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日本の温泉地再生への提言 [16] -第1グループ 旅館・温泉地リーダー

歴史と文化を活かした温泉地づくり

岩永 一
(菊池温泉)旅館第一閣 社長


 熊本県菊池市は、熊本市の北東部に位置し、人口27,300人。菊池温泉、菊池渓谷、菊池神社などで知られる。また、菊池一族の歴史、文化の面影を今にとどめる、落ち着いた佇まいのまちである。日本の歴史の表舞台に幾度となく登場し、終始その節操を貫き通した菊池一族(24代、1070年〜1532年)。美学とでも言うべきその生き様は、今なお菊池市民の誇りとして語り継がれている。
 明治3年(1870年)、菊池武時、武重、武光をはじめ、一族を祭る菊池神社が創建されるが、"尚武の神"として多くの尊崇を集めてきた。同時に今日、春の桜祭り、つつじ祭り、夏の七夕祭り、菊池神社秋祭り、菊池一族ふるさと祭り、菊人形菊祭り・・等々、多彩な祭り、イベント等が古くから受け継がれている観光のまちでもある。
 菊池温泉は、阿蘇カルデラの西麓にあり、沖積砂礫層、阿蘇溶結凝灰岩に覆われた変成岩及び花崗岩に胚胎する、深度100メートル以深から湧出している深層地下水系の温泉である。泉質は、弱アルカリ性単純泉、無色透明で湯量豊富、柔らかくヌルヌルすべすべとした肌触り。良質で肌に吸いつくような濃厚な湯で、別名"化粧の湯"と呼ばれるほどである。美容、神経痛、リウマチなどに効能があり、湧出温度は42度から46度。旅館ホテルは18軒、各々で泉源を持つ。年間30万人以上の宿泊客で賑わう温泉地である。
 菊池市は、また、文豪徳富蘆花の妻愛子夫人の生まれ故郷である。二人は銀婚式に世界一周旅行に出かけるなど、「おしどり夫婦」であったと言われている。本市の中心街を隈府(わいふ)ということから、英語のWife(ワイフ:妻)に掛け、また「美肌の湯・化粧の湯」として女性に人気があることから、妻、女性を大切にするまちとしてのイメージづくりにも取り組んでいる。


T これからの温泉利用のあり方

(1)温泉利用のあり方について
 日本の温泉地はそれぞれの歴史の中で、固有の文化、伝統等を育みながら今日に至っている。歓楽型、観光型、保養型、療養型、日帰り型等種々に分類されるが、これらに加え、近年は、物産館併設の公営温泉も多数設置されている。
 湯布院や黒川など一部の温泉地を除き、近年、多くの温泉地にはかつてほどの勢いは感じられないように思える。時代の変化に対応していくためには、様々な手法が考えられるが、やはり自然、歴史、文化、伝統などその地域固有の資源を活かしながら、他にはないそこだけの魅力や独自性を、どのように創り上げていくかということであろう。
 社会の成熟化、高齢化の中で、人々の食や健康に対する意識はとみに高まっており、これからの超高齢社会をうまく乗り切っていくためには、国民一人一人が健康で生き生きとした日々を過ごせるような手だてを早急に講じていくことが求められる。温泉は生かし方次第では、その切り札となり得る可能性を秘めているのである。

(2)温泉は健康と保養のために活用すべきだという考え方について
 日本の古い温泉地は、元々は湯治場を起源とするものが多い。熊本県内の温泉地でも、八代市の日奈久温泉や阿蘇の地獄温泉などは古くから湯治場として知られているが、温泉が健康の保持・増進や傷病の治療に効果があるということは、温泉との長いつきあいの中で経験的に知られてきたところである。
 厳しい競争環境やストレスに晒されている多くの現代人にとって、「癒し」は大きな意味を持つ。豊かな自然、ゆったりと流れる時間の中に身を任せ。本来の自分を取り戻したいと思わない人はいないであろう。現代人は「リフレッシュ」したいのである。そのためにも、日本には「温泉」というすばらしい天与の資源があるのである。
 「温泉と健康フォーラム」では、「温泉の本来的利用のあり方は、休養、保養、療養であると考え、自然の中でゆったりと過ごす滞在型の利用形態の確立」を主張しており、「そうした方向での温泉地の再生」を提案しているが、21世紀における温泉利用の基本的なあり方は、まさにそういう方向であろう。


U 町並み整備や周辺環境の保全

(1)今、人気のある温泉地・・・顧客満足度の高い温泉地とは
 近年、若い女性や主婦、シルバー層等の支持を受けている人気温泉地は、いずれも極めて顧客満足度の高い温泉地であると考えられる。「身も心も癒されたい、ゆったりしたい」という多くの現代人のニーズに応えていくためには一体何が必要なのか。ここでは2つの取組み事例を紹介したい。
 黒川温泉は、今や全国でも屈指の人気温泉地である。その成功の秘訣は露天風呂と入湯手形にあるが、それだけではない。黒川温泉には、昔ながらの素朴な自然が比較的多く残されていたという恵まれた点はあるが、観光温泉旅館協同組合による派手な看板や個人看板等の一斉撤去、統一誘導看板の設置、植栽等によって周辺環境の整備を行いながら、鄙びた景観や湯煙などの温泉情緒をさりげなく創り出しているのである。自然環境や景観整備には毎年一定額の予算を投入している。その努力の積み重ねが、個性的な露天風呂と相まって、多くのリピーター客を引き付けているのである。
 また、癒しやくつろぎといった顧客のニーズに応えるために、ハード、ソフト面に加え、ハートすなわち温泉地全体でのホスピタリティにも力を入れている。顧客の立場に立った、おもてなしの心や遠からず・近からずの心遣いもその一つである。
 妙見温泉は霧島連峰の麓にある温泉地である。2004年3月13日、新八代駅、鹿児島中央駅間に九州新幹線が部分開業したが、南九州3県(熊本、宮崎、鹿児島)内では、時間短縮効果著しい新幹線開業を地域の活性化に繋げようと様々な取り組みが行われている。
 新幹線開業に合わせ、霧島、指宿方面には観光特急列車が増発されたが、妙見温泉では良質の温泉に加え、鮎釣り、霧島山系のトレッキングなどの豊かな自然を生かした体験型観光プランを用意し、このチャンスを活かそうとしている。宿ごとの乱立した看板をはずして統一看板を設置するなど、自然・景観の保全整備にも力を入れている。

(2)菊池温泉の取り組みについて
 当菊池温泉は、今年10月で温泉湧出50周年を迎えるが、今の一泊宴会型ではなく、魅力ある観光温泉地、そして休養・保養型温泉地を目指すべきであると考えている。
 温泉地の魅力づくりのためには、近隣の商店街など周辺環境の整備も重要である。浴衣姿の客が、温泉街や商店街をゆっくりと散策しながら地元の人々の日常や人情、地域の自然、歴史、文化、伝統などに触れ、また体験できる温泉地は、全国でどのくらいあるのだろうか。
 当菊池温泉では、年間30万人を越える宿泊客を温泉街や商店街一帯に周遊させるまでには至っていない。そのため、市、商工会、商店街、温泉組合、観光協会等においては、連携を図りながら、地域全体の魅力づくりのための様々な取組みを模索してきた。
 南北朝時代からの歴史を有する御所通り地区には、古い能舞台、将軍木、多くの土蔵づくりの倉、造り酒屋、酒造などが残されているが、当地区では、歴史的街並みを保存しようと住民が景観形成協定を結び、景観整備に取り組んでいる。また、隈府の町中を流れている築地井手(加藤清正が開いた用水路)を一部復元した水辺空間や、近年はしゃれた店舗等も少しずつ整備されてきている。街路灯にも菊池一族の並び鷹の羽の紋章や菊池千本槍をイメージした斬新なデザインのものが設置されるなど、歴史的町並みづくりへの取組みも進んでいる。
 温泉街に隣接した菊池公園や菊池神社一帯は、春は1万数千本の桜が咲き乱れる桜の一大名所となっており、また郊外には自然休養林に指定されている菊池渓谷、満々と水を湛える竜門ダム等があり、これらの資源も活かしながらさらに温泉地の魅力を高めていくことが必要である。


V 温泉地の活性化

(1) 観光型温泉地について
 観光温泉地においては、現在の旅をリードしている若い女性や主婦、シルバー層などの個人客、または少人数グループをターゲットに、訪れてみたいというストーリーを演出することが重要である。菊池温泉旅館組合では、九州各地から女性客100人を招待し、商店街を含む当温泉地一帯をモニターしてもらい、そこで得られた様々な意見、要望等は、魅力ある温泉地づくりのための貴重な情報として活用しているところである。
 また、市民の誇りである菊池一族の歴史、文化、伝統等、埋もれた観光資源の発掘や再発見、温泉情緒を醸し出すための環境整備等が相まって、より魅力的な温泉地づくりができると考えている。
 歴史的町並みの整備や水辺空間の復元などに加え、散策してみたくなるような木ブロックによる温泉街、商店街の遊歩道の整備、史跡や観光案内板の充実、当温泉を拠点に阿蘇方面や菊池川流域の観光地を楽しめる周遊ルートの提案、ルートマップの作成や交通アクセス、観光スポット、四季折々のイベントなどのタイムリーな紹介等々・・、まだまだ取り組むべき課題は多い。
 最近の話題としては、2月に市内の商工グループが、地元特産の「ヤーコン」を利用した焼酎"菊池千年"を地元特産品として商品開発したことが上げられる。ヤーコンは南米アンデス原産の芋で、生活習慣病の予防に効果があるフラクトオリゴ糖などを多量に含み、健康食品として注目されているが、"菊池千年"の開発は、当温泉地の"食"の魅力づくりの一つとして評価できる。

(2) 休養・保養型温泉地について
 市民の健康づくりの一環として、現在、菊池市役所健康管理課と温泉ホテルでは、連携して「温泉を利用した健康づくり事業」に取り組んでいる。
 この事業では中学校の温水プールやホテルの浴場を利用した「水中運動コース」や「腰痛、膝関節コース」、「脂肪燃焼コース」などの健康教室を実施している。血液検査や体力測定、身体測定なども併せて実施しており、市民に好評である。
 この事業の成果等も踏まえながら、今後、当温泉地においても、旅館、ホテル、保健所、医療機関、行政等が連携し、各種「健康増進メニュー」を宿泊滞在プランの中に組み込んでいくような仕組みづくりに取り組んでいく必要があると思う。
 「薄めず、沸かさず、循環させず」の天然温泉でゆったりと休養し、栄養士が用意した地元の食材をふんだんに使った料理を楽しみながら、観光や健康増進メニューも交えた一週間前後の休養・保養客向け滞在プランを提案していくことは十分可能であると考えている。

(3) 国民の健康づくりについて
 菊池市の健康づくり事業は、県の「温泉を活用した健康づくり事業」のモデル事業(15〜16年度)になっているが、市民の健康増進や医療費の抑制に大きな効果が出るものと期待されている。
 世界で最も優れていると評価されている日本の医療保険制度は、現在、危機的状況にあるが、医療費抑制のためにも、国民の健康保持・増進は国家的課題である。国は「健康日本21」で様々な施策を展開しているが、温泉という天与の資源にもっと目を向け、老若男女を問わず、多くの国民がもっと温泉を楽しみながら生き生きと健康に暮らせるよう、この方面への財政の傾斜配分をすべきではないか。
 現在、厚生労働大臣指定の健康増進施設を利用する場合、医師の指示に基づく温泉療養や運動療法については、医療費控除の対象とされている。これに加え、市町村が一定の基準に基づき認定した温泉療養や運動療法については、医療保険の対象とするような仕組みも考えるべきではないか。
 更に、市町村が実施している温泉を利用した健康づくり事業において、一定の成果、例えば、住民一人当たりの医療費が一定率以下に下がった場合、一定率以上の高齢者の体調や血圧などの健康指標が改善された場合などには、その実績に応じて、国や県の助成額や助成率にメリハリをつけるなど、市町村にとってインセンティブのある施策を展開すること(競争原理の導入)も必要ではないかと考える。


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