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日本の温泉地再生への提言 [50] -第2グループ 学者・専門家・団体

持続可能な温泉地域社会の
構築へ向けて


山村 順次
千葉大学教授



1 日本の温泉地の現状と課題
 高度経済成長最盛期の1970年代初頭では、宿泊施設のある温泉地の数は1,800ほどであったが、30年を経た現在では3,000にもなっている。この間、温泉資源開発が活発化して、1,000m以上も深く掘って揚湯する大深度掘削法のもとに、非温泉地域であったところにも多くの温泉地が誕生した。温泉地の施設整備は進んだものの、日本人の生活レベルが上がり、温泉志向性も大きく変わっていく中で、温泉地間の盛衰が顕在化している。また、高速道路網の整備に並行して日帰り温泉施設が乱立するようになり、週末の混雑は心身の癒しどころではない。こうして、大規模化し、画一化した多くの観光温泉地は平成不況下にあって苦戦しており、地域活性化・地域振興の名のもとに、限りある天与の温泉資源を経済競争の視点のみで乱開発してきたつけが、今大きな問題となって跳ね返ってきた。一方、地域的特性を大切にしてきた温泉地は顧客満足度が高く、成長を遂げていて対照的である。
日本の温泉地の問題点として、以下の3点が指摘される。第1に温泉資源の質と量からみて不適正な温泉施設が増え、レジオネラ菌による死亡事故が発生するなど、温泉そのものの安全性と信憑性が問われている。第2に健康志向型保養温泉地を整備する必要があるが、そのハード・ソフト両面からの対応が不十分である。第3に安定した持続可能な温泉地域社会を形成するために不可欠な環境保全が立ち遅れている。

2 温泉地再生のあり方
(1) 温泉地の個性化
 これまで、温泉地が立地している地域の環境と住民とのかかわりの中で温泉地が発展し、地域的特性が形成されてきた。今後とも、社会の動向や温泉客のニーズに配慮しつつ、その特性を活かしながら温泉地の再生を図ることが大切である。それためには、画一化を排除した多様な形態の温泉地が構築されねばならない。
従来、湯治場といわれてきた山間の小規模温泉地であっても、今日ではその本質である温泉療養や温泉保養をするだけではなく、秘湯的な特性を求めてやってくる観光客をも受け入れ、複合的な性格を持つようになった。温泉療養をするとはいえ、温泉病院のある数少ない温泉地でもリハビリ的な対応が主体であり、温泉医学に基づく本格的な温泉治療はほとんど行われていない。労働後の骨休めや精神的なストレス解消の、いわゆる心身の癒しの場として機能しているのであり、今後このような保養的温泉利用が温泉地再生のキーワードとなろう。すでに観光化した温泉地であっても、整備された旅館や温泉施設を活用して、健康保持や楽しみのための温泉浴を推進する方策を考えることである。
そこで、温泉地を一応次のような4類型に特化させることを提案したい。当然、この4つの機能は複合化されてはいるが、各温泉地のウエイト付けを明確にすることである。
1)療養型温泉地:
患者は最低1週間〜10日間は滞在して各種疾病の療養をする。温泉病院が設置されていればよいが、そうでなくても温泉療法医が常駐して指導に当たることは当然であるし、滞在者の経費負担を考えて低料金の宿泊施設があることが必要である。ここでは、療養泉としての温泉の質が問題となる。さらに、温泉療法に加えて食事療法や運動療法などを組み合わせた滞在メニューが検討されねばならない。
2)保養型温泉地:
いわゆる保養や健康保持を目的として温泉地に3〜4泊は滞在し、転地効果を期待して心身を癒す。予防医学的な見地から、温泉療法医の常駐はここでも必須であり、温泉客の健康相談にのれる体制を整備すべきである。温泉プールでの水中運動など、トレーナーを配して生活習慣病予備軍に配慮したり、美容のためのコースを設けてもよい。ここでは、地域住民による説明を受けながら、温泉地内や周辺地域の自然や歴史文化遺産などを実地にめぐる地域ガイドシステムを立ち上げることが必要であり、これは客と地域住民とのふれあいを促進することになる。
3)観光型温泉地:
一般的な観光旅行に際して1泊宿泊の場を提供する温泉地であり、客が旅の疲れを取るために大浴場や露天風呂に入り、食事を楽しむことも必要であろう。しかし、従来こうした温泉地は単なる宿泊拠点として利用されてきたので、地域の観光資源をゆっくりとめぐることはなかった。温泉施設は充実しているところが多いので、せめて連泊してもらえるような温泉地の側の工夫が必要である。
4)日帰り型温泉地:
日帰り温泉施設のみならず、既存の温泉旅館でもアクセスが便利になった温泉地では、日帰り客用に施設を提供する。最近、地域住民の福祉のためにデイサービス事業に参画する旅館をまとめた温泉地もあり、参考となる。

(2) 温泉地の環境保全
 日本の温泉地で、環境保全が十分になされているところは数少ない。山間の1軒宿や小規模な温泉地は環境整備が比較的進んでいるが、中規模以上の観光温泉地になると、個々ばらばらの建物が立ち並び、色彩の不調和、看板の乱立、コンクリートの電柱と縦横に張りめぐらされた電線など、これが心身の癒しを求めてやってくる客を迎える温泉地なのかと疑いたくなるほどである。
当然のことながら、温泉愛好者はいち早くこうした温泉地には見向きもせずに秘湯や名湯を求めて旅をしているが、情報に疎い多くの客は格安ツアーに参加してこれらの温泉地を訪れ、地域の光を見ることなく宿泊旅館での体験を温泉地の印象として心に刻んで帰っていく。電線の地中化は資金がかかるとはいえ、すでに景観保護に目覚めた観光地では、電線を軒に這わせたり電柱を家並みの背後に移すなどの工夫をしているのである。
 今後、滞在型温泉地への移行を志向するのであれば、まず看板と色彩が町並みに調和した温泉情緒ある地域環境を整備して、散策客に満足感を与えるようにすることが肝要である。そのためには、地域住民が主体的に環境保全意識を共有できる運動を起こさなければならない。

(3) 長期滞在型の温泉地
 日本では、ヨーロッパ型の3週間も滞在する療養型の温泉地は、一部の限られた療養型温泉地以外、今後とも普遍化することには無理があろう。ヨーロッパでも、フランスを除いては温泉地での滞在期間は急速に減少しつつあり、ドイツでは保険制度の有無に関係なく自費で自由な滞在をし、健康保持を図っている客が多くなっている。日本のように、設備投資を進めたために宿泊費が高くなった温泉旅館が多いところでは、休暇制度の違いもあって数泊することすら出来ないし、まして温泉医学からの社会的貢献が少ない現状では、長期滞在は困難である。
 しかし、高齢化は進行し、若年層においても多くがストレス解消を望んでいるので、健康回復のために温泉地で数泊程度の滞在ができる保養温泉地の整備が急務である。環境省の国民保養温泉地は全国的に分布しているが、十分に機能しているとはいえないので、その見直しとさらなる充実を図っていくことが望まれる。

(4) 国・地方自治体・地域住民の役割
1)温泉資源の保護
温泉地は療養型であれ、観光型であれ温泉資源なくして存立できないので、温泉の保護を十分に考えた上での適正な利用がなされなければならない。しかし、実際には温泉資源が過度に掘削されており、自噴率は30%ほどに低下し、しかも源泉中約30%が未利用であることは資源保護上大きな問題である。さらに、大浴場や露天風呂など温泉施設への過剰投資の結果、温泉の適正利用のバランスが崩れている。源泉の温泉量不足を補うために、加水をしたり循環装置を使用している例が多くなり、浴槽での温泉成分が源泉と異なることも問題となっている。特に、療養型温泉地の場合は源泉かけ流しでなければならない。
この問題を解決するには、環境省の指導の下に都道府県が各施設に対して、浴槽での温泉の成分を分析させることが急務である。この点は、温泉法にその条項がないとはいえ、今後の持続可能な温泉利用を図ることからも避けて通ることは出来ない。その上で、温泉法上の天然温泉の要件を満足しているかどうかを情報公開すべきである。
2)地域環境の保全
温泉地活性化に際して、特に町並みの景観を中心とした環境保全を図ることが重要である。しかし、温泉場の地域環境整備には資金がかかるために、地域住民の協力が得られないことが多いのである。国や地方自治体の環境整備に対する支援が望まれる。
3)地域住民の参加
持続可能な温泉地域を築く上で、前述したような地域ガイドとしての参加のほかに、地域住民が自らの温泉地域の宝を掘り起こし、客をもてなす心を持たねばならない。イベントを行うにしても、地域性豊かな伝統行事などを介して客との交流を図ることが求められよう。


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