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日本の温泉地再生への提言 [60] -第2グループ 学者・専門家・団体 日本の温泉地の再生 |
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小方 昌勝 立命館アジア太平洋大学 教授 |
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日本の温泉の現状及び問題点 我が国の温泉利用は娯楽と癒しを求める傾向が強く、それが集客の目玉となってきた。ところが、多くの温泉地が経済成長期の大量集客の影響を受けて大型化と金太郎飴化が急速に進んだ結果、各温泉地がその独自性を失うことになり、個人化・少人数化の波に対応できず、多くが衰退の道をたどった。しかし、これらの温泉地は本来資源とブランド性に恵まれたところであり、市場動向の的確な把握と対応がなされれば、これまで以上の発展が期待される。今後の問題点としては、次の2点が挙げられる。第1は、「温泉法」で定めた条件の範囲が広く、多種多様な「温泉」が生まれ、玉石混交の様相を呈していることである。第2は、都市部等における人口的掘削による温泉や湧出量が少ない温泉地の問題である。これらは、良質の天然温泉に恵まれた温泉地と比べると、無理をして掘り当てたものが多く、将来温泉が枯渇する心配がある。また、温度や湧出量の不足を補う加熱・加水、循環式からくる消毒過多・細菌発生などを追放するために管理体制の強化が急がれる。 温泉地再生のあり方 1.今後の温泉利用 我が国における温泉活用の歴史を振り返ってみると、「歓楽型」の温泉は江戸時代の“旅”の歓楽型化と平行して広がった比較的新しい時代の傾向だといえよう。しかし、遡ると、「古事記」や「日本書紀」などの歴史的文献に見られる日本三大古湯(伊予の湯=道後温泉、むろの湯=白浜温泉、有間の湯=有馬温泉)をはじめ、鎌倉時代に武士や僧侶が訪れた熱海温泉、伊豆山温泉では「湯治」が中心であり、戦国時代には傷病の治療面の温泉利用が目立った。また珍しいところでは蒙古軍との戦いで傷ついた兵士が別府温泉を治療の場として滞在している。その後、明治時代にはベルツ博士によるドイツ温泉医学と温泉開発の指導のもとで大転換期を迎え、草津温泉や伊香保温泉が注目された。さらに、大正・昭和の時代には温泉地の開発や鉄道網の充実を背景に都市部の旅行者が箱根や鬼怒川、水上等の温泉地を保養目的で訪れるようになった。しかし、大戦後の社会的、経済的不安の中で温泉地に慰楽を求める気運が高まり、次第に温泉地の歓楽化が進み、場所によっては「歓楽型」を売り物にするところも出てきた。さらに、ストレスの多い厳しい社会情勢と経済的余裕の増大を受けて、健康と保養、さらには美容と癒し、レジャーのための温泉利用を求める動きが出始めた。例えば、“静かな山奥の湯”、“秘湯”、“グルメと露天風呂”、“クアハウス”、“レジャーランド型温泉”など健康の向上、心身の癒しや人とのコミュニケーションを重視する方向が見られるようになった。今後は、戦後の貧しい頃の“旅”への憧憬に近い感情から脱皮し、「自分のための健康や新しい体験、癒し」と「地元との交流とコミュニケーション」を期待する温泉旅行が強く求められるようになろう。その意味で、受け入れ側の温泉地も来訪者対応を、「金を落とす来訪者」から「共に温泉地の自然、文化、伝統等の観光資源を共有する人」としての意識の転換が強く望まれる。 2.温泉地の町並み・周辺環境の保全等の環境整備 旅行には、本来他地域の人が訪れ、未経験の新しいものに接し、楽しみ、地元民と交流する機会等に対する期待が、大きな要素として存在する。そのため、観光客が目指す将来の温泉地には、「来訪者が注目し、訪れ、満足し、再訪を考え、その上その経験を広く喧伝してくれる」仕組みづくりが不可欠である。従って、温泉地の町並みや周辺環境の保全と美化は最も必要な対応となろう。温泉観光地づくりには、良い思い出を再び共有するための「再訪」、交通渋滞、混雑、ごみ問題、資源破壊等のマイナス要因による観光地としての魅力減退を避けるための「分散化」、訪れた人の誇りと自慢の対象となり、かつ羨望の的となるための「名声」の3つを同時に満足させることが求められる。と同時に、最善の環境整備は訪問を計画中の人が感じる3つの障壁の除去(「不安」「不便」「不自由」)にも役立つものである。とりわけ、温泉地の選択に際しては、ほとんどが“滞在”を伴う旅行地となる性格上、旅行者が望むイメージ、雰囲気、たたずまい、サービス(住・食・ホスピタリティ等)が他の観光地にはない質の高いものでなくてはならない。すなわち、はるばる高い旅費と貴重な時間を費やしても訪れるだけの価値があることを示す“差別化”が必要である。その意味で、食後・入浴後の散歩やショッピングなどの町歩きに適した清潔で、情緒のある“温泉地”の環境整備は、旅そのものの評価を高める基本的要素だと言える。特に、歴史的名所旧跡、豊かな自然景観、伝統に育まれた文化・生活様式等の保護・保全は多くの旅行者を誘引し、満足させ、再訪を促すためには、最も留意すべき対応である。 3.欧米のような長期滞在型温泉利用のための方策 欧米の温泉地を訪れると、「温泉を楽しむ以上に温泉地を楽しむ」場合が多い。我が国の温泉重視主義と比べると、長期滞在保養を有効にするために、イベントや公園、よく整備された散歩道、温泉プールや露天風呂等が十分に準備されており、長期滞在でもゆったりとくつろげる環境整備の努力がなされている。こうした配慮があって初めて、滞在客を屋外に誘い、散歩させ、健康増進に役立てるとともに長い滞在を飽きさせないことができるのである。温泉利用も入浴だけではなく、飲泉や吸入も行われており、多様な治療が可能である。また、カジノ、泉・泊分離システム、車の進入禁止地区なども導入されていて、温泉地側の長期滞在客への心配りが窺える。ひるがえって、日本の受け入れ体制をみてみると、長期滞在型を実現するには、滞在客が屋外に出て英気を養うことを可能にする環境整備ばかりか、施設面においても対応が不十分な状況である。また、社会制度上も温泉治療が健康保険などの社会保険の対象となっていて温泉治療が受けやすい国も多いので、我が国としても、法整備の面で一層の努力を期待したい。 4.温泉地活性化のための地域の努力と国・自治体の施策等 我が国の温泉地は、老舗温泉地の不振と秘湯的新入温泉地の流行の二極化が見られる。 “旅”が高価な贅沢品で、まだ旅行経験が少ない時代には団体旅行が主流であったが、所得が向上し、自由時間が増え、旅の経験も増えてくると、モータリゼーションの進行と相俟って、個人・少人数化と秘湯ブームが起こり、箱根や熱海、別府などの有名温泉観光地は、施設・サービスの面で市場への対応が遅れ、入込み客の減少に拍車がかかった。この背景には、国・自治体の「観光振興」に対する認識の低さがあったように思える。最近になってやっと、国や自治体、経済界も、観光が単なる物見遊山ではなく、交通・宿泊・飲食・旅行業・ホスピタリティサービス等の諸産業を包含する総合産業であり、重要な産業であるとの認識をやっと持ち始めるようになり、「温泉観光地」もその一環として振興策が検討されるようになってきた。しかしながら、我が国では多くの温泉地が民間を中心に栄えてきたことから、今後の国・自治体の姿勢としては、温泉地の活性化は民間の知恵と活動力に委ねることにし、法整備や地域づくり・人づくりなどの分野で支援・調整を行い、日常的に側面からバックアップを行う方向が望ましい。また、多くの温泉地において町全体の賑わいの低下や商店街の事業不振が表面化していることから、次の点に留意した対応を望みたい。 ・温泉地の主要宿泊施設における旅行客の囲い込みの中止 ・温泉地の活性化と長期滞在の増加を図るための「宿泊客」への町歩きの奨励 ・温泉地の商店街の再生を図るために、自家ブランド以外の土産品の販売中止 (町内の老舗店舗・専門店等の救済と町の賑わいの再生が、その温泉地の魅力を高めて誘客・集客に役立つ) ・現在多くの温泉地の宿泊施設が安・近・短の市場傾向を受けて一泊二日が大勢であることから、連泊の増加と3シーズン制(準オンシーズンの導入)の検討 ・当該観光地の広報宣伝、誘客活動に関する更なる官・民の共同・協調 ・町内の商業施設や商店街の空き店舗の活用への支援・協力 |
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