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日本の温泉地再生への提言 [46] -第2グループ マスコミ・メディア 温泉地への提言 |
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佐柄木俊郎 ジャーナリスト(朝日新聞前論説主幹) |
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日本の温泉の現状及び問題点 歓楽地型の温泉経営が、時代のニーズに決定的に合わなくなった状況の中で、日本の各温泉地は、それぞれに活力ある将来像を模索しつつ、さまざまな試行錯誤を繰り返しながら苦闘を重ねているのが現状であろう。しかし、それは温泉地だけの問題ではなく、ほとんどの国内観光地・観光産業に共通する現象でもあり、あるいは内需関連型諸産業にもある程度共通する現象でもあることに留意しなければならない。つまり、国内経済の側面でいえば、日本の「右肩上がり」の時代は20世紀中にほぼ終わり、少なくとも今後の半世紀は、トータルとしてみればダウンサイジングの波をかぶらざるを得なくなる。その顕著な社会要因は、早ければ2005年から始まるとみられている人口の減少である。健康ブームやスローライフへの関心の高まりのなかで、人々の間の温泉利用へのニーズは根強いが、あらゆる分野への影響が避けられないこの問題を慎重に考慮に入れなければならないと思う。 温泉地再生のあり方 1)日本人と温泉とのつながりは、古来多面的であり、「健康と保養のため」と限定する必要はあるまい。現実にいまの温泉利用者の目的をみても、療養や保養だけではなく、単なる気分転換もあれば、気のあった仲間同士の交流・遊興の場、さらには一定の目的をもった勉強会や合宿の場などとしても利用されている。作家やルポライターの仕事場といった使い方も連綿として続いている。日本の各温泉地については、近年、大きな団体からより小さな団体、さらには家族から個人へと、ある種のダウンサイジング現象が起きているのだから、それぞれのニーズに即応したきめ細かなサービスを提供することが大切だと思う。それぞれの温泉地が、多用なニーズに応じてそれぞれ特色を持ち、例えば、「町にスポーツ練習場を備えた、スポーツ合宿温泉」「インターネットやデータベース的な施設を備えた、各種勉強会用温泉」「先端的なコンサートを常時演奏している若者向け温泉」などというところが出てきてもいいのではないか。つまり、全国の温泉が一斉に同じ特定の活用の仕方に取り組むのではなく、それぞれが多用なニーズの中から個々に工夫して、いわばセグメント化していくべきであろう。 2)温泉地に限らないが、日本の都市や町は、特定の観光スポットといった局部的な景観の美しさにはかなりの程度注意が払われているが、トータルとしての都市計画や美観、環境整備がお粗末で、町そのものが美しくない。ヨーロッパの町などと比べると、気持ちよく歩いて回れるような町は、極めて限られている。欧米では、屋根の色や、建物の高さ、材質まで強力な規制をかけているような地域も少なくない。近年、日本でもようやく、先駆的な自治体でさまざまな取り組みが始まっているが、要は「快適さ」「気持ちよさ」をわが庭だけでなく、わが地域、わが町、さらにはわが国全体へと広げていく不断の努力が求められている。 3)1)にもからむが、温泉地のセグメント化の一つの有力な選択肢として、「長期滞在型」を売り物にし、そのための施設や環境整備を目指す温泉地があっても良いと思う。しかし、温泉地全体が目指すべき方向として、「ヨーロッパ型の長期滞在型」をいうのは、いささか現実的ではないのではないか。日本はこれから、前述したような人口減少時代を迎える。産業構造がどう変化していくかにもかかわるが、専門家の多くは、いずれ労働力不足が現実化し、高齢労働や女子労働、外国人労働に頼らざるを得なくなると予測している。また、年金制度の将来像を考えても、待ちかまえているのは負担の増大、給付の減少と、給付年齢の引き上げであり、近未来の高齢者は、働く時間がふえこそすれ、今よりは時間的ゆとりは制約されてくるであろう。また、経済的ゆとりといった点でも、少なくとも見通し得る将来は厳しいことが予想され、日本人客を相手にする限りは、全体が目指すべき方向とはならないのではないか。 4)私自身は、日本全体の将来のあり方という点からも、「世界に開かれた観光大国」を目指すべきだ、と考えている。日本経済の成長を大きく支えてきたのが輸出産業であることは周知の通りで、米国をはじめとした外国から、繰り返し「内需の拡大を」と求められてきた。しかし、前述した人口減少などもあり、日本の場合、今後しばらくはトータルな内需の拡大はそう望めないのではないかと思う。例えば、住宅産業一つをとってみても、長期的に新築需要が減ってくるのは当然だからだ。ごく最近、日本の景気ややや持ちなおしてきたが、これも中国経済の好調などにより自動車や家電、産業機械といった輸出産業が活況を呈したからであろう。そう考えると、観光産業なども、内需頼みでいる限り、そう大きな飛躍は望めないことになる。長い目で見た場合、温泉地など観光産業も「外需」依存にならざるを得なくなるのではないだろうか。 日本の温泉は、とくに、韓国や中国の人々に「日本らしさ」を味ってもらうという点で、すばらしい観光資源である。外に向かって発信する「日本の魅力」のなかでも一、二を争う潜在力をもっている素材といえるのではないだろうか。ドイツやイタリアの温泉地が、広くヨーロッパ各地からの観光客を集めているように、東アジアを中心とした近隣諸国の人々が保養や療養、あるいは、気分転換に大勢日本の温泉にやってくる。そして、日本人客とのさまざまな交流の輪が広がる。日本の将来立国のありかたともからめて、長い目でみるそのくらいの構想を持つべきだと考えるのだ。 ただ、それは口でいうほど簡単なことではない。地域では、まず、少しずつふえてきている外国人客の受け入れについて、そうした将来を見据えた積極的な施策の展開が必要であろう。まずは、外国語のインフォーメーションを充実することが何より大切だ。現状では、物価や所得水準の格差があるから、低廉なサービスを心がけることは大事だが、多くの場合、「日本らしさ」「日本情緒」を求めてきているのだから、食事など内容そのものを大きく変える必要はないであろう。要は、気持ちよく迎えるという、客商売の鉄則を貫けばいいのである。 ただし、外国人観光客の飛躍的増加のためには、地域だけでなく、国を挙げて、あるいは国民をあげて取り組まなければならない問題がいくつもある。まずは、ビザの免除問題や発給手続きの簡素化、さらには発給対象地域の拡大という問題がある。中国人に対してのように、一部地域の住民のそれも団体旅行に限るといったような入国管理政策をとり続けていては、「観光立国」などはいつまでたっても夢のまた夢に終わるだろう。 ほかにも、I公共交通機関の運賃が割高で、諸外国のような外国人向けの割引運賃といった制度が少ない II外国人向けの観光案内所が少なく、案内標識なども外国人に分かりやすいものになっていない、など官民あげて取り組むべき課題は少なくない。地域としてはそうした課題への取り組み促進に向けて、強力なバックアップをしていくべきであろう。 5)日本経済がなかなかデフレを脱却できない背景には複雑な要因が絡まり合っているが、日本社会がもともと高コスト体質であり、グローバル化にともなう競争激化のなかで、それを修正するための市場作用という側面があることは見逃せない。また、人々の所得動向や消費動向からみても、総じて消費者のコスト意識は当分強まりこそすれ、弱まることはないであろう。例えば、伊東市南部など各地に出現し、大宣伝を繰り広げている大規模な日帰り温泉などの盛況は、「安・近・短」といわれる昨今のレジャー動向を反映したものに違いあるまい。その意味では、宿泊客をターゲットにする施設でも、料金の低廉化に一層努力し、幅広い国民に利用を広げていってほしい、と思う。 |
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