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温泉と医療

温泉と呼吸器疾患

谷崎 勝朗
光延 文裕

岡山大学医学部・歯学部附属病院三朝医療センター


1. はじめに

近年生活環境の悪化、さらには高齢化社会を迎えたこともあって、高齢者の気管支喘息やCOPD(Chronic obstructive pulmonary disease; 慢性閉塞性肺疾患)の増加傾向が見られる。これらの疾患は、薬物療法のみでは、その治療効果が十分には期待できない。岡山大学三朝医療センターでは、過去20余年にわたり気管支喘息やCOPD(肺気腫と慢性気管支炎)などの閉塞性換気障害を呈する慢性の呼吸器疾患を中心に温泉療法を試みてきた。そして、その結果、温泉療法により、自、他覚症状の改善(参1)、換気機能やガス交換能の改善(参2)、喘息では気道過敏性の低下(参3)などとともに、閉塞性換気障害の病態に特徴的である、肺の過膨張を示す残気量 (Residual volume, RV)の増大が改善されてくること(参4、5)、などを明らかにしてきた。
 本稿では、主として気管支喘息および肺気腫に対する温泉療法についてその概略を述べる。


2. 呼吸器疾患の種類とその特徴

最近の23年間に岡山大学三朝医療センターへ入院した呼吸器疾患患者は2485例であった。このうち喘息症例は1489例(59.9%)、COPD例 (慢性閉塞性肺疾患:肺気腫、慢性気管支炎など) は551例(22.2%)、その他495例であり、この2つの疾患群をあわせた 1990例(80.1%)が主として温泉療法を希望して入院してきた症例であった。なお、 喘息1489例のうち491例(33.0%)がステロイド依存性重症難治性喘息であり、またCOPD 551例のうち348例(63.2%)が典型的な肺気腫であった(表1)。



 この23年間を、5年間ごとに4期に分けて検討してみると、呼吸器疾患患者の入院総数は明らかな増加傾向を示し、同時に喘息およびCOPD症例いずれも増加する傾向を示したが(図1)、その増加率は喘息に比べ肺気腫でより高度であり、COPDに占める肺気腫の割合いは、最初の5年間ではわずか19.2%であったが、最近の5年間(1997-2001年)では78.5%、さらに最近の3年間(2002-2004年)では87.5%であった(図2)。






 喘息に比べ肺気腫症例の増加傾向がより高度であると同時に、高齢者の呼吸器疾患患者も増加する傾向が見られている。最初の5年間(1982-1986年)では、全症例に占める60歳以上の高齢者の割合は31.0%であったが、その後徐々にその割合は増加する傾向を示し、最近の5年間では68.0%, また最近の3年間では84.2%であった(参6)。すなわち、温泉療法を必要とする呼吸器疾患患者の平均年令は徐々に高くなりつつある(図3)。



また、喘息の入院症例では、最初の5年間ではステロイド依存性重症難治性喘息の占める割合いが高く、全喘息症例に対する比率は68.4%でったが、徐々にその比率は低下する傾向を示し、最近の3ヵ年間では22.0%であった(図4)。このことは、温泉療法を必要とする症例が必ずしも重症例ばかりではなくなりつつあること、すなわち、薬物療法にばかり依存しないで病気を治療したいと願う症例が増えつつあるように考えられる。




3. 呼吸器疾患に対する温泉療法

(1)温泉療法の種類
温泉療法には、温泉プール水中運動、鉱泥湿布療法、ヨードゾル吸入療法、飲泉療法、温泉砂浴、熱気浴、入浴などさまざまな方法がある。このうち、前3者は呼吸器疾患の温泉療法としては必須で、この3者による温泉療法を呼吸器疾患に対する複合温泉療法(参7)と呼んでいる。 すなわち、温泉と言えば、温泉浴が最初に頭に浮かぶ人が多いと思われるが、呼吸器疾患の治療のために用いられる温泉療法では、温泉入浴が占める意義はそれ程高くはない。なお、温泉療法のための入院期間は平均1-2カ月であり、退院後は通常週1-2回の割で通院での温泉療法を継続している(継続療法または維持療法)。

  1)温泉プール水中運動
  対象となる喘息や肺気腫症例のなかには、かなりの重症例も含まれるため、訓練は慎重におこなわれる必要がある。また、周囲の環境の変化に鋭敏に反応し症状が増悪することもあるため、できるだけ室温、水温とも一定に保たれていることが必要であり、当センターでは室温26℃、水温30℃(冬期32℃)で行っている。 最初は5分間から始め、5分間ずつ時間を延ばしてゆき、訓練時間が30分に達してからは、多少の訓練時間の延長は許可される。 水中での運動としては、歩行訓練、水中屈伸運動、水泳(主として平泳ぎ)などを行う。 訓練回数は、通常入院中は週5回、退院後は週1-2回としている。

  2)鉱泥湿布療法
  粘土質の泥を70-80℃まで加熱し、布でくるんだ後(40-43 ℃)、背中一面に湿布し、バスタオルで体をおおった状態で30分間暖める。この治療法により、気道内分泌物が排除されやすくなり、気道の浄化に役立つ。また換気機能では、どちらかと言えば小ないし細気管支領域の換気障害を示すパラメーターの改善がより高度にみられる。

  3)ヨードゾル吸入療法
   当センターで使用されているヨードカリ溶液には、A, B, Cの3種類がある(A: ヨウ化カリウム33.5mg/lと塩化ナトリウム14.7g/l、B: 67.0mg/lと 14.7g/l、C: 134.0mg/lと14.7g/l)。それぞれヨードカリ溶液1mlを朝、夕の2回ネブライザー吸入する。この治療法でも、鉱泥湿布療法と同様、小ないし細気管支領域の換気障害が主して改善される。

(2)温泉療法の作用機序
 呼吸器疾患に対する温泉療法の作用は、直接作用と間接作用の2つに分けることができる。直接作用は、気道や肺胞などの呼吸器そのものに対する作用で、温泉療法により気道の清浄化、気道粘膜の正常化がはかられる。その結果として、自、他覚症状の改善、換気機能の改善、気道抵抗や気道過敏性の低下などが見られ、さらに増大した残気量の減少、拡散能(DLco)(酸素の肺からの取りこみを示す指標)の改善も観察されるようになる。 また、閉塞性換気障害の進行と密接な関連のある残気量の増大(肺の過膨張)も、温泉療法により改善される。

  一方、温泉療法の間接作用としては、免疫力の増加、さまざまな臓器の機能改善、全身状態の改善などが期待される。そして、その結果として、呼吸筋の強化、精神的リラックス、自律神経系の安定化、副腎皮質機能の改善などが観察される。さらに、温泉療法では、強力な抗酸化酵素であるSOD活性(スーパーオキシドジスムターゼ)を亢進させる作用が見られる(参8)(表2)。




(3)入院症例の地域別検討
 気管支喘息やCOPDなどの温泉療法が有効な呼吸器疾患の場合は、遠隔地から来院される症例も多い。これらの入院症例を鳥取県内と鳥取県外の遠隔地とに分けて検討すると、1987-1991年の5年間を除き、いずれの時期においても鳥取県外からの入院症例が多い傾向が見られた(図5)。また、鳥取県外の遠隔地では、岡山県、大阪府、広島県、兵庫県、東京都などからの入院症例が多く、全国的には37都道府県からの入院症例が温泉療法を受けていることになる(図6)。








 4. 気管支喘息に対する温泉療法とその臨床的評価

(1)自、他覚症状の改善(臨床分類別、年令別)
  気管支喘息は、その臨床症状より3つの病態に分けることができる(参9)。すなわち、気管支攣縮を主要病態とするIa.単純性気管支攣縮型、分泌過多を主要症状とするIb. 気管支攣 縮+過分泌型、そして、細気管支領域の閉塞が主たる病態であるII. 細気管支閉塞型の3病型である。 なお、Ia.型は、その1日喀痰量により0-49mlのIa-1型と50-99mlのIa-2型に分類されるが、Ia-2型はどちらかと言えばIb.過分泌型にその臨床病態は類似している。これらの臨床病型の臨床的特徴は、Ia.型は明らかな喘鳴をともなう呼吸困難発作、Ib.型は著明な喀痰量が、そして、II.型では喘鳴をともなわない体動時の呼吸困難発作が特徴的である。喘息に対する温泉療法の臨床効果は、これらの臨床病型により異なる。臨床病型別の温泉療法の有効率は、Ia-1で52.4%、Ia-2で83.4%、Ibで77.8%、 IIで80.0%であった。すなわち、喘息に対する温泉療法の臨床効果は、Ia-1型では比較的低いものの、その他の臨床病型では、おおよそ80%程度の有効率が得られることが明らかにされている。

  一方、年令別の温泉療法の臨床効果では、0?49歳の年令層の有効率がやや低いものの、その他の年令層では80%以上の有効率を示し, 特に60歳以上の年令層でその有効率はより高い傾向を示した。すなわち、気管支喘息の温泉療法では、60歳以上の年齢層の症例で若青年層の症例に比べ、有効率はより高い傾向が見られる。

(2)換気機能の改善
 温泉療法により症状の軽減とともに、%1秒量(%FEV1.0)や1秒率(FEV1.0%)は有意に改善される。 この際、喫煙例よりも非喫煙例の方が改善傾向は強い。 薬物療法でも程度の差はあれ、同様の改善傾向が見られる。 むしろ温泉療法による換気機能の改善の特徴は、%肺活量(%FVC)が改善されることである。 この際には、他の臨床病型に比べ、II.細気管支閉塞型における改善率が低い。 薬物療法でも同様の改善が期待されるものの、実際には、薬物療法により%肺活量が改善されることはそれほど多くない。

(3)残気量と拡散能
  閉塞性換気障害が進行すると肺の残気量の増大が観察される。この増大した残気量は、温泉療法により有意に減少する。一方、拡散能(DLco)は、気管支喘息の病態そのもののにはほとんど影響を受けず、むしろ喫煙の影響がかなり強力である。 喘息におけるDLcoは、非喫煙者に比べ喫煙者では有意の低下傾向を示す。温泉療法により、DLcoは増加傾向がみられるものの、非喫煙者、喫煙者いずれにおいても有意の増加としては観察されていない。拡散能の低下が喘息の病態とは直接関連していないためと考えられる。

(4)気道過敏性
  気管支喘息における気道過敏性の亢進は、その病態を表す特徴の1つであるが、一般的には年令が高くなるにつれて低下する傾向を示す。 温泉療法では、全般的にこの気道過敏性は低下傾向を示す(図7)。温泉療法が有効であった喘息症例の気道過敏性の変動を治療前後で比較して見ると、49歳以下の症例では、温泉療法の有効例でも治療後の気道過敏性の低下傾向はほとんど見られなかった。しかし、50歳以上の症例では、いずれの年齢層においても温泉療法後に気道過敏性は低下する傾向を示し、しかもこの低下傾向は年令が高くなるにつれて、強くなる傾向が見られた。すなわち、50歳以上の症例では、温泉療法の有効性と気道過敏性の低下との間にある程度の関連が見られるがあるように考えられる。




(5)副腎皮質機能の改善
  気管支喘息のなかには、長期的に副腎皮質ホルモンを投与しなければならない、所謂、副腎皮質ホルモンから離脱できないような症例-ステロイド依存性重症難治性喘息と呼ばれる、一連の症例群が存在する。このような症例では、副腎皮質ホルモンの長期的な投与により、副腎皮質機能が著明に低下している症例が数多く見られる。そして、これらの症例に対しては、副腎皮質機能が回復するような治療法が望まれるが、現在は副腎皮質機能を改善させるような薬物療法は見当たらない。
  一方、温泉療法には、低下した副腎皮質機能の改善作用が見られる。 温泉療法による副腎皮質機能の改善作用を、まず年齢別に治療前後の血清コーチゾール値で観察
して見ると、70歳以上の年齢層を除くいずれの年齢層においても、温泉療法後に有意の増加傾向が見られた。 しかし、70歳以上の年齢層では、治療後の増加傾向は見られるものの、その差は有意ではなかった。
  次に、治療前の血清コーチゾール値別に見てみると、血清コーチゾール値が10γ/dl以上の正常値を示す症例群では、温泉療法後の有意の変動は見られなかった。一方、血清コーチゾール値が5.0-9.9γ/dl とやや低い症例や、4.9γ/dl以下の著明に低下した症例では、温泉療法により血清コーチゾール値の有意の上昇が見られた(図 8)。温泉療法による副腎皮質機能の改善は、温熱刺激と運動刺激によるものと考えられる。



(6)精神的リラックス作用
  都会の喧騒からはなれた温泉保養地での治療では、精神的リラックスや、自律神経の安定化が得られやすいと考えられている。そして、温泉保養地におけるこれらの作用は、病気の治療の際には極めて有効的にはたらくものと考えられる。

(7) SOD活性の亢進
ヒトが生命を維持していくためには酸素が必要であるが、この酸素が生体内で活性化されると、活性酸素、ないしフリーラジカルと呼ばれる活性型の酸素となり、生体に有害に作用するようになる。この活性型の酸素を不活化させる酵素がSODであり、各種疾患の予防や老化を防ぐ酵素として重要視されている。温泉療法ではSOD活性を亢進させることが明らかにされている。


5. 今後の問題点

重症難治性喘息では、その発作が通年性、慢性持続性であることが多く、体動による呼吸困難の増強(運動誘発喘息)や気管支拡張薬の長期投与による心刺激作用などをできるだけ避けるため、通常体動制限が行われる。この体動制限や副腎皮質ホルモンの長期投与などにより、重症難治性喘息では、骨、筋肉の脆弱化、免疫能の低下などがひき起こされ、感冒を含め呼吸器感染症に罹患しやすくなることなどから、さらに喘息発作を増強させるという悪循環におちいる傾向が強い。 また、副腎皮質ホルモンの長期投与では、副腎皮質機能不全がしばしば観察され、このことが喘息発作をより高度に、より頻繁にひき起こす要因となりやすく、治療上の重要な問題となる。 このような悪循環を断ち切るためには、局所の病態の改善と同時に、全身状態の改善、精神活動の活性化などを含めた総合的な観点からの治療が必要であることは言うまでもない。 すなわち、喘息患者のQOL(quality of life) を高めるためには、十分な運動のもとに治療を行うこと、精神活動の活性化をはかること、が肝要であることを認識しておかなければならない。


6. 肺気腫に対する温泉療法とその臨床的評価

肺気腫に対する温泉療法は、気管支喘息のそれとほぼ同様である。すなわち、温泉プ ー ル水中運動、鉱泥湿布療法、ヨードゾル吸入からなる複合温泉療法を中心に温泉療法が行われている。 肺気腫に対する温泉療法では、肺胞の破壊をこれ以上進行させないように注意を払いながら行う必要がある。同時に、呼吸器感染症の遷延化により病態が急速に悪化することがあるので、呼吸器感染症の予防および早期治療が重要である(参10)。


 参 考 文 献
1) Tanizaki Y, et al.: Clinical effects of spa therapy on bronchial asthma. 1. Relationship to clinical asthma types and patient age. J.Jap.Assoc.Phys.Med. Med Balneol Climatol 55:77,1992.
2) Mitsunobu F, et al.: Long-term spa therapy prevents the progressive pathological changes of the lung in patients with pulomonary emphysema.
J. Jap. Assoc. Phys. Med. Balneol. Climatol. 66:91,2003
3) Tanizaki Y, et al.: Clinical effects of spa therapy on bronchial asthma.
9. Suppression of bronchial hyperresponsiveness.
J. Jap. Assoc. Phys. Med. Balneol. Climatol. 56: 135,1993.
4) Ashida K, et al.: Effect of spa therapy on low attenuation area(LAA) of the lungs on high-resolution computed tomography (HRCT) and pulmonary function in patients with asthma.
J. Jap. Assoc. Phys. Med. Balneol. Climatol. 64:203,2001.
5) Mitsunobu F, et al.: Improvement of pulmonary function by spa therapy in patients with emphysema, evaluated by residual volume (RV) and low attenuation area (LAA) on high-resolution computed tomography (HRCT).
J. Jap. Assoc. Phys. Med. Balneol. Climatol. 62:121,1999.
6) 谷崎勝朗ほか:呼吸器疾患の温泉療法-1982年から2004年までの23年間の入院症例2485例を対象に-、岡大三朝医療センター研究報告 75:1,2004
7) Tanizaki Y, et al.: Clinical effects of complex spa therapy on patients with steroid-dependent intractable asthma (SDIA).
Jpn. J. Allergol. 42: 219,1993.
8) Mitsunobu F, et al.: Elevation of antioxidant enzymes in the clinical effects of radon and thermal therapy for bronchial asthma.
J. Radiat. Res. 44:95, 2003.
9) Tanizaki Y, et al.: A new modified classification of bronchial asthma based on clinical symptoms.
Intern. Med. 32: 197,1993.
10)Mitsunobu F, et al.: Effects of spa therapy on pulmonary emphysema in relation to IgE-mediated allergy.
J. Jap. Assoc. Phys. Med. Balneol. Climatol. 63:119,2000.


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