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日本の温泉地再生への提言 [74] -第2グループ 学者・専門家・団体

日本の温泉が危ない

渡辺 丈二
日本温泉科学研究所 所長



恵まれた自然環境
日本は火山国である。火山のそばには必ずといって良い程、有名な温泉郷がある。また、火山からかなり離れていても、各地で名湯が湧き出ている。大きく分けて、山岳地型・海浜型・都会型に分けられよう。温泉に行くというと、風光明媚な場所と想像する、緑豊かな景色は心を和ませる効果があることは知られており、ストレス解消の最高のレジャーである。またわが国は四面海に囲まれており、雄大な海を見ながらの温泉浴も然りである。町や都市にある温泉でも、必ず近傍に名所地を控えており、その宣伝は、やはり温泉地の重要なセールスポイントである。
しかし、この自然環境は戦後どんどん破壊されてきた。温泉地に行ってもくだらない目を覆いたくなるような人工的な建造物が、素晴らしい景色を台無しにしていることも目につき、興ざめな経験も一つならずあるはずだ。今、温泉愛好家の間でも、選別が始まっており、自然環境の悪さも、温泉地に人気が出ない要素になっているそうだ。その良い例が「黒川温泉」だ。何とか客を寄せようと考えた挙句、こんなお客様のニーズをいち早く取り入れ町ぐるみで、極力自然のままの状態に戻す努力をして、自然に溶け込みマッチする温泉郷に作り変えたのだ。この結果お客も戻り始め、今では女性客が一番にいってみたい温泉に数え上げるまでになった。
都会を離れて温泉地に来てくださるお客に以下にこの自然環境を提供できるのか、もう一度原点に返って考えてみる必要があるのではあるまいか。

衛生的な施設
 温泉の要素で、施設のあり方も重要なポイントである。建物の構造は勿論、緊急避難路の確保等安全面の充実は大切な問題である。都会的なレジャー設備を備えるホテル形式のもあれば、昔ながらの旅館形式の施設もある。しかし、どうしてもその土地にふさわしくないような建造物もみうけられる。今後自治体は温泉郷全体のバランスを考えた施設作りを法整備をもとに考えていく必要があろう。
 共通して言えることは、お客様が自分の家にいるのとは違った快適さを味わえるということが重要な観点であろう。これも、それぞれ温泉地に応じた研究が必要である。
 施設でもっとも重要なのが「浴槽」である。最近では露天形式が人気があり、各部屋に露天風呂を備える温泉ホテルも登場している。温泉好きな人は、滞在中何度も入浴したいので、これは大変便利な設備である。今後、どんな変わった趣向が考えられるのか楽しみである。「浴槽」で一番気になるのは衛生面である。近年、騒がれたレジオネラ菌の集団感染は記憶に新しいが、今まで、温泉は安心であるという神話がいっぺんに消失してしまった。温泉というと、昔から、やれ傷に良いとか、おできならこの風呂が良いだとか、子作りにはここが良いとか、体の療養を兼ねたレジャーであった。このレジャーが逆に病期の心配になろうとは誰も思っていなかったのではあるまいか。特に「掛け流し」のできない循環形式の浴槽は特に危険である。おざなりの清掃ではこの菌は死滅させる事が出来ないとの事だ。それで塩素殺菌するわけだが、自治体が公衆浴場や旅館業法の施行条例を改正して、残留塩素濃度の管理基準を強化する傾向にある。最近ではレジオネラ菌を死滅させるシステムや汚染度を検知するシステム、残留塩素濃度監視制御システムも出てきており、施設作りにはこういったシステムの導入も考えて見ざるを得ないであろう。
 四国の道後温泉では掛け流しなのにもかかわらず、条例で塩素殺菌を強制されたため、本来の温泉成分が変わってしまうから何とか塩素を加えるのをやめたいとの要望もある。今後どうなるか興味津々である。このように、様々なお客が利用する温泉の浴槽は衛生という面からは非常に大切な要素ではある。温泉経営者はこの点をしっかり考えて自分の温泉をアピールする必要があろう。

食事(料理)
 温泉へ行っての楽しみの一つは食事である。グルメブームも手伝い、珍しいものおいしいものをみな追求する。テレビの温泉案内番組でも必ず美人女将が出てきて海の幸や、山の幸の贅沢な夕食をアピールする。結局は地域の特徴ある料理素材の披露である。しかし、近年、交通機関の発達で日本も狭くなり、どこへ行っても新鮮な食材が手に入るし、あまり地域格差がなくなっている傾向もいなめない。とんでもない山の中でも、まぐろの刺身が出るし、時折、首を傾げたくなることもある。それだけに、珍しいと思ったものでも大して面白くない。つまり情報社会であるので大概の事はすぐに知れ渡ってしまっているのである。よほど研究しないと、他の旅館・ホテルと差別化が図れないのである。食べ物がうまかったかまずかったかは、一番記憶に留まる要素である。もう一度、原点に返って考えてみる必要があろう。
 従って、料理担当者の教育も欠かせない。長年、働いていると名人といえども味がマンネリ化していくものである、ある宿が独りよがりというか、出す料理は全ておいしいと思い込んでいる場合も結構多いようだ。「あそこは思ったよりまずかったよ」ということもよく聞く。うわさはうわさを呼び、やはりお客様は正直、だんだん客が減少していくのである。地元で取れる食材の活用は、地域の活性化にもつながる。大いに使用すべきであるが、常に、研究を怠らず、マンネリ化せず、特徴ある献立を考えていく事が重要である。

サービス
旅館に宿泊して、よくあそこはサービスが良かった、悪かったと言う意見がよく出る。しかし改めて何が良かったのかと言われると、なかなか的確な指摘が出来ない。なぜだろうか?それはサービスという概念が非常にあいまいな概念だからである。考えるには、結局今日提案する温泉の他の四つの条件がいかにバランスよくそろっているかということがポイントになる。その上で、接待係りの品位や態度、また、細かい点の行き届き方、例えば浴衣のサイズが細かくそろえてあったとか、洗顔セットが充実していたとか、・・・が問題になるのであろう。勿論こうした細かい点も旅館の売りになることは当然である。また、最近土地土地の特徴ある伝統芸を体験させるサービスも普及している。例えば陶芸とか、染色とか、・・・さまざまあるが、これも矢張り、サービスの一環といってよいだろう。大いに研究してみる必要がある。お客様は、一年に何度も温泉に行くわけではあるまい。たまにきたレジャーをどんなにか濃密に体験することが出来るかが満足度を高めるのである。接待の基本に「一服の茶」という言葉がある。疲れた時に出される一服の茶は何にもましてありがたい。これがサービスの基本であると私は考えている。つまりお客様がなにを望んでいるのかを前もって考え、それを満たせてやるのがサービスの心得であろう。それにサービスに敏感なのは男性よりも女性客であるという。女性に気に入られればリピートも多くなり、それだけ客も増加する。美容ブームに乗っかって、エステを取り入れているホテルや旅館も多くなっている。時代に合わせたニーズを常に考えていかなければならないといえよう。

泉質
温泉は大きく分けて2種類ある
さて、最後に温泉そのものの評価である。温泉の温泉たるゆえんは勿論、自然に湧出した湯であり、申すまでもなく火山国であるわが国は、昔から各地に温泉が沸き出した。本来温泉とは、地中から自然に沸き出してくるもの「素質のある温泉」である。さらには温泉は生きものといわれ、温泉は地表に出て3〜4日経てば、ただの水になるともいわれているが、それが温泉法では、25度以上であれば成分に関係なく、また、25度未満でも規定物質を1種類以上含んでいれば温泉と認められてしまうため、掘削技術が向上し、地温の高い地下深く掘れば、法でいう温泉を当てるのはさほど難しくない状況になっているのである。ここから、温泉は大きく分けて2つのタイプがあることになる。
まず草津や箱根、別府のように、火山に近いところで地表にわき出るもの(自噴泉)。もう一つは、火山の近くにない地域で深く掘って出るタイプである(動力泉)。

掛け流しか、循環式か
地表に自然に湧き出した新鮮な源泉に「何も足さず何も引かず」にそのまま入るのが本来の温泉であり理想である。温度が高すぎる場合にもできるだけ水を加えずに、湯畑などで適温までさます工夫がされている。かつてはこれが常識だった。
掛け流し式が理想であるが最近では、ごく稀である。大体は源泉から遠く、引き回してくるので湯温も冷め、沸かしたり、水を足しているところが多い。これでも法律上は、天然温泉であるから始末が悪い。浴場に掲示されている成分分析表なるものも、大概、源泉の分析であり、その浴槽のではないことが多いのだ。
また、水道代、熱量費を節約するために一度使用した湯を循環させて何度も使い廻しすることになる。これがいわゆる循環式温泉である。この循環方式はレジオネラ菌などの問題を起こす原因となっている。

成分分析表は信用できるのか
温泉の浴場には、その温泉の成分分析表なるものがかならず掲示してある。しかし、これが信用できないのである。温泉郷のどの場所でも源泉が湧出するわけではなく、各ホテルないし旅館は権利を購入して、源泉から引いているので場所によっては源泉の量も少なく、湯も冷めてしまうので、水を加えたり加熱せざるをえない。源泉の成分量とは大分異なった湯質になってしまうのだ。しかし、温泉分析表は、源泉の分析であり、そのホテルないしは旅館の浴槽のものではない。これが現状である。

温泉評価制度は切り札になるのか
そんな中、温泉旅館やホテルが主体の「財団法人日本温泉協会」は昨年、温泉評価制度を試験導入した。業界団体による“格付け”だが、その背景には、大きな危機感があるようだ。
この制度は、浴槽ごとに「源泉・引湯」「泉質」「給湯方式」「加水の有無」「新湯注入率」の5項目について「●=適正なもの」「◎=おおむね適正なもの」「○=それ以外のもの」の3段階の記号で表示。
さらに、「引湯方法」「泉質・泉温」「循環の方式」「加水の有無」「加温の有無」などの情報も開示している。平成15、16年度を試験導入の期間とし、17年度からの本格導入を目指す。これまでに、協会は約200の施設に約300枚の表示看板を交付した。協会には約1900の会員がいて、うち旅館やホテルなどは1500ほどという。
温泉は何も湯の質だけで決まるものではなく、食べ物や、立地など他の要素で決まるものも多い。しかし、黒川温泉の例等は、最近の利用者が本物を渇望している表れだろう。果たしてこの評価制度がどの程度定着し、温泉の自浄作用を促すかはまだわからないがまずは第一歩であると評価する向きも多いようだ。(一部夕刊フジから引用)

掘削温泉の問題点
地下水の温度は100メートル深くなるごとに平均3度上がるので、どこであれ深く掘れば、地熱に暖められた温泉がでるのはほぼ確実なのである。ついでにいえば、「日本一深い温泉」と銘打つのは、青森県六ケ所村の「六ヶ所温泉」で地下2,714メートルからくみ上げている。地元の建設会社が「温泉が出るまで、ひたすら掘った」結果である。いわゆる「ふるさと創生」政策で一億円もらった町村が、こぞって村おこし町おこしのために温泉掘削を行った。ホテル、旅館経営にとって、宿泊客の楽しみとして入浴に供する湯が、沸かしか、温泉であるかは、大きな差になるようだ。
また、家庭のお風呂の普及で町の銭湯もやっていけなくなるところが多い中、都心の真中でも最近温泉を掘り当て営業を始めたところもある。「ふるさと創生」や温泉ブームを目当てにして、1990年代の10年で毎年50の温泉地と400個所の「源泉」が増えた。最近の例では2002年5月に東京のお台場(江東区青海2丁目のテレコムセンターの西隣)で地下1500メートルの地点から40℃の湯が湧き出て、2003年3月に温泉テーマパーク「大江戸温泉物語」として開業した。東京ではどこを掘ってもお湯が湧くという。しかし、深く掘れば掘るほど技術的に難しく、パイプが詰まってしまいすぐに営業可能な湯量を確保できなくなる例もままあるという。また100メートル掘削するのに1000万円かかるといわれ、1000メートル掘削すると1億円かかってしまうのだ。バブル以降は、資金の調達がかなり困難で途中で頓挫するところも多く見受けられる。それに最近では、外国から来た掘削のプロの中には、とことん出るまで掘削するが、大深度のため、パイプが詰まりやすく十分な湯量を確保しないうちに金だけとって国へ逃げ帰ってしまうケースもあるようだ。このように、かなり危険な賭けでもあるから、この手の計画にはしっかりしたコンサルタントに相談する必要があるだろう。

温泉地の今後の課題
結局、温泉地は「健康づくり」の場所として、癒しを求める現代人のニーズにあわせて、サービス内容をどう改善してゆくかということが一番の課題である。もう一方で、訪問者と住民が共に生きる場所であるから、生活の場として質的向上を改善していかなけれがならない。きれいな大気・騒音、排気ガスのない世界・自然が五感で感じられることが温泉地にとって自然環境との調和ということで必要である。また地元の自然食品を素材とした提供が価値あるものとして理解されるようになっている。要するに水と緑と田園の自然生態系を維持することが温泉地にとってますます求められてくると思われる。
景気低迷の中、どこの温泉地でもさまざまな原因で廃業に追い込まれていった例が多く見られる。その中で生き残っていくことは大変だ。かなりの頭の切り替えも必要になる。若手中心の研究会を積極的に導入し未来を模索する所もある。
温泉評価法の導入も、両刃の剣、正確さを求めれば、すでに十年前に源泉が枯渇、水道水で営業していた吉良温泉のように、もはや温泉として成り立たないところも出てくる。今後は、かなりの淘汰も覚悟せねばなるまい。業界は法律の改正も含めて、更なる積極的努力を求められる。結局、それが低迷する状況の打開策になるに違いない。

ここで、最近話題になっている「大山」の掘削について取り上げてみよう。伊勢原市大山の第一駐車場(市営)奥で温泉を掘削し、日帰り温泉施設を造る計画が、財政上の理由などから先の見通せない状況に陥っている。1億6000万円投資して温泉水脈を掘り当てたものの、施設造営に9億円かかることから市議会などが反発、温泉づくりは暗礁に乗ったまま5年が経過。現在はコンクリートで塞がれ駐車場として利用されているが、温泉施設建設問題は解決されないまま”宙ぶらりん“の状態。一部の市民から非難の声が上がっている。
一番の問題は「第一駐車場の代替問題」。温泉施設は、市営の第1駐車場(乗用車86台、大型バス7台収容)を潰して市が造営する計画だった。延べ床面積1400〜1700平方メートル。室内、露天風呂(いずれも広さ40平方メートル)のほか、手術で体に傷跡が残る人も入浴できるような福祉風呂が考案された。ところがもともと大山には駐車施設が少なく、そんなところに温泉を掘るのがもともと無理なんだという人もいるという。
市では温泉を利用して年内にも「温泉スタンド」を整備することを明らかにした。温泉施設を造るまでに暫定機関と市観光振興課は説明する。温泉は有料化し、地域や観光客に提供するのが目的だ。近くの老人センターにタンク車で無料搬送する計画もあり、温泉が別の形で利用される可能性が、高まっている。温泉を汲み上げるポンプ装置に約1億円が投資されるという。
3月中までにスタンドの設置場所や管理方法を決定する。県知事の許可、8月の温泉審議会の承認を経て、年内に営業する。20リットルで100円を設定しているが検討中だ。
堀江市長が昨年9月の市議会で答弁し、整備の方向へと進んだ。ある旅館の主人によると、昨年12月の中頃、市から最終説明があったという。しかし、旅館の主人は「何をもって暫定とするのか最終的に温泉施設は造るのか。新たな提案が出ないかぎり、暫定とは言えない。」温泉スタンドが「本番」であることを強調する。
別の旅館の主人は、市のやり方に痛烈な批判を浴びせる。「大山に駐車場がなくて困っているところへ温泉を掘るバカはいない。私だったら地元のお年寄りたちが集まる老人センターで掘らせますよ。土・日曜日は一般に開放して、その収益は福祉に役立てるべきだ。市とは市民のことを思って事業をやるのが基本だ。金を稼ぐのが、市の仕事ではない」「駐車場に温泉施設を造ったら観光バスはどこに駐車したらいいのか。大山は今でも観光バスが停まるところがない、と不評を買っている。(温泉施設を)9億円で造っても資金が回収できないと思う。それだけ入浴する人はいないからだ。50〜70℃の温泉が出ればまだしも26〜27℃だから、沸かし湯になる。温泉を掘るにもきちっと調査をして、大山中の旅館や施設に配っても間に合うような量が出る所を掘らなければ温泉の機能は活かせない。だか、大山中に温泉を引っ張ろうとしても無理な話だ。まして温度の低い温泉を引いても、途中で水になってしまう。温泉も必要だが、観光客をどう引き付けるのか、という議論のほうが、今の大山には大事ではないのか。」
2004年(平成16年)2月14日(土)《1504号》 湘南新聞


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