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日本の温泉地再生への提言 [65] -第2グループ 学者・専門家・団体

健康づくりを視点とした温泉地再生のあり方

黒部 陸夫
財団法人日本健康開発財団



1.日本の温泉地の現状及び問題点

我が国の温泉は古来から湯治という形で人々の傷病の治療・回復や健康の回復・増進に利用され、生活の中に定着してきた。昭和30年代以降は経済の高度成長と所得の培増によるマスツーリズム時代が到来し、温泉利用は観光・レクリェーション利用が中心となった。さらに歓楽的・享楽的な利用も一部で見られるようになった。近年はバブル経済の崩壊とその後の長期にわたる景気の停滞により温泉地は持続的な衰退をたどっている。
我が国は世界有数の温泉国と言われ、27,000近い源泉数と3,000を超える温泉地がある。また、15,000余りの温泉宿泊施設があり、年間延べ137百万人が利用している。(平成13年、環境省調べ)平成12年よりスタートした第3次国民健康づくり対策「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」は地域の資源を活用したその地域独自の健康づくりを提唱している。温泉は地域の重要な社会資源の一つである。観光・レクリェーション利用だけに限らず、日常生活における健康づくり利用や高齢者の介護予防利用など幅広く活用されるべきものと考える。
長寿高齢社会にあっては国民の健康づくりは重要な課題である。温泉地資源や周辺の自然環境、歴史・文化資源、産業資源など地域の社会資源を有機的に結びつけたその地域独自の健康保養プログラムを観光保養客や地域住民に提供し、温泉地を新たな健康づくりの場として国民生活の中に定着させて行くことが衰退が続く温泉地の再生につながるものと考える。

2.健康づくりを視点とした温泉地再生のあり方

(1)国民健康づくり対策と温泉の活用

我が国社会は急速に高齢化が進行しており、いまや世界有数の長寿国になっている。このような人口の高齢化に伴い、国民の疾病構造はかっての感染症中心から食生活や運動習慣等に深く関わりのある生活習慣病中心へと変化している。また、これらの生活習慣病に伴い、痴呆や寝たきりなどの要介護状態になる人々も増加しており、国民の健康づくり対策は国民の重要な課題となっている。
平成12年よりスタートした「健康日本21」の目指すところは、生活習慣の改善、疾病の予防などいわゆる一次予防の推進により病気の原因となるリスクファクターを予防・改善し、健康寿命の延伸を図ることである。また、平成15年5月に施行された健康増進法の基本方針部分は「健康日本21」を法制化したものである。都道府県および市町村はそれぞれの健康増進計画の策定が義務づけられており、策定にあたっては、地域住民の健康に関する各種指標の状況や地域の社会資源等の実情を踏まえ、独自に重要な課題を選択し、その到達すべき目標を制定すべきであるとしている。
温泉は地域の重要な社会資源の一つである。観光・レクリェーション利用だけに限らず、健常者の日常生活における健康づくり利用や高齢者の介護予防利用、傷病者の温泉療養や機能回復利用など、幅広く多面的に活用されるべきものである。国民健康保険中央会の研究調査では、山形県村山市や長野県北御牧村、愛知県今治市などでは、温泉健康増進施設を活用して地域住民の健康づくり事業や介護予防事業などを実施し、医療費の削減や抑制など、地域住民の健康づくりに効果をあげている例が報告されている。

(2)温泉を活用した健康増進施設

1) 温泉利用型健康増進施設
昭和63年からスタートした第2次国民健康づくり対策(アクティブ80ヘルスプラン)は運動指針の策定、健康増進施設の推進等、運動習慣の普及に重点を置いた健康づくり対策であった。これにより、健康増進のための運動を安全で適切に行える施設を「運動型健康増進施設」、運動に加えて温泉利用をも適切に行える健康増進施設を「温泉利用型健康増進施設」とする厚生大臣認定制度がスタートした。この制度が始まってから既に15年経つが、現在認定されている施設数は30程度にとどまっている。温泉は利用のしかたによっては地域の医療費の抑制や削減につながるなどその効果は大きい。扱く例社会の健康づくり施設として各方面から期待された割には普及が進んでいない。

2) 温泉利用プログラム型健康増進施設
平成15年7月2日、厚生労働省告示により健康増進施設認定規程の一部改正が行われ、従来の認定制度に加えて新たに第三の制度として「温泉利用プログラム型健康増進施設」がスタートした。その目的とするところは、これまでの温泉利用型健康増進施設の認定基準のうち特に設備要件、指導者に関する要件を緩和し、国民が手軽でかつ気楽に利用できる温泉健康づくり施設を全国に幅広く普及し、もって「健康日本21」が目指す健康づくり目標の達成を図ろうとするものである。
しかし、この温泉利用プログラム型健康増進制度は従来の温泉利用型健康増進施設制度を補完する意味だけのものではない。温泉に加えて周辺の自然環境やその他様々な地域の社会資源を総合的に組み込んだ健康保養プログラムを健康保養客や地域住民に提供し、それらのプログラムの実施を通して国民全体の健康づくりを幅広く進めることが可能となり、温泉地の振興も含めて新しい温泉利用のあり方を示唆するものである。
温泉利用プログラム型健康増進施設の認定要件を示すと表1、表2のとおりである。


表1 温泉利用プログラム型健康増進施設の認定条件

1. 温泉利用を中心とした、以下のいずれかの健康増進のプログラムを提供していること
・温泉浴槽での特にすぐれた泉質を利用したプログラム
・特にすぐれた周辺の自然環境の活用と組み合わせたプログラム
・地域の健康増進事業と組み合わせたプログラム

2. 設備に関する要件
・温泉を使った、刺激の強いものと刺激の弱いもの双方の機能を持つ浴槽等を有すること。
・生活習慣病に関する啓発資料を提示する設備等を有すること。
・応急処置を行う場所及び医療費等を備えること。
・体重及び血圧等を測定するための場所及び機器等を有すること。

3. 施設の維持管理等に関する要件
・衛生管理、安全管理及び設備の定期的な点検が適切に行われていること。
・転倒防止等高齢者等の身体的弱者の利用に対する配慮がなされていること。
・室温などが適切に維持されていること。
・休憩・食事スペース等で、受動喫煙防止のための適切な措置がとられていること。
・食事等を提供する場合は、適切な栄養成分表示がなされていること。
・安全管理(禁忌症等の掲示)、正しい利用法、一般的プログラムなどを簡素かつ大きな字で掲示すること。
・生活指導を適切に行うこと。
・申請施設の利用に係る負担が妥当なものであり、かつ、その利用を著しく制限するものでないこと。

4. 指導者に関する要件
一般的な正しい温泉の使い方を指導し、生活指導、安全管理・救急処置ができる指導者を常時1名以上配置すること。(表2に示す講習会の受講が必要)

5.医療機関等との提携に関する要件
利用者が健康状態の把握及び健康相談の必要な場合、医療機関からの助言が受けられる体制にあること等。





(3)健康保養プログラムと温泉地の再生
ドイツのバーデーンバーデーンに代表されるようなヨーロッパの古い温泉保養地はクアミッテルハウスや飲泉場などの温泉施設と保養客・療養客が滞在中に利用するクアハウスやオペラハウス、コンサートホールなどの交流施設を中心にして、周辺に公園や散策路、遊歩道、宿泊施設、レストラン、お土産品店などが整備され、落ち着いた美しい街並みが形成されている。ここでは温泉入浴のプログラムのほかに自然環境や歴史・文化資源、レクリェーション資源など地域の様々な資源が組み合わされた健康保養プログラムが備えられており、保養客・療養客は医師の指示に従って、あるいは各自思い思いにプログラムを実践し2〜3週間の保養・療養活動を行っている。
日本健康開発財団では温泉利用プログラム型健康増進施設制度がスタートした昨年の7月から同制度の普及に向けての事業に取り組んでいる。特に、認定施設に配置が義務づけられている「温泉入浴指導員」(一般的な正しい温泉の使い方を指導し、生活指導、安全管理、救急処置ができるもの)の養成に関しては昨年の7月から今年の3月まで全国で27回の養成講習会を実施し、合計782名の温泉入浴指導員の資格認定を行った。資格認定を受けたもののほとんど(90%以上)が温泉旅館・ホテルの経営者・管理者である。健康づくりをテーマに温泉地再生を図ろうという旅館・ホテル関係者の強い熱意の現れと考えることができる。
温泉地の中には地域をあげて温泉入浴指導員の資格取得に臨んだところもいくつかあった。山梨県石和温泉では家族づれや女性同士が安心して滞在できる健康温泉保養地への脱皮を目指しており、できるだけ多くの旅館・ホテルが温泉利用プログラム型健康増進施設認定をうけることとしている。すでに約30名の関係者が温泉入浴指導員の資格を取得しており、加えて石和温泉としての共通の健康保養プログラムの策定に取りかかっているところである。笛吹川や温泉街を流れる近津川などの自然資源や宿場町としての歴史・文化資源、ぶどう畑やワイナリーなどの地域産業資源など地域の社会資源の評価・発掘とそれらの活用のあり方について検討を重ねている。
温泉利用プログラム型健康増進施設制度はヨーロッパ型温泉保養地の形成に向けての中核となるものと考えてよい。21世紀の少子高齢社会にあって国民の健康づくりは最重要課題であり、温泉地が国民健康づくりの拠点の役割を果たすことは社会的に極めて有意義なことである。そのためには各地の温泉地はそれぞれが持つ社会資源を活用した独自の健康保養プログラムを開発し、国民の健康づくりに提供して行くことが重要である。温泉利用プログラム型健康増進施設制度は健康づくりを拠点とした温泉地再生の一つのあり方として注目され、かつ期待されるところである。


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