大いに関連している。

 健康保険基金の財政保全のための施策であったが、その受け皿となるべき、ホスピス病院が満足に整備されていなかったからと考える。

 玉川温泉が現在まで、健全に運営することができたのは、上述のように「天の時」や「地の利」に恵まれていたことに因るが、他方、経営幹部は過剰な投機的投資はせず、経済的に合理的な湯治場的経営に徹してきたことに拠ると考えられる。

温泉地の再生のあり方

玉川温泉は運営開始以来、上記の如く、衰退したことはないので、それを考える必要は現在の処ないが、将来、來湯者にどのような対応をしたらよいかは考えておかなければならない。

1.厚生労働省の医療費支出の抑制策に因り、入院期間は更に短縮化させられる。その結果、前述のリュウマチ、神経痛、喘息、糖尿病、高血圧症、心臓病また脳卒中後遺症など急性期の重症状態をのりこえた患者はその後、更に療養を続けなければならない。そのような場合、湯治に頼ることを希望する患者は多くなると予想される。
また、最近は、玉川温泉地域内に介護的な療養を目的とした施設が建設中である。

湯治場の方も、そのような要望に対して、ある程度、科学的に合理的に対応しなければならないと考える。

上記諸疾患は、入院期間を終わって、外来通院状態になると、殆どが、医薬の依存状態に置かれてしまっている。際限なく鎮痛剤、消炎酵素剤、ステロイド剤、発作抑制剤、降血糖剤、降圧剤、凝固阻止剤、精神安定剤などなど。皮膚病の患者でも、大多数はステロイド軟膏の依存症の状態に陥っている。それらの患者は一生それらの高価な軟膏を使い皮疹の粉飾を続けなければならず、健康保険基金を濫費している。

非常に困難であることは判っているが、温泉療法に依って、また食事・環境療法なども併用して、医薬依存状態を軽減できないものかと考えている。それは医療費の削減に大いに寄与する。

「生活習慣病」になる前の状態の人々に対しては、湯治は最も有効な予防策となる。

「安全な温泉治療」が現今叫ばれてはいるが、一方、古来からの修験道的な訓練的浴法もスポーツと同じように検討すべきではないか。殊に、活力のある若い人々に対し、水治療法に拠って、ポジティーヴ フィードバックを附与し、逆境を、余裕を持って乗り越えるための余力を平常、準備しておくことは有益であると考える。

2.玉川温泉での療養客は大多数が7〜20日の中・長期滞在である。それには療養費が合理的で適切でなければならない。自炊設備を整備し、給食も療養上合理的にし、カロリー計算もしておかなければならない。

このような療養費用に対して、ヨーロッパのような保険給付があればよいのであるが、せめて所得控除ができたらと思っている。

◇ ドイツ ノルダネイ(北海沿岸の保養地)ライン工業地帯からの保養客を契約的に受け入れている。工業地帯と農・水産業地帯との間の経済バランスを考えている。
◇ フランス ラ・ロシュ・ポゼイ(フランス中部の皮膚病の湯治場)パリーなどから年間1万人が保養や治療に來湯する。フランス政府は、僻地振興対策として、この療養活動を援助している。

3.玉川温泉の運営は、湯瀬ホテルが主体であるが、前述のように、鹿角市や田沢湖町の雇用安定に寄与している。

そのためもあるが、秋田県は、その経営を援助し、国道341号線を優先的に整備することを国に要請し、秋田新幹線の開通は時期的に非常に好都合であったし、また、羽後交通は、平成12年よりは冬季も特別にバスを運行し、通年経営が可能となった。

田沢湖町の町立田沢湖病院や鹿角市の鹿角組合総合病院も救急態勢で対応している。

これらは、玉川温泉の経営努力に対して、地域の自治体や医療機関が適切に対応しているわけで、この協力によって、お互いに支えあっていることが理解できる。

4.特殊な泉質

玉川温泉は、他に類を見ない特殊な泉質の温泉である。PH 1.2しかも塩酸酸性で、微量の放射能を含んでいる。この泉質が何時までも続くことを期待して、毎年泉質の調査が行われている。それに、源泉湧出量は大量(9,000リットル)で、浴槽には流水の形で、常に流入、流出し、同時に100人の浴泉が可能で、浴泉に因る、細菌感染などは、一度も経験していない。そのため、細菌やウイルスの感染症もこの玉川温泉では、必ずしも禁忌でもないし、入浴禁止でもない。( ヨーロッパの温泉では、他人に感染する危険のある疾患の患者は入浴を断られる。)

昔から、酸性硫黄泉は皮膚病の適応泉とされている。それは、この温泉では、細菌やウイルスの感染が予防できるし、肝機能障碍や硫黄欠乏症に有効であるからである。

しかし、最近、これらの硫黄泉が、pH値上昇し、変質したり、湧出量が減少、更に涸渇してしまう例が多くなってきている。宮城県 鳴子温泉・滝ノ湯、福島県 信夫高湯、嶽温泉,栃木県 那須湯本温泉・鹿ノ湯、神奈川県 箱根 湯ノ花沢温泉など。

酸性硫黄泉は、自然湧出にまかせるべきで、近隣では絶対にボーリングを許可すべきではない。循環水の涵養など、泉質保全に全力を尽くすべきである。

泉質の保全と湧出量の確保は、その温泉にとって、絶対に守らなければならない財産であることを、温泉の幹部に植え付けるべきである。
ドイツでも、Bader-Kalender を発行し、正確な泉質を記載し、泉質の保全に努力している。

5.玉川温泉は海抜700〜800 mの山地にあり、療養客の定住地域とは気象・風土は著しく異なる。喘息に例を採って見れば、低気圧、低酸素分圧、更に微量の硫酸ミストまた、硫化水素などが含まれ、療養に適する環境ではないと思っていたが、療養者は此処で、半月間ぐらい生活して帰ると、呼吸は、以前より快適になるという。科学的な根拠は無いが、恐らく訓練的な効果であろうと思っている。

海抜600 m以上の玉川地域では、杉は生育せず、またアレルゲンとなる帰化植物なども見当たらない。周辺は、広葉樹林に囲まれて、森林浴的効果も大きい。

6.大島良雄先生は、温泉治療を、現在、行われている一般的なあるいは、正統派的な医療の補完的な治療と、考えておられた。また、温泉治療を、一般的な医療の「代替え治療」として扱う論もあるが、私としては、現在、温泉治療は、一般的に行われている医療とは、全く別な見方で、治療を進めてよいのではないかとも考えている。

それは、薬物に依る身体活動の加減操作ではなく、身体が、環境に応じて、反応して、対応してゆくように、しむけてゆく。時には、保護的な操作を試み、時には、上述の如く、訓練的な刺激を加え、それに身体を反応させる。一般的には、炎症は、その存在が、常に毛嫌いされているが、湯治・温泉療養では炎症は刺激に対する生体反応として是認し、これを観察して、利用してゆくことを考える。これらの諸操作を繰り返すことにより、身体の方にある程度のポジティーヴ フィードバックが養生され、環境との間に余裕ができる。この余裕は、スポーツと同様の意味で、逆境に対抗すべき身体の活動に有益である。


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