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日本の温泉地再生への提言 [67] -第2グループ 学者・専門家・団体 ツーリズムからみた温泉地再生 |
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井門 隆夫 株式会社ツーリズム・マーケティング研究所 主任研究員 |
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日本の温泉の現状及び問題点 第一に「バランスシート」の問題。日本の地域振興デザインが、強力な権力を持った中央と脆弱な地方自治体という構図による「利益誘導」型であったために、地元の雇用創出、社会保障費抑制のための健康増進、固定資産税確保に資する土地開発、入湯税をも期待できる温泉掘削等、「ツーリズムの理念なき、単なる地方エゴ」に依存してきた。その結果、地方に金をばらまくための金融と一体となって「地上げ」して生まれ、不良債権化した巨大温泉地をどうオフバランス化するのか。 第二に「プロフィット」の問題。温泉地のアキレス腱は「平日」にある。平日を法人需要で埋めた時代が去り、現在は「戦前生まれの年金受給者」で埋めている。ついでに、経営者も未だ戦前世代が多い。何とか戦前世代同士の需給でごまかしているが、過去の経験だけで新たな市場創造は難しい。金利返済のためのキャッシュはコスト削減により生んでいるが、これから誰をターゲットに売上を上げていくのか。その対象となるべき戦後世代が現役で「平日に旅行しない」ため、新たなビジネスモデルが、なかなか生まれてこない。 戦後キャッチアップ型の理念から、温泉地を解放することが再生への第一歩である。 温泉地再生のあり方 1.これからの温泉利用のあり方 江戸時代、それまで「一回り7日をサイクルとする滞在」を前提とした「湯治宿」が、社寺参詣を大義名分とした男衆の旅人で賑う「一泊限り」の「旅籠屋」を羨み、「一夜湯治」を幕府に陳情し、「湯治宿での一泊宿泊」が認められたことが、そもそも「温泉地堕落(繁栄?)」のきっかけではなかったか。 江戸後期には、旅籠屋では「飯盛女」、温泉場では「湯女」が出稼ぎで貧しい農村を支えた。「入鉄砲に出女」の時代、温泉地は男衆の天下であった。 さらに、戦後成長期に温泉地を支えたのは「法人需要」である。福利厚生費による職場旅行、交際費での接待旅行、営業経費での招待旅行。そこで見られたのも、男衆による栄華ではなかったか。派手なネオンが夜にきらめく温泉の景観は、現在もあまり変わらない。 こうした「ハレの舞台」としての温泉地を引きずりながら、いきなり「健康と保養」「欧米型保養温泉地」と言われても全くもってしっくりこない。それにも増して、現在ほぼ全ての温泉地が、「これからは健康と保養」と言っているのが微笑ましい。 真剣に考えるならば、まず歴史を200年遡り「江戸時代に失われた日本古来の湯治場に回帰する」と宣言し(カジノ特区は考えても、湯治特区など誰も考えないのが寂しいが)、宿泊制度や地域環境を抜本的にリデザインしていくことが求められるのではないだろうか。最低でも男衆の「一夜湯治」が生んだ「1泊2食制」は廃止すべきであろう。 リ・クリエーションから「ケア」へ。宴会料理から「体に優しい手料理」へ。一泊型から「滞在」へ。団体客から「一人客や二人客」へ。こうした課題を「さあやれ」と言われて実は反論ばかりになるのが現実。 ただし、そうした言葉に頷いてくれる人やメディアは確実に増え、変化(勝ち組)の胎動が静かに脈打ち始めている。このフォーラムも、口先だけでない、再生への胎動であることを期待している。 2.町並み整備や環境整備 理念なき地域に、政治的に補助金をばらまくことをいい加減やめられないものか。 保存には金がかかるため、歴史的文化的建造物の保存は別格とすべきだが、温泉地の場合、「散策路の整備」「足湯の設置」「四季おりおりの花の植栽」「イベント会場の整備」以外、考えられないものか。これこそ、現在平日にキャッシュを生んでくれている「戦前生まれの年金受給者の女性」の要望をしたためただけの近視眼的内容に過ぎない。あなた方の温泉地は、今後中期的にどういうブランドを構築しようとしているのか。他の温泉地と違う強みは何なのか。誰にどのような滞在シナリオを提供できるのか。利用者にとって、そこに行く便益は何なのか。 補助金が先ではなく、温泉地再生の理念、中期的地域ブランド作りが先にありきの町並み整備を行って欲しい。 その際、観光協会、旅館組合等の組織で仲良く考えると概ねタテマエばかりの羅列となり失敗する。町並みデザイナーの出現が望まれる。 3.長期滞在型に向けた方策 1泊2食の料金制度のまま、連泊・滞在策を考えている観光関係者が多いが、考える時間が無駄だと思わないのだろうか。「1泊2食×α」で連泊を考える利用者などいるだろうか。毎日、宴会料理が出てくる旅館で、料金も高く、連泊するメリットも何もない。いくら温泉があっても、潜在的ウォンツはあっても、これでは誰も行こうという気にはならない。 本来であれば、旅館料金は「室料」と「食事料」と「入浴料」の組み合わせで決まる。季節・曜日・人数で可変するのは「室料」。「食事料」は内容で決まる。滞在客を増やすためには、利用者が選択できるこうした「泊食分離型料金」が欠かせないと思うし、観光政策審議会等でも何度も答申されているのだが、実現しない。 それは「調理」コストの問題にある。滞在利用者に「旅館で食事はしない」と言われたとき、調理師や食品在庫のコストは誰が見てくれるのか。 すなわち、中途半端は許されない。調理コストをゼロにする覚悟なしには泊食分離に踏み切れないのである。失礼を省みず申せば「それだけ魅力ない料理しか出していない」ということにもなりかねない。 さらに、街中には、旅館の囲い込みにより料理屋が姿を消している。さて、滞在と言った時、食の魅力が全くない温泉地で誰が滞在するであろうか。 旅館調理師を街に出そう。店を持ってもらおう。旅館内では魅力なく映る料理も、原価の制限なく、創造力豊かにメニューを作れば、きっと繁盛店ができると思う。 長期滞在を論じる際、小手先の話にはもう乗りたくない。料金制度と町作りまで突っ込んで話をしよう。 この話をし始めると、必ず出てくるのが旅行代理店の話。彼らのシステムは1泊2食が前提となって作られており、変化を好まないとのこと。 ならば置いていこう。変化を好まない業態である限り、次の時代には不要である。 4.地域や国・自治体の施策 できるなら、権威ある有識者や社内より社外にいることのほうが多い有力経営者ばかりに意見を聞くのではなく、「現場を知る人」にも物事を聞き、細部にこだわり、かつ大局的に原因をとらえて政策判断して欲しい。 例えば、きちんと判断すれば、レジオネラ属菌対策で塩素注入を強化するのは、お役所仕事そのものであり、長期的には何のメリットもないはずである。その原因は、風呂の管理もできないほど、従業員数が減らされ、機械任せにしているためである。なぜ、従業員が減ったか。それは、給与をこれ以上減らせないからである。なぜ、給与を減らせないか。それは、雇用確保が難しいからである。なぜ、雇用確保が難しいか。それは、温泉旅館がきつく魅力ない職場であるゆえに、従業員に逃げられては困るからである。突き詰めると、旅館では長期にいる従業員や調理師の意見が強く、経営者が組織を管理し切れていないケースが多いという根本原因が浮き彫りになる。そんなことを権威ある有識者や外ばかりにいる経営者は知る由もない。 塩素注入を強化するのも厚生労働省だが、中小企業の組織管理にメスを入れるのも厚生労働省ではないか。形ばかりの雇用対策ではもう間に合わない。経営者と従業員の間の断絶を断ち切るには当事者では無理。何のために商工会の指導員がいるのか。管轄が違うと言われればそれまでだが、労働集約型の事業モデルである温泉旅館は、内部崩壊の一歩手前であり、新しいことを受け入れる余力はない。 幸か不幸か、食事の部屋出しをしなくても済む「バンケット集中配膳型バイキング旅館」が、そうした雇用を避け、人を使わないオペレーションに変更して再生を図っているのは、大いなる皮肉である。 このままでは、雇用と繁盛は反比例の結果となるが、それでよいのだろうか。 「温泉と健康」について議論している間に、温泉旅館は崩壊し始めている。そんな現実にも注視していただきたい。 |
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