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日本の温泉地再生への提言 [55] -第2グループ 学者・専門家・団体

すべての温泉地の個性化をめざして

大野 正人
財団法人 日本交通公社 研究調査部・研究主幹



行ってみたい旅行についての消費者アンケートを実施すると、温泉旅行は常にトップであり60%の人々に支持されている。また旅行の動機について聞くと「保養・休養」は3位であり50%弱の人が求めている。(「旅行者動向2002-2003:財団法人日本交通公社」)
このように温泉は国民的な支持を集めているにもかかわらず、全国の温泉地、温泉街、温泉旅館は疲弊している。何故だろうか。健康ランドの隆盛、日帰温泉施設の増加、様々なことが言われているが、アンケートを見る限りでは「温泉旅行」は健在である。消費者は健康ランドにもお台場の施設にも行き、なおかつ「旅行に行って温泉に入りたい」と思っている。
希望が多いのに温泉地に行かない理由の一つには「この温泉地に行けば、こんな過ごし方が出来て、こんな効果を私にもたらすはず……」という具体的イメージを描ける温泉地が少ないことがあげられる。「どの温泉地も同じサービス、同じ時間の過ごし方じゃないか」と感じれば、漠然とした希望が具体的な旅行行動にまでに達せずに「なんとなく温泉に行きたいなあ」だけで終わってしまう。「私にはこの化粧品が合っている、私のライフスタイルならこの車!」という確信と同じように「私にはこの泉質が合っている、私のリラックスはこの温泉地の雰囲気でなきゃ!」という選択が出来るようになること、それが温泉地の個性化・ブランド化ということであろう。
このように個性化・ブランド化へ向けて個々の温泉地が考えるべき検討のポイントとして次の3つを提案したい。

1.温泉の効用を医学的実証をもとにしてターゲット客層別に提案
泉質とその効用は最もわかりやすい差別化アイテムであり、レジオネラ菌問題等も相まって既に多くの試みがなされている。しかし、単なる分類・格付けだけでは温泉の価値向上運動としては意義あるものの、個々の温泉地の需要開拓には結びつきにくい。
「うちの温泉の泉質は貴女のライフスタイルにこのようにプラスに作用します」というように医学的実証をもとにしてターゲット客への具体的効用を訴えるものとしていきたい。

2.温泉の様々な使い方と、使う場面の環境や雰囲気による個性化
泉質や湯量という温泉そのものによる差別化は重要ではあるが、それだけが温泉の評価である、と言う風潮には疑問が残る。むしろ温泉を使う環境、温泉地で過ごす環境こそ、最大の差別化資源ではないだろうか。
泉質は単純泉でも開放的でそよ風を感じ、虫の音が聞こえる露天風呂と、効用の強い泉質でもビルのなかの狭苦しい大浴場とでは、医学的効用は後者にあるかも知れないが、心理的なリラックス効果は前者の方が強いだろう。泉質による差別化はせいぜい20種類程度までであるのに対して、使う場面による差別化はそれこそ千差万別の雰囲気・楽しみ方を提案していくことが出来る。温泉をどんな環境でどのように使うか、その時にどんなサービスを組み合わせるか、全員同じではなく一人一人のニーズに応えられるか、といった過ごし方の提案にこそ個性化のポイントがあると考える。温泉の入浴法だけとっても、歴史を生かした湯治の入浴法、自然環境を生かした露天風呂と温泉街散策のリズム、外気との温度差も健康法となる寒冷地の温泉、泥湯を生かしたファンゴエステ、温浴運動と休憩を一人一人の体質に合わせたてプログラム提案するクア施設、お湯だけでなくサウナや外気浴・森林浴との組み合わせ、砂湯や温泉蒸気、地元の植物の成分の活用など、同じ温泉でも沢山の個性化の材料が考えられる。
このような様々なプログラムを商品としての仕上げる時に、個々の温泉地の立地条件やターゲットとする客層により微妙に仕上げ方は異なってくるはずである。その微妙な違いが「個性」であり、我が温泉地としての「こだわり」となるはずである。
同じ保養プログラムでも、狙いたい客層に合わせて、うちは遊びに来る観光客を対象に楽しさ重視、うちは一人一人の体質に合わせた入浴法を提供するサービス重視、うちは多少不便でも自然の中でのリラックス重視、うちは短時間でさわりの部分だけ楽しめるショートプログラム提供など、立地条件とターゲット客層に合わせた個性化が求められている。

3.地域の風土を生かして、
個々の温泉地が
「過ごし方(滞在スタイル)」を提案
温泉地へ行きたいというニーズのなかには温泉だけでなく、そこでの過ごし方(滞在スタイル)が大きな比重を占めている。この「滞在魅力」の要素としては「快適性」と「風土の持つ個性」があげられる。
滞在の快適性とはいわば「住んでみたときの快適さ」であり、街並みの整備と自然環境の整備により住みやすい環境を作っていくこと、それが滞在する観光客にも快適になるわけである。従って「街づくり」が第一の課題となるが、同時に行政や民間が行っている住民サービスや生活者向けサービスを観光客が使いやすくしていくソフトの考え方も必要である。
わざわざ旅館の中にライブラリーを作らなくても、集落にある住民向け図書室を観光客にも使えるようにする、路線バスを観光客にも利用しやすいようルートマップを掲示する、等々、公共施設と民間施設の垣根を無くして、互いに融通し合うような行政の仕組みが望まれる。また、民間サイドでは旅館の持つ泊・食・入浴・売店などの機能を、街の機能と共有したり役割分担できるようにすることが必要である。
一方、「風土の持つ個性」とは、その温泉地の自然環境や地形、気候などにより形成された生活の歴史であり、街並みや家屋、農林漁業などの地場産業を形成するに至った文化そのものであり、温泉を活用する文化もそのなかに含まれている。旅人をもてなした方法や場所、地元
の食材を活用した料理、湯治のための入浴方法、泊まり客を楽しませた芸能行事などは、団体旅行時代に旅館商品として定型化・体系化される以前は、個々の温泉地により様々に異なっていたはずである。現代では埋没してしまったこれらの温泉地の個性を発掘し、磨きを掛けて現代のサービスのなかに再現していくことで、どこでも同じサービスではなく、個性あるサービス、個性あるプログラムに仕上げていくことが出来る。

以上のように、温泉地のめざすべき方向は「誰に対して、何を重点的に訴えるか、それをどう表現するのか」という個性化戦略がポイントであり、その目指す方向は個々の温泉地の立地条件や温泉資源、風土により異なってくるものである。我が温泉地はどんな利用客が狙えるのか、それらの利用客に適した「過ごし方」をどんな個性で訴えていくか、という観光地マーケティングの視点で目指すべき方向を考えていきたい。


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