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温泉と健康サービス

温泉利用型の高齢者福祉・医療施設とは

川村 陽一
医療法人社団主体会 理事長


I はじめに
 古来より温泉は日本人にとって特別の意味を持ちつつ親しまれてきた。ある時に旅の目的として、また、ある時は疲労の回復、病気療養としてなどである。これは、温泉は温熱による物理的作用が身体に好影響を与える他、各温泉独自の泉質による特異的な効果、それ以外に精神・心理的な作用、いわゆる癒し効果があることによると思われる。
 私たちの施設は、三重県四日市市郊外に位置し、1,500名余りの方に温泉を利用していただいている。これまで、温泉が湧出した昭和61年以来、高齢者、障害者を始めとして地域に暮らす方のため、温泉を利用したリハビリテーション、療養、あるいは地域交流について考え、施設を形成してきた(図1)。そこで、今回私に与えられたテーマである「温泉利用型の高齢者福祉・施設とは」を考えるに当たり、これまでの私たちの行ってきた温泉に関する研究や実践、他者による研究など振り返りながら考えてみたい。

図1 多目的温泉プール




II 小山田記念温泉病院におけるこれまでの研究
1. 入浴時における高齢者の循環動態および体温調節機能(参1)

 今回の研究では65歳から80歳の健康男子ボランティア10名の入浴前10分間、入浴中20分間、入浴後20分間の鼓膜温、発汗量、心拍数、体重、尿量、皮膚温などを調査した。入浴は湯温40℃、室温30℃の状況で実施し、若年者に行われた同様の研究と比較検討を行った。
 高齢者では血管伸展性の低下から入浴直後に血圧が上昇し(図2)高血圧の負を生じやすいこと、また心拍数、皮膚温、発汗量などの自律神経系の入浴適応反応が弱く(図3・4・5)、熱発散も不十分であり、発熱者ではうつ熱とそれによる更なる心負担が生じやすいことなどが明らかとなった。また高齢者においては、前述のように発汗量が少ないなどの自覚症状があまりないにも関わらず、身体への負担がかかる場合もあることが懸念された。こうしたことが入浴中の心停止や脳卒中を発症させる要因となっていると考えられ、高血圧、心機能低下、発熱などの場合は、特に注意を払う必要がある。

















2.通所リハビリテーション、通所介護の入浴1万件報告(参2)

 社会福祉法人青山里会の通所リハビリテーション、通所介護サービスを利用している514名について、延べ入浴回数10,621回における入浴前後の血圧・心拍数、入浴中止の理由、入浴後の気分不快や急変などのイベントを調査した。結果は入浴後に何らかのイベントが発生したのはわずかに6件にとどまり、入浴による事故はほとんど見られなかった。この理由は、気分不良などの自覚症状が診られた場合は事前に入浴を中止しており、また、体温と血圧の入浴前測定で異常値が診られた場合や、職員による観察で異常が診られた場合に入浴を中止していることによると考えられる。つまり、単純なようであるが、自覚的所見、他覚的所見、職員による観察という3項目で入浴中の危険にほぼ対応できているといえる。
 また、入浴条件が湯温38℃、入浴時間5分間と高齢者に負担が少ない入浴であったことも大きな要因と考えられる。
3.夜間温泉入浴による痴呆症状の安定化(参3)

 特別養護老人ホーム入所中で、攻撃性、興奮、徘徊などの症状を有し、ADLが比較的保たれているアルツハイマー型老年痴呆患者に、昼間温泉入浴に代わり夜間温泉入浴を実施した。それまでは高度な痴呆症状がみられていた患者であったが、夜間入浴を開始してから睡眠状態が改善し、徘徊等の痴呆症状の改善が認められた。また、昼間入浴に移行したところ症状が悪化した。痴呆患者の夜間入浴介助には、介助量の点からマンパワーの確保等、越えるべき問題は存在するが、実現されるための保険制度改革の必要性を感じる。
4.足浴の効果
1)小山田記念温泉における足浴の効果(参4)

 小山田記念温泉病院記念内には、車椅子の方も含め誰もが利用できる足浴場を設けており(図6)、入院患者や外来患者、付き添い家族、地域交流ホーム利用者等、様々な方が利用されている。アンケート調査からは、週1〜3回、1回につき20分間という利用者が多く、身体が温まる、足が軽くなる、疼痛が和らぐ、よく眠れる等という効果を実感されている方が多い。健常者における客観的実験からは、上記の実感を裏付けるかのような結果がでており、深部温の上昇から身体を加温すること、皮膚血流量の促進から血液循環の改善および疲労物質の除去等の効果が認められた。このような効果のほかに、地域の方や他の患者等とコミュニケーションをはかり、憩いの場また交流の場として、活用され喜ばれている。



図6 足浴場



2) 足浴が片麻痺患者における麻痺側と健側の皮膚血流量,鼓膜温,発汗,血圧と心拍数に及ぼす影響(参5)

 足浴時の片麻痺患者の麻痺側と健側における鼓膜温,皮膚血流量,発汗,血圧,心拍数の変化を明らかにする目的で本研究を行った。足浴時,皮膚血流量は下腿部で両側とも有意に,大腿部では,健側で後半有意に増加し,鼓膜温は健側で有意に上昇した.発汗量は,麻痺側で足浴後半に有意な増加を示した.足浴時収縮期血圧は有意な変化を示さず,拡張期血圧は有意な下降を,心拍数は有意な増加を認めた.両側の有意な差異は認めなかったが,鼓膜温で上昇の高さが大きかった 。
 足浴時の皮膚血流量,鼓膜温,発汗量の変化は,湯温の温熱作用による体温調節機能の結果,心拍数の変化は,血液の末梢へのシフトによる血圧下降に対する恒常性機能が作動したためと考えられる.鼓膜温の上昇に差が生じたのは病巣部の脳血流が健側に比べ低下しており,足浴による加温効果が低かったためと思われる。
3)若年者と高齢者における足浴時の鼓膜温、皮膚血流量、血圧の変化(参6)
 若年者群、高齢者群とも下腿皮膚血流量の増加が認められたが(図7)、収縮期血圧(図8)、心拍数の反応(図9)は異なる結果となった。若年者群では足浴開始後の早い時間より心拍数増加がみられ、これにより心拍出量増加を惹起し、血圧の有意な変化は認められず恒常性を維持していたと考えられた。一方、高齢者群では、心拍数の変動がほとんど認められず、血圧が有意な低下を示したと考えられた。また、鼓膜温で若年者群と比較し高齢者群で緩除な上昇を示し、高齢者の身体特性である循環血液量低下等により体温が上昇しにくいためと考えられた。足浴は高齢者では心臓に負担を掛けることなく下腿の血管を拡張し、その結果収縮期血圧を低下させた。つまり下肢末梢の血流と高血圧の改善という二
重の好結果をもたらす可能性を示した。













III 温泉を利用したリハビリテーション
 温泉の作用には、温泉そのものによる温熱作用、浮力と水の抵抗、静水圧、含有成分等の直接的効果とさまざまな刺激により二次的に生じる総合的生体調整作用と呼ばれる間接的効果がある。総合的生体調整作用とは、温泉を含めた自然環境などの総合的作用で、日常生活で乱れた自律神経系、内分泌系、免疫系を本来の生体リズムに整える作用であると推定される。これらの効果を有する、温泉を利用した水中運動療法は、身体に及ぼすさまざまな作用機序が考えられる。特に今後増加していくと考えられる脳血管疾患、骨関節疾患、生活習慣病等に非常に有益な結果をもたらす事が期待される。そのため日本における温泉を利用した水中運動療法にも科学的なエヴィデンスを積極的に示していくことが必要不可欠である。現在、我が国は世界が経験したことのない高度高齢社会を迎えており、高齢者に対して健康増進と疾病予防を目的とした水中運動療法・環境を提供していくことはわれわれ医療人の使命である。
1.水中運動療法の効果と最近の研究知見
1) 脳血管疾患に対する効果
 我々が第67回温気学会シンポジウムで発表した『温泉医学・将来の展望−温泉を利用した疾患の治療』で発表した内容を紹介する。対象は、回復期リハ病棟入院中の脳血管障害患者8名で、ADLにおいて車椅子には座れるが自力歩行は不可能な者とした。40分間の水中機能訓練を1週間に2〜3回の割合で、約2週間に5回の訓練を行った。Face scaleによるQOL評価、visual analogue scaleによる自覚症状(食欲、睡眠、疼痛、掻痒感、疲労感)を機能訓練前、直後、1ヶ月後に評価した。QOLと食欲、睡眠、疼痛、掻痒感では有意な変化を認めなかったが、疼痛と疲労感では統計学的に有意な改善を認めた。ADLはFIMで入棟日と退院時に評価した。水中機能訓練群8名とADL、年齢、羅病期間を一致させた対照群16名を比べると、統計学的に有意に水中機能訓練群でFIMの改善を認めた。尿便失禁のないこと、セラピストの指示に従えること、座位が可能なこと、以前にプールに親しんだ経験のあることに該当する患者の方がスムーズに行える印象があった。
2) 骨・関節・運動器疾患への効果
 増本らは(参7)、一般市民である腰痛患者18名を対象に週2回(70分/回)の水中運動を4ヶ月行った。水中運動環境は、水温26〜30度、水深約90cmであり、水中運動内容は、はじめに陸上で5分間の準備運動を実施後、45分間の基礎的水中運動と各被験者に合わせた20分間の泳法指導を実施した。結果、症例患者における水中運動療法の効果としては、肥満度の軽減、呼吸循環器機能の向上、体幹・下肢の筋力強化、身体柔軟性の向上、症状の改善等が、統計学的にも有意に示唆された。また、橋本によると(参8)、リウマチ患者を対象とし、水温35度前後で個々の患者の運動能に見合う許容上限いっぱいの運動負荷を原則としたsuper exercise療法では、平地歩行速度、階段昇降速度、握力、ADL指数に大きな改善を認めた。
3) 生活習慣病に対する効果
@血圧応答について
 青葉らは(参9)、週1〜2回水中運動を実施している中高年者を対象に、水中運動による血圧応答の一過性の影響について検討した。正常血圧の者は運動後も正常値を維持し、高血圧予備軍の者は血圧レベルが低下する傾向が見られ、水中運動の効果として高血圧予防に役立つと考えられた。運動強度は最高心拍数に対し60〜70%前後を目安に水中運動を行うことが、運動後の降圧効果に影響を与える可能性が示唆された。
A血糖値降下作用
 糖尿病患者の水中運動には、室温27度、水温37〜38度の温水プールを用いる。この水温では軽度の心拍数上昇と血圧の上昇、また発汗も認められる。水中での運動は、水の抵抗、粘性を利用した全身運動・歩行運動を30分程度行う。結果、水中運動前後では、血糖値が平均21.2%低下した。
B肥満について
 肥満には、水中運動を行うことによるエネルギー消費の増加効果が最も重要である。肥満者にとっては、陸上で運動を施行すると両膝に負担がかかり、膝痛の原因になるため浮力の影響を受ける水中での運動が、非常に都合が良い。また、温熱による血流増加作用から鎮痛効果や関節可動域の拡大も期待できる。
2. 水中運動療法の利点について
 水中運動療法は、生理的な負担をあまり感じることなく高い運動効果を期待できる。宮川らによると(参10)、心拍数による運動強度の管理だけではなく、主観的運動強度も心血管系への負担度の指標になり得ると考えられ、初級者でも容易に運動強度の管理が行える。さらにプールでの水中歩行では歩行速度をあげにくく、身体への負担が少ないため、中高年齢者にとって、安全に無理なく行える有酸素運動である。

IV 癒しの場としての温泉―健康増進センターへの期待―
 温泉医療ほど高齢者に喜ばれ、楽しみにされる治療は無いといっても過言ではない。これまでの主要な適応は心刺激効果や末梢循環改善効果の他、前述のリハビリテーション効果が挙げられる。脳血管疾患患者の日常生活自立度の向上や、関節に負担の少ない状態での運動効果、また生活習慣病における運動浴療法が高齢者には特に奨励される。
 周知のように温泉は身体的および精神的効果が得られるが、温泉に対する日本人独特の心理的側面もまた効果を高めていると考えられる。それは、まず日本を世界一の温泉国にした日本人の高い温泉嗜好がある。温泉に入れること自体が喜びであり、長い療養生活の心の活力となり、QOLの向上が期待できる。
 昔から知られる湯治では、農閑期や漁獲期の前に米を持参して湯治場へ出向き、一ヶ月程度滞在し、一年間のストレスや肉体的疲れを癒した。そこでは栄養価の高い食物摂取、お参りを兼ねた歩行運動等を通して、健康を取り戻し、それからの農繁期や漁獲期に備えたのである。裸の付き合いという言葉があるように、一つの浴槽に入っての語らいは、お互いに気後れなく語り合え、実によいコミュニケーションの場となる。
 当福祉法人でも高齢者同士が連れ立って温泉に訪れ、コミュニケーションの場となり、地域の高齢者同士が助け合ってお互いの生き方を変えるきっかけになるようにと、施設利用者だけにとどまらず温泉を積極的に地域に開放してきた。これは今や高齢者に限らず、地域交流の場となっており、また地域リハビリテーション、community-basedリハビリテーションの場へと成長することが期待されている。交流の場としての温泉は、高齢者の引きこもり防止に役立ち、温泉周囲の自然環境はそれ自体がストレスの解消となるようなことも多く、通所リハビリテーション、通所介護も含めた利用者の心理的作用に大きな効力を発する。温泉保養ではこれらの心理的側面や、環境因子的な側面を重視した総合的アプローチも極めて重要である。併せて、高齢者特有の身体反応も考慮し、安全性の確立も行う必要があると考えられる。
 そこで当法人では、現代の湯治場というべき健康増進センターの設立を検討中である。人々は世の中から開放され、癒され、リフレッシュできる場を求めている。また高齢者においても同様に、もう少し元気でいたい、若返りたいという願いを持っている。そのようなニードに応えるべく、医療と福祉をベースに健康増進や介護予防、ひいてはターミナルケアも視野に入れ、新しい温泉保養地となるようなセンターを設立するべく準備段階に入った。建設予定地は、西方には鈴鹿セブンマウンテンがそびえ、東方を眺めると伊勢湾が見渡される。また周囲はお茶畑に囲まれ空気も澄んでいる。
 現在活用されている地域交流ホームでは、日帰りで温泉入浴が可能である。また治療すべき疾患等がある場合は病院が隣接しているので、外来受診も可能である。健康増進センターではその機能に短期滞在型施設を併設し、例えば人間ドッグのための宿泊施設としてや、心を癒すリフレッシュの場として活用することを検討している。効能のある温泉に入浴し、旬の食材を使用した美味なるものを食し、新鮮な空気、四季折々の風景に囲まれて滞在することは、身体的、精神的な癒しに多大なる効果をもたらすと考えられる。滞在中に近郷へ出向き、ウォーキングや、自然と戯れるのもまた然りである。
 センターには隣接して病院や福祉施設があるので、老後の不安を解消すべく見学も行え、調子が悪くなれば安心して医療を受けられる。また多様なニーズに対応できるよう、家族風呂や個室風呂、庭園の覗ける露天風呂等の各種浴場を設け、遊戯的な要素も取り入れた様々なコーナーも検討している。「やっぱり若い女の子と話せると嬉しいんやわ」とは男性利用者の言葉であるが、年齢を重ねても男女を問わず異性との交流には関心があり、精神的な活力となり得る。話し相手として常駐スタッフと交わることもまた、精神的な癒しとなり、閉じこもりの予防になる。末期癌に代表されるターミナルケアにおいても、毎年この時期にここへ集まるとういう目標が、精一杯生きるための糧となり、同胞との交流の、また励みの場になると考えられるが、目的別に分離した方が好ましい。
 このように高齢者に限らず温泉に入れることの喜びは、温泉に対する若かった頃の楽しい思い出やロマンへの回帰であり、美しい景色、森林の緑の匂いなどと一体となって、生きる喜び、今生きているといった実感となる。新しい湯治場としての健康増進センターでは、そんな喜びや実感を大いに満喫できる場として、機能することであろう。

V まとめ
 温泉利用型の高齢者福祉・医療施設では、社会復帰のための様々な取り組みが行われている。特に回復期病棟や外来リハ、通所型施設等においてその効果は大いに期待されている。しかし一方で、特別養護老人ホームや介護老人保健施設等のADLの極めて低い利用者に、社会復帰を望むことは容易ではない。そのような現状の下、辛く長い闘病生活を少しでも癒しの場とする立役者がまさしく温泉ではないだろうか。温泉を利用したリハビリでは身体的効果の裏側に、精神・心理的作用があることを忘れてはならない。

参考文献
1)水谷智恵美ほか:入浴が高齢者の循環動態に及ぼす影響、理学療法学27:288、2000
2)浜口 均:入浴前チェック項目、日温気物医誌65:29、2001
3)Deguchi, A.et al. : Improving symptoms of senile dementia by a night time spa bathing. Archives of Gerontology and Geriatrics 29:267、1999
4)美和千尋ほか:小山田記念温泉病院における足浴の効果、日温気物医誌、抄録集、33頁、2003
5)美和千尋ほか:足浴が片麻痺患者における麻痺側と健側の皮膚血流量、鼓膜温、発汗、血圧と心拍数におよぼす影響、日温気物医誌68:39、2004
6)白石成明ほか:若年者と高齢者における足浴時の鼓膜温、皮膚血流量、血圧、心拍数の変化、日温気物医誌68:38、2004
7)増本賢治ほか:高齢者の腰痛症者に及ぼす水中運動の影響、日本生理人類学会誌5:35、2000
8)橋本 明:リウマチの温泉療法―温泉プールを利用したSuperexercise療法―、温泉医学、日本温泉気候物理医学会編、JTB印刷(株)、292頁、1990年
9)青葉貴明ほか:水中運動における運動強度と血圧応答の関係、国士舘大学体育研究所報22:117、2004
10)宮川江里ほか:中高年女性の水中歩行時の呼吸循環系および代謝系応答、臨床スポーツ医学19:1073、2002



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