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日本の温泉地再生への提言 [52] -第2グループ 学者・専門家・団体

温泉の適正利用と保全

綿抜 邦彦
東京大学名誉教授、立正大学名誉教授、理学博士



日本の温泉の現状及び問題点
我が国は温泉にめぐまれ、種々のタイプの温泉が湧出している。この温泉資源をどのように利用するかという基本的方策が欠如している。資源であれば有限であるという概念をきちんと把握し、これの有効利用をはかるべきである。温泉の性質を考え、これに適した利用方法を考えるべきで、湧出量と泉質を十分に理解した上での利用をしなければならない。特に自然と調和した環境づくりが大切であって、20世紀の物質文明の時代から、21世紀の心の文明の時代への転換が温泉利用の中心課題として取りあげられなければならない。“人をいやす”,“心を豊かにする”温泉が今後の温泉地に求められるべきである。

1.我が国は老人社会に向って他の国々より早く進行している。健康に生活できての老人社会でなければ社会に有用なインパクトを与えることはできない。
医療は現在遺伝子治療まで発達したので温泉は補完的役割を果たすことになろう。そこで求められるのが病気にならないという健康保全型の温泉利用である。老人社会における温泉の利用は健康増進のために有効に利用されるべきで、そこには適切な入浴方法、あるいは飲泉の指導が求められる。広い意味での温泉入浴、利用の指導者の養成が必要で、温泉地はこれらの人々の導入によりより良い成果を期待することができるであろう。温泉本来の機能を発揮するためには、温泉のもつさまざまな活力を有効に利用すべきで、その意味で温泉の泉質を保護し、その温泉のもつ特異生理機能を十分に活用する利用方法をもっと推進するべきである。劣化した温泉水の利用はすべきではない。

2.今後世界的に見て人口の集中化、人工の都市集中化が進んでいくものと思われる。
そこで温泉地に求められるのは“自然とのふれあい”,“心のやすらぎ”である。都会で心身共につかれた現代人が温泉地に求められることは都会の延長ではない。幸にして、我が国の温泉地は“山あり”,“水あり”と風光明媚な所が多い。
人により都会的センス、ファシリティを求める人もあろう。従って温泉地の開発は部分的に都会を残し、周辺には自然とふれ合いができる場所を作ることが望ましいのではないか。できる限り自然を残すことが必要である。それは森林の保全と全く同様な概念で進めるべきである。人類が地球表面でこのように増加し、自然を利用すると自然をそのままにすることは不可能で自然を保全することになる。森林も全てを原生林として残すことは不可能であるが、原生林の外側に半人工林をおき、その外側に人工林を置くという方法で自然を残すことは可能である。温泉地の開発もそのような基本的コンセプトにもとずいて開発を進めるべきである。

3.現在の日本では欧米のように温泉地で長期滞在型のものは一部を除いて非常に少ない。一部の農村に近い温泉地で農閑期に長期滞在いわゆる“骨休め”の行なわれている地域もあるが一般的ではない。温泉利用が人体の自己修復機能を引出すことになるという認識が忙しい現代人にはない。心の“ゆとり”がほしい所である。
温泉治療に保険が利用できるようになれば温泉医が広く求められることになり温泉による健康増進が促進されるであろうが、老人社会になったとき保険はパンクするであろうし、欧米でも同様である。
現在のような美食型の温泉滞在は老人向ではないし、高価な滞在費を支払うことは大変である。滞在型の温泉地の形成は現状では非常にむつかしいというべきであろう。
温泉地での長期滞在型を実現するためには温泉地の発想を転換しなければならない。現在の利益優先の市場経済的発想から180度の転換をするか、短期滞在型と長期滞在型の共存が温泉地で可能かどうかを再検討する必要がある。

4.温泉地活性化はその地域全体が等しくレベルアップすることである。そのためには地域社会が利益を得るような基本計画を作るべきである。交通機関、自然環境の整備などは国や地方自治体が行うべきことであろう。しかし温泉地の活性化のためには地域住民の熱意と合意が不可欠である。他所の地域の大資本による温泉地作りは望ましい事ではない。多くの今迄の開発が、地元無視の上で行なわれて来た例が非常に多いのでなかろうか。
地元の人々との人間的ふれ合い、そこに温泉地の本当の活性化があるのではないか。リピーターの多い温泉地になること、これが温泉地の本当の活性化につながることになるはずである。今迄の温泉地の開発が大きなホテルを作りその中に売店をつくり、みやげ物を売るという、お客をホテル内に封じこめてしまうシステムは、お客にとっては便利であろうが、その地域の自然にふれる事もなく、その地域の町並みにふれることもなく、地域住民との会話もない旅は、心の世紀としての21世紀の温泉の旅ではなくなるのではないだろうか。その地域の自然、文化、人情の豊かさに引かれて再びその地を訪れる気持ちをもってもらうこと、これこそが21世紀の温泉地のあり方である。

5.温泉の適切利用と保全
温泉行政にたずさわる人と、温泉事業にたずさわる人々に最も関心を持ってほしい事が温泉の適切利用とその保全である。
温泉を適切に利用するには2つの面がある。そのひとつは温泉の量をどのように有効に利用するかである。温泉は1種の地下水であるから存在量(供給量)は有限である。この有限である湧出量は利用の際の重要な因子となる。湧出量に応じた温泉地を考えるべきで、掘削による増加だけを求めてはいけない。もうひとつは泉質である。湧出した温泉水の特質をそこなわない様に利用すべきで、これは温泉工学の仕事かも知れないが、温泉水は湧出後、常に変化しているのだという事を知るべきである。
よく以前にくらべて変化したという人がいるが我々が検討するとき、例えば化学成分の計測がしてあっても、湧出量の測定がなかったり、またその逆の場合もある。湧出量の計測はむつかしいかもしれないが、少なくとも温泉業務にたずさわっている人なら、毎日時間を決めて温度の計測ならできるのではないか。そういう地道なデータが必要なのである。
次に問題になるのは湧出口周辺のみに関心があって争っているが、温泉水は何年か前にもたらされた雨水であるから、雨水、すなわち水の“入り口”をもっと大事にすることである。10年前、古いものでは50年、100年前の降水が現在湧出していることを知るべきである。
湧出“出口”を論ずる前に“入り口”を大事にしないといけない。50年後、100年後にその影響が出ることになる。温泉保護、保全の為に山に木を植えよう、山を整備しようという100年の計が温泉地には必要なのである。


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